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華々の乱舞  作者: こうしき
第二章

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第五十一話 苦い再会

 遊道線(フリーレーン)を乗り継ぎ三日。アンナとシナブルはアブヤドゥ王国の王城奥にそびえ立つ塔に到着していた。大理石の廊下を歩くアンナはといえば、三年前の──今となっては第一次アブヤドゥ・ブンニー戦争と称された戦での失態を思い出し、奥歯を噛み締める。そんなアンナの三歩後ろを、シナブルは黙ってついて行った。


「お連れ様はこちらでお待ち下さい」


 角を折れたところで案内の騎士に言われるがまま、シナブルは廊下の隅で足を止める。そのまま真っすぐ廊下を進むアンナは、三年前にくぐった扉と同じ場所で足を止めた。


(……何だか気不味いのよね)


 三年前、アンナはこの扉の向こうで待つ彼らの仕事を滅茶苦茶にしたのだ。今となってはその責任も十分に感じており、顔を合わせるのも気が重い。何故、名指しで仕事の依頼がきたのか未だに理解が出来ていなかった。


「……はぁ」


 意を決して、見張りの騎士に声を掛ける。彼は緊張した面持ちで返事をすると、観音開きの扉をノックした。


「アンナリリアン・F(ファイアランス)・グランヴィ様、ご到着です」


 サングラスに触れながら少しだけ俯いたアンナは、短く息を吐くと足を踏み出した。その足取りは重い。


「お! 来たか! よおアンナ、久しいな!」


 室内に踏み込んだ瞬間、声を上げたのはシムノン・カートスだった。今や大賢者と名高い男だというのに、人懐っこさは変わっていないようだ。


「……メンバーが変わったの?」

「ああ……まあな」


 シムノンの後ろでソファに腰を下ろすメンバーの面子が、三年前とは少し違うのだ。エルフのソフィアに魔法使いのレフとナサニエフ。端の方にいる母子は一旦置いておくことにしても、目つきの鋭い印象の、ライル族の女が一人見当たらなかった。


「あのルーファとかいう女は?」

「ああ……ルーファは死んだよ」

「そう」


 気の毒にとは思うが、アンナには直接関わりのないこと。しかしその態度が気に食わないのか、部屋の端にいた母子──ライル族の女は、眉間に皺を寄せると勢いよく立ち上がった。


「……あんた、あの時の」

「覚えててくれてありがとう、私の家族の仇」


 彼女はレノア。戦闘民族ライル族の、数少ない生き残りだ。三年前の戦争で、アンナは彼女の家族を惨殺していた。その時にシムノンに助けられたことが縁で、レノアはシムノンと行動を共にすることを選んでいた。


「なんであんたがここにいるのよ。それにその子供は何?」

 

 黒髪にブルーの瞳が印象的な幼い男児だ。レノアの陰に隠れていたところをシムノンが抱きかかえ、歯を見せて笑った。


「こいつは俺とレノアのガキだ」

「……は?」

「結婚したんだよ、俺達」

「……結婚」


 ひどくどうでもいい情報だ。重い溜め息をついたアンナは、壁に背を預け腕を組んだ。


「その髪の色は何? どう見てもライルの子じゃないでしょ」

「命狙われて危ねえから、レフの魔法で色を変えてもらったんだよ。そんなことよりもアンナお前、その言葉遣いはどうした? 妙に女っぽくなりやがって」

「これは……」

「わかった! 男だな? 男が出来たんだな?」


 否定をすることも、一から説明をすることも面倒だった。好きに言わせておけばよいと口を閉じると、シムノンはそれを肯定と受け取ったのか、機嫌よさそうに笑い声を上げた。


「そうかあ! アンナにも男が出来たのか! 髪も伸ばして可愛いじゃねえか!」

「違う、これは──」

「何、男? 人の家族を殺しておいて、良いご身分ね」

「……はぁ?」


 この二人、どうやら似た者同士のようだ。どちらとも人の話を最後まで聞かず、勝手な憶測で話を進める。他の三人は察しがいいのか、何となく状況を理解してくれているようだが、だからといってアンナに助け舟を出してくれる者などいようはずもない。

 

(全く……自分の人望の無さに呆れるわ)


 レフやナサニエフはともかく、ソフィアあたりなら一言二言割って入ってくれてもいいものを。


(……ま、別に良いけどね)


 自国を出ればどこも戦場だ。アンナの味方になってくれる者など、家族を除けば本当に僅かなのだから。

 

 アンナが背中の刀に手を伸ばすと、シムノンの眉がぴくんと跳ね上がった。レノアの方を振り返り、必死になって彼女を止めているようだ。


「へぇ……廊下にいるのはあなたの男?」

「は?」

「……本当に……何様って感じよね」


 シムノンの腕の中の幼子の頭を撫でると、レノアはゆっくりとアンナに近寄ってきた。コツコツと踵を鳴らしながら、派手な橙色の前髪をかき上げる。


「この子はルーク。あなたと同じ、二月生まれ。もうすぐ二歳」

「……あたし六月生まれなんだけど」

「あら違った? 失礼。じゃあそっちのあなたは何月生まれ?」

「……ッ!?」


 瞬間、レノアの姿が消える。目で追いきれない速度にアンナが振り返った直後、入口の扉が勢いよく開く。


(まさか──!)


