邂逅は唐突に
色々と円への説得を試みた勇であったのだが、嫌よ! の一点張りで全く取り合わなかった彼女に、ついに勇も諦めた。
気付かれないよう、はぁ、と深いため息を吐く勇は、どこか上機嫌な隣の円に視線をやる。
「? 何よ。そんな目で見て」
視線に気付いたのか、一度立ち止まって勇の方を向いた円。
「…いや、何でもないよ」
勇がそう返すと、小首を傾げる円であったが、次にはそう、と一言呟いてまた何でもないかのように歩き始める。
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
そんな言葉が思い浮かぶほどに、彼女は美少女であるが、必ずしも見た目と中身が一致するとは限らない。
少なくとも、現時点で彼女のことを面倒な女の子だと感じている勇はそんなことを考えていた。
しかしながら、皇円が美少女であることは紛れもない事実である。
そのため、円とすれ違う男の視線が彼女に向けられ、ついでとばかりにその視線が勇へと向けられるのだ。
「キッツいなぁ…」
ボソリ、と隣の円に聞こえないように呟いた勇。
美少女と並んで歩く男、ということで向けられる嫉妬の視線を感覚が鋭いために嫌でも感じてしまう勇。
戦闘では役に立つこれも今は厄介なものでしかない。
だが、実際は違うのだ。
確かに、美少女たる円と一緒にいる勇への嫉妬、というのも事実である。しかしながら、その一緒にいる勇が、少し子供っぽい容姿でありながらも、かなり整った顔立ちをしている、というのも原因の一つだ。
まぁ要するに、イケメン死ねよ、という視線である。
あと、リア充爆発しろよ、も含まれる。
そんなことを露知らず、勇はもう一度ため息を吐いた。
「ちょっと、何よそのため息は」
「…主に君が原因何だけどね…」
「? 何か私、悪いことでもしたの?」
「いや、そういう訳じゃないけど…」
「そ、ならいいわ。行くわよ」
自分のペースでどんどん歩いていく円であったが、そんな円の言葉にふと疑問を覚えた勇は、困惑顔で円の後ろから問いかけた。
「ね、ねぇ、行くってどこへ……?」
「? あなたの家に決まってるでしょ。そこに、あの強さの秘密があるかもしれないんだから」
その衝撃的な言葉に、暫し無言になってしまう勇。
いったい、どこに出会って一日目の男子の家に行こうとする女子がいるのだろうか。
ここにいた
「ちょ、ちょっと、それは……」
困るよ!そう続けた勇であったが、残念なことにその言葉は別の音によってかき消されることになる。
ドォーーンッ!!! という凄まじい破裂音とともに、何か大きな物が破壊される轟音。
「ッ! 爆発!?」
「あっちだ!」
突然の出来事に体を硬直させる円に対し、勇は迷うことなく音の発生地へと駆け出した。
走り去る勇の後ろ姿に、どこか敗北感を覚えてしまった円は、すぐにその後を追うようにして走り出した。
「神楽君! 急いで!」
「わかってる!」
強化の魔導を使用し、一般人では考えられないスピードで現場へと急行した二人は直ぐ様目的の場所を発見した。
「ここは…」
「魔導研究施設ね。どんな研究をしていたかまではわからないけど」
「見る影もないね…」
それなりに人通りが多い大通りに面した研究施設は、かなり頑丈な作りをしていたことが見てとれる。しかし、建物の壊れ方から見るに、何らかの要因で内部から衝撃が加えられていることが分かった。
外からの攻撃には強くても、中からの攻撃は想定外だったのだろう。
「実験中の爆発かしら……それにしては規模が大きいような…」
「僕、中を見てくる!」
「え、あ、ちょっと! 勝手に行動しないで!」
円の停止の声を聞かずに、そのまま研究施設の中へと駆け込んでいく勇。
追いかけようとする円であったが、徐々に騒ぎを聞き付けて集まってくる人々を見ると、キッともう見えなくなった勇を睨み付ける。
「落ち着いてください! ただの事故です! 一般の方々は近づかないようにしてください!!」
あとで、絶対に一発喰らわせてやるんだから、と心に誓いながら一般人の避難を始める円だった。
「これは…」
一方、そんな円の気持など露知らず、研究施設へと駆け込んだ勇は中の光景を目にして言葉を失った。
破壊された機器の数々は、爆発の影響がどれほどのものであったのかを物語っており、所々で何かに引火したのであろう火が燻っていた。
「っ! 早く救助を…!」
はっ、と自身が何をしにきたのかを思い出した勇は、すぐさま強化の魔導をかけなおして辺りに散らばった瓦礫を取り除いていく。
大人の男が数人がかりでも持つ事が困難な瓦礫を軽々と持ち上げるその様子は、まさしく異常ともいえるだろう。しかし、これができてしまうのが魔導であり、魔導師であるのだ。
「神楽君!」
「あ、よかった! 皇さんも手伝っ……てぇ!?」
円の声を聞いて、協力してもらおうと振り返った勇だったのだが、返ってきたのは了承の返事ではなく、鋭い拳の一撃であった。
強化をかけていたため、不意打ちでもなんとか対応して避けた勇。
一方、一撃を避けられた円はかなり御立腹の様子だ。
「な、何でそんなに怒ってるのさ…」
「あなたが私を置いて行くからでしょ! おかげでこっちは、避難誘導してたんだからね!?」
