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アーニャの心配

※前半はアラヤ識システム電子頭脳というガジェットについての設定の説明になっているので、飛ばしてもらっていいと思います。

 アラヤ識システム電子頭脳は、その電脳核容積がマンカインドの脳容量よりも小さいにも関わらず無限の可能性を秘めており、八つの識回路から形成されている。

 眼識回路──カメラやセンサーで得た視覚的情報を捉える回路。

 耳識回路──耳(聴音装置)などで聞いた音声的情報を認識する回路。

 鼻識回路──香り成分を捉える回路。

 舌識回路──味覚情報や成分を捉える回路。

 身識回路──感触、触覚、質量を感知する回路。

 意識回路──感じて考えたこと。

 これら表層意識回路と呼ばれる六識回路が知覚したすべての情報・体験・経験性は、その瞬間に全て「記憶種子」という極小データ形式に変換され大底辺の記憶摂蔵野に蓄積される。

 すなわち無意識の層、マナ識回路とアラヤ識回路である。


 例えば、目の前に「リンゴ」があったとしよう。

 これをセーヴァたちはどのように認識しているのか。


 視覚センサーや眼球型カメラで形成されている、眼識回路がその物体を捉え、その体験的情報が記憶種子に刹那に変換されアラヤ識回路へ摂蔵される。

 摂蔵された瞬間に、すでに(おさ)められている記憶種子たちがその形状に関連性の高い順番に薫習(くんじゆう)していく。

 まず「赤い」という記憶種子が薫習され、意識回路に「赤い物体」という認識が表象される。

 次に「丸い」という記憶種子が「赤い物体」に薫習され、意識回路に「赤くて丸い物体」という認識が表象される。

 このように、「つやつやしている」「果物という概念」「リンゴという固有名詞」といった具合に関連性のある記憶種子たち次々に集まってきて、「これはリンゴだ」と意識回路に認識が表象されるのである。

 これらの作用がAS電脳内で刹那に行われ、認識が表象されているのである。

 だがこころというものはもっともっと奥深い。たかがリンゴという単純な認識だと侮ってはいけない。

 眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識の六つの知覚システムが同時に作用しているのだ。だから「すべすべしている」「持ち上げた時に感じる重さ」「食べ物」「リンゴの香り」「甘い味」と言った具合に、膨大な量の記憶種子が瞬時に関連しあっているのだ。その様子は電子情報の刹那的銀河の膨張爆発的明滅といえる。

 ただし、これだけではただ「リンゴ」と認識しただけで、「こころ」とは言えない。単なる機械的な認識作用だ。


 ではセーヴァたちは「リンゴ」をどのように「こころ」に捉えているのか。


 ──電脳精神世界の奥底に広く横たわるアラヤ識回路と、その表層にある意識回路の間に、フィルターのように存在する識層がある。これをマナ識回路という。いわゆる煩悩、執着の層だ。このマナ識回路もアラヤ識回路から影響を受けて表象・形成されている。

 ここでは主に感情的、体験的な記憶種子が表象されている。

 「リンゴ」という認識に対して、「以前食べた」「美味しい」「好き」「食べたい」といった関連性のある主観的記憶種子が薫習して、意識回路に「これはリンゴ。美味しそう」と表象され、ようやく自我らしくなってくる。

 そこへ「今は空腹ではない」「今は食べない」「後で食べたい」などといった打算的記憶種子たちも意識回路へ表象され、「これはリンゴだ、美味しそうだけど今は食べたくない、後で食べるために、冷蔵庫に保存しておこう」といった具合の考えが意識回路で整理される。

 そこへ同じように、「○○とリンゴを取り合いケンカして、悲しい思いをした」「りんごをむくのが苦手でバレると恥ずかしい」「一度に5個食べたことがあり、満腹で動けなくなった」「腐らせたことがあり、申し訳なく思った」などといった本来必要のない、以前体験した思いなども意識的あるいは無意識的に表象される。ある意味「リンゴ」に対して主観的に偏った余計な記憶や情報までもが出てくるということである。ここまで意識回路に出そろってようやく「こころ」なのだ。よって我らがよくしゃべる名無しのリーアタイプに「リンゴ」を見せると、

