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ロストエンブレムズ  作者: 柏井啓
砂の中の英雄
2/6

砂の中の英雄②

「エクレア?」


「そうです。エクレア・クロニカ・イグリージュ」


 そういってセシルが見せてくれたのは一枚の写真だった。一目で分かるが随分な年代モノだった。色あせている上、長年多くの人の手に触れられてきた為か折れ曲がってくたくただった。


 セシルから受け取った写真を破いてしまわないように優しく机の上においた。色あせているが、何が写っているのかははっきりと分かる。これは集合写真だ。


 軍服を着た男たちが目立つが、やんちゃそうな少年、線の細い女性、椅子に腰掛け微笑む老人などいろんな人物が写っている。人数は全部で十人ほどだ。しかし、数に入れたほかにも遠くのほうで小さく写って人物もいる。カメラ目線の人もまばらで、立ち位置もばらばらだ。どうやら集合写真というより、日常の一部を切り取ったような写真と言ったほうがよさそうだった。


「この人です」


 セシルが指差したのは、軍服を着た男の一人だった。共に写っている軍人たちと比べても、頭ひとつ分ほど背格好が高いのが見て取れた。日常の風景ということもあるが、気崩した服装や顔つきから、厳格な雰囲気は感じ取れず、砕けた性格をしているような印象を受けた。といっても一番眼を引くのは彼の髪型だ。側頭部を刈り上げており、頭頂部から後頭部にかかっては大きな羽のように髪の毛が盛り上がっている。軍服を着ていなければどこかの劇団員とでも勘違いしてしまいそうだ。


 私が眉をしかめたのを不思議に思ったのか、セシルが首をかしげて私の顔を覗き込んでくる。私はあわてて取り繕う。


「……やっぱり初めてみる顔だわ。こういう人がいるなんて今まで聞いたことがなかった」


「ええ、そうだと思います。調べた限り彼に関する記録は全く見つかりませんでした」


 セシルがいつも冷静な表情にもどり頷いた。


「私も父から聞いていなければ知らないままだったと思います」


 セシルの父親であるジョシュ・マクベスは幼い頃にエクレアという人物に会っているらしい。この写真に写っている少年がそうだとセシルは言う。当時のジョシュ少年は最前線に近い町に住んでおり、町ぐるみで兵士たちに協力していたらしい。その関係でエクレアとも交友を持つようになったようだ。エクレアとのつながりは戦争末期に彼が消息不明となるまで続いたらしい。


 セシルは彼女の父を通して、数多くのエクレア・クロニカ・イグリージュについての話を聞いていたそうだ。彼女の父いわく、エクレアは資源戦争の際に活躍した軍人らしい。彼は当時、アルギニアでは珍しかったウォーカーのみで編成された部隊を率いる隊長を勤めていた。戦時中に数多くの戦場に赴き多大な戦果をあげたそうだ。彼らの強さを称え、兵士たちは戦場で彼らのことを”稲妻の小隊(エクレイル)”と呼んでいたらしい。


 ただ、そんなに大きな功績をあげた人物にもかかわらず、セシルが言ったように彼に関する記録を見たことはない。たとえ教材に載っていなくても少しでも目にすることくらいありそうなものだが、そういったことは一切ない。こうなってくると実在していたかどうかすら怪しいが、セシルは実際にエクレアという人物の写真を持っている。そして、私はセシルがくだらない嘘をつくような性格ではないことを知っている。


 セシルと彼の父の話を信じるとするなら、間違っているのは公式の記録ということになる。


「変な感じね。何か公にできない訳でもあったのかもね」


「そうだと、思います。彼の記録がここまで見当たらないのは不自然です」


 また彼女はこのようなことも口にした。


「不自然といえば彼の功績が大きすぎるのも気になります」

「噂では彼の部隊がクレブリン部隊を破ったとさえいわれているんです」


 その言葉を聞いて私は椅子から立ち上がった。壁に備え付けられている本棚に向かう。


 クレブリン部隊といえばルーンレイクにおいて最も優れたされるウォーカーの操縦者ばかりを集めた部隊ことだ。当時はアルギニアとルーンレイクとのウォーカー操縦の技術練度の格差が大きかった。アルギニアの戦力では彼らを抑えることができなかった。なのに、ある時を境にクレブリン部隊の名前が表にあがることはなかった。ひっそりと消えていったのだ。


 本棚から取り出した一冊の本を開いた。書かれている内容は、おおよそ20年以上にもわたるアルギニアとルーンレイクの資源戦争の歴史だ。それほど詳しく書かれているものではないが、資源戦争の歴史の資料としては基礎的ことは網羅されている。当然、クレブリン部隊についても書かれている。だが、彼らをアルギニア軍が打ち破ったなどといったことは記載されているものの、具体的に何があったのかはあいまいにぼかされている。


 ついでにエクレアという人物についても調べてみたが、こっちはやはりどこにも書かれていない。


 私は本と閉じた。視線を本に落としたまま呟いた。


「エクレアという人物がいたとして、その人が誇張して評価されているということ。それは一種のプロパガンダとして利用されたかもしれない。さらに、クレブリン部隊撃破の噂」

「そして、公にすることのできない”稲妻の小隊”……」


 私は真っ直ぐにセシルの顔を見つめる。彼女の表情はさっきと同じ冷静な表情のまま微動だにしない。


「……面白い話だわ。そうね、非常に興味深い……」


 セシルは一言も発しない。まるで石のように黙りこくっている。窓から差し込む夕日が彼女の顔に影をつくっている。

 

 私は口元を綻ばせて言った。


「うん