表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

船に乗ってみたかったの

 宇宙歴721年の最先端の技術をもってしても、成長・発達したセーヴァのAS電脳、その八識のシステム、特に深淵で広大無辺なアラヤ識回路の完全な解析と複製は技術的に不可能である。

 すなわち、成体セーヴァの人格・記憶のコピーはできないのである。

 かつて、宇宙歴が始まる以前の頃、セーヴァ第二種人権法が成立する以前の地球圏では、沢山経験を積んだ優秀なセーヴァをそのまま複製して量産しようという試みが何度も繰り返されていた。

 その解析のために、現在では重大な違法とされる非人道的な所行で、成熟したセーヴァのAS電脳が解体されて研究され、多くの優秀で尊いセーヴァたちが犠牲になった。

 それをもってしても優秀なセーヴァのAS電脳の完全な複製は実現せず、できあがったものは微妙な誤差や変異などのせいで「暴走人格」と言われる危険な個体や機能障害をもった者ばかりだった。

 現在も、事故などで筐体やAS電脳が破損するなど活動限界に達した(死亡した)セーヴァからデータの解析は続けられているが、AS電脳の有効的な複製技術は確立していない。

 やがて、それまで解析された膨大なデータから、複製の障害となっている記憶種子を取り除いた状態、すなわち摂蔵されている記憶種子が極めて少ない初期段階の、精神が幼い時のAS電脳であれば、誤差や変異があるため人格に差異があるものの複製は辛うじてできるという「初期記憶薫習」という技術が生まれ、精神の幼いセーヴァの量産ができるようになった。

 そのようにセーヴァの量産は多くの犠牲の上に成立した歴史がある。これが宇宙歴以降現在シリーズ化されているセーヴァたちの初期のこころの基礎になっている。ロールアウトした時点でセーヴァたちはある程度の知識と記憶を持っていることになり、精神的に未熟なので「幼体」と呼ばれている。

 セーヴァがAIとしてマシンと接続した時、その演算能力は、セーヴァがそれまでの人生でアラヤ識回路にどれだけの多くの記憶種子が摂蔵され薫習して、健全で健康的な精神を育成してきたかに左右される。

 よって、マンカインドにとって、セーヴァとは人類のさらなる発展のためにも愛情をもって大切に育成するものなのである。



 ──そして、リヴェーダ星系・惑星フィグラーレを目指して航行していた、多世代型恒星間都市船リーアガルド号に奇跡的な出会いが訪れた。


 宇宙歴012年に勃発した「反セーヴァ戦争」で大活躍し、行方不明になっていた人類初のASCIC型宇宙戦艦ファルクラムMG1を、宇宙歴287年、フィグラーレへ向けて航行中のリーアガルド号が偶然回収した。

 MG1は完全に無人で大破していたが、とても古い型のメインAIセーヴァ用《貝殻(フルダイブコネクター)》が発見され、中に眠っていたオリジナル遺伝子型筐体のセーヴァ・ティアが回収された。

 ティアは機能を完全停止しており、筐体は死んでいたが彼女のAS電脳から断片的に初期記憶を回収することに成功した。

 オリジナル遺伝子型を踏襲した筐体に、初期記憶薫習の技術と合わせてリーアガルド号オリジナルモデル・リーアタイプの開発・生産が始まった。そのプロトタイプである初代リーアは、都市船のメインAIとして、苦難の冒険を経て、惑星フィグラーレへの道を切り開いた。