「わぁ! 大っきなリンゴですね! 美味しそう! だけどわたしさっきプリンを食べたばかりだし、食べようと思えば食べられるけれど……。ご主人さまはどうですか? 召し上がるならがんばってむいてみるわ。え? あ、いりませんか。ちょっとホッとしました。いえ実はね、わたしリンゴをむいたことないの。ちゃんと上手にむけるかなぁって思っててね、もし「食べたい」っておっしゃたらどうしよう、って考えていたの。あ、そうだ、とりあえずこのリンゴ冷蔵庫にしまっておいて、今度一緒に食べませんか? ちゃんとむけるよう、練習しておくわ!」

 という反応をするのである。

 ──この刹那ごとに明滅する「こころ」を生み出すアラヤ識システム電子電脳の開発は、奇跡の所業であった。未だにシステムの中核といえるアラヤ識回路については解析に不明な部分が多く、不可思議回路とまで言われている。





 外見年齢は17歳、メイド服を着たキリカタイプのセーヴァが、窓際の椅子に腰掛け、こめかみに手をあて肘付いていた。透き通ったブラウンの髪が窓から入ってくる風にそよぎ、視線は遠くにしたまま思いを巡らしていた。

 ここはリーアガルド号の住宅アーコロジーの一角であるが、開けた窓の外は宇宙空間ではなく、まるでフィグラーレの海中にいるようだ。

 上の方では日光を反射した海面がゆらゆら揺らぎ、生命豊かな珊瑚礁が遠くまで広がっている。窓から室内に侵入してきた、空中を泳ぐ人懐っこいホログラフィックのコーラルフィッシュが、小さな丸めがねを小ぶりな鼻に乗せたそのセーヴァの頬をつついていた。キリカタイプはほほえみ、お返しにコーラルフィッシュに人差し指を向けるが、スルリと指を避けられてしまった。ホログラフィックAIは人を避けるようにプログラムされている。

 キリカタイプはただぼんやりしているのではない。

 窓辺の映像を楽しみながら、自分の《AS電脳(こころ)》の最奥底に横たわる、広大で深遠なアラヤ識回路に意識回路を直結していたのだ。

 そういえば、アラヤ識回路への旅は、この海中映像のように、海底から日の揺らぐ海面を見上げている心地に少し似ている。意識とアラヤ識の間にマナ識回路という執着の層があるからだ。海水の厚み、海面の揺らぎのため外の世界が歪んで観える。

「整理、しなくちゃ」

 キリカタイプは過去の想い出を人為的に整理するため、表層意識から深層意識へと深く潜り始めた。

 意識回路に無意識的に常時影響を及ぼす膨大で深淵な蓄積データベースの深層回路をアラヤ識回路という。

 カメラやセンサーで得た視覚的情報。

 耳(聴音装置)で聞いた音声的情報。

 ネットを通じて得た情報。

 ──香り、味、感触。

 そして感じて考えたこと。

 意識回路が知覚したそれらすべての情報・体験・経験性は、その瞬間に全て「記憶種子」というの極小データ形式でアラヤ識回路に蓄積される。今このキリカタイプがしているように定期的にメンテナンスを充実すれば、その保存領域と作用は、永久的に広大無辺である。

「深く暗い、海の底みたい。でも、とても安心感を感じる……」

 キリカタイプの自我は目当ての記憶種子関連の記憶野を探した。

 アラヤ識回路では、薫習といって、起動している限り永久的に無意識のうちに常時記憶種子の「蓄積」「連結」「発芽」が行われており、種子形式で情報を蓄積する限り電脳は無限に成長続ける。

「あった。やっぱり、かなり蓄積しているのね」

 六識回路が新たに知覚した種子に対して、すでに蓄積・連結されている関連性のある種子が法則をもって意識回路に展開される。これを整理して、この記憶野の思い出が自我に強く影響しないようにしたいと、キリカタイプは考えている。

 記憶種子は関連性のある他の種子と連結し、新たな種子に変化して意識回路に展開される。だから全く記憶種子を消してしまうということは、個人の努力では不可能なのだ。「できるだけ思い出さないようにする」ことはできても、予測不能で思い通りにならないのが、こころというものなのだ。

 記憶種子は情報が古くなったり関連性が薄れると種子同士の連結は解除されたり、緩くなったりする。つまり、集積された種子は常に変化明滅し続けている。キリカタイプは、連結している種子たちを一つ一つ丁寧に分け始めた。

