砂の中の英雄⑤
ここまで一話のつもりです。読んでくれた方ありがとう。
あそこにあるのは”ウォーカー”だ。
砂山の中にその大半が埋まっている。ここからでは見えにくいが、突き出しているのはコックピットブロックと背中の主砲、それに右足の部分だと思われる。それ以外にも小さな破片が見えるが、それが岩かどうかすらも判別しにくい。
どうしてこんなところにウォーカーがあるのか不思議だった。普通ならばあまりにも不自然な状況だと思うかもしれない。けれどそのウォーカーは砂の背景と同化していた。まるで最初からこの空間の一部であったかのように感じてしまう。だからさっきも岩と誤解して見落としてしまったのだろう。
ただ、やはりこんなところにあるのはおかしい。ウォーカーは他でもなく人間が作り出した戦闘兵器なのだ。まさか、鉱石のように岩の中から生まれ出たのでもあるまいし、人工の創造物であるウォーカーがこの洞窟内部に存在するはずないのだ。
一体どうやってこの洞窟に入り込んだのだろうか。ここからではウォーカーの通れるような入り口は見当たらない。しかし、確かに私は風を感じてここまでたどりついたのだ。この空間が外に続いていることは確かだろう。
出口を探さなければいけない、そう思って歩き出そうしたとき、セシルが苦しそうに咳き込んだ。息は荒く、額には大粒の汗、気を抜けば今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
限界だ。どこかでセシルを休ませないといけない。
「セシル、一度休みましょう」
「いえ、もう少し進みましょう。私なら大丈夫です」
私の休憩の提案に対してセシルは苦しげながらも反対した。息も絶え絶えに言う様は誰が見ても大丈夫ではないと思うだろう。私はそれでも無理をしようとするセシルをなだめる。
「私が限界よ。足がぱんぱん。ちょっとでいいから休ませて」
セシルは私の言葉に少し思案したようだがうなづいてくれた。
セシルを支えつつ彼女を壁際まで誘導する。彼女をゆっくりと地面に座らせ、壁にもたれかけさせる。ここには病院もなければ医者もいない。私に医学に関する知識があればよかったが、あいにく持ち合わせていない。セシルは歩くのも辛そうだったが、座らせると多少楽なようだ。休ませることしかできないのが情けないが、今はこうして彼女が回復するのを待つしかない。
せめて周りの様子だけでも確認しておこうと立ち上がる。セシルは顔を俯けたままだ。彼女に周りを確認してくる旨を伝える。彼女は無言でうなづいた。
私は半円球の洞窟を中心に向かって歩き出す。踏み出すたび地面に足がめり込み、くっきりとした足跡が残った。私のほかに誰かがこの場所を踏み荒らしたような形跡はない。これほど大きな空間が誰の目にも触れなかったとでも言うのだろうか。にわかには信じられないことだが、この洞窟には人の手が加えられた形跡は見当たらない。もちろん中央のウォーカーを除いての話だ。
それにしても、この明るさはなんだろう。
落ち着いて観察すれば、洞窟内は日の下のように明るいわけではない。暗闇に目が慣れてしまっていたから通常より明るく見えていただけなのだろう。それでもこの光の量はおかしい。天井のくぼんでいる中央の部分に穴が開いているのかもしれないと思い覗き込んでみるがそのようなことはなかった。ただ、その部分は他のところよりも明るかった。
結局、考えてみても光が満ちている理由は考え付かなかった。光の先に出口があるかもしれないと思っていただけに肩を落とす。
仕方ないと気持ちを切り替え、砂山の方へどんどん近づいていく。目当てはもちろん、この空間で唯一の人工物であるウォーカーだ。
