表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

美少女アンドロイドはアラヤ識の声を聞く

 黒い地面が深い影のよう。

 漆黒の広大な球面に、燐光が集合した都市の光が見える。

 一つ一つの光が人の営みの光。

 いのちのひかり。

 それが集合する様子はまるで一つの銀河だ。

 そうだ、いのちの銀河だ。

 それが大小様々に点在している様子はその背後に広がる深淵な大宇宙を思わせる。

 こうして俯瞰してみれば、人の営みもまた大きな宇宙の真理の一つだ。

 広大無辺にして無量のいのちの世界。

 莫大なエネルギーを贅沢に消費して、闇の中に輝く人型種族(マンカインド)の世界が、陸地湾岸領域にそって広がっている。しかしここから見れば、それはとてもちっぽけで、光のない面積の方が圧倒的に広く、飲み込まれてしまいそうなほど深く暗い。

 都市の明かりで輝いている地表に、大きな夜の雲が覆い被さった。雲のあちこちで、音もなくちらりちらりと蝋燭の火のように光ったり又消えたり、雷が明滅している。はるか上空から見るそれはちょっとした点滅だが、地表では莫大な電子エネルギーの雷帝の太い矢が轟音と共に大地に閃いていることだろう。

 視界を北へずらしていくと、オーロラの幻想的な光の帯が靡いている。

 光のカーテン。

 言葉で形容できない美しさが胸を感動でいっぱいにした。

 この景色を見ることができて自分はなんてラッキーなんだろう。いつか必ず地上から見上げてみよう。あの光の中に飛び込んでみたい。

 この惑星の神秘的な姿はいつまで眺めても飽きない。

 ずっと眺めていたい。

 やがて星を優しく包む大気光がかすみ始め、光を帯びた未来が見えはじめた。

 白色恒星の強烈な光に海面と地表が照らし出され、影の領域が急速に減退していく。夜の領域が、碧い色をたたえた、美しい世界に変わっていく。

 夜の惑星も美しいが、光に包まれた世界も綺麗だ。

 この惑星の海は地球に比べて碧い。《先住民族(アーシユ)》の言葉をそのまま用いて《碧海(シーア)》と呼ばれている。

 ──太陽系よりはるか120光年、リヴェーダ星系、恒星リヴェーダβの第六惑星フィグラーレである。

 今年は宇宙歴721年、この星に人類の入植が始まってちょうど100周年を迎える。





 かつて、多世代型恒星間都市船だったリーアガルド号は、300年の途方もない大冒険の末、やっとの思いで惑星フィグラーレへたどり着いた。赤色矮星に朝夕ロックがかかった赤い世界の惑星より、昼夜を自転する地球型惑星への到達は人類の悲願だった。

 リーアガルド号は惑星フィグラーレの赤道上空の静止衛星軌道にとどまり、小惑星から資源を得て船体から軌道エレベーターを垂らすように建設を始めた。宇宙歴646年にはエレベーター並びに、トラピスト星系を中心とした人類銀河共栄圏との《超光速航路(スターウェイ)》を開通し、本格的な入植が始まった。

 約550万人の初期入植者を運んだ巨大な都市船は、そのままフィグラーレの宇宙港となって碧く美しいこの惑星を見守り続けている。





 軌道エレベーターの主軸を引っ張り上げるように、惑星フィグラーレの赤道上空46000㎞の静止衛星軌道に、巨大な都市船リーアガルド号が佇んでいた。

 全長500㎞のリーアガルド船内にはアーコロジーが5基あり、入植100周年の今でも約50万人が生活している。農業アーコロジー、住宅アーコロジーなどそれぞれに特色がある。商業アーコロジーや工業アーコロジーでは地上にはない最先端の施設や技術の他に、人類の発展に欠かせない高等アンドロイドのプラントなどがあり、惑星フィグラーレへ最先端の技術を提供し続けている。