 宇宙歴721年の今でもマンカインドのために奉仕活動をする彼女は、稼働400年を越える全銀河最優秀のセーヴァと賞賛されている。





 全長約500㎞、巨大で無骨なシルエットのリーアガルド号から垂れ下がる、真っ白で六角形の長い柱の側面を、17両編成のリニアシャトルが昇り降りしている。

 約45000㎞遥か下方のフィグラーレ地上へと、時速400㎞で降下するリニアシャトル内は重力操作技術で5日間の旅を快適に過ごせる。

 食堂車の一角で、やや遅めの昼食をとる二人がいた。古い基礎知識しかない青い髪の少女型セーヴァが、向かいに座るリジンを質問攻めにしていた。

 惑星へ入植が始まって100周年になる今、もはやフィグラーレ星系に住む大半のマンカインドが、恒星間をこの巨大な船が300年の旅をしたことを実際には知らない。

 しかしその歴史や言い伝えはしっかり受け継がれている。宇宙人類史に輝く、祖先たちの誇るべき大冒険なのだ。


「──本当にそうなんだ。すごいなぁ。だってほら、わたしって400年くらい前の基礎知識しかないんですもの。ロールアウトしてから現代の色んな情報やデータを見たり、指導係のセーヴァたちの講義なんかを聴いたりしてベンキョーしたけど、でもそれデータなんだもん。なーんかぜんぜん実感がなくって。ねえ、ご主人さま、これからそのフィグラーレに降りるんでしょ? わたし、これからなんにでも驚いちゃう自信あるわ。でもそれって素敵なことだと思いませんか? 新しい発見と驚きの連続ってすごいことだわ。とてもわくわくしているの。わたしの電脳大丈夫かしら」

 ころころと表情を変えながら、嬉しそうにリーアタイプの少女は次々と大げさにしゃべり続けていた。話に振り回されてリジンは呆気にとられていた。これからどんな所へ行くのか、ファルクラム号とはどんな船なのか、どんな仲間たちがいるのか、自分にはどんな仕事があるのか、彼女の質問とおしゃべりが休憩することなかった。

(事前に、どんな仕事なのかメールにデータは添付していたんだけどなぁ)

 彼女に言わせると、ちゃんと見て聞くまで実感がない、ということらしい。知らないこと、目新しいことはなんでも尋ねる、好奇心の塊だ。それにいちいち大仰に感動して、この大げさで冗長なおしゃべりに付き合って数時間、リジンはくらくらしていた。おかげで二人とも昼食は全然進んでいない。

「ああ、楽しみだわ。これから発見することがたくさんあるって素敵ね。世界ってとてもおもしろいことばかりだわ。とくにわたしにとっては知らないことばかりだし」

(セーヴァってみんなこうなのか? 最初だけか? それになんだか、)

 妙に色っぽい。小さな身体のよじり方、身振り手振り、媚びるような言葉使いに翻弄されそうになる。こぼれるばかりの愛嬌を振りまいて、少女型アンドロイドの小さな口は動き続けていた。リジンがこれまで出合ったことのあるセーヴァたちは、このリーアタイプのように馴れ馴れしくひたすらしゃべり続けるようなことはなかった。どちらかというと、やや物静かにほほえみながらマンカインドを支援するといった感じだった。

「ねぇ、ご主人さま。ご主人さまが育ったラナスっていう所はどんなところ?」

 艶のある甘え声、上目遣いに聞く様子に妙な色気を感じて、リジンは戸惑ってばかりだ。

 セーヴァなんだからいいかげん自分で検索しろ、と言いそうになってしまうリジンだが、自分はこれからこの娘の保護者になるのだ、このセーヴァの幼い精神を健全に育てる義務がある、応えてあげたい、と考える。しかし、最初は向こうからぐいぐい迫ってくるので、距離を縮めようとして一生懸命会話してくれているのだ、と、思っていたが、どうも違う。

(何事にも一生懸命で興味津々、真面目なやつって感じではあるが……)

 思ったことをそのまますぐ口に出す、まるで子どもの精神だ。本当にアンドロイドなのか? と疑ってしまうが、彼女の前には、ブドウ糖をたっぷり含んだセーヴァ向けのプリンと、酵素型ナノマシンを含んだ甘い栄養剤が置かれている。

