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1章

昨日の続きが今日ならば

明日は昨日の憧憬か


明日になれない今日の想いは

いったい誰が受け止めるのだろう


======================

春風がやけに寒い。

それはそうだろう、春とは時期を指す言葉であるし、寒さは主観でしかないのだから。

季節外れの北風が、冬の残り香を忘れるなとばかりに、マフラーを外した首元に圧し掛かってくる。


もし死ねたら、楽なんだろうか・・・

ふと、そんな所在無い考えが、どこからともない心の淵魔から湧き出てくる。

そんな勇気もないくせに・・・

だから言葉は続く。

いや、そもそも勇気でもないか・・・

ただの言い訳。ただの格好つけ。

でも・・・

死ねない。

死ぬ理由がない。

ただ、同じくらい、生きる理由がないだけで・・・


だから、ぼくは生きている。

それを間違っているというのなら、「正しい」生きる意味を、誰か教えてくれ


=================================================================

そのサイトにたどり着いたのは、本当に偶然の事だった。

「あなたの悩み事、すべて応えます」

だから、その「入口」と書かれたドアを思わずクリックしてしまったのは、決して偶然ではなかったんだと思う。

シンプルな画面。

そこにあったのは、たった一つだけの掲示板。いや、それにしてはレスをつける箇所が見当たらない。

質問と、返答。その繰り返し。

決して長くは無い。というより、むしろ短すぎると言ってもいいくらいのやり取り。1行、長くても3行も無い。その繰り返しが、数えきれないほど続いている。


そんな時、画面が瞬いた。新しい投稿がされたみたいだ。


「質問:正義のヒーローになるためには、どうしたらいいですか?」

その内容に、ぼくは思わず苦笑した。

投稿者の名前は、表示されない。もちろん、性別も、年齢も。ただあるのは、整理券のように並ばれた、投稿の採番された数字だけ。でも、それでも想像はつく。

こんな幼稚な投稿、あえてやるやつは子供じゃない。

でも、ガキだ。精神的なガキだ。自分がそうだから、よく分かる。

無垢で純真なフリをして、絶対に大人が答えられないのを知っていて、その必死に悩む姿をほくそ笑んでいる・・・ そんな暗い愉悦に浸っている、中二を卒業して世の中を斜に構えている高校生の姿が目に浮かぶ。いや、疲れ果てた、いい年をした大人のでもいいかもしれない・・・

いずれにせよ、自己嫌悪で吐き気がする。

そんなことを思っていると、再び画面が瞬き、記事が更新されていた。


「回答:まず、悪者を作ることですね」


「えっ?」

たった一言。そっけないほどのセンテンス。

しかしその時受けた衝撃を、何と言い表せば良いのだろう!

頭がグラングランした。下半身が、不安定な小舟の上にでも立っているかのように、ガクガク震える。得体のしれない気持ち悪さに、胃から酸っぱいものが逆流してくるような感覚。

ぼくの、たかだか19年ちょっとだけど、生きてきた人生の根幹を揺すぶられるような、何か大きく、強く、絶対的な威圧感にも似た恐怖が、心臓を真っ暗に染め上げるかのような不安感。

気が付いた時、ぼくは思わずキーボードを打っていた。

「質問:正義って何ですか?」

何も考えずに打ったあと、異常な程の大きさで心臓が鳴り響いているのが分かった。誰もいない、静寂な部屋に、心臓の音が痛い。痛すぎた。心臓に手をあて、ゆっくり3回深呼吸を繰り返した時、画面が再び更新された。

「回答:人間が行動するための、大義名分です」

反射的にぼくの手は動いていた。

「質問:正義と悪の違いって何ですか?」

すると、一瞬の間も無く、回答が返ってきた。

「回答:変わらない。最後に多数派になったのが正義です」

じゃ、じゃあ・・・

「質問:そんなことの為に生きるのですか?」

それはもはや魂の叫びだった。ソンナコトナンカノ為に・・・

「回答:それが、大人になるということです」

え、だって、それじゃあ

「質問:大人になるって、どういうことですか?」

誰もいない部屋の中、ぼくは無意識の内に声に出して叫んでいた。

その木霊が、虚しく部屋を響かせ、消えた。

しかし、その答えは、なかなか返ってこなかった。ぼくの目は、モニターから離れることが出来ない。沈むような静寂の中、アナログ時計の秒針の刻む音が鼓膜を震わせたのが、きっちり60回過ぎた時だった。

「回答:その一歩を踏み出すことです」

その瞬間、モニター画面が真っ黒に反転した。そして中央には、鈍く点滅する、緑色のアイコンが二つと、たった1行の文字。


「踏み出しますか?」

光っている文字は、「Yes」と「No」


「なんだよ、このバグ・・・」

馬鹿げている。新手のウイルスか、フィッシング詐欺か・・・

いずれにしても、こんな怪しいアイコンをクリックするほど子供じゃない。

主語も無い。修飾語も無い。あるのは、述語だけ。どれだけ日本語に疎いんだ。でも・・・

意味は分かる。いや、意味は分からない。でも"思い"が分かる。

踏み出すか? ああ、踏み出したいよ! 何に? 何かにさ!

いい加減なこと言うなって?

ばかにするな!! それが分かったらこんな苦労なんてそもそもしてない!

そうさ、主語も修飾語もいらない。

そうだろ、必要なのは、「するのか!」「しないのか!」

そう、述語だけだ。

くだらない人生だ。いや、くだらなくは無いか。こんなことを言ったら、きっと親は悲しむのだろう。

ただ、価値は無い。ぼくには無い。

将来?

そうだね。でも、それが何?

明日は今日の延長で、今日はくだらないほどの過去の積み重ねで・・・

無限の過去の延長に明日が続くんなら、明日もクソだろ!

だったら、今日を、今を、変えるしかないんだ。だったら・・・

アイコンが再び瞬いた。


「"今"に満足しているのなら、踏み出さないことをお勧めします」


浮かび上がった文字は、まるでぼくの心を見透かしているようだった。

思わず冷笑を浮かべずにはいられない。

そんな目の前で、再度アイコンが瞬いた。


「踏み出すのを止めますか?」


いったいどれだけの人間が、"今"に満足しているのだろう?

ぼくは? あの人は?

でも、


「いいだろ」


どうせ詐欺にあうような金も無い。失って怖いバックボーンも無い。無い無いづくしのぼくが、いったい何を怖がる必要がある。

どうせ価値の無い人生だ。だったら


ぼくは「No」のアイコンをクリックした。


画面が再度瞬く。


「良いんですか? 後悔しませんか?」


あほらしい・・・

後悔って字は「後で悔やむ」から後悔なんだろ。そんなのヤル前に分かるわけが無い。

でも、きっとジョークなんだろう。だって、画面に浮かぶアイコンはたった一つだけなのだから。

たった一つ、


「Sure」(もちろん)


と。


いいだろう。ぼくの人生、くれてやる!!

ぼくはそのアイコンをクリックした。

「う、うわぁぁ!!!」

その瞬間、画面から溢れる程の光の洪水が湧きあがった。

同時に、非常ベルのような鐘の音が、莫大な音の塊となって鳴り響く。

思わずぼくは、目を閉じ、耳をふさいでしまっていた。音と光の洪水は、どんどんと激しさを増していく。

・・・だから、ぼくは気付かなかった。

モニターに浮かんだセンテンスが、鈍い光を放ちながら点滅していたことに。


「ようこそ ベルベッドデイル・バル に」


と。


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