 宇宙港の役割を担うリーアガルド号の中腹、軌道エレベーターステーションにある、ドーム状の展望待合広場。

 広場というよりも公園と言った方がより正確だ。

 リーアガルド号が恒星間を航行していた時代は、船民やアンドロイドたちが銀河の星々の景色を楽しむ展望台公園だったからだ。

 ナノマシンに管理された木々や芝生や小川があり、かつての船民たちは大地から夜空を望んでいるように感じていたのだろう。

 今、リーアガルドの時刻は午前8時半である。まだ早朝で、まばらではあるが、ランニングする者や散歩する者もいた。

 ランナーが軽やかに走りゆく道脇のベンチに、13歳くらいの少女が座っていた。

 機能性の高いRGS社の制服に、透き通った青い髪、頭上の癖毛が彼女の心情を表してひょこひょこ動く。陶器のように白く、艶やかで柔らかそうな整った顔立ちが生き生きした表情で、大きな鳶色の瞳はわくわくしながら天井の向こうの碧い星を見上げていた。

(これからフィグラーレへ降りるんだ……! きっと素晴らしい冒険がわたしを待っているんだわ!)

 生まれて初めてズーム機能を使って観察したのが46000㎞上空からの惑星フィグラーレ。とてもロマンチックだと思う。

 先ほどから飽きずに眺めている、美しいこの星は未だ発展途上で、表面積の85%が前人未踏の世界である。惑星の歴史、生態系、先住民族と古代遺跡の謎、まだまだ解明されていないことだらけだ。

 その世界に《先住民族(アーシユ)》と《後着種族(ヒユーム)》、そしてその間に生まれた《混血種(ミツクス)》、主に三種類の人類種(マンカインド)と、彼らを支える《高等アンドロイド(セーヴァ)》たちが暮らしている。

 ──扉が開く機械音がしたので、少女は癖毛をピンと立てて電気が走ったようにそちらに焦点を合わせた。広場に入ってきたのは赤ちゃんを抱いた若い女性だった。

(違った……そりゃそうよね、いくらなんでも早すぎるわ。まだ8時半なんですもの。わたしみたいにこんなに早くおこしになるはずないわ)

 待ち合わせの時間は10時だ。

 少女はもう一度自分を迎えに来る人物の画像を表示した。

 長い黒髪、日焼けした肌に、蒼く涼しげな瞳。彼の画像を見た瞬間から世界が変わった。この凜々しいどこか影のある青年の顔を、データを受け取った時からずっと時間があれば眺めるのであった。三回しか交わしていないメールの遣り取りも暗記するくらい何度も読み返した。

「リジン、ガークスター……!」

 その名を口に出してみると、身体が芯に引き寄せられるようにギュッと縮こまった。ヒュームの29歳独身。惑星探査船ファルクラム号の船長で海洋研究者とある。

(若いのに学者さんで船長さんなんですもの。きっととても優秀な人なんだわ。どんな人だろう、わたしのご主人様。優しそうで、それにとってもかっこいい! わたしはとてもラッキーなんだわ!)

 何度も青年の画像を見たりメールを穴が空くほど読み返す度に、期待で胸を膨らませて人物像を勝手に空想していた。

 自分から現地に赴くこともできたのだが、リジンからのメールで、ちょうどリーアガルドに用事があるとのことで、軌道エレベーター駅最寄りのこの広場で待ち合わせということになったのだ。リジン自身は一昨日からリーアガルドに来ているらしいが、まだ会えていない。

(わざわざお迎えに来てくださるなんて光栄だわ! きっととってもお優しい方に違いないわ)

 リジン・ガークスターと遣り取りしたメールの内容は、形式的な挨拶と待ち合わせ場所や時間など、事務的な連絡事項がほとんどなのに、行間やスペースから勝手にその人物像を都合よく好意的に空想し、そこから派生してまた妄想し、頭の中はすぐにリジンで一杯になってしまう。リジンのSNSや研究論文など彼に関するネット上の情報は隈無く検索、読破した。

(研究論文はちょっと難しかったけど、とても情熱的で面白かったわ。ご主人さまがすごく優秀な人なんだってよく分かったわ)

 寝ても起きてもふわふわした夢の中にあるようだ。派生したどの空想も、そのゴールは映画のように強く惹かれ合ってやがて結ばれる、そんな結末を妄想してしまうこの少女は、どうやら人一倍、愛や性に関心があるようだ。

(ああ、わたしのこと気に入ってくださるかしら。気に入ってくださるよう、一生懸命がんばらなくちゃ!)

