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ロストエンブレムズ  作者: 柏井啓
砂の中の英雄
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過去と現在①

第二話です。どうぞ。


 目が覚めてもそこは操縦席の中のままだった。


 体は全身を縛り上げられたように動かしにくい。無理やり首だけを動かして周囲の様子を確認する。とはいっても真っ暗闇で何も見えない。既に緊急事態を告げる赤いランプは点灯していなかった。システムがシャットダウンされたのかもしれない。


 首筋と背筋に違和感を感じた。何かがぬるりと這い出していくような悪寒を感じる。


 まだ夢の中にいるみたいに頭がすっきりしない。それなのに殴られたような痛みだけは十分すぎるほど伝わってくる。


エクレア・クロニカ・イグリージュは自分がまだ生きていることを実感した。どうやら死に底なったようだ。


 喉はからからで唇は乾燥してひび割れていた。体中の細胞という細胞が水を欲しているようだ。


 何をするでもなく虚空を眺めていると、暗闇の中に緑色の光が浮かんだ。


 触れようとしたが、腕が重くてあがらない。体を上下左右にもぞもぞ揺らして少しづつ凝り固まった筋肉をほぐしていく。体を捻るたびに痛みが走った。けれど、打撲や切り傷のような痛みではなく、全身が筋肉痛を訴えているみたいだ。筋を伸ばしたりするたびに、徐々に筋肉がほぐされていきだいぶ動きやすくなった。


 緑色のランプはおそらくメインコンソールにある起動キーの場所を示している。暗闇の中で緑色のランプに手を伸ばして、手探りで起動キーに触れる。そしてゆっくりと右に回して、システムを再起動させる。


 しばらくして短い起動音がなり、メインコンソール上の画面にシステムのロゴと「valentine(ヴァレンタイン)」と機体名が表示される。続いて「待機中」という表示がされると共に操縦席内の各種ライトが点灯する。しかし一部のライトは壊れているのか光ではなく火花を散らしている。慌てて天井についているスイッチを切りかえて壊れているライトへの送電を止めた。これで火花は落ちてこないはずだ。


 落ち着いたところで改めて操縦席を見渡してみるとかなりの箇所が被害を受けているようだった。特に顕著に被害が現れているのはモニターだ。メイン、サイド共にスクリーン上にヒビがくもの巣のように走っている。右側のモニターにいたっては砂嵐ようにスノーノイズが発生していて、完全の機能を失っているようだった。


 そのほかにも各種操作系のパネルに亀裂があったり、天井の一部が凹んでいたりする。この分だと操作を受け付けないスイッチやレバーもあるだろう。


 それでも生きていることに感謝でもするべきなのかと思ったとき、かすかにエンジン音が聞こえてきた。外部マイクが起動してない今の状態だと、かなり大きな音でなければ金属の檻であるこの操縦席に聞こえてこない。


 おまけにこの音は純粋なエンジン音だけじゃない。耳を澄ますと、ブースターをふかす音、金属が重なり合い軋む音、そして大地を踏みしめるなどが混じっている。この音は良く知っている。<ウォーカー>が走行中に出す音だ。


 ようやく「待機中(Waiting)」だった文字が「システム立ち上げ中(System start-up)」という表示に変わる。


 画面の下から上に向かってに小さく文字の羅列が伸びていく。黒い画面が瞬く間に白い文字で埋め尽くされる。


「各種設定確認」


「データメモリ 確認:パイロットデータ 読み込み中... [クロニカ・イグリージュ] 照合」

「”Liquid Computer(液体電脳)”内データバンク 読み込み中...」


「戦術データリンク 設定:接続不可」

「マッピングレーダー 設定:起動不可」


 データリンクやレーダー系は既に死んでいるみたいだ。これじゃあ味方の<ウォーカー>や前線基地司令部と通信を取ることはかなり厳しい。さらに各部センサーまで機能停止していたら、<ウォーカー>で移動することは諦めなければならない。もし眼前に敵の<ウォーカー>が迫っていたら止めを刺されておしまいだ。