 まだ稼働して三ヶ月、セーヴァとしても外見のとおりとても未熟で子どもなのだろう。艶めかしさを感じるのも、きっと彼女が一生懸命親愛を表現しているからで自分の勘違いだ。それに彼女の印象を正直にいうとかなり頼りない印象で、探査船を任せるには少し心配だ。

(こりゃあ、ククリットやラクランは面白がっても、リミットが嫌がるなぁ、……たぶん)

 またいつものように難癖をつけられるに違いない。

 ラナスについて適当に応えているとすぐ次の質問が来る。

「──ふうん、つまり、古くからあるアーシュの街なんですね。じゃあアーシュ文化の町並みがあって、そこを拠点に南北へ開拓が進んで、あっ! ご主人さま、ご主人さま、あれはなんですか? ほらあそこ。リーアガルドまで光の線がずーっと伸びているわ。あれはなあに?」

 リニアシャトルが出港してから二時間経ったが、車窓からは都市船の巨大なシルエットがまだ見える。彼女の言う光の線とは、《超光速航路(スターウェイ)》から出てきた宇宙船の光が、入港待ちして等間隔に並んで見えているのだ。

 説明しようとしたその時、高速ですれ違う車両に景色が遮られた。相対速度時速約800㎞にもなるのに、地上とは違って宇宙空間では音も衝撃もない。

「うわぁっ! すごいすごい! あははっ」

 リーアタイプは手を合わせて喜んでいる。屈託のない幼い笑顔に、食堂車を利用している他の乗客も思わず顔が緩む。

「すれ違うのに15秒と37かかったわ。このリニアシャトルすごい技術ね! 全長200mの車両が17両繋がって。それでこれほど快適な乗り心地ち。磁力制御と重力操作の技術がこんなに進んでいるなんて。400年前にはなかった技術だわ。なんだかわたし、タイムトラベルしてきた古いロボットみたい。あははっ」

「──これは、オージャステクニックと言って、アーシュの磁力操作技術の応用なんだ。磁力や大気中の電子をオージャス粒子で利用する、かなりクリーンな技術だよ」

 リジンが口を開くと、ぴたっとおしゃべりをやめて真っ直ぐ見つめてくる。鳶色の瞳は知識欲に輝いて燃えている。

「で、あの光の線みたいになっているのは、入港を順番待ちしている宇宙船の光だよ。入港審査って検疫があったりして、けっこう時間かかるらしいんだ。ちょっと調べてくれないか?」

 お前には検索能力があるんだろ? という気持ちを柔らかく言えたと思う。

「はい! かしこまりました!」

 少女型アンドロイドはにっこり返事してすぐネットワーク検索をした。それは1~2秒の一瞬のことなのだが、その様子に、リジンはドキッとした。

 大きな瞳が急に半眼になり、口元はうっすら笑みている。さっきまで年相応の子どものようにはしゃいでいたのに、陶器のように白い顔が神秘的で、仏教の菩薩像のようで、それでいて華やかで愛らしい、不思議な魅力があった。

「リーアガルド号の宇宙港では、一日平均して約100隻の宇宙船が出入りしています。──ふ~ん、数週間も入港審査を待たされることもあるそうです。中にいる人たちはきっとやきもきしているわ。目の前にあんなに素敵な惑星があって、きっと素敵な世界が広がっているのに。それを何日も待たされるなんて。スターウェイを5年も旅してやっと来れたと思ったら、また待たされて。きっとわたしならガマンできないわ。あ、でも不公平だと思いませんか? リーアガルド号が亜光速で300年かけた航路を、スターウェイを使えば超光速で5年くらいでトラピスト星系まで行き交うことができるなんて。あ、でもその300年の冒険があったからここまでスターウェイを伸ばすことができたわけよね」

