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忘却ノ日  作者: お芋の人
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第一話 思い出すのは今日という日。

「ありがとうございましたー」


 金曜日の仕事終わり、俺はコンビニに寄って今夜のおかずと2缶のお酒を買い込んで帰路に着く。日の傾きと肌寒さが秋の訪れを物語っていた。


 寄り道する元気もなく、フラフラと代わり映えしない道を歩く。

 急に周りの空気が変わるのを感じた。ほのかに残る陽の温かさはなりを潜めて、空は雲に覆われ冷たい風が肌を刺す。


 言い様のない不気味さを感じた俺はここから逃げるように歩みを速めた。……のだが、気づけば普段の道を逸れ見覚えのないおかしな道に迷い込んでしまった。


 周りは暗かったが徐々に視界が慣れてきて……あ、少しずつ明るくなってきているのか。え、明るく?なんでだ……。


 あたりがおかしいこと気づき始めたが時すでに遅し。後退りしようとした俺の足は何かにぶつかった。


「え?」


 壁であった。今入ってきた所だと言うのに、そこは壁で塞がれており戻ることは叶わなそうだ。


 もうこれ進むしかないよなぁ……。


 覚悟を決めて先へと進んでいく。幸い、道は続いてる。一定間隔で照明も置いてある。これなら進むのは困らなさそうだな……。


 と思い進んでいたが、次第に明かりが弱々しくなった。道も徐々に狭くなる。


 強い不安に背中を押され、それでもなお道を進む。どうせ戻れる道もないからな。


 そしてたどり着いたのは道幅いっぱいの大きさの門。


 そしてその寂れた門に書いてあるのは「*****」




 なんか懐かしいこの感じ。おばあちゃん家に行った時と似てる気がする。


 けど読めん。盛大に文字化けしてるし。


 もう帰ろう。お腹すいたし。



 普段なら絶対足を踏み入れることはなさそうな場所だった。だけど、この時の俺は少しこの場所に興味を抱いていた。空かせたお腹にはもう少し我慢してもらって、足は自然と門へ向かって歩き出す。そして、商店街へ続く薄暗い道を歩き門を抜けた先には――



 人々がお祭りのように盛り上がっていた。踊り、歌い、騒ぐ。門の外からでは想像もつかない程に皆楽しげだ。もう少し様子を見たいと少し進むと道を挟むように両脇には屋台が見えてきた。


 まず目に入るのは、右手に並ぶ屋台。祭りの定番りんご飴が並んでいる。


「お兄さん。ちょっといいかな」



 あ、りんご飴の屋台の人に声かけられた。綺麗な黒髪の女の人だなぁ。あ、可愛い髪留め。あれは黒猫かな?それで、なんで声かけられたんだろう。


「なんですか?」



「うん。2つ忠告をさせて欲しいな、って思ってね。まず1つ。ここで出されるものは食べちゃいけないよ。食べ物だろうと飲み物だろうと。たとえ普通の屋台の料理に見えたとしてもだよ。帰れなくなっちゃうからね。ここの場所だとか理由はちょっと言えないけれど、よくある定番のあれみたいの感じだよ」



 定番のあれって言うとあれかな。多分あれだな。黄泉竈食(よもつへぐひ)とか言うやつ。神話とか伝説とか好きだったから昔調べたのが役に立ったな。


「それで、2つ目の忠告とは?」



「うん。2つ目なんだけど、お兄さん、今日が一体なんの日なのか覚えてないでしょ。それをちゃんと思い出すこと。それが家に帰るための引き金になるから」



 んー……今日は……資料作りの日、くらいしか予定入ってないけど……。まぁとりあえず思い出すのはサブで、メインはこの物だけ食べないようにすることだな。


「忠告ありがとうございます。そのりんご飴も美味しそうなんですけど、食べるの遠慮しときますね」



「あ、これ食べる?ウチノハアンゼンダヨー。オイシイヨー」



 あ、ここの食べていいの?普通に食べたいん……いやあかんやん。なんかカタコトすぎるし。


「なんで棒読みなんですか。どうせここのを食べても駄目なんですよね。家帰りたいですしやめときます」



「お兄さん、割としっかりしてるね。このまま食べちゃうかなぁとか思ったけど案外食べないもんだ。まぁ食べようとしたら止めるんだけどさ」



 え、俺そこまで間抜けだと思われてたのかな。心外だなぁ。



「心外だなぁ、って顔してるね。でもお兄さん、無意識でここまで足踏み入れちゃったわけでしょ?ならちょっと気を抜いて『パクッ』とかありえるんじゃないかなぁと思って、ね」