「はやくお会いしたいなぁ」

 その時、目が合った女性がにこやかに会釈してくれたので、少女もあわてて頭を下げた。

(ヤバ、また独り言が勝手にでちゃった)

 かるく咳払いをしながら居住まい正してベンチに深く座り直し、もう一度視界に時計を呼び出して時刻を確認したその時、「隣、よろしい?」と先ほどの赤子を抱いた女性が話しかけてきた。

「どうぞっ!」

 新鮮で元気な反応に、女性はやはりと勝手に合点がいったようだ。

「あなた、リーアじゃない? リーアタイプの《高等アンドロイド(セーヴァ)》よね? もしかしてまだ生まれて間もない感じ?」

「はい! わたしはRRAS(ダブルアールエーエス)02№01112、AS電脳搭載型アンドロイド、リーアタイプのセーヴァです。おっしゃるとおり、わたしは稼働してまだ2160時間です」

 視界の隅に用意しておいた、リジンに会った時のための自己紹介の文面を問題なく読めたが、女性の反応が気になる。よい印象を感じてもらえただろうか。

「ふふ、やっぱりそうなのね。落ち着いて。時間単位でマンカインドに応えてもすぐに分かってくれないわよ。本当にプラントから出たばっかりって感じね」

「ごめんなさい! わたし目が覚めてからはプラントの職員さんや他のセーヴァとしか会話経験がなくって実はこれが外に出てから初めてのおしゃべりなんです」

 少女型アンドロイドは、早口で大げさな身振り手振りで、人を待っていることを話した。

「──そう。迎えの人を待ってるの。私と同じね。じゃあ、待っている間、もし良かったら私と少しお話ししましょうか?」

 ころころと表情の変わる初々しいセーヴァを見る女性の視線はとても暖かった。

「えっ!? 本当ですか!? ありがとうございますよろしくお願いします!」


 ──今日の人類の発展は、あらゆる分野で人類種(マンカインド)のために奉仕労働する《高等アンドロイド(セーヴァ)》の活躍あってこそである。

 セーヴァとは、AS電脳を採用した人型高等被造知性のことを指す。

 健全で健康な精神を持つセーヴァに勝る人工知能は存在しない。彼らをいかに育て導くか、それが人類発展の重要点である。だから経験の少ないセーヴァを見かけたら無条件に支援するのはマンカインドとして当然のモラルなのだ。特に〝直接のコミュニケーション〟は電脳に良い刺激になって、セーヴァを著しく成長させる。この女性がロールアウトしたばかりの少女にしようとしていることは、いわゆる〝会話支援〟といい、セーヴァとおしゃべりすることはマンカインドとしての極当たり前のモラルでボランティアなのだ。


 ──宇宙へ進出していくにあたって、人類がAIやロボットに頼るのは必然であった。

 宇宙開拓は長く辛く過酷だ。

 人体では脳力的、体力的、精神的にも限界がある。しかし、厳しい環境のなかで、しかも極限状態で〝人間らしい〟感性と発想で的確な判断能力を持つ高度な人工知能が必要とされてきたのである。

 これまで様々な機構のAIが発達したが、人類が長い時間をかけた結論として、文化・文明の発展と維持のためには、より人間的思考を備えたAIが必需となってきたのであった。

 すなわち、AIに感情を持たせる必要性があったのである。

 しかし、従来のニュートラルネットワーク、プログラミング、ビッグデータ学習型などのAIでは、失敗と暴走を繰り返し、人間的思考を再現できなかった。


「──え? 10時待ち合わせなの? まだ一時間以上もあるじゃない。ええ? 朝の7時からここで待ってるの?」

「えへへ、だって、待ちきれないんですもの! もし遅れたらどうしようって心配だし、それにわたし待ってるのって嫌いじゃないわ。どんな人なのか、どんな所へ行くのか、たくさん空想できてわくわくしちゃう」

(一番の理由が、一秒でもはやくご主人さまに会いたいからなんだけどね)

 恥ずかしがったり、笑顔になったり、本当のことを口に出さなかったり、青い髪の少女型セーヴァの表情や仕草は、外見年齢そのものだ。

 〝感情〟という、不可思議で矛盾していて、難解な人間的思考を人工知能で完全に再現成功したのが、宇宙歴が始まる前に出生した、地球の天才電脳科学者ソシエ・オダニである。彼女が考案したのがアラヤ識システム電子頭脳という。