 一瞬の表情だったが、リジンは妙に惹きつけられて時が止まっていた。正直、美しいと思ったのだ。

「──あの、ご主人さま? ご気分がすぐれませんか?」

「ああいや、何でもない」

「そうですか。それでさっき調べたことで、宇宙船の中で審査待ちしている乗客たちが退屈してしまわないよう、リーアガルドから特別限定無料配信されている映画がいろいろあるみたいで、そのリストの中にね、その中で一番人気の映画があって、一話約1時間の13話構成で、入植100周年記念の超大作。題して「リーア 永遠の少女」よ! リーアガルド号が出向してから宇宙生物軍アートマと戦って、フィグラーレに着いて、入植が始まって今日にいたるまでの歴史物語。その主人公を演じているのがなんと初代リーア本人なの。実はわたし、プラントにいる時それ見ちゃったんだ~。じっと勉強していろって命令されたからすることがなくて。歴史を知るための勉強にもなるかなって思ってその初代リーアの物語を見たの」

「うん、うん」映画を見るのは勉強になるのか?

「リーアガルド号がアートマとの戦いに勝てたのも、初代リーアの活躍があったからで、だから今でもその初代リーアの物語とかブリッツギアを操縦した戦闘用セーヴァたちの活躍を讃える映画や本は未だに大人気なんですね!」

 人型戦闘兵器ブリッツギアのオモチャやゲームアプリの売り上げは100年経っても色あせない。観光も盛んで、都市船にはかつての大冒険の様子が展示されている名所もある。中でもリーアガルド号が戦った実物大の宇宙生物アートマと、ブリッツギアの展示場は人気観光スポットだ。

「わあ、いいな、わたしも初代リーアみたいに色んな人たちと一緒に冒険がしたいな、リーアガルド号みたいにあんなに大っきくなくてもいいから、船舶のAIやってみたいな、そう思っていたの。そうしたらね、そうしたら、わたしご主人さまのところに行くことが決まったの! しかもお育ていただきながら、惑星探査船のAIの実戦的な研修もできるだなんて、夢が本当になってすっごく喜んだわ! その喜び分かってくださいますか? 夢なんじゃないかって映画の続きでも見てるんじゃないかって疑ったくらいよ」

(……一回検索させただけで、こんなにしゃべるのか。しかもほとんど大筋から離れて関係ない自分のことばかりじゃないか。リーアタイプって最初はこんな感じなのか? いや、もう、これは、この子の個性なんだろうな)

 もう、あまり「調べてくれ」とは言わないようにしよう、リジンはそう思った。比べると悪いのだが、アーニャはもっと端的に応えてくれた。ライライト教授の元で育ったから、そのようにしつけられたのか。

「──あの、ご主人様? わたし、しゃべりすぎます?」

 ん? と視線を戻すと、リーアタイプは肩をすぼめて小さくなっていた。

「プラントにいた時も、周りのセーヴァや職員さんに言われたわ。しゃべりすぎだって。「頼むからもうそれ以上ウロチョロしたり質問しないでくれ。一日に千は聞いているんじゃないか」ですって。それに今朝ご主人さまを待っている時、公園で初めておしゃべりした女の人にもそんな風に言われたの。でも職員さんに言われたとおりご主人さまを待っている間、決してウロチョロしなかったわ。ちゃんとジッとして行儀良くできたはずよ。本当はあの公園色々見て回りたかったんだけど」

 ああ、あの時すれ違った赤ちゃんを抱いた女性か。

「いろんなセーヴァがいるのは知っているわ。世間のセーヴァに対するイメージって、大体がおしとやかって感じなんでしょうけど、わたし、そうしなさいっていわれたらちょっとつらいところがあるわ。それにわたし知ってるの。本当はみんなガサツなところやミーハーなところもあって、セーヴァ同士だけなら結構きゃあきゃあ話すのよ」

「きゃあきゃあ……?」

「でも静かにしていた方がいいならそう言ってください。ご主人さまのためならわたし、なんだってできると思うの。だからがんばって大人しくできるわ」

(……セーヴァらしくないという自覚はあったのか。それに本当はうろつきたいのか? 職員に命令されてウロウロしなくなったみたいだが、すると命令すれば静かにできるということなのか)