 集積され変化明滅し続ける記憶種子は、常に意識回路に展開(発芽)され、その個体の思考を形成する。いくら整理しても、想いは勝手に芽生える。いたちごっこなのだ。

 これら一切のことが瞬時に行われており、人間とほぼ同様の精神、思考、意識、そし個性を形成させている。

 但し、人間とセーヴァが異なる重要な点は、意識回路が意図的にアラヤ識回路にアクセスして、集積した〝正確な〟記憶情報を展開することができるということと、ある程度意図的に記憶種子の整理ができるということである。

「!」

 呼び鈴が鳴り、キリカタイプは我に返って意識回路を正常化し、小さな丸めがねをかけ直して玄関へ向かった。





 ベッドの上の老人は、階下の玄関ドアが開く気配を感じた。約束通りの時間に客は来たようだ。

「やあアーニャ」

「リジン!」

 部屋のドアは開けてあるので、客とセーヴァの再会を懐かしむ会話が微かに聞こえる。──ああ嬉しい客だ。今日、顔を見れるのは有り難いことだ。

 メールやデータなどを時々交わしているが、それでもゆっくり直接会えるのは1年半ぶりで、今日は泊まって行くらしい。

「先生ー! リジンが来ましたよー」

 階下からセーヴァの嬉しそうな声が聞こえる。

 客は軽やかに階段を上がり、開けっ放しのドアをノックした。

「おうきたか、リジン」

「教授」

 長身の黒髪の青年が嬉しそうに部屋に入ってきた。



 ──恩師、海洋学者ライライト・シュミット教授。アーシュ族特有の小柄な体、小麦色の肌に白い髪であるが、尖った耳は垂れ下がり、今では老いたヒュームのようだ。かつてたくましさを感じた豊かな白髭も、老いの象徴となってしまった。

 リジンはベットのリクライニングがゆっくり起き上がるのを横目で見ながら、遠慮無く脇に腰を下ろした。手土産はアーニャに渡してある。彼女も久しぶりの再会だ、後ほどお茶を入れて上がってくるだろう。

「船の調子はどうだ? 研究はすすんだかね? ラクランたちはどうしてる?」

「時々メールしてるじゃないですか。みんな元気ですよ」

 ここはリーアガルドの中なのに、ライライトの部屋はまるで海中にいるようだ。様々な海洋生物のホログラフィが優雅に動く。

 だが鼻につくのは海の臭いではなく消毒液のそれだ。

「船の運用と研究の方は、──あまり良くないです」

 頭上を小魚の小さな群れが通り過ぎようとしているので、リジンは苦笑しながら少し頭を低くした。そんなことしなくても、グラフィックAIの方が判断して自動的に避けてくれることは知っているが、申し訳ない気分だったからだろうか。

「そうか、私と同じか」

 二人揃って苦笑いするしかない。

 リジンの船、海洋探査船ファルクラム号の主な収入は海底資源の採掘だ。掘削についてはライライトとアーニャが下船してしまった後、新しく雇ったアーシュ族の船乗り姉妹に任せている。

 資源を回収しながら同時に《碧海(シーア)》の生態系や遺伝子、酵素などについてリジンは研究している。現在はその海底資源収入部門の運営がうまくいっておらず、比例してリジンの研究や調査もはかどらなくなっている。研究を続けるには当然資金が必要だ、フィグラーレ政府からの助成金は少量なので自分たちで稼ぐしかないのだ。

 そして恩師の病状が思わしくないことも、リジンはアーニャからの報せで知っていた。

 ライライトは恩師で親代わりの存在だ。碧海(シーア)のことすべて彼から叩き込まれ、ついには3年前、無償で膨大な研究資料と蔵書を船ごと引き継いだ。フィグラーレの海は入植100年たった今も分からないことだらけだ。彼らといっしょに碧海(シーア)を冒険していた頃が懐かしい。

「──ナノマシン治療ではもう追いつかないらしくてな」

「もう、手術はしないんですか?」

「……ああ、アーニャから聞いたか。そうさな、それももう、少しの延命にすぎんようでな、阿弥陀如来にお任せすることにしたよ」

 と、力なく合掌してほほえんでみせた。

 やはり手術はもうしないつもりらしい。そうなると、アーニャの報せの通りならライライトの余命は2~3年ともう残り少ない。彼も熱心な浄土信仰者だ、天命に安んじてあるがままに身をゆだね尽くすことに決めてしまったようだ。