「各部動作確認」


「動作確認」

「各部アクチュエイター 確認中...」


「各部駆動系内電圧上昇中...」


「動作確認」

「 :右脚部駆動系 確認:問題なし」

「 :左脚部駆動系 確認:軽微損傷:動作可能」


「 :メインカメラ 確認:問題なし 起動」


 しばらくして、モニターが黒から緑に変わり、そして外の景色を映し出した。


 まだ画面には文字の羅列が流れていたが、エクレアの関心は目の前のメインモニターに集中していた。


 メインモニターに映されたのは、見たこともない造型をした<ウォーカー>とその<ウォーカー>にアサルトライフルのような武器を突きつけられた少女の姿だった。


 まだ頭が覚醒しきっていないこの状態では、むしろ、メインモニターに映し出された状況にそれほど困惑することはなかった。まるで上映されているサイレント映画を見ているような気分だった。


 しかしその気分は、エクレアがぼんやりとした眼で少女の顔を捉えたことで、冷水をぶちまけられたかのように吹き飛んでしまった。


「ぃ……ぅゲッ」


 思わず声を荒げて叫ぼうとするが、のどの奥が変に詰まり、うまく発生することができなかった。結果、言葉にならない奇妙な呼吸だけが空中に消えていった。そのせいで、むせ返り、何かを吐き出すように咳き込む。


「……ェホ!ゲホッ、ゲホッ!……っうく!」


 咳の後、息を吸い込むとき、しゃっくりのように息を詰まらせる。


 メインモニターが更新され、緑色一色だった画面に、忠実な外の色が再現された。青いボディカラー〈ウォーカー〉。砂が敷き詰められた地面。薄桃色の服を着た少女。画像も鮮明になり、より詳しい状況を見ることができる。


「 :コンバットシステム 確認:問題なし カスタムタイプ:1 起動」


 エクレアは迷わず、左右にある主操縦桿メインスティックを握った。画面をスクロールさせて、数ある項目から自動姿勢制御を選択して、機体を立ち上がらせようとするが、反応しない。画面にはエラーの文字が表示されている。


 エクレアは素早くフットペダルの操作に切り替えて、今度はマニュアルで機体を動かす。仰向けに倒れているため、背面のブースターをふかす。エンジンがうなりを上げ、機体が少しづつ持ち上がり、それにあわせて脚部を動かす。仰向けに倒れている<ウォーカー>の起こし方としては、もっとも基本的なものだ。


 <ウォーカー>の機体起こしは、操縦者なら誰でも基楚として教わっているのだが、普段は自動姿勢制御が働いていて、<ウォーカー>が倒れても、勝手に立て直してくれるので、マニュアルで機体起こしをする機会はあまりない。エクレアにとってもあまりなじみのない操作ではあったが、何とか機体を起こすことに成功した。


 しかし、機体の操作で腕や足を動かすたび、全身がずきずきと痛んだ。さらに目覚めたときよりも頭痛が激しくなっている。まだ体が本調子でないのか、いつものような感覚で操縦することができない。体が重い。


 機体が完全に立ち上がった。自動姿勢制御が効かない以上、マニュアルで機体を安定させなければならない。それにはシビアで繊細な操作が求められる。わずかに操縦桿を倒すだけでも機体のバランスは大きく崩れる。エクレアは手足の痛みに耐えながらも細心の注意を払い、正確に機体のバランスを保っている。


 <青いウォーカー>はこちらに対して右腕部に装備されているアサルトライフルをこちらに向けてくる。左腕部側のアサルトライフルは少女に狙いをつけたままだ。


 腕のついた<ウォーカー>。噂ではルーンレイクで新たに開発されている<ウォーカー>には、まるで人間のように外付けされた銃器などを扱うために、マニピュレーターが取り付けられていると聞いたことがある。最初に聞いた時には、果たして銃器の反動に関節部が耐えられるのだろうかなどといぶかしんだものだ。


 だが、実際に腕のついた<ウォーカー>は眼前に現れた。噂は現実になった。


 あの<青いウォーカー>はルーンレイクのものなのだろうか?