ウォーカーは砂山の中腹の辺りから突き出している。どうやら私から見て背を向けた形のようだ。近づいてみてみると分かるが砲身は展開された状態のままだ。基本的にウォーカーの主砲は中ほどで2分割されており、砲撃の際にふたつに分かれた砲身を組み合わせる仕組みになっている。移動中は主砲を分けるため、このウォーカーは戦闘中にこの洞窟に来たのかもしれない。
そんなことを考えながら砂山を登り始めた。しかし砂の坂を上ることは並大抵ではなかった。砂に足をとられ思うように進むことができない。セシルの前では冗談めかしていたが、私の体も疲れがたまっていたのは事実だ。日ごろの運動不足が祟ったのかもしれない。本を読むばかりじゃなく、普段からもっとフィールドワークをするべきだと過去の私に言ってやりたい。
砂山に四苦八苦しながらも何とかウォーカーの側まで来るとその大きさに改めて驚く。歴史書や資料で読んだことはあるけれど、実物をこんな近くで目にすることは初めてだ。見たところ随分劣化しているようだった。あちこちにヒビがが走っており、外装もあちこちがなくなっていた。ウォーカーの周りに飛び散っていたのは壊れた外装や部品の一部だった。
おまけにかなり古い機体ようだ。かなりの箇所の塗装がはげてしまっている。機体カラーは濁った赤のようだった。赤銅色、錆びた赤色とでも呼べばいいのだろうか。経年劣化によって色も変わってしまっているのかもしれない。
私は息を整え回りこんで操縦席のあるコックピット部分に手をかけてその上に乗った。体を起こすと砂山の向こう側を見ることができた。そして、私はやって来た方とは反対の方向の壁の一部に道が続いているのが見えた。それも私たちが通ってきたような狭い道ではなくかなり広い。それこそウォーカーが通れるくらいだ。そこでこのウォーカーがこの道を通って、この空間にやってきたんだと合点がいった。しかし私にとってうれしくなかったのはその道の先は暗闇だったことだ。
他にも出口がないかと思って見渡してみるが、どうやら続いているのは、私たちが来たのと目の前にある道のふたつだけのようだ。
それでも道が続いているだけましだと自分を奮い立たせた。とりあえずもう少しウォーカーについて調べてみようと思いコックピットブロックの上に屈み込んだ。もしかしたら操縦席にまだ使えるものが残っているかもしれない。
ウォーカーのコックピットブロックには緊急時に、外からハッチが開けられるようにレバーがついていると何かの文献で読んだことがある。この機体が例に漏れていなければ同じような機構があるはずだ。そう思ってそれらしきものを探してみるが、いかんせん機体の半分以上が砂に埋もれていて、突き出している部分にも砂がかぶさっているため非常に探しづらい。
「あーもう邪魔くさい」
誰に言うでもなく不平をこぼしながら砂を払い落としていく。いくつかの場所を払ったが、レバーは見つからない。手はあっという間に砂にまみれてしまった。それでも仕方なく続けていると、砂の下から何かの模様のようなものが見えた。
何かと思い近場の砂の全て払いのける。それほど大きくないためすぐに全体像があらわになるが、その模様は塗装が半分ほどかすれて剥がれ落ちてしまっていた。
おそらくこのウォーカーの所属を示すエンブレムか何かだったのだろうが、こうなってしまえばその機能が全く意味を成していない。がんばっても読み取れたのは円形と不規則な曲線、そして”ARMY”の文字だけだった。これだけでは一体何のエンブレムなのかまるで分からない。
諦めてまたレバー探しに戻ろうとしたとき、払ってもいないのにコックピットブロックから砂が零れ落ちていくのが見えた。そのこと自体にはあまり関心を寄せなかったが、よく見てみるとのっかっている砂が細かな振動で動いているのが分かった。
どういうことかと考える前に大きな道の方から機械の駆動音のようなものが聞こえてきた。
その音を聞いて私は、暗闇に続くこの道が坑道につながっていて、まだ生きている機械が残っているのかもしれないと考えた。さらに、廃棄された町に人が残っていて機械を動かしている可能性もあるとも思い込もうとした。