「ご、ごめん…」
どうやら、自身のせいで円が迷惑を被ったことに気付いた勇は、円の剣幕に押されながらも誤った。
少し勇に当たったことで溜飲を下げたのか、落ち着きを取り戻した円は研究施設内の有様を目にしてうへぇ、と顔を歪めた。
「結構派手にやってるわね…」
「うん、そうだね。一応このあたりを見てみたけど、人はまだ見ていないんだ。もしかしたら、他の場所にいるかもしれない」
「あら、その心配はしなくてもいいわよ。さっき聞いたんだけど、今日この施設って誰も来てないみたいだったし」
その言葉に、勇はえっ、と声を漏らした。
どうやらこの施設は今日一日、職員の研究者たちが全員出払っており、完全な無人状態であったらしい。
「そうなんだ…よかった…」
「よかった、じゃないわよ。場合によっては、ただの爆発事故じゃ済まないわ。ここの職員がいないってことは、つまり、実験云々の爆発じゃないってことなのよ?」
それにほら、と円が指差したその先。
つられて勇が見たのは、資料などが保管されている金庫であった。
ただし、爆発による影響なのか、見るも無残に請われているが。
「本来、研究施設の金庫はどんな状況でも耐えきれるように作られてるわ。普通の爆発くらいじゃ、あんな壊れ方はしないの」
「…つまり、皇さんはこれは人の手による犯行、って考えてるんだね?」
「…ええ。恐らくは、無人の日を狙った研究資料の強奪。要するにテロね」
魔導とはすなわち、国の持つ力と同義である。そのため、各国は各々が内密に魔導の研究を進めているのだが、当然ながらその研究にも国によって差が出てくる。
つまるところ、こういった研究の内容と言うのは他国へ売ればかなり高額なものとなるのだ。
「まぁでも、こんな昼間から、しかもこの学園都市でテロだなんて、連中も馬鹿ね。すぐに捕まるわよ」
「まぁ、学園都市のセキュリティってすごいからね」
自身もこの学園都市にある魔導師育成学校への編入手続きをする際に、かなり厳しく審査されたよ、と零す勇。
ついでに、その時のお姉さんの息遣いが荒かったことも思い出すと、ブルリ、と身震いした。
「ま、私たちにできるのはここまでね。後は魔導警察が来るのを待てば…」
そこまで言った円の後方。そこにあった瓦礫の山が突如、何かの力によってはじけ飛んだ。
今まで瓦礫の山となっていたために気がつかなかったが、どうやらその向こう側には部屋があったらしい。
「ゴホッゴホッ……あぁ~、まさかいきなり爆発とは…異世界にしちゃ、派手すぎるお出迎えじゃないか…」
そんな呑気な声をもらしながら現れたのは、全身黒いコートを着込み、おまけにフードを深くかぶった見るからに怪しい男であった。
左手をプラプラと振りながらも、もう片方の手に持った大型の鉈を肩に担ぐその様子はどこかの殺人鬼ではないかと思わせるほどだ。
「たく、一瞬焦ったぞ…何? 妾のおかげ? …はいはい、そりゃどーも。…ん?」
一人しかいないはずなのに、まるで誰かと話しているかのように会話を続ける男は、不意に円と勇の存在に気付いた。
フードで顔が見えないが、こちらをジッと凝視していることははっきりと感じ取れる。
それと同時に、勇は底知れぬ力を本能的に感じ取る。
「おっ、第一村民発見か……ども、話は通じるか?」
「…」
「あ、えっと…は、はい」
見た目にそぐわず、軽い調子で挨拶してくる男に、勇は少々困惑気味。対して、円は男を睨み、警戒を緩めない。
「お、通じるな。いやぁ、よかった。ここに来たのはいいが、これからどうしようか困ってたんだわ。道案内でも頼んでいいか?」
にしても、やけに近代的な服だな、とこちらを見て興味津津といった様子の男。未だにフードをとらないため、表情は分らないが、笑っているのだろうということは声からでも容易く想像がついた。
「…そう、じゃぁ案内してあげるわ」
不意に、今まで黙っていた円が男に声をかけた。
「お、そりゃ助かる。まずは冒険者ギルドにでも…」
「ただし、気絶させたうえで檻の中だけどね!」
瞬時に構えをとった円が己の魔導器具である腕輪を突き出す形で魔導を発動させる。
魔導器具とは、魔導士が魔導を扱うために用いる機械のことであり、魔導の発動速度、射程、命中率、威力、効果範囲、速度などの補助をこなす魔導士には必須のアイテムだ。尚、なくても魔導は使えるが、もろもろが弱体化する。
「眠りなさい! 『ショックボルト』!」
自然系統に分類されるこの魔導は、言わば相手を気絶させるための魔導である。
威力がそこまで高いわけではないが、発射速度にすぐれ、並みの相手なら当たれば気絶する。
今回は円の奇襲という形で、しかも学校内でも実力者とされる円が放った魔導である。大抵の相手ならそのまま気絶するだろう。
しかしながら、二人はまだ知らなかったのだ。目の前に立つこの男が、そんな普通の相手とはかけ離れていることを。
「……ん? 今、なんか当たった…のか?」
「う、うそ…!?」
直撃したかと思いきや、放たれた雷は男に当たる寸前に壁のようなものに弾かれてしまう。
「ん? 何、魔法反応? え、俺、攻撃されたのか!?」
呆然とする二人が目に入っていないのか、男は先ほどと同じく、誰かと話すように独り言を呟くのだった。