異物が入るその世界
学園都市
魔導の研究が盛んに行われているこの場所には、日本に存在する全ての国立魔導師育成学校が集まっている。そのため、ここに住む人々は魔導師か、もしくは魔導に何らかの関わりを持っている人がほとんどだ。
魔導とは何か。それは自身の魔力を用いて、現実世界に干渉し、世界の極一部を改変することである。これらの現象を意図的に起こせるものは十人に一人、あるかないかといったところであろう。近年では、科学の力によって生まれた魔導器具を用いてこれら魔導の効果を底上げすることにも成功しており、現在では様々な分野で魔導が用いられている。
その魔導を扱う者達を、人々は魔導師と呼んだ。
この学園都市には、そんな魔導師が数多く存在している。魔導師が集まれば、その魔導について研究する者が集まる。
また、魔導の力は国の力とも同義。各国でも共通ではあるが、自国の研究を他国に盗まれないようにするためにも、セキュリティは万全、堅固である。というのも、この都市内に住む人々の戸籍データが詳しく管理されており、登録されていない者が進侵入すれば、すぐにわかるからだ。故に、政府もこの場所に設置され、さらには安全を求めてここに来る者も多い。
そんな学園都市は、今では人口五百万を越えている。
さて、そんな学園都市の第五学区(国立魔導師育成第五学校の学区であるため)の通学路に一人。今にも幸せが逃げていきそうなため息を吐く少年がいた。
「……ねぇ、いつまでついて来るのさ」
少年---神楽勇はそう言って歩みを止めると、後ろの少女の方へと振り返った。
対して、その少女は勇のその言葉に、思わずビクリ、と体を硬直させる。
「い、いつから気づいてたの?」
「学校出たあたりからだね。気配ですぐにわかったよ、皇さん」
バレては仕方ないといた様子で、勇の目の前まで歩み出てきた皇という名の少女。
本名、皇円。腰までまっすぐに伸びた特徴的な赤い髪に誰もが羨む整った顔立ち。スタイルもこの年齢にしてみればなかなかのものであろう。
事実、学校では彼女のファンクラブも存在しており、中等部から果ては大学部にまでもそのファンクラブ会員が存在しているとか。
「ふ、ふぅん、そう。なかなかやるじゃない」
「あ、えっと……どうも」
そして途切れる会話。両者の間に無言の妖精が飛んでいるのか。
そんな空気に耐えられなかったのか、勇はとりあえず会話を続けようと口を開いた。
「何か用かな?」
「用……ですって?」
気を使って話しかけたのに、何故か帰ってきたのは怒気を含んだ低い声。
あれ、何か間違えたかな、と考える勇であったが、突如両肩を掴まれたことで思考を放棄せざるを得なかった。
「あんたが! 私の大切なものを奪ったからでしょうが!」
「ちょっ!? 待って待って! その言い方はいろいろと誤解を生むって!」
慌てて回りを見回して誰もいないことを確認した勇は、ホッと安堵の息を吐いた。
もしここで誰かに聞かれていれば、下手をすれば祖父の耳に尾ひれのついた内容で話が伝わるかもしれない。
それだけは勘弁だ、と万が一伝わった際のことを想像して身震いする勇だった。
「さぁ! あの勝負のとき、何をしたのか答えなさい!!」
「えぇ……それを聞くために尾行なんかしてたの?」
そんな勇の言葉に、うっと言葉を詰まらせる円。
この話を同じ学校の者が聞いていたのなら、思わず耳を疑うはずだ。
まさか、皇さんがそんなことをしないだろう、と。
というのも、円はその抜群の容姿を抜いても学内では有名な存在なのだ。
中等部から大学部までを有する魔導学校。
当然ながら、在籍する全ての生徒が魔導師である。
そんな学校の生徒たちにとって無視できないものがある。それが、学内ランキング、というものである。
中等部、高等部、大学部で分けられるこのランキングは、生徒たちの実力に基づいて定められており、その順位が高ければ高いほど優秀である、とされている。
中でも、上から十三人の実力者を数字持ちと呼んでいるのだ。
そして、円はそんな高等部のランキングにおいて、二年生でありながら五位に名を連ねていた実力者であったのだ。
そう、過去形。それも今日までは。
「何をしたって…僕はただ、早く動いただけなんだけど…」
勇は困ったように頭をかく。
事の発端は本日の朝。勇が祖父の命を受けて、国立魔導師育成学校に編入してきた本日。その登校中に起きたトラブルが原因である。
詳しいことは二人のために伏せることになるが、言ってしまえば勇の不注意によるラッキースケ……不幸な出来事であった。
あれよあれよと話は進み、気づけば勝負を挑まれた勇なのであったが、そんな勇は円が実力者であることも知らずに速攻で勝負を決めてしまったのだ。
多くの生徒が観戦していた中での勝負であったため、その結果は瞬く間に学校中に広まることになり、勇は編入初日にしてランキング五位となった男として有名になったのだ。
そして、当然ながら負けた円についても同じことが言えたのだ。今では六位である。
それでも十分にすごいのだが、それで納得しないのがこの皇円であった。
ちなみにだが、勇が祖父から受けた命は学校で一番強くなってこい、というもの。勝った当初、初めて円のことを知った勇の感想は手間が省けた、である。
「おかしいでしょ!? いくら強化系が得意だとしても、あんな強化ができるわけないでしょ!?」
「っていわれても……僕の家じゃあれが当たり前だったし…。それに僕、強化と自然一つしか魔導が使えないから、それぐらいしか練習できなかったからさ」
「……え? じゃぁあんた、魔道のランクはいくつなの?」
「えっと……四級だけど…」
「四級に…負けた……一級の私が………」
勇のランクを聞いて、ひどくショックを受けた円。
ここで説明を挟んでおく。
系統とは魔導の種類を大まかに分けたもので、現在は精神系、知覚系、操作系、自然系、具現化系、強化系、それ以外の特殊系の計七つに分類されている。
魔導のランクというのは、扱える系統が多ければ多いほど高くなり、魔導師として優れているとされているのだ。
もっとも、ランクが全て、というわけではないのだが。
「……決めた」
「え、何を?」
「あんたのその強さ、私がきっちりと見定めるわ!! その上で、もう一度勝負よ!!」
「…え、えぇ……」
宣言するかのように堂々と言い放った円。その言葉の意味を理解するのに、幾ばくかの時を要した勇は、意味を理解してから、呆れたように声を漏らすのだった。
もしこの世界に、異物が迷い込んでこなかったのであれば、物語は彼ら彼女らを中心として進んで言ったのであろう。
しかし、それは叶わず、世界はとある異物の侵入を許してしまうことになる。
異世界の魔王と契約した青年とこの世界の中心となるはずだった少年少女。
そんな彼らの邂逅は、もうすぐそこまで来ていたのだった。