 高速で移動したレノアが、パッと姿を現した先には──。


「……シナブルッ!?」

「…………八月です」

「そう。教えてくれてありがと」


 額に月欠──ライル族特有の大きな薙刀──を突きつけられたシナブルが、レノアに首根っこを掴まれていた。アンナが駆け出そうとした、次の瞬間──


 ──ザシュッ!


「シナブルッ!?」


 首を切り裂かれたシナブルの姿に──初めて聞く自分の甲高い声に──動揺してしまう。フッと全身の血が沸騰し、次の瞬間にはレノアに馬乗りになっていた。


「貴様ぁッ!」

「なぁに? 殺すの?」


 月欠を手放し、床に押し倒されたレノアは満足そうに口角を上げる。シナブルの首を裂いた返り血でべったりと濡れた細い首を、アンナに握り締められて。自分の首の骨が締まる音を聴いたのは何年ぶりだろうか。


「クソが……! 人の家族に何しやがる……!」

「家族? それは良かった! 仕返しが出来て!」

「くっ……!」


 隣で倒れるシナブルは、自分の首を押さえてはいるが虫の息だ。早く止血をしなければ命が危ないだろう。


(けれど、先にこいつの息の根を……!)


 レノアの首を握る手に力を込めた刹那、アンナの手を更に強い力で握りしめたのはシムノンだった。


「離せ貴様ッ!」

「悪かった謝る! あっちも治療するから勘弁してやてくれ!」


 頭を下げるシムノンの後ろでは、ソフィアがシナブルの止血を終えたところであった。エルフの治癒力は流石なもので、みるみるうちに傷が塞がってしまった。


「一体、何の茶番なのよ……!」


 仕事をしに来たはずだ。戦争を止めるために、父から言われて監視まで引き連れて。


(それなのに、この失態は何?)


 大事な家族を傷つけられて、柄にもなく大きな声で叫んでしまって。まだ仕事すら始まっていないというのに、既に酷く疲れてしまった。


「すまない……まさかこんなことになるとは」

「大体、戦場になんで妻子を連れて来るのよ」

 

 レノアはそれなりに強いはず。自宅に子供と二人残して来たところで、その身くらいは守れるはずだ。


「色々事情があるんだよ、こっちは」

「あんた達の事情なんてどうでもいい。仕事の話をいい加減進めなさいよ」


 どうやらシナブルの治療が済んだようだ。ソフィアの腕の高さに驚きつつも、アンナは再び口を開く。


「今回はちゃんと……指示を聞くわ。そのための見張りも今回はいることだし」

「へぇ、どういう風の吹き回しだ?」

「……別に」


 お前には関係ないだろうと言えば、またレノアからの攻撃を受けてしまいかねない。


「まあいいさ。今回はちゃんと交渉でいくつもりだ。アンナ、お前の顔を見せて、ブンニー国王をビビらせる作戦だ」

「何よその作戦……」

「前回のことがあるだろ? まぁ……言い方は悪いが、お前の力をチラつかせて脅してみようかと思ってる」

「賢者とは思えない作戦だな」


 シムノンにかかれば、もっと上手く交渉しようと思えば出来るはずだ。それなのにアンナを脅しの道具に使うなど、邪道にも程がある。


「いいんだ。血が一滴も流れないのが最適だ」

「……さっき大量に流れただろうが」

「悪かったって! レノアも反省してるしさあ!」

「どこが?」


 当のレノアはとっくに部屋の奥に引っ込み、ナサニエフを交えてルークの遊び相手をしている。まるで何事もなかったかのように。


「この埋め合わせは必ずするから、な?」


 頼む、と両手のひらを合わせて頭を下げるシムノンの姿に、アンナは溜め息をつくことしかできない。


(本当に……こいつといると、調子が狂う)


 血を流さずに戦争を止めるなど、出来るはずもない。アンナはシムノンの提案を鼻で笑いながらも、その無謀な作戦に首を縦に振ったのであった。


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

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