 開発に踏襲したのが「唯識」という、古代インド仏教が解明した人間のこころの捉え方だった。その中核となるはたらきからアラヤ識システムと名付け、その機構を採用した電子頭脳を通称AS電脳と言う。

 後年研究と開発はさらに進み、健全で健康な精神を育成したAS電脳であれば、アラヤ識回路を外部装置と接続することでその個体に無限の可能性を与え、従来のAIの数倍以上に高等な演算能力と知性を発現することができた。

 しかしその反面セーヴァは、人格の正常な形成に必要不可欠な、限りなく人体を模した筐体と、マンカインドと同じ生活習慣を必要とし、そしてこれまでのAIにはなかった執着や欲望、いわゆる〝煩悩〟も備えることになった。

 愚かで賢い、醜くて美しい、人類の子どもにして永遠の奉仕者セーヴァ。

 古くから、「子は親の鏡」というのは真理だ。育て方によってセーヴァは様々な個性、能力を発揮する。鏡が置かれたら、我が身を見直すのが人というもの。親が子どもを養育することを通して親として学ぶことと同じように、人類はセーヴァを育成し正しく導こうとすることで、文化的、社会的、宗教的にも成熟し、大宇宙への進出を果たした。

 セーヴァあっての今日なのである。


「──そう、あなたまだ名前がないの。その新しいマスターさんにすてきな名前つけてもらえればいいわね」

「はい! どんなお名前をいただけるのか、本当にわくわくしちゃうわ。稼働してから昨日までプラントで研修を受けていたんだけど、そこではセーヴァは型式番号で呼ばれてるの。で、わたしの製造ナンバーは01112だから、〝スリーワンツー〟って呼ばれてたの。それね、とーーーーっても、イヤだったの。だってかけ声みたいで格好悪いと思いません? すっごくイヤだったから、「わたしのことは仮にティアって呼んでください」って指導係のセーヴァにお願いしたの。そしたら「絶対だめ。名前は仕える人に決めてもらうのが規則よ。そんなこと気にして、あんた本当にセーヴァなの?」ですって。だからわたし、どんな名前を付けてもらえるのか、勝手にたくさん空想したわ」

「そう、そうなのね」

「〝ティア〟っていうのはね、むかし地球圏で活躍した宇宙戦艦のメインAIのセーヴァの名前なの。リーアタイプの祖先よ。400年前は結構有名だったけど、きっと今はもう知っている人ほとんどいないだろうから、ちょうどいいやって思ったんだけど、だめって言われちゃった」

「へー、そんなセーヴァがいたの」

「でもね、嫌なコトばかりじゃないわ。わたし、生まれた時は外見のとおり13歳くらい知識と教養と、400年前のリーアのとしての基礎知識しかなかったでしょ? だから目覚めてからリーアガルド号が惑星にたどり着いてしかもそれから100年経ってるって教えられて、ほんとびっくりしたわ! 歴史も世界も、教わること全部、わくわくすることばかりで、これからどんな所に行くのか、本当に楽しみだわ」

 アスナと名のる女性は、赤ちゃんをあやしながら、リーアタイプの話を辛抱強くうんうんと耳を傾けてくれている。

(プラントを出て初めての会話がアスナさんでわたしはラッキーだわ! 優しくて、わたしもこんな人になりたい!)

 もっと話したい、もっと聞きたい、という燃えるような好奇心と知識欲が生まれて間もない少女を饒舌にした。しかし、実はアスナの方が何か聞こうとしても、それに気付かずしゃべりだし質問攻めにしてしまっていた。

「──うわあ~、赤ちゃんかわいいですね! とっても! 男の子なんですか。へえカイくんっていうんだ。いい名前ですね。きっと格好いい男の子になるわ。え? 生後4ヶ月? ということはわたしよりお兄ちゃんなの~!?」

 乳児の名前はカイ。今待っている夫はアーシュだそうでこの子は混血種(ミツクス)ということになる。リーアタイプの少女には古い記憶しか無い。先住民族(アーシユ)混血種(ミツクス)について知識としてはあるが、実際に見たり聞いたりするのは当然これが初めてだった。「アーシュってヒュームとどう違うんですか?」「種族を越えて結婚するってどんなふうなんですか?」などと次から次へと質問をしてしまった。

「──さわってもいいですか?」

 アスナからにこやかな許可を得て、大切に壊さないように、そっと人差し指で小さな手に触れてみた。反射なのか、幼い指が弱々しく指先を握り返してきた。

「うわ~! 指ちっちゃい、爪も!」

 『赤ちゃん』という実体と概念に初めて向きあったにも関わらず、同じく生まれたてのリーアタイプの胸中は、キラキラ輝くような初々しい母性と保護欲でいっぱいになっていた。うわなにこれ愛しい可愛いもっと触りたいだっこしたい!