 機体に描かれているエンブレムにはまるで見覚えがない。LC(液体電脳)内のデータバンクを検索して見てもあのエンブレムと一致するものは見つからず、一体どこの所属なのかエクレアには分からなかった。彼に分かるのは<青いウォーカー>が明確な敵意を向けていることだけだった。


 サイドモニター表示されている装備された兵器の一覧を見るが、どの兵器の図表示も赤色になっており、その下に「使用不可(Lost)」という文字が表示されている。


 その時、背後で鈍い音がした。骨を折る時のような、硬い何かに亀裂が走る音だった。


 なにが起こっているのかと確認しようとすると、機体が不自然に揺れた。しばらくすると今度は一際大きな音を立てて、機体のバランスが大きく前方に傾く。背面に辛うじてついていた主砲が、機体から外れ落ちたのだった。


「クッソ……!」


 なんとか機体のバランスを取り戻そうと試みるがもう遅い。エクレアは素早く思考を切り替え、機体が傾くのに合わせて前方に走り始める。ギアレバー素早く二速まで入れる。


 もともと使える武器も持っていない状況だ。このまま目の前のデカブツ(<青いウォーカー>)に体当たりをぶちかましてやる。


 エクレアはフットペダルを踏み込んだまま、副操縦桿(サブスティック)を操作して、機体の姿勢を低くする。


 <青いウォーカー>は少女に向けていたアサルトライフルもこちらに向ける。合わせて2丁の銃で発砲する。放たれた弾丸が次々に被弾し、装甲を通じて操縦席内部に恐ろしげな音を響かせる。


 エクレアは怯むことなく前進を続ける。ギアレバーもどんどん操作していき、走行速度を上げる。むしろここで立ち止まろうものならば蜂の巣にされて、機体もろともバラバラにされるだけだ。


 幸いにも<青いウォーカー>の持つアサルトライフルは、コクピットの装甲を一撃で撃ち破るほどの威力はないようだ。もし背面の主砲をいきなり撃って来られでもしていたらその場で吹き飛ばされていただろう。けれど、<青いウォーカー>は今だに主砲を展開していない。それもそのはずだ、今<青いウォーカー>がいる壁際の位置では、天井までの距離が近すぎて主砲を展開できない。


 突進してくるエクレアに構わず、距離を詰めていれば主砲を展開できる位置まで移動することができただろが、<青いウォーカー>はそうせずに後ずさりしながらアサルトライフルを撃つにとどめている。主砲が撃てる距離まで詰めるリスクを負うよりも、アサルトライフルで十分に撃破できるだろうと距離を離したのだろうが裏目に出た形だ。機体の姿勢を低くしたおかげで銃弾は装甲の厚いコクピットに集中している。このままなら耐えて距離を詰めきることができそうだ。


 ただ、敵も限界と感じれば必ず回避行動をしてくるだろう。そこでよけられたのであれば意味がない。エクレアは相手の行動に備えて最後の加速を残している。しかし、その分被弾する回数も多くなる。装甲はまだ耐えられているとは言っても、いつ剥がされて撃破されるか分かったものじゃない。エクレアは機体の状態と<青いウォーカー>の動きに細心の注意を払いつつ走行し続ける。チキンレースだ。


 まだまだまだまだ。


 機体に銃弾が被弾する度にエクレアの体に緊張が走る。


 そして、遂に<青いウォーカー>が回避をしようと僅かに機体をずらした瞬間、エクレアはフットペダルと主操縦桿を操作し、ブースターを完全にまでふかし切る。機体は一気に最高速度まで達し、バラバラに分解するんじゃないかと思うほど揺れる。エクレアは衝突に備えて全身をこわばらせる。


 二機の<ウォーカー>の距離が一瞬で詰まり、二機は折り重なるようにして壁に突撃する。


 エクレアは恐ろしい衝撃に襲われ、体が引きちぎられそうになるほどあちこちに引っ張り回され、ものすごい勢いで座席に押し付けられる。息を吸うことすらできず、ただひたすらに衝撃に振り回される。