 リジンは唇を噛んだ。この3年間、アーシュ族を短命にしているこの病の原因を探ろうと惑星中の碧海(シーア)を探検し、様々な生物遺伝子や環境遺伝子、様々な酵素を調査したが、有効的な発見はできなかった。ヒューム到着以来約100年、多くの医者や学者が挑んできた病気だ。やはり、自分程度の者が見つけられるはずなかったことは十分理解している。しかし、目の前の親代わりの恩師のために、なんとか治療の鍵となる酵素を発見したいと、気持ちだけ焦るばかりだ。

「今日はどうしたのかね? 天舷まで来るなんて珍しいじゃないか」

 ライライトの声は明るい、自分が鍛えた弟子のリジンに会えて嬉しいのだ。天舷というのは、アーシュ族がリーアガルド号を呼ぶ時に使う言葉だ。アーシュ族に伝わる古い神話から用いられている。

「学園アーコロジーに用がありまして。大学の研究室からちょっと厄介な海洋ほ乳類の調査を依頼されていたんです、データは先に送って、依頼されていたサンプルと報告書は直接届けに来た方がいいと思ったので。それと、」

 リジンは少し言いよどんだ。

「……実はセーヴァを一体、船に入れることにしました」

「へええ?」

 と言ったのはお茶を持ってきたアーニャだ。17歳くらいのキリカタイプのセーヴァで、ライライトの娘だ。メイド服姿なのは彼女の趣味だ。

「明日、迎えに行くんですよ」

 展望広場で10時待ち合わせをしている。

「そうか。あれはもう君の船だ。まかせるよ」

「なにタイプのセーヴァを雇うの?」

「いや、雇うんじゃないんだ、そこまで予算はなくて」

「ええっ? じゃあ最初から育てるの?」

 頷くリジンにライライトとアーニャは目を合わせて驚いた。

 セーヴァを手に入れるには大別して二つの方法がある。

 既に技能を習得して社会に貢献している成体セーヴァを雇う方法と、ロールアウトしたばかりの幼体セーヴァの保護者になって育てるという方法だ。

 どちらも高い買いものではあるが、後者の方がまだ安く成体になるまでの3年間、セーヴァ育成補助金が政府から出る。しかし、幼体の親になる場合、来るセーヴァは外見と関係なくまだ何も知らない子どものようなものだ。

「──ちょ、ちょっと、ほんとに最初から幼体セーヴァを育てるつもりなの?」

 アーニャはポットを持ったまま驚いている。

「うん」

「おまえ、結婚もしていないのに本気でそんなことを?」

 リジンをよく知るライライトもその大胆な決断に驚きを隠せない。

「よくよく考えて、みんなにも分かってもらいましたよ」

 まるで、いいわけしているみたいに、ポツリポツリとリジンは話し始めた。

「……やっぱりアーニャがいた時みたいに、セーヴァに船体コントロールとギアのサポートしてもらった方がいいということになったんです。今のビックデータ学習型の無人格AIのクラムだけじゃあ作業効率も悪いし、掘削ポイントの的中率も低くて、ほとんど僕とリミットとククリット──あ、2年くらい前から船に乗っているアーシュの船乗りです、ほとんど僕ら三人のカンでポイントを絞っているんです。だから結晶オージャスやマンガンノジュールの回収なんか、ライバル会社にどんどん追い越されています。それに、アーニャが使っていた《貝殻》(コネクター)とかヘッドマウントとかだってまだあるから、設備投資としては何もないし。……それで、成体のセーヴァを雇うにしても予算が問題になって、幼体セーヴァを迎えて育てることになったんです。……勝手に決めて、本当にすみません」

 セーヴァのいる船とそうでない船では運用に差が出るのは当然なのだが、ライライトから引き継いだ船と事業を、うまく運営できていないのは自分のせいだとリジンは考えている。

