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第1話 それはあまりにも突然に…


「何て事だ………」


 私はベッドの上で息をしていない我が主、魔王ザリュードを発見した。

朝なのに中々起きて来ないザリュード様の様子を見に部屋へ来てみたらこれだ…。

呼吸の確認、脈拍の確認をしてみたがどちらも停止している。

申し遅れたが私の名はシャープス…魔王ザリュード様の補佐官をしている者だ。


「カオス、アビス居るな…?」


「はーーーーい!!おっはよーございますシャープス様!!」

「………うん、おはよ…」


 私のすぐ後ろに二つの小さな影が現れる。

元気の良い返事をしたのは金髪碧眼のツインテール少女、カオス。

クリクリした大きな瞳、口元には小さな牙がちらりと覗く。

背中には蝙蝠を彷彿とさせる黒い翼とお尻には先端がハート形の黒い尻尾がある。

一方、暗い返事をした方がアビス、ショートボブの銀髪が美しい紅い釣り目の少女だ。

こちらもカオス同様の身体的特徴がある。

彼女らは双子で種族は下級悪魔(レッサーデーモン)である。


「ああ、おはよう…済まないがすぐにドクター・テンパランスをこの魔王の間に連れて来てくれないか?」


「はーーーーい!!まかせてーー!!」

「…んっ」


 二人は小さなツバサを羽ばたかせ部屋を出て行った。

一人の残った私は改めて魔王様を観察することにした。

しかし何て安らかな寝顔なのだろう…男性ながらとても美しい。

ザリュード様は純然たる悪魔族で齢は悠に一万年を超えている。

青白い肌と頭の両脇にある巨大な角を除けば人間とさほど変わらない顔だちをしている。

 私は医療に関しては素人だ…呼吸と心臓は止まっているが、もしかしたら何らかの要因で仮死状態なのかもしれない。

一縷の望みにすがっていると二人が戻って来た。


「連れてきましたーーーー!!」

「…んっ」


 二人が洗面器を両側から掴んで飛んで来る…中は色の液体が満たしていた。

そしてその洗面器をザリュード様の傍らに置く。


「何だね朝早くから…私はまだ寝ていたいのだがね…」


 洗面器から中の液体が盛り上がった…この液体はある程度の粘性があり、グネグネと動いている…俗に言うスライムと言う奴だ。

やがてそれは楕円形に短い手足が生えた滑稽な体系の人型になり、白衣を着て眼鏡を掛けた。

ただ彼には目が無い…何故眼鏡を掛けているのかは謎だ。


「おはようございますドクター・テンパランス…早朝からお呼び立てして済みませんがザリュード様の様子が朝から変なのです…診てくださいませんか?」


「ほう…?」


 ドクター・テンパランスは目も鼻も口も無い黄緑色の首を傾げた。

首があるのかどうかはこの際置いておく。




 数分後…


「うん、死んでるねコレは」


 ドクター・テンパランスは特に動揺するでもなく平然と言い放つ。


「やっぱりそうですか…で、死因は?」


「肺血栓塞栓症…俗に言うエコノミークラス症候群と言う奴」


「はっ…?何ですかそれ…?」


 何だ?聞いた事のない単語だぞ?エコ…何だって?


「医学書にそう書いてあったので名前の由来は知らんけどね、長時間同じ姿勢を続ける事で血が固まり血栓ができ肺に詰まって呼吸困難や循環不全を起こす病だな」


「…つまり病死と…」


「そう言う事」


 長時間同じ姿勢を取る…確かに心当たりがある、ザリュード様は長年一日の大半を玉座に坐したまま過ごすしていたのだ。

幾多の激戦を繰り広げ、剣も魔法も退け毒すらも受け付けず、殺しても死なないザリュード様がまさかの病死とは…何という運命のいたずら。


(しかし…困った事になったな…)


 私は頭を抱えた。


 現在、世界はザリュード様が率いる『魔王軍』と勇者が率い、人間やエルフ族など善良な種族らが参加する『義勇軍』が覇権を争っている真っただ中だ。

今の所、両勢力の力関係は拮抗しており、実質上膠着状態と言っていい。

なので、ここで魔王であるザリュード様の訃報が表沙汰になってしまうと一気に『義勇軍』の勢力が増し、たちまち我が『魔王軍』は劣勢を強いられる事だろう。

いや、劣勢で済めばよいが最悪壊滅する事だってあり得る。

ザリュード様の病死は絶対に『義勇軍』に知られてはならない…。


「ありがとうございましたドクター…ですがこの事はまだ口外無用に願います」


「ああ、心得とるよ…医者には守秘義務があるから安心せい」


さすがドクターだ、よく分かっている。

しかしこうなっては仕方が無い…事は一刻を争う。


「カオス、アビス…今すぐ魔王軍四天王に招集を掛けなさい…大至急だ」


「はーーーーい!!かしこまり!!」

「…んっ」


再び双子姉妹は部屋を出て行く。


「お前さんも大変だな」


ドクターが同情の眼差しを私に向ける…彼に目は無いが。


「まあ、これも仕事なんで…」


今の私には頭を掻きながら苦笑いするくらいが関の山だった。

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