「ああ~、あったかい。軽くてちっちゃ~! ああ、泣かないで、ゴメンね、ママのところに帰ろうね」

 ありがとうございました、と礼を言いながらアスナに赤ちゃんを丁寧に返した。感想を聞かれたリーアタイプは、指を組んでうっとり応えた。

「なんだろう、赤ちゃんをだっこした時、すっごく癒やされました。不安やストレスが吹き飛ぶこの幸せな感じ! こういう感覚って、初代リーアから転写されただけのものなんだけど、とても本当にそれだけとは思えないわ。きっと、子どもを大切に思うっていうこの感覚は、もしかしたらすべての生命共通の偉大な基本的欲求なんじゃないかしら」

 なんて素敵で幸せな感覚なんだろう! 本当にそう思う。

「わたしも赤ちゃん欲しくなっちゃった!」

 アスナはうんうんと頷いてくれた。少女は相手が自分の独特な感想と大げさな表現に面食らっていることに気付いておらず、おかまいなく続けざまに口を開いていた。

「カイ君はアスナさんのお腹の中から生まれたんですよね。すごいなぁ。わたしは三ヶ月前にこのリーアガルド号のプラントで生産されたけど、地上にはプラントはまだないんですってね。だからフィグラーレ星系にいるセーヴァはみんなリーアガルド生まれということになるでしょ? だからタイプやシリーズ関係なく私たちセーヴァはみんな兄妹っなんだなって思ったの。それでプラントの職員さんにそう言ったら「おまえの言うことはいちいち大げさだ」って言われたわ。でもやっぱりわたし、そう思うの。でもね、「全銀河でリーアタイプはこの船でしか生産されていないレアブランドだから、変な言動でイメージを壊さないように」だって。それでね、変な言動ってなんですか~?って聞いたら、それだ! って怒るの。ウロチョロするわ相手のことかまわず質問連打するわで、たのむから大人しくしろ! だって。リーアタイプの突然変異なんですって。ひどい扱いだと思いません?」

「そうね。そう思うわ」

「リーアタイプでいうと、製造番号が01112のわたしが一番妹なの。それにのこの筐体(からだ)、やっぱり子どもだわ。そりゃ400年前にはなかった技術がたくさん使われているわ。体重はまだちょっと重いけど。でも外見はあまり変わってなくて残念だわ。もっと大人びた外見年齢にしてくれてもいいと思いません? でも基礎になっている人格は初代(プロトタイプ)リーアの初期記憶のコピーよ。初代リーアはすごいセーヴァだから、わたしはそのコピーで妹みたいなもので、あのリーアはわたしの姉で大先輩なんだって、ちょっと自慢したくなっちゃう。会ったことないけれど。今も現役でこのリーアガルド号の中枢AIをしてるんでしょ? 400年前からずっと働いているのって、どんな感覚なのかしら」

「そう、そうね。でもあの子はずっと一人で船とコネクティングしているわけじゃなくて、100年ほど前からは他のセーヴァと交代制で勤務しているはずよ」

「まあ、そうなんですね。安心したわ。ずっと貝殻(コネクター)に入っているわけじゃないのね。そういえば映画にも出ていたわ」

 赤ん坊を抱き直して、母親は一息ついて思案しているように見えた。

(わたし、何かへんなことしゃべったかな?)