「言い返せないのが果てしなく悔しいですけど、ご心配ありがとうございます。まぁ少し気を張って、屋台冷やかしながら今日が何の日か思い出すことにしますよ。では」



「はーい。サクサク思い出してちゃんと帰ってね。



 今夜が終わるまでに帰ってね。



 お兄さん家には家族が待っているのだから――」





 りんご飴のお姉さんと別れ、屋台をめぐり始めた俺はりんごを水に浮かべている屋台を見つけて声をかけてみた。めっちゃガテン系のおっちゃんがにこにこしながら水の中でりんごを回している。



「おっちゃん、これはなんだ?冷やしりんご?」



「おいおい兄ちゃん、冷やしりんごってなんだよ。うちは『ダックアップル』ってゲームをする屋台だぜ。一回やっていくか?」



 やっていくかって言われてもなんなんだダックアップルって。初めて聞いたわ。ちょっと聞いてみるか。


「おっちゃん。ダックアップルっていったいなんだ?」



「なんだ兄ちゃん知らねえのか。ダックアップルってのはな、水にりんごを浮かべて口で咥えていくつ取り出せるか競うゲームなんだ。道具も、もちろん手も使っちゃだめだからな。どうだ、面白そうだろ」



 あまり気が進まん。というか咥えてるときに間違えて口に欠片とか入ったらシャレにならんし。


「いやぁ、今回は遠慮しときますよ。顎外れちゃいそうですし」



「ん?そうか?結構面白いんだけどな、ダックアップル。まーまだ屋台はあるから好きなもん見てけよ。んじゃなー」



大きく手を振って見送ってくれるおっちゃん。おっちゃんが手の残像が見えるほど早く振っていることにはあまり触れず、俺は別の屋台を見始めた。


 定番のから揚げ、ポテト、たこ焼き、わたあめ。ベビーカステラにたい焼きは外せない。



 ――あ、たい焼き買っとこ。あのりんご飴のお姉さんに買ってあげる話だった。

 味は……と。こしあん、チョコ、クリーム、はっ!これは抹茶じゃないか。買おう。今すぐ。



「たい焼き4つください。全部味別で。


 ……あっ。やっぱ抹茶味は抜いて3つにしてください」



 忘れてた。ここの物食べちゃダメだった。抹茶の魔力に引き寄せられて危うく帰れなくなるとこだった。



「そうかいそうかい。毎度あり。ほら、商品だよ。早めに召し上がれ」



「ありがとうございます」




 ちょっと気を抜いたらこれだ。危うく帰れなくなるとこだったわ。帰れたら向こうでたい焼き買お。お腹すいたし。とりあえずたい焼き買えたからクエスト達成だな。



「りんご飴の人喜ぶかなぁ。後で持っていってあげよ」


 落とさないようにしよ。自分の物ならさておき、りんご飴の人にあげるしね。今から持っていこっか……?んーまぁ後ででいいかな。





 たい焼き屋を過ぎた先には、壁を覆うように緑色の蔦が生い茂っていた。綺麗に塗装されていたであろう白い壁は見る影をなくし、窓枠にあるずの窓ガラスははまっていなかった。だがその姿は紛れもなく



「教会……?」



 今こんな所にあることがどう考えても不自然なのだけど、今日を思い出すために必要かもしれない、と俺は教会に足を踏み入れた。


 外が蔦だらけだった協会の印象から、中も朽ちているのだろうと思っていた俺は言葉を失った。



 左右の壁にある窓は、7色のステンドガラスで彩られ、程よい光で教会を照らしていた。そして外から見ただけでは想像もつかないくらいの白さで壁は教会を包み込む。


 綺麗だ。ただこの言葉だけで充分だろう、そう思った。決して表現力に乏しいとかそういうわけじゃない。ほんとだから。



「おや?君は一体どちらから?」



 ふとかけられた言葉に、俺は祭壇の方へ顔を向ける。そこに居たのは1人の神父。



「私は外から来たものです。少し興味があったもので立ち入らせていただきました。そろそろでた方が良さそうですか?」



「いや、いいんだ。最近はミサを行なってもあまり人が来なくて寂しくしていたんだ。気にする必要は無い」



 俺はその言葉にひとまず安堵し、遠慮なく教会を見て回る。きょろきょろと見る中、一つ、興味を引くものがあった。それは、人々が教会で揃って祈りを捧げている絵だ。



「神父さん、この絵はなんですか?」



「これか。これは万霊節と呼ばれる、死者に祈りを捧げる日の時の絵だ。死者に祈りを捧げることで、死者の魂が早く天国に昇れるように、という意味があるらしい」



 万霊節か……聞いたことないな。これも今日思い出すのに必要なものなのだろうか?




