異世界へ!・・・え?
俺の奇行云々については問題ないことをルシアに伝え、今現在は色々と準備をしている最中だ。
これから向かうことになるのは地球で言う中世あたりの文明世界。どんなところかは知らないが、歴史の本などで知る感じだと、それほど水準が高いわけではなさそうだ。
科学の代わりに魔法が発展しているため、こちらの中世ほど低くはないだろう、とはルシアの言葉であるのだが、正直な話、それを信じていいのかと聞かれれば答えは否だ。
まぁ、備えあれば憂いなし、という言葉があるのだ。先を見越して準備に力を入れるのは当然のことであろう。
「ショウよ、これはなんじゃ?」
「カップ麺。お湯さえあれば食える即席料理だ。便利だぞ」
向こうの水が安全なのかは疑問であったが、ルシア曰く、魔法でどうにかなるので問題はないとのこと。ちょっと便利すぎやしないか?
正直、想像した現象を起こせるのであれば、こちらよりもいろいろと便利な世界になりそうな気もするのだが、これもルシアによれば、向こうの住民の想像力が低いのが原因なのだとか。
「妾も、こちらの技術、発想には驚かされるでな。む!? ショウよ、これは美味であるな!」
俺が準備を進める傍らで、いつの間にか用意しておいたカップ麺の一つを食していたルシア。
添加物や化学合成された調味料をふんだんに使用した一品であるため、体にはよろしくないのだが、その気持ちはわかる。手軽でうまいと、ついつい食べることが多くなる。一人暮らしなら尚更だ。
「体には悪いから気をつけろよ?」
「問題なかろう。妾は状態異常にならぬのでな。常に万全の状態を維持できるのじゃ」
…つくづくだが、暗殺した勇者の行動は最適解だったんじゃないかと思う。
自分よりも格上で、デバフ無効の魔王とかどうやって相手にするのだろうか。
……レベルを上げて物理で殴るしかないかぁ…
「フフン、おまけにじゃが、対物理対魔法効果の自動防御が施されたこのマントもある。正面からやれば負けん」
「なにその理不尽」
これがゲームであったのなら、運営へのクレームがやばいことになっているぞ。
「当然じゃろうに。妾たち魔王の一族が所有する魔法道具の一つじゃ。そんじょそこらの有象無象とは格が違うわ」
どうじゃすごいだろう! とない胸を張って自慢するようにマントを見せびらかしてくるルシア。その様子に少しばかりイラッときたがそこは大人な態度で流すのが吉というもの。
適当な返事を返しつつも、手元で進めていた荷物の整理を再開する。
ルシアも、俺の反応が薄かったことが面白くなかったのか、頬を膨らませてすねた後、食事を再開した。
「……まぁ、こんなけ用意すりゃ、大丈夫だろう」
「……のぅ、多くないかの?」
目の前に用意された荷物の山を見てルシアがそう呟いた。
…まぁ、確かに多すぎたかもしれん。
だが、今から行くのは異世界という未知の世界だ。何が起こるか分からない以上、こうして入念な準備は必要になる。
それに、これだけ荷物を増やしたのにも理由はある。
「これだけあれば、一週間はサバイバルしても持つだろうよ。その間に、仕事と住居を見つければ何とかなる。あと、俺の筋力とかも強化されてるんだろ? なら、持ち運びも問題ないだろう」
ほらよ、と言って、目の前の荷物を背負って、余ったものを左右の手で持ち上げる。
成人男性がすぐにでも根を上げそうな重さであろうが、今の俺にとっては屁でもない。やっぱこれすげぇわ。
「はぁ~……ショウは少し楽観視しすぎではないかの? それでは、まともに動き回れんじゃろうに。……仕方ないの」
荷物を持った俺の姿をあきれながら見ているルシアであったが、『門よ、開け』という魔法言語を唱えると、その手元に、真っ黒い渦が浮かび上がった。
見た感じからブラックホールのようにも思えるが、言葉からして何かの入り口なのだろうか。
「ルシア、これは?」
「『空間庫』の魔法じゃよ。生物は入れられんが、それ以外なら時を止めた状態で保存が可能じゃ。これに入れておけば、手持ちも空くじゃろう。感謝するがよい」
「なるほど、所謂『アイテムボックス』ってやつか。ありがとうな、ルシア」
「…む、むぅ……それはそれでこそばゆいの」
何故か照れているルシアであったが、そんなことより、今はこのアイテムボックスについてだろう。
目の前に広がる直径三十センチほどの渦に、恐る恐る手に持った荷物を近づけてみる。
すると、どこぞのメーカーもビックリな吸引力で荷物は吸い込まれてしまった。
「なぁ、これ、ちゃんと取り出せるんだろうな?」
「む? 問題ないぞ。『空間庫』の中身を意識すれば、リストが思い浮かぶはずじゃ。取り出したいものがあるなら、そこから選べば勝手に出てくるようになっておる」
へぇ~、とルシアの言葉の通りにやってみる。すると、ルシアの言っていたように、目の前の空中に中身のリストが現れた
「どうじゃ、出てきたじゃろ?」
どうやら、出した本人以外には見えない仕様らしい。
半透明の薄い板のようなそれに視線を合わせる。
スマホを弄るように画面に指を当ててスライドさせようとしたのだが、敢えなく指は空を切った。どうやら、これは見えているだけであって、物としては存在していないようだ。
どうやって動かそうかと少しばかり悩んだが、これの操作も意識すれば簡単にできるようだったので、上下に画面を動かしてリストを見る。
「……なぁ、ルシア。なんか、『魔剣グラム』ってのが入ってるんだが……あと、その他にも色々とヤバそうなのも結構あるぞ」