 少女はドキドキしながら女性の次の言葉を待った。ほんの1~2秒くらいの間なのに、とても長く感じる。

「リーアタイプのセーヴァさん、あのね、もう少し、しゃべる量を減らした方がいいかもね」

「えっ、あ、はい! すみませんでした! やっぱりわたし、しゃべりすぎます?」

「あいや、あやまるほどのことじゃないわ。……そうね、そのうち修正されていくと思うけど、あなたの話、まるでジェットコースターに乗っているみたいだったわ」とクスッと笑った。「思ったことそのまま話している感じかな。話があっちこっち行ってついて行くのに大変だったわ。でも気にしないで。この子と同じで生まれたばっかりなんだから、経験が少ないのだから、しかたないことなんだし。ゆっくり修正していけばいいわ」

「ジェットコースター……?」

「私の知ってるリーアタイプの子は、あなたよりも稼働年数とっても長いからなんだろうけど、口調や表情はそんなに変わったりしないわ。それにあなたとは全然ちがう性格よ。不思議ね。同じ筐体で同じ初期記憶のはずなのにね」

 環境や体験、その時の状況によって人格や感情が劇的に変化・成長することがアラヤ識システム電子頭脳の特徴でもある。

「それはそれでその子の性格っていうか個性っていうか、それでいいんだけどね。無表情で口数少ないから、機械的な子だなぁ~って思われちゃうんだけど、実はちゃんと色々考えてたり、とてもいい子なのよ」

 既知のセーヴァを思い出し、母親ははにかんだ。

 彼女が知っているリーアタイプは、勤めている職場のメインAIで、今アスナ自身は育児休暇中らしい。しばらく顔を見ていない、どうしてるかな、ウチのマスコット的な存在、だそうだ。

「あなたたちリーアタイプは可愛いし、その職員さんが言ったとおり、フィグラーレとリーアガルドの象徴みたいなところがあるから、あなたもがんばってね」

「はい!」

 アスナとの会話がはずんですっかり忘れていたが、待ち合わせの約束の時間まであと30分だ。腕の中の赤ん坊はすっかり熟睡してしまっていた。やがて、先に待ち人が来たのは女性の方だった。

「じゃあね。リーアタイプのセーヴァさん。お話できて良かったわ。がんばってね」

「はい! ありがとうございました!」

 少女はペコリと頭を下げ、アスナたちを見送った。

(そうか、やっぱりわたし、しゃべりすぎるんだわ。これってそんなに悪いことだと思っていなかったわ。プラントのみんなは、わたしの相手するのが面倒くさいからそう言ったんだと思ってた。でも、本当にあまりしゃべらないようにしないといけないのかしら。だとしたらそれは地獄だわ!)

 もし、これから会う新しい主人にも「静かにしろ」と言われたらどうしよう。「新しいこと、色んなコトを見たり聞いたりしたいのに。もしそれがダメだって言われたらどうしよう……。プラントでじっとしていろと言われた時のあの退屈な時間は、本当に地獄だったわ」

 少女型アンドロイドは両頬に手をやって自分の未来の想像を繰り返した。「お?」と、意外なことに、自分のほっぺたは赤子と同じくらいの柔軟性だ。カイという赤ん坊の愛らしい表情と、プニプニした掌や頬の感触を思い出し、心配が和らいだ。そうか、自分の頬を触る度に『赤ちゃん』という幸福な感覚を思い出せるかもしれない。いや、柔らかいモノを触ってプニプニすることは、ストレス解消になるのでは? そう考えると、赤ん坊を育てるということは、とても幸せなことなんだろうな。

「ああ~、赤ちゃん可愛かったなぁ、欲しいなぁ……」

 という欲求が勝手に口から出たことに少女は驚いて口を押さえた。さっきの女性の指摘した通り、どうやら自分は考えていることや思ったことがそのまま口に出てしまうようだ。

 新生児や幼児に関わるセーヴァの職種は様々にある。産婦人科や幼児教育業、ベビーシッター、代理出産というものまである。しかし自分の筐体は13歳のボディなのでそのどれにも向いていない。事故などよほどのことが無い限り、筐体を変更することはないし、少ししか生きていないがそれでもそれなりに自分の身体に対する愛着もある。大体自分は既にリジン・ガークスターの所へ行くと就職先が決まっている。そもそもなぜこのような無意味な思考が意識回路に表象されるのか。

「さっきのように、思ったことが意識回路で整理したり命令しないうちに勝手に口から出るということって、まだ自分のAS電脳が未発達で経験が足りないせいなのかしら」

 そうではないと自己分析する。

 表層意識回路の水面下で、無意識に働く深層意識の層をアラヤ識回路という。深遠で広大なアラヤ識回路の中では、見て聞いて感じた記憶種子が全て一旦短期記憶回路に保存され、次に休止時などのタイミングで整理されて長期記憶回路に保存される。短期、長期両方とも、そこに保存された記憶種子たちは無作為に周囲の関連性のある記憶種子と連動し、意識回路に感情や記憶として表象され、思考や行動に大きく影響する。