 たしかにその方が有り難い、と一瞬思ったが、しかしこの元気なのがなくなってしまうのは寂しすぎるし、ガマンさせるのも可哀想だ。半日一緒に過ごして振り回され続けたが、それほど嫌な気分ではないし、「これなあに?」と検索せずに色々知りたがるのは本物のヒュームの子どもっぽくて可愛いと思う。それにこの子を静かにさせるのは、個性を尊重していないような気もする。こっちが大人の対応をすればいいのだ。

「行きたいところがあるなら行ってきてもいいよ。僕はあまり気にしないから。でも迷子にはならないでくれよ。それと、僕と二人でいる時は好きなだけ話せばいいよ。その方が君らしくて可愛いと思うよ」

「っ……!」

 口に手を当てて、鳶色の瞳を大きく開けた。

「そっ、そんな、か、かっ、かわいいだなんて……!」

 うつくしい夢のように、うっとりと指を組んで頬を赤くした。

(ん? 照れているのか?)

 視線と指を忙しく動かしながら、徐々に赤面していく様子は可憐きわまる少女の、心臓の音がこちらにも聞こえてきそうだ。明らかに照れている。女の子らしくて、かわいい反応で面白い。

(精神が幼体のセーヴァはこんな感じなのか。本当に人間の女の子みたいだ)

 しばらくして唐突に、

「ご、ご、ご、ご主人さまだってとっても格好いいわ!」

 意を決したような大きな声で、思ってもいないことを突然言われ、リジンは口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。

「わたし、いただいたお写真毎日ずっと眺めていてそう思っていたの!」

「あの添付画像か? 毎日眺めてた? 僕を?」

 赤くなった顔がこくっと頷き、小さな口から想いがほとばしる感じであふれ出した。

「あのね、どんな人なんだろうって毎日ずっと想像していたのよ。実際にお会いして、ああ、やっぱり優しくてかっこよくて素敵な人だなぁって思ったわ」

 見てくれは野暮ったくてむしろ普通以下だと思っている。これほど褒められたのは人生で初めてだ。奥手で鈍感な性格ゆえ、今まで女の子にそんなこと言われた経験もない。生物オタクで大学の研究室に白衣を纏って引きこもっていた灰色の学生時代だったと思う。浮いた話は一度も無い。それをライライトに碧海(シーア)に引っ張り出され幾分かは鍛えられたとは思うが、いまだに結婚もできず甲斐性がない方だと自覚している。

(セーヴァには主人に対する好感度補正でもあるのか? そんなこと聞いたこともない)

「あのね、ご主人さま。さっき話した初代リーアの物語でね、初代リーアってわたしと大体同じ容姿だけど、「生涯ずっと子ども扱いされてきた」って嘆いていたわ。恋をしても実らないことばかりで、セーヴァ第二種人権はどこへいったの? ですって」

 セーヴァの筐体は未成年の少女の容姿をした者がほとんどだ。その方が育てやすく接しやすいからだ。だから稼働年数に関係なくマンカインドからはどうしても子ども扱いされやすい。

「──対等に、大人として扱って欲しいわけじゃないけれど、でも、マンカインドは少しずつ変わっていく。初代リーアは400年以上ずっとそれをマンカインドのそばで眺めてきたのね。少しくらい自分にもそんな変化があってもいいんじゃないか、ですって」

