異世界来たけど何か違う
…これ、、どういう状況なんだろうか?
『さぁの…妾にもわからぬ』
ルシアから返ってきた言葉に気を止めながらも、俺は目の前の二人から視線を外さない。
片や俺を睨み付けて警戒心丸出しの美少女。もう片方はそんな連れの様子に慌てるイケメン男子。
扉を開けて、いざ異世界へ! と期待を胸にやってきた俺だったのだが、そんな俺を出迎えてくれたのは異世界の美少女でも山賊でも魔物でも、ましてはドラゴンでもない、ただの爆炎。生き物ですらないとはこれ如何に。
咄嗟の事で手にしていた鉈で顔を防ぐように構えたのだが、暫く経っても爆破の影響はなかったのだ。
というのも、これはルシアの力が関係しているらしく、並みの攻撃や衝撃は全て無効になってしまうのだとか。
知れば知るほど、恐ろしい力を持った魔王である。
そんなわけで無事だった俺だったのだが、その周りも無事だったかといえばそうではない。
何かの建物の中であることはすぐにわかったのだが、爆発の影響なのか、この部屋には何かの残骸はあれども、見て何かわかるようなものは一切ない。
ご丁寧なことにこの部屋唯一の出入り口も瓦礫の山によってふさがれていたため、身体能力の確認も含めて殴り飛ばした。
で、その先の部屋で見つけたのがこの目の前の二人だったんだが…
「……何で君は、そんなに攻撃的なのか、ねっ!」
赤髪の美少女の手から飛んでくる雷撃を、身を捩って回避する。
あれがルシアの言う魔法なのだろう。あっちで見せられたルシアの魔法よりも威力は劣るようにもみえるが、まぁ魔王と比べれば当然といえば当然か。
「おっと」
考え事をしていたため、あまり意識していなかったのだが、通り過ぎたはずの雷撃が後ろから戻ってきたことを感知したため、簡易な魔法障壁を張って対応する。
これは言うなればただ単に魔力の壁を作っただけのもので、本来なら大したことはない魔法なのだが、ルシアの力をもってすればその評価も覆る。
今は力を失っているとはいえ、ルシアは(元)魔王だ。これくらいの魔法を防ぐなんざどうということはない。
おまけに、魔力を感じ取れるようになったため、魔法による奇襲も今の俺には意味をなさないものになっている。
「っ!? 神楽君! あなたも加勢して! 悔しいけど、私一人じゃ厳しいわ」
「え? で、でもまだ敵と決まったわけじゃ…」
「今の状況で中から出てきた奴が無関係なわけないでしょ! とっちめて、話を聞くわよ!」
俺の知らないところで話が勝手に進んでいる件について
『…ふむ、どうやらショウは、何かしらやらかしたと思われているのかの?』
馬鹿を言わないでほしい。こちとらつい先ほど異世界に来たところなんだぞ。
そしていきなりの爆発に巻き込まれた俺も言うなれば被害者だ。賠償金を要求する!
そうこうしているうちに、話がまとまったのか、今まで静観していた黒髪のイケメンの方も立ち上がると、次には武器である剣を腰から抜いた。
…今まで気づかなかったけど、帯剣していたのね。
銃刀法違反だぞこの野郎! と思ったが、よく考えたら異世界だ。こっちの世界の人たちが普段から武装していてもおかしくはない。ルシアの話じゃ、こちらの世界には冒険者というなんともテンプレートな役職もあるみたいだし、まだ見ぬビキニアーマーの美人もいるかもしれないのだ。
…にしてもこの子ら、やけに文明的な服を着ているな。
剣を構えるイケメンに魔法を使う美少女。そのどちらもが俺が向こうで見慣れたはずの制服を着ているのだ。
しかも、ブレザータイプ。
赤地に黒の線が入ったズボンにスカート、そして白のシャツに黒いブレザー。所々に赤の刺繍が入ったその制服は素直にかっこいいデザインだな、と感じる。
違う、そうじゃない。
聞いてた話じゃ、こっちはまだ向こうの中世あたりの文明だったはずだ。それがどうして、こんな文明的な服を着ているのだろうか。
『なぁ、ルシア。お前のいた世界って、服だけ進歩してたってわけじゃないんだよな?』
『うむ、そんな話は聞いたことがないが……もしかしたら、ここは大陸内部であるかもしれん。あそこには優秀な戦士を育てる教育機関があったはずじゃ。ショウの見立てでは、あれは学生の着るものであるのじゃろう? 妾も、そこまで詳しく把握していたわけではない故な』
「なるほ…どぉ!?」
「くっ、避けられた!」