しかし、すぐにそんな考えは甘いと思い知らされることになる。
機械の駆動音はどんどん近くなってくる。正確に狙い済ましたかのように、確実にこちらに向かって近づいてくる。
私はその駆動音をごく最近聞いたことがある。けれどそれを思い出すよりも早く暗闇の中からウォーカーが現れた。銀と群青色に塗装された機体。背負われた二門の主砲に、両手に装備されている二挺の突撃銃。コックピットブロックの先端にあるライトがまるで目のように暗闇で光を放ち、こちらを見ていた。忘れるはずもない。私たちを追っていたバスタードの内の一機だ。
私は慌てて逃げ出そうとして立ち上がった。その時、運悪く足が絡みバランスを崩してウォーカーの上から転げ落ちた。
「えっ、ちょっと!」
砂山に投げ出され止れずにそのまま一番下まで滑り落ちた。体が何度も回転してどっちが上か下かも分からなくなった。幸い砂の上ということもあって大きな怪我をすることはなかったが完全にバスタードに見つかってしまった。
顔をあげると、バスタードがこちらに近づいてくるのが見えた。バスタードが踏み出すたび、その足元にある砂が巻き上げられた。
とっさに逃げようとしたが、その前にバスタードがこちらに向かって銃口を向けた。自分の身の丈ほどある巨大な銃を突きつけられて、思わず竦んで動けなくなってしまう。
操縦者が引き金を引くだけで私の体はバラバラになってしまうだろう。その様子を想像して恐怖で体が震える。父の言った殺害という言葉が頭の中を支配した。そして、目の前の銃口の恐怖に耐えられず目を瞑ってしまった。
その時、地面が振動した。
まるで心臓が脈打つように、次第に音が強くなる。
しばらくしても何も起こらないことを不思議思って、私はそっと目を開けた。依然として銃口はこちらに向けられていたがどういうわけか、打ってくる気配はなかった。それどころか、バスタードは私ではなく砂山のほうに機体を向けていた。
一体どうしたというのだろうか。私はバスタードにつられて砂山のほうを見た。そして、驚愕した。
動かないはずの、壊れて動かないと思っていたはずのウォーカーが砂の中から立ち上がろうとしていた。
振動が大きくなり、砂に埋もれていたウォーカーが徐々にその姿をあらわし始めた。機体から滑り落ちた砂が広がりまるで煙のように足元に広がっている。私はその様子を唖然として見守ることしかできなかった。
そして、今や完全にその姿を晒しだした。まるで泣き叫ぶような駆動音が大気を振るわせる。
現れたウォーカーはやはり全身の多くが赤い色で塗装されていた。だがバスタードと比べて赤いウォーカーの形は異様だった。脚部とコックピットブロックは差異はあるものも基本的なところは同じように見えた。背面の主砲も、片方が破損してなくなっている意外は大きな差はない。しかし、決定的に違うところとして赤いウォーカーには腕がなかった。破損してなくなったというのとはまるで違う。最初からその部分には何もなかったような姿をしている。そのことが、赤いウォーカーをバスタードと全く違う姿に見せている一番の要因だった。
二機のウォーカーが対峙する。
私よりも先にわれに返ったバスタードが、もうひとつの腕に装備している銃を赤いウォーカーに突きつける。しかし、向けられた赤いウォーカー本人は気にしていないのか全く動じていない。というよりも赤いウォーカーの挙動がおかしい。赤いウォーカーの機体が少し揺らいだかと思うと、残っていたもう片方の主砲がつんざくような音を立てて背面からはずれ落ちてしまった。主砲はそのまま地面に落ち、砂を巻き上げた。
巻き上がった砂が消えてしまう前に、赤いウォーカーが動き出した。胴体を屈め、前傾姿勢でバスタードに向かって一直線に加速する。