 そしてその瞬間に表象された意識や考え、思いつきもまた記憶種子としてアラヤ識回路に集積されていく。筐体は人間のように成長したりしないが、AS電脳は本人無意識のうちに、常時瞬間的に記憶種子を蓄積して膨張し発達し続けていくのだ。

 だから、意識回路が命令したわけでもないのに、「あ、そういえば、ほっぺと同じくらい柔らかいところがあったわ」、と唐突に思いつき口と手が勝手に動くこともある。

(うん、小さいけど確かに同じくらいの柔らかさね、いいえ、こっちの方が柔らかい? 400年前より柔らかい気がする、より人体に近づいているということね)

「自分以外の胸って触ったことないけど」

 勝手な思考、想定していない動作、これはアラヤ識回路から無意識に、意図せずに表象される反応で、アラヤ識システムが正常、活発に機能している証拠なのだ。

「そういう機能もあるし、(この筐体(からだ)は)これ以上大きくならないけど、(AS電脳は)これでいいのよね。色んなマンカインドと(会話を)たくさんするつもりだけど(記憶種子が)激しく出入りするのって(電脳に)いい刺激になるみたいだし、とても興味あるけど(大切なのは感情とかの記憶の)整理か。あ、でも赤ちゃん(の記憶は)欲しいよね~。すぐに(思い出が)出やすくするには(記憶種子の)激しい出し入れで(その経路を)広げるしか」

「……あ、赤ちゃんが欲しいのか? でも不特定多数とするのはやめておいた方がいいんじゃないか」

「はっ!? えっ!?」

「そういうことに興味を持つのは悪いことじゃないけどな」

 自分で自分の胸を揉む少女の目の前に、見たことのある青年が立っていた。

「えええぇっ!?」

 青い髪が逆立って、少女はベンチから飛び上がって見上げた。

「あああ、ええっと……! こ、これはその……!?」

 毎日眺めていた画像の青年、自分の新しい主人にして雇い主、リジン・ガークスターその人だ。アスナと入れ替わりにやって来たことを眼識回路が通知していたが、考え事をしていたせいで意識回路が認識できていなかった。

(うっそ~!なんで気付かないかなわたし!?あやっぱりかっこいい!でもそれどころじゃなくて勘違いされるような変なこと聞かれたんじゃない!?機能とか激しい出し入れとか言ってなかった!?あなんかいいにおい)

「こうやってちゃんと会うのは初めてか。僕はリジン。リジン・ガークスター。メールではどうも」

 余計な独り言を聞いてしまった青年は気まずそうに視線をそらして頭をかいた。「ロールアウトしたばかりなんだろ? そういうのは、まだちょっと早いんじゃないか?」

(なんか誤解されてない~!?)まだ手は胸にあることに気付いてセーヴァは慌てて激しく手を振り回した。

「いや、やややこれはちちがうんです!機能とか出し入れとか赤ちゃん欲しいとかいうのはそういう性的なアレのことじゃなくて!わたしにはそういう機能もあるにはあるんですがうあああっそ、そういうことじゃなくてただちょっと赤ちゃんが欲しいなって思ったら口と身体が勝手に反応してえええあああ違う違います!そういうことじゃなくて~~!」

 羞恥心と動揺で電脳と身体は暴走し、一生懸命考えて備えておいた自己紹介の文面が、相次いで表示されるコミュニケーションエラーに隠れて出てこない。リジンにくくっと小さく笑われてしまった。

「だから悪いことじゃないって。そんなに取り乱すセーヴァ、初めて見たよ」

(ぜったい、ひかれた~~)

 生まれて初めて体験する絶望に肩を落として、少女型セーヴァは、初めて自分のアラヤ識システムの不可思議性を呪った。

「ああーもう! わたしはRRAS2製造番号00112、AS電脳搭載型アンドロイド、リーアタイプセーヴァです。お目にかかれて光栄です! どうか、末永くよろしくお願いします!」

 やっとの思いでリジンから差し出された手を握手することができた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