「君、今時間はあるかい?実は今からパンを食べようと思っているのだが君もどうだろう。今日は✲✲の日だ。アマラントも入ってちょうどいいんじゃないかな」




 ん?聞き取れなかった。なんの日だったんだろう。それにアマラントって初めて聞いた。なんなんだそれは。早く帰りたいし遠慮するか。それに食ったら帰れないって。



「あ、いえ、もう家にご飯を用意してしまっているので遠慮させていただきますよ」



「そうか。なら気をつけて帰りなさい。


 もう少しでこの祭りも終わる。


 終われば全ては夢となる。


 夢は覚めるから夢ならば


 覚めない夢は現実となる。


 さあさあ早くお行きなさい。


 祭りが終わりを迎える前に。


 夢が現実となる前に」




「ありがとうございます」



 俺は歩みを速めた。神父の話し方が少し変わったのも気にかかったが、何より神父の『祭りが終わる』と言ったところだ。祭りが終わったらもう帰れなくなる気がした。これはただの勘。あながち間違ってはいないと思うけど。早く思い出そう。今日という日を。



「お兄さん」

「お兄さん」




 あ、急に声かけられた。今度は双子の女の子。顔はお面で隠している。


店先に並んでいるのは……かぼちゃ……?



「このかぼちゃはいかが?」

「このかぼちゃはどうかしら?」


「薄くスライスして油であげればおやつになるし」

「普通に焼いても美味しいの」


「でも定番は外せない」

「かぼちゃの煮物は優しいお味」


「少し小ぶりなのは許してね」

「その分味は保証するよ」



 ふむ……最近は仕事三昧で遊んだりってのは全然してなかった。1つ買っていくか。



「じゃあひとつ貰えるかい?」



「さすがお兄さん」

「話をわかってるわね」


「そんなかっこいいお兄さんには」

「そんなイケメンなお兄さんには」


「「サービスのかぼちゃをプレゼント」」



「あ、サービスもかぼちゃなんだ」



「うちにあるのはかぼちゃだけだから」

「ただの美味しいかぼちゃだけだから」



「ありがと。有難く貰うことにするよ」



 あら、このかぼちゃえらく軽いな。なんでだ?まぁかぼちゃも買ったしそろそろ帰らないと。



「そろそろ俺は行くよ」



「もう行くんだ」

「もう少しいればいいのに」



「ごめんね。もう帰らないといけないんだ」



「なら仕方ないね」

「なら仕方ないわ」


「それじゃお兄さん」

「それじゃお兄さん」



「「気をつけて帰ってね」」




 双子のかぼちゃ……(もとい)、双子の女の子と別れた俺はふと先程サービスで貰ったかぼちゃに目を移す。

 小さいから軽いのかと思っていたが、このカボチャ、中をくり抜かれて、目と口に穴が空いている。

 あぁ、これジャック・オ・ランタンだ。




 ……あ!今日はハロウィンじゃないか。




 そうか。最近はカレンダーを見る暇もないほどには忙しかったからな。感覚がおかしくなっていたみたいだ。




 やっと思い出した。これで帰れ――



 その瞬間周りの屋台は消え、残っていたのは屋台巡りをするために通った道だけ。目の前には『サウィン祭』の文字がはっきりと書かれた門がそびえ立っていた。




「門が出てきたということは、これは多分正解だった、ということかな?」



 恐らくあっているのだろう。さ、家に帰ろう。



「にゃー」



 ん?黒猫?……あ、たい焼き渡しそびれた。この猫なんどこかで見たことあるような……。そうだ。



「なぁ猫ちゃん。これ、ここに置いていくわ。たい焼きと、後店で買ったかぼちゃも。このランタンはやらないぞ。サービスで貰ったんだ。家に飾る」



 そう話しながら、黒猫の前にたい焼きとかぼちゃを置来ながら、俺は猫の尻尾に黒猫の髪留めがついているのを目にした。

 そしてただ一言。



「いつかまた来るよ」



 そう残し門をくぐった。

私は抹茶が好きです。


大人のき〇この山&たけ〇この里とかお気に入りですね。最近はどちら派か?なんてことが某SNSで盛り上がっていましたが、私はオールラウンダーです。


さて、それはさておき、今回は猫が主役ではなくハロウィンに焦点を置いたお話になっています。今回話に出てきたモノは基本的に、ハロウィンに関係あるものやハロウィンの元となった(まつりごと)を参考にしています。興味を持った方は少し探してみてもいいかもしれません。


10月の頭にハロウィンの話を書こう!と始めたは言いものの、気づけばハロウィン2日前。PCの前で頭を抱えながらの執筆となりました。


もっとほのぼのしたものを書くつもりだったのですが、何故だろう。少々シリアス調になってしまいました。


それでは、少々長くなりすぎましたが後書きは終わりとしましょう。


お付き合いありがとうございました。

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