それをみたバスタードは私から射線を外し、二挺の突撃銃を赤いウォーカーに向けた。そして容赦なく発砲し始める。突撃銃からまばゆい閃光と爆発のような発砲音が炸裂する。投げ出された薬莢があたりに散らばっていく。
私は思わず耳を手で覆った。しかし、それでも赤いウォーカーから目を離すことはできなかった。
赤いウォーカーは銃撃によって外装がどんどん剥がされていっているのも関わらず、ひるむことなく直進している。見たところ赤いウォーカーには武装らしい武装をひとつもない。だからこその突撃なんだろうが、あまりに無謀すぎる。
しかし、バスタードの方も決定打を打てずにいた。後ずさりしながら弾をばら撒いているが、未だに赤いウォーカーの足を止めるにはいたっていない。バスタードがもたついている間にも、両機の距離はどんどん詰まっていく。
そして、バスタードがついに撃破を諦めて、回避しようと足を動かしたとき、赤いウォーカーがブースターを一気に噴かした。赤いウォーカーはさらに加速し、距離が瞬時に近づく。
もはや赤いウォーカーは目と鼻の先だ。バスタードに避けるすべはなかった。
両機が折り重なり合い、そのまま壁面に激突した。恐ろしいまでの衝撃と轟音が大気を伝い洞窟全体を揺らした。金属のぶつかり合う鈍い音、そして何かがはじけたような音。衝撃を直接受けた壁面は崩れ大量の瓦礫と砂煙をあたりに撒き散らした。直接の衝撃を受けなかったところでも、壁に亀裂がはいり、天井や壁から砕けた水晶や瓦礫が弾け飛んだ。今にも洞窟が崩落してしまうんじゃないかと思うくらいだった。
衝撃の余波を受けた私の体は、当然それに耐えれるはずもなく吹き飛ばされてしまった。
「……ぁぁ!」
思わず声にならない叫び声が出てしまう。体は1メートルほど吹き飛ばされただけですんだが、今度は衝撃で飛んできた無数の砂をもろに体に受けてしまう。もはや全身が砂まみれだった。そんな酷い有様にも関わらず、打撲程度で済んだのは砂がクッションな役割をしたからであろう。
衝撃は来たときと同じようにあっという間に過ぎ去っていった。
私は震える体に鞭を打って立ち上がる。耳の奥では轟音の影響でうまく音を捉えられない。まるで頭の中で鐘が鳴っているようだ。全身についた砂がザッと零れ落ちた。私は砂を払いのけることも忘れて、二機のウォーカーが突撃した壁を見つめる。
未だに砂煙は収まっていなかった。瓦礫が崩れ落ちる音がまだ続いている。しかしそれだけだ。どちらのウォーカーも動いている様子はない。ウォーカーを比較的生存率の高い兵器だ。手足ならいざ知らず、硬い金属の殻に覆われたコックピットブロックの装甲は砲撃も弾くこともある。だからこそ、ウォーカー同士がぶつかりあっても中の操縦者が死ぬことは少ないとされているが、あれほどの衝突を目の当たりにしてしまった以上疑ってしまう。
しばらくすると砂煙が収まっていく。やがて、ウォーカーの姿が見えてくる。思ったとおり両機とも手足や背面の主砲が大きく傷ついていた。バスタードは手足がひしゃげ、赤いウォーカーにいたっては足が完全にもげてしまっている。それらと比較してコックピットブロックの被害は少ないようだった。
私が茫然と立ち尽くしていると、ウォーカーのハッチが開いた。赤いウォーカーの方だ。操縦者は生きているようだ。
操縦者?そういえば赤いウォーカーには一体どんな奴が乗っていたのだろう。
動かないと思っていたウォーカーに乗っていた人物。アルギニアの軍人に向かって突撃していった人物。……あまりいい感じはしない。恐る恐るみていると、開いたハッチからけだるそうに操縦者が現れた。
その姿を見て私は目を疑った。私はその男を見たことがある。
平均よりも頭ひとつ飛びぬけた高い身長。いかにも古めかしいあの軍服。鋭い目つきの顔立ち。そしてなにより、一度みたら忘れることのできない鳥の翼のような奇抜の髪型。
私は無意識の内にその男の名前を呟いていた。
「エクレア……クロニカ・イグリージュ」