ルシアとの会話に思考を割きすぎたせいか、どうやら周りへの警戒がおろそかになっていたようで、いつの間にか接近していた少年の剣を半身になることで免れる。
「危ねぇだろうが!! 怪我したらどうすんだ!」
「その時はごめんなさい!!」
本当に申し訳なさそうな顔で謝られたのだが、謝るくらいなら斬りかからないでほしい。
剣を振り切った勢いを利用して繰り出される薙ぎ払いを、手に持っていた鉈を構えて受け止める。
硬質な金属がぶつかり合う音が辺りに響いた。
「っ、なんつぅ力だ…!!」
「あなたもね!」
手に響いた衝撃に、思わず動きを止めてしまった。
これは完全に予想外。ルシアと契約したことで上がった力を持ってしても抑えられないとは。
『恐らくは、身体強化の魔法を使っておるんじゃろうて。そりゃ押し込まれるわ』
『俺も使える?』
『もちろん。朝飯前じゃぞ?』
心の中でルシアとの会話を終えた俺は、再び目の前の少年に意識を集中する。
時折、少女の方から援護するように雷撃やら炎弾やらが飛んでくるが、そこは全身に魔法障壁を張って対応しているので問題はない。
『身体強化』
ルシアから教えてもらった魔法言語を唱える。未だに何故俺が使えるのかわからないが、損をするわけではないのだ。気にしても仕方ないだろう。
唱えた瞬間、体の内から力が湧いてくるように感じた。
これが身体強化の魔法なのだろう。なるほど、これは確かに凄い。昔の俺なら勘違いして更に痛々しくなっていたことだろう。
『感覚強化』
ついでとばかりに感覚の能力もあげておく。
これによって、上がった身体能力に思考が追い付くようになり、落ち着いた対処も可能となる。
振るわれた剣を鉈に沿わせる形で受け流すと、一瞬だけ空いた胴体に蹴りを繰り出した。
「っ!?」
しかし、イケメン男はかなりのやり手だったらしく、凄まじい反応速度で脚を上げると、そのまま俺の蹴りを受け止めた。
が、そんなもので受け止めきれるわけがない
「っ!? がっ!?」
「!? 神楽君!」
防御なんか知るか、と言わんばかりに力を込めて蹴り飛ばすと、少年は面白いように吹き飛んだ。
仲間がやられたことに焦ったのか、少女は少年の名前を叫ぶ。
まぁでも、それほど強い攻撃はしていないので安心してほしい。それに、一度落ち着いて話をしないと、何か誤解されていそうでならないのだ。
「あぁ、そこの二人。一回落ち着いて……」
「このっ! よくも神楽君を!」
アカン、聞いてもらわれへん(絶望)
聞き耳持たんという怒りを顕にした少女。その手の先に集まる魔力が先程よりも多いと感知できる。
「『フレイムインパクト』!!」
放たれたのは拳サイズの炎の塊。それも
先程放たれていた炎弾よりもサイズが小さいのだが、内包する魔力はかなりのものだ。それに、速度も速い。
略せば炎の衝撃。当たれば破裂でもするのだろうか。
加速した思考でそんなことを考える。
「まぁ、素直に受けねぇわな!」
近場に落ちていた瓦礫を蹴りあげて、飛んできた炎にぶつける。すると、予想通り炎は弾け、凄まじい衝撃で瓦礫を粉々にした。多分、人に向けていいものじゃない。
「うそ……」
「何なんだあの人は……」
魔法を防がれたからだろうか、少女は驚愕を、少年は困惑を。
俺も被害者なのに、見るからにラスボス、みたいなこの状況はいったいなんなのであろうか。
とりあえず、この二人の誤解を解かければならない。そして、こちらの世界のことを詳しく聞かねばならない。
「で?話を聞いてもらってもいいだろうか?」
「……ええ、いいわよ」
?思いの外、あっさりと聞き入れてくれた。
なら初めからそうしてほしかったのだが、今言っても仕方ないだろう。
手にしていた鉈をコート内にしまうふりをして空間庫にしまいこんだ。
ルシア曰く、こういった魔法を使える人は少ないらしく、あんまり目立つとルシアのことがバレる可能性が高くなる、とのこと。そのため、予め人前ではどこかにしまうふりをして使うことが決まっていた。
「よかった。ようやく落ち着いて話が…」
「……ただし、警察署で、だけどね!」
その言葉の意味を理解する前に事は起こった。
「突入!! 犯人を確保しろ!!」
突然、窓から侵入してきた黒い人影。
見ると、入ってきたのは黒い防弾チョッキと思われる物に、頑丈そうな黒いヘルメットを被った男たち。
ご丁寧なことに、銃などの武器まで装備……あれ?