 意識を手放しかけた時ようやく衝撃が収まった。


 エクレアはぐったりとした体に鞭を打って頭を起こす。モニターはすでに外の景色を映してはいなかった。モニターは既に死んでおり、外の様子は確認できなかったが、どうやら<青いウォーカー>が動いている様子はなかった。


 操縦席内はあちこちで赤いランプが点灯し、火花を散らしている。


 コンソールにあるレバーを操作して、体を固定してある安全レバーを外すと、開閉スイッチを押してハッチを開く。操縦席に備え付けてある拳銃を引き抜くと、鉛のように重くなった体を起こして立ち上がる。開いた天井の淵に手をかけて一気に外へと出る。


 辺りには衝突の衝撃で巻き上がった砂が煙となって立ち込めていた。


 〈ヴァレンタイン〉によって壁に叩きつけられた<青いウォーカー>には動きはなかった。


 エクレアは足に力を込めて<ヴァレンタイン>から<青いウォーカー>に向かって飛ぶ。コクピット同士が接触するほどそばにあったので飛び移ること自体は難しくなかった。ただ着地した時に、足が裂けたかと思うほどの痛みを味わった。


 半泣きになりながらも痛みになんとか耐えて、<青いウォーカー>の緊急開閉レバーを探す。この鉄の塊が<ウォーカー>である以上、<ヴァレンタイン>同様コクピット上にレバーがあるはずだ。


 少し手間取ったが無事にレバーを覆っているカバーを発見した。カバーを開き、中にあるレバーに手を掛ける。レバーの基本的な構造は他の<ウォーカー>と同じようだった。レバーを手前に引き90度右に回す。今度はレバーを押し込む。カチリと何かがハマったような音がしたかと思うと、コクピットを覆うハッチがゆっくりと開き始めた。


 <青いウォーカー>には以前として動きはなかったが、拳銃を向けて警戒する。


 やがてハッチが完全に開き、エクレアは中の様子を確認した。


 コクピットの中を見たエクレアは驚愕した。操縦席の設備が自分が知っているどの<ウォーカー>のものとは全く違っていたからだ。しかし何より驚いたのはパイロットが自分よりも10歳ほど若い少年だったことだ。


「子供?」


 <青いウォーカー>の操縦者らしき少年は気を失っていた。操縦席を覆う厚い装甲の中にいたとしても、あの突撃を何の受け身もなしに受け止めればこのようになってもおかしくない。むしろエクレア自身が意識を保っていられる方が異常なのだ。


 エクレアは驚きつつも操縦席を見て回した。


 コンソールにあるレバーやスイッチは<ヴァレンタイン>のものより少ない。全体的なデザインもこっちの方がスマートでコンパクトにまとめられていた。操縦桿の形状はあまり違わない。ただ、主操縦桿、副操縦桿の他に、左右にもう一対操縦桿が取り付けられていた。


 操縦席に目を奪われていたエクレアだったが、当初の目的を思い出し、恐らくメインコンソールであろう部分からデータメモリを引き抜く。手動で操縦者の少年を固定している安全装置を外す。それから<青いウォーカー>のエンジンを停止させようとするが、イマイチどのボタンかわからないしばらく格闘した後、ようやく起動キーを回し、エンジンを停止させることに成功する。


 少年を操縦席から引きずり出し、担ぎ上げる。思った以上に体が重く思わずふらつく。体制を立て直して担ぎ直し、コクピットから脚部の上を伝って<青いウォーカー>をおり、砂の地面へと降り立った。そして少年を地面に寝かせた。


 振り向くと、襲われていた少女が立ち尽くしてこちらを見ていた。全身が砂まみれだったがそんなことを忘れてしまったかのように動かない。


 エクレアも少女の顔を確認して動けなくなってしまった。彼女の顔が自分の知っている人物と重なったからだ。


 こうして静まり返った荒野の洞窟でフローリアン・エイデンスとエクレア・クロニカ・イグリージュは出会うことになった。


 

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