「当たり前じゃろ。元々妾が使っていたものをショウも使えるようになっただけじゃからな。まぁ、なかに入っている物は妾が気まぐれで集めた物ばかりじゃ。好きに使ってくれて構わぬよ」
まじかよ。これ、かなりの数があるんだが……把握するだけでも一苦労だぞ。
ザッとリストに目を通すがあまりの多さに途中で諦めた。まぁ、また暇なときにでもゆっくりと見ることにしよう。
「…なぁ、これってどんなけいれても大丈夫なのか?」
「む? …可能じゃが、重量によって消費する魔力が増える。あんまり多くは入れてほしくはないの」
既にカップ麺を完食し、続いて戸棚に置いてあったポテチに手をつけていたルシア。
俺はその言葉に、了解、と返事をしてから服や調理器具といったものを空間庫の中に投げ入れていく。
元から入っていた物を減らせばいいのではなかろうかと思ったのだが、それらはルシアが真の魔王である証であるため捨てるわけにはいかないのだとか。
魔王代々の所有物とのことだし、言わばそのすべてが先祖の形見であるのだろう。
元々考えていた家の中のもの全部をそのまま持って行こう作戦は失敗したわけだが、できればラッキーくらいの考えだったので別に残念ではない。
むしろ、かなり手持ちが増えるのでありがたい話だ。空間庫すげぇな。
「よし、準備完了! ルシア! もういいぞ!」
リストを見直して足りないものがないかを確認する作業は、小学校の頃の遠足前日のような気分になった。
が、気分はそれ以上なため間違ってはいないだろう。
「うむ、待ひわひはぞ!」
既に三袋目のポテチを堪能している様子から、待ちわびたようには見えないが、そこは突っ込まないほうがいいのだろう。
残っていた袋の中身をまとめて口に放り込んだその様子は、まるで餌を詰め込んだリスのようにも見える。もっきゅもっきゅとかわいらしい様子で口を動かす様は、女子的にはアウトだろうが、見た目幼女なのでセーフだろう。
「口の中食べ終わってから話せよ」
「…ゴクン。では、向こうへ戻る準備でもしようかの」
まだ開けていなかった御菓子の山(戸棚の中にあったもの全部だと思われる)をさりげなく空間庫へしまいこんだルシアは、そのまま空間庫から鍵のようなものを取り出した。
ただ、鍵、といっても俺のよく知っているような鍵ではなく、ゲームの宝箱を開ける際に使うような古い形の鍵だ。しかもでかい。どこぞのゲームに武器として出てきそうだ。
「それは?」
「うむ。これは『世界渡りの鍵』といってな。要は妾たちの使う『世界渡り』を魔法道具で再現したものじゃ。…一回しか使えんものでな、貴重なんじゃぞ?」
ほれ、もっと称えるがよい、と巨大鍵を見せびらかすルシア。
へぇ~、とルシアの言葉を流しつつもその鍵を見る。巨大であること意外はアンティークの置物にでもできそうな鍵だが、これをどう使うのだろうか。
「どうつかうんだ?」
「ぬ? これは、こう使うのじゃ」
そう言って、ルシアは何もない空間にその鍵を突き刺した。
すると、鍵を突き刺したあたりから、ガチャリ、といかにも鍵を指したような音が響くと、鍵を起点にして禍々しい黒の扉が出現した。
「…さっすがファンタジー。何でもありか」
試しにぐるっと扉の周りを見て回ったが、向こう側も扉があるのみ。まるで、取り外した扉がそこにあるかのようだ。
しかし、見ているとこの扉が普通の扉にはない力を秘めていることが何となくわかる。
ルシアと契約したことで、俺も魔力というものが感じ取れるようになったため、これが魔力であることは何となく理解できた。
奴の魔力が消えた…!? とかもできそうである。
閑話休題
「この先が…異世界なんだな」
「うむ。気を引き締めるのじゃぞ、ショウよ。向こうの世界には繋がったが、そのどこに繋がったかまではわからぬのでな。いきなり魔物やらドラゴンと遭遇することもありうる。武器くらいは携帯しておいたほうがよかろう」
やっぱいんのな、ドラゴン。
そんなことを考えながら、俺は空間庫に入れてあった鉈を装備する。
あと、いきなり土砂降りの雨に逢うことも考えられるので、膝下まである黒い防水コートを羽織る。フードもかぶっておけば完璧だろう。
「これでいいか?」
「うむ。なら、妾は休むとしよう。何かあれば呼ぶんじゃぞ? ショウに何かあっては妾がこまるからの」
失礼するぞ、という言葉と共にその姿を消したルシア。だが、消えたと思えば、俺の中に何かが入ってくるような感じがした。
これは、俺とルシアが同化したことによっておきる現象であるらしい。
異世界では基本的にはこの状態で行動することになるのだ。
ルシア曰く、これなら回復に専念できるし、俺と共に行動することができるのだと。何かルシアに用がある場合は、心の中で話しかければ大丈夫とのこと。流石ファンタジー。
改めて出発の覚悟を決めた俺は、最後に自身の過ごした部屋を見回した。
ルシア曰く、この世界から俺が去った直後から、世界は俺がいない前提で動き始めるらしい。
当然、俺がいたという記録がなくなれば俺を知る人たちの記憶から俺が消える。それはそれで寂しいような気もするが、これは俺が決めたことだし、後悔はあんまりない。
もっとも、また戻ってきたら元に戻るらしいが。
部屋の中と外を見終えた俺はもう一度扉と対峙した。
ドアノブに手をかける。
「…よし、行くか」
手に力をこめてドアノブを回した。
はてさて、異世界で俺を最初に出迎えるのは何なのか。ドラゴンだけは勘弁してほしいが…
「こんにちわ! 異世界!! ……え?」
瞬間、俺は爆炎に襲われるのだった。