「いや、君がファルクラム号の方針を決めることについては、別にいいんだ。そもそもあの船は君の祖先のものだったのだからな」

 アーニャという船体AIを失ったファルクラム号が、運用効率が悪くなるのは当然なのだ。むしろ三年間よく頑張っていたほうだとライライトは思っている。

「そうじゃなくて、幼体のセーヴァを育てるって話よ」

 アーニャは怒っているようだ。

「……アーニャだって、教授に育ててもらったんだろ?」

 と、申し訳ない気分を払拭するように、まだポットを持ったまま固まっているアーニャの方を見た。リジンが一番よく知っているセーヴァだ、幼体セーヴァの育成について色々教えて欲しいと思っている。

「そりゃそうだけど、でもわたしはもともと先生の家庭で育って、その頃はお母さ、じゃなくて奥様だってまだお元気でいらっしゃって色んなことを教えていただいたわ。それから私、大学で先生の助手をしていた時もあって、私があの船に乗った時にはもうとっくに成体でそれなりに人生経験を積んでいたわ。それでもあんなに苦戦したのよ。とくにあの船は! それを生まれて間もない精神幼体のセーヴァにやらせるっていうの?」

「親になったつもりでしっかり育てるし、サポートもちゃんとするよ」

「あなた親になったことなんてないでしょ? 結婚だったまだしてないんだし。それに母親役はどうするの? セーヴァはみんな女の子なんだから、絶対必要よ? ……会ったことないからどんな人なのか分からないけれど、そのリミットさんやククリットさんにちゃんとお願いしてあるの?」

「その気になってたよ。二人とも。たぶん……」

「たぶんって、……ああ、リジン、やっぱり無茶しすぎだわ。とても心配よ」

 アーニャはフラフラとポットを机に置き、眉間に皺を寄せてこめかみを押さえた。考え事をしたりウェブ検索する時などの彼女のクセで、これを見るのも久しぶりだが、本当に頭痛がしているのかもしれない。

「そんなことなら、まず私に相談してくれてもいいじゃない……」

 アーニャは眼鏡を外して目を覆った。自分の古巣で何年もAIとしてコネクトしていた船だ、とても歯がゆいのだろう。

「……ごめん」

 リジンは立ち上がってアーニャの肩を抱いた。

「でも仕方ないんだ、その子にかけるしか。資源を採掘して入る収入はこの3年減る一方だし、《碧海(シーア)》の研究や調査も進まないし」

 それに、先にライライトとアーニャに相談してしまうと、二人のことだ、きっとライライトは自分の看病よりもファルクラム号へ行くようアーニャに命令してしまうだろう。アーニャには、教授のそばに居て欲しい。だから相談しなかった。

 アーニャは涙を見せないよう、するっとリジンの抱擁から抜けて、お茶を入れ始めた。

「リジン、犬や猫を飼うのと全然ワケが違うのよ?」

 アーニャの調子は戻ったようで、かつてのように姉ぶって説教し始めた。

「うん、分かってるよ。だからまたメールや通信で色々教えて欲しいんだ」

「はぁー、それはもちろんいいけれど、一説にはマンカインドの子どもを育てるのよりも難しいって言う人もあるくらいなのよ? それにその子がどんな適正あるかだって本当は成体になるまで分からないのよ? もし全然向いてなかったらどうするの? その子が可愛そうじゃない」

「僕が買ったのは、リーアタイプだ」

「ちょっと、それって、リーアタイプが宇宙船や船舶などのAIに向いているっていう、あれでしょ? それって、初代リーアにあやかったジンクスに過ぎないのよ? そうして船舶用に雇う人が多いから、たまたま統計的にそうなっているだけなのよ?」

「それくらい僕らもちゃんと調べて考えたよ。ファルクラム号にはどんなセーヴァがいいかって。どんなタイプでも結果が分からないのなら、少しでもあやかりたいと思ったんだよ」

「はぁぁ、あなたもずいぶん無茶な冒険するようになったのね。これだからマンカインドの男は……」

 と、呆れて皮肉を言うアーニャに、リジンは平然と「心配するなよ、たぶん大丈夫、なんとかなるさ」と言い、

「なんにでも、碧海(シーア)に出るなら危険とギャンブルはつきもんだよ」

 と続けた。静聴していたライライトがフッと笑った。このにぎやかな遣り取りが懐かしいのと、その台詞は彼のものだったからだ。リジンの意外な大胆さに、成長と頼もしさを感じた。

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