『おい、ルシア! お前の世界に銃はあったか!?』
『む?なんじゃ、そのジュウとやらは。知らんぞ』
『火薬使って、金属の弾を飛ばす武器だよ』
『むぅ……そんなけったいなもの、なかったはずじゃ。強力な武器なら、人族の奴らも使っていたはずじゃしの』
『そのけったいなものを持ってんだよ!奴等は!』
何!? というルシアの言葉を聞きつつも、俺は冷静になろうと状況を見据える。
武装した男たちはだいたい三十人といったところか。よく見れば、その黒服には白地で『police』と書かれている。
……待て、police? 警察、だと?
「元々、こっちは時間さえ稼げば良かったのよ。さぁ、観念なさい!」
少女が何か言っているが、大したことではないだろう。それよりも、俺はもう何が何やらわからない状態だ。
何もかもがルシアの話と違う
「両手を上にあげろ。さもなければ撃つ」
男たちのなかで、唯一腕に青い刺繍の入った男がそう言った。
だが、そんな言葉、今は関係ない。まずは、俺に今何が起きているのか、それを把握することが先決だ。
「おい、聞こえてないのか!テロリスト!!」
テロリスト? 俺が?
『ふむ、つまりあれじゃな。妾達がこちらに来たときに起こった爆発は、妾達の仕業と思われているみたいじゃの』
『俺達も被害者なんだぞ?』
『関係なかろうて。さっきそこの娘も言っておったじゃろ。無関係ではない、とな』
ルシアと会話することで、困惑していた思考がだんだんとまとまってくる。
つまり、だ。俺はこの爆発を引き起こした犯人だと思われている、と。
え、なにそれ怖い
『してどうするんじゃ? 大人しく捕まるか? 妾としたはいきなり妾の存在に気づかれたくはないんじゃが』
『あったりめぇだ。俺は何にも悪いことしてねぇぞ。それに、お前との約束もあるんだ。こんなとこで捕まって処刑エンドとか笑えねぇぞ』
再度聞こえないのか、と怒鳴る男を見据えてどうやってこの状況を打破するかを考える。
「あぁ、俺も一応被害者なんですが?」
「その話も含めて、署で聞こうじゃないか」
多分それは銃口を向けて言う言葉じゃないはずだ。
だが、悪いが俺にその気は更々ない。
ここで逃げるのもまずい気はするが、捕まるのはもっとヤバイと俺の勘がそう告げている。
……今まで勘に頼ったことなんかないけどな!
「でも、俺にはその気はなかったりするんだなこれが」
「余計な動きをするな。撃つぞ」
一斉に銃口を構える男たち。だが、俺は、そんな彼らを余所に魔法言語を口にした。
『空間転移』
最後に俺が聞いたのは、響き渡る銃撃音だった。
「『どこだここは!?』」
場所が変わってここは空の上。手を伸ばせばすぐそこに雲がある。
あのあと、転移したのは俺の真上にあった上空だったのだが、落ちる前に障壁で足場を作って立っているのだ。空の上に。
ルシア曰く、障壁を応用した使い方だそうだが、正直な話、上空数キロメートルとか洒落にならんくらいに怖い。
だが、そんな恐怖など気にすることなく、俺は、目の前にあった光景にルシアと揃って声をあげた。
目の前に広がる光景。それは、想定していた中世の世界ではなく、高層ビルが立ち並び、車や電車のような見慣れたものか走る大都会の姿であったからだ。
まじでどこだよここ!?