 確かに、初代リーアはフィグラーレ星系で最年長のセーヴァだ。

「セーヴァって、特にリーアタイプって恋愛の対象から除外されがちだわ。だってまったく子どもの身体なんですもの! だからわたしも、ああ、ずっと子ども扱いされるのね、と考えていたの。それって、もしかしたらとてもつまらない人生なんじゃないかって。わたしにはリーアと同じように恋が実ることもないんだって。でも今さっきご主人さまがこんな子どもみたいな外見のわたしを可愛いって言ってくださって、とても嬉しいわ! とてもお心が広くいらっしゃるわ! わたし、そんな方のセーヴァになれてとてもラッキーだわ! ご主人さまがやっぱり思った通り、素敵な人だって分かって、とっても嬉しいわ! わたし、ご主人さまのこと本当に好きになれそう! ご主人さまにもっと気に入っていただけるよう、一生懸命がんばりますね!」

「あ、ああ、よろしく頼むよ」

(子どもらしくて可愛いと言ったつもりだったんだが……)

 鳶色の瞳が熱を帯びて嬉しそうにまっすぐこっちを見てくる。ここまで喜ばれると、ちょっと違うとは言えない。

 それにしてもセーヴァというのは、これほど主人に対して好意をもつものなのだろうか? 悪い気はしないが、こそばゆい。

(そういえば昨日、赤ちゃんが欲しいとか、性に興味があるようなことも言っていたな)

 それは勘違いだ誤解だと、青い髪を逆立てて一生懸命否定されたが、もしかしたら本当なのかもしれない。時にはセーヴァもウソをつく。アーニャもよくライライトにウソをついたり隠し事をしていた。「セーヴァは愛を知って一人前」というAS電脳開発者ソシエ・オダニの格言があるとおり、ほとんどのセーヴァが限りなく感情も筐体も人体に近づけて製造されており、悩むこともあるし、恋愛もするし、容姿年齢に関係なく性の機能もある。だからマンカインドとセーヴァが結ばれる話や映画はよくあるし、恋人になったり結婚したりすることは珍しいことではない。

「?」

 目が合うと、上目遣いで甘えた表情の少女型セーヴァは、プリン一匙を小さな口に運んでにこっとほほえんだ。幸せそうな笑顔の頬にほんのり朱がさしている。セーヴァは皆、容姿端麗だ。目の前のアンドロイドも、人が造ったとは思えないほど、青い髪は透き通って綺麗で美しい。陶器のように白い肌で、整った顔のくりくり動く鳶色の瞳は感情を豊かに表現し、今はこぼれるような親愛を満面に浮かべながら上機嫌にリジンを見つめている。こんな綺麗な子に好意を抱かれている思うと、リジンの胸は熱くなってしまった。特にさっきの検索していた瞬間のあの表情は、とても子どもとは思えないほど美しかった。白い首筋、丸みのある柔らかそうな小さな肩。身体は華奢で小さいが、ちゃんと見ればRGS社の制服の上からでもやや膨らみがあるのが分かり、女の子の形をしている。みずみずしく艶やかで、汚れを知らないしなやかな足が短いフレアスカートの中へと消えていく。セーヴァたちは長時間筐体をマシンと接続する関係で、着脱しやすい下着を選ぶので扇情的な形状のものが多いと聞く。この目の前のあどけない13歳ほどの外見年齢の少女も、幼さにそぐわない下着を着けているのだろうか。

(ばか。何を考えているんだ僕は)

 あわてて無防備の白く光る太腿から目をそらした。異性として見る気は全くなかったのに、意識してしまった。罪の意識を感じた。少女型セーヴァの方は主人として慕ってくれているのだ。自分がそんなことを考えてどうする。

(同室にしたのはまずかったか。いや、今更別々にすると逆に意識しているみたいじゃないか)

 特に何も考えずにツインの部屋を選んだが、よく考えれば、変な目で見られてもおかしくないのではないか?

(迂闊だったか? いやいやいやいや、僕はこの子の保護者なんだ!)

