第3陣江戸戦線異常あり
徳川の真意を確かめるために、私達は江戸へ向けて馬を走らせていた。
「安土を発って間も無く三日、そろそろ徳川の兵が見えてもおかしくありませんわね、お姉様」
「うん。もうそろそろ江戸に着くはずなんだけど、特に怪しい動きは見られてないね、今の所」
安土を出発して三日。目的地である江戸へは間も無く到着のところまで来ているのに、特に何か怪しいものは今の所は見かけていない。
あくまで耳にしたのが噂ではあるので、それがデマだという可能性だって決してゼロではないのだけれど、私はここまでやって来た直接の理由がある。
「でももし城を本当にこの付近に立てているのなら、必ず何かの動きがあるはず。そしてもしこの世界にまた戦乱を起こすつもりなら、その時は」
「戦うのですか?」
「うん。そして終わらせないと。この戦の時代を」
「お姉様はやはりそれを望んでいるのですね」
「それがこの世界にいた一番必要な事だと思う」
ノブナガ様が、ヒッシーが、色々な魔の手から守ってくれたこの世界。誰かがまた命を落とすくらいならば、もうこの世界に戦はいらない。
そしてもしこの先、徳川とぶつかる事になるならば、それを最後としよう。戦国武将豊臣秀吉としての人生を。
「そこの者たち、止まれ」
それから更に進むことしばらく、江戸を目前にして兵士達が私達の目の前に現れ、その足を止めて来た。
「貴様ら、豊臣の人間だな。イエヤス様が治るこの地に何用だ」
「ちょっとした調査、と言っても理解できないよね。率直に聞くけど、今この付近に何か建てているというのは本当?」
「そんなの答える義務などない」
「私は聞く権利があると思うんだけど。だって私が天下を取ったわけだし」
「ふん、天下を取ったからなんだと言うのだ。この世を治るのはイエヤス様一人だ。退かないというなら、全軍をもって相手になるぞ」
「そういうつもりで来たわけじゃないんだけどなぁ」
私の言葉を無視して兵士達は武器を構える。今回はあくまで偵察のつもりで来たのだけど、やはり衝突は避けられないらしい。私は馬からは降りず、いつもの武器を構える。
「武器を収めるのじゃ!」
一触即発の状況の中、声が響き渡る。この声、イエヤスの声だけど、どこから……。
「まさかわざわざここまで兵を出してくるとはのう、ヒデヨシ」
「イエヤス、どこにいるの? 居るなら姿を」
「それは出来ぬ。何せお主らと我らは敵じゃからのう」
「敵って、じゃあやっぱり」
「お主が天下を取ったとかそんな話は関係あらぬ。この世は妾、徳川家康が治めようぞ」
「そんな勝手な話」
「既にわらわは下克上の準備は完了しておる。何ならこの場でお主の首をとっても良いぞ、ヒデヨシ」
「つっ!」
その声と共に、背後から何かが飛んでくる。私はそれを何とか避けるが、その勢いで落馬してしまう。
「お姉様!」
「大丈夫、この程度」
私に向けて一直線に飛んで来たのは矢だった。そしてそれを放ったのは徳川の兵。つまり、
「まあ既に逃げ場などないがのう」
「挟み撃ち、いつの間に」
「丁度わらわは戦に飢えておってのう。相手してもらうぞ、ヒデヨシ」
今私達は徳川軍の挟み撃ちにされていることになる。しかも前方後方合わせてかなりの数。それに対して私達は、偵察程度の人数で、かなりの少人数。
「やっぱり戦いは避けられない……か」
私は体についた土を払いながら、再び馬に乗る。
「お姉様、どうしますか? 恐らくイエヤスはこの様子だと、私達の背後にいると考えられます」
「なら意地でも突破するよ、ネネ。私達はこんな所で簡単には負けられないから」
「でも突破するとして、どこへ」
「それは勿論」
私は正面に馬を走らせる。敵の本拠地に突っ込むのは大変危険な事なのは分かっている。けどこの場で後方に構えるイエヤスと戦うのだけは今は避けたい。
「目的地は江戸! とにかく今は強行突破して、江戸で態勢を立て直すよ!」
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時代を駆け抜ける
自分が歩んできた人生はまさにその言葉の通りだった。色々な人達と出会って、恋をして、別れて。時代を駆け抜けていく中で、そんな経験を数え切れないくらいしてきた。
(こんな濃い人生を送れて、本当によかった)
死を迎えて、振り返ってそう思う。それはきっと彼女達も同じだろう。そのあまりに濃密すぎる時代は、人生そのものを変えてくれたと断言できる。
そう……俺はそんな時代を駆け抜けた一人。
世界を越えて、時代を越えて俺は出会いと別れを繰り返して、成長して大きく変わった。まあそもそも何度も死んでいるので、変わったというよりは生まれ変わったの方が正しいのかもしれない。
そしてその何度目かの人生を終えて、今本当の意味で死を迎えた俺は、何故か今この場所に立たされている。
「さてと、まさか死を迎えはずのお主がこの場所におるとはのう、ヒスイ」
「どういうつもりだイエヤス。もう戦は終わったはずじゃ」
「終わってはおらぬ。まだわらわはこの世を治めておらぬ」
「治るって天下はヒデヨシが」
「分かったような口で言うでない!」
「つっ!」
イエヤスの隣。つまりヒデヨシとは敵の立場。
俺は何故か再びこの戦乱の地に立たされていた。