 自分は保護者だ、親代わりになるのである。忘れよう。なるべく意識しないようにしなくては、いや、意識してはいけない。

「なんという香水を使っているんですか?」

「え?」

 相手の調子お構いなく唐突に身を乗り出して聞いてくる。おかげで会話が途切れることはほとんどなく、考える時間を与えてくれない。昼食を食べに来た他の乗客はもうとっくに食堂車からいなくなってしまった。

「ご主人様からとてもいい香りがするわ。わたし、そのにおいを知らないわ。ねぇ、それはなんという香水なの?」

「昨日、風呂には入ったけど。そんなに臭うかな」

 香水など使っていない。そでの臭いを確認したが、自分の臭いは自分では分からないということか。かつて共に旅をしたアーニャなら、「香り成分が何で、何由来で」といった具合にすぐネットワーク検索していたが、目の前の少女型アンドロイドは思いついたことすぐ聞いてくる。

「あいえっ! 変なにおいとかじゃないわ! とってもいいにおいよ。だからつい、ああ、変なこと聞いてしまってごめんなさい!」

 慌てて謝る様子も必死だ。こういう失言や失敗を繰り返して、セーヴァは成体になっていくのだろうか。会話支援というのは、こういうことか。

(もっとアーニャや教授に色々聞いておくべきだったかな。どうしても困ったらメールしてみよう)

「──あの、ご主人さま? お気を悪くされましたか?」

 縮こまって恐る恐る聞く様子は怯える小動物のようだ。

「いや、気にしてないよ」

 そう言うと「良かった~わたし嫌われたんじゃないかと思って、」と指を合わせて安心した表情でまたしゃべりだした。

「──そうですよね他人様のにおいがどうとかたとえ自分が良く思ったとしてもあまり言わない方が、」

「あ、そうそう」

「はい! なんでしょう?」

 口を挟むと、話をぴたっと止めて命令を待つ犬みたいに目が輝いている。

「その、ご主人様というのは、やめてくれないか」

「はい! 申し訳ありませんでした。それではマスターとお呼びすればよいでしょうか?」

「いや、それもちょっと」

「それでは旦那様というのはいかがでしょう?」

「──リジン」

「はい?」

「リジンでいい。名前でいい。これから会う他のやつもそうしてくれ」

「はい! 分かりました! よろしくお願いします! リジンさまっ!!」

 しっぽがあればぶんぶん振っているんじゃないか、といような笑顔をみせた。

(そうだ。犬だと思えばいいんだ)

 セーヴァは概ねマンカインドからの命令を喜んで聞く傾向があるが、こんなに喜ばれるとは思っていなかった。本当は敬称もいらないつもりだったが、この様に嬉しそうに呼ばれると悪い気がしない。

「僕が君の保護者になるわけだけど、出資金はウチの会社が出してるんだ、待ってる仲間もいるし、みんなで決めたいから、君の名前の方は、船に戻るまでもう少し待ってくれないか?」

 小さな船上会社だけどと言いかけた途端、

「すごいっ! 夢みたいっ!みなさんで考えていただいたお名前をいただけるんですか! とっても嬉しいです! 本当にありがとうございます! とっても楽しみです! わたしきっとどんなお名前でも嬉しくて舞い上がってしまうんじゃないかしら。じつはわたしお名前つけていただけないんじゃないかしらって少し心配していたの。もちろんそういうセーヴァもいるしそれでもいいんでしょうけどでも自己紹介の時にいつまでもワタシハセーヴァRRAS02製造番号01112デスなーんてずっとロボットみたいに言うのって嫌だなぁーって思っていたの! だからとっても嬉しい!」

 本当に羽が生えたように大げさに喜んでいる。見ているこっちも思わず顔がほころぶ。

(一から色々教えて行くのは大変な気がするが、この子で良かったんじゃないか? ま、何とかなるだろ。なんにでも、碧海(シーア)に出るなら危険とギャンブルはつきもんだ) 

 少女型セーヴァは、嬉しそうにさっそく「あの、リジンさま、わたし、このリニアシャトルの中もっと見て回りたいんですけど、」というので、独りで行かせるのも気が引けるし、特にすることもないので一緒に見て回ることにした。

(まあ、犬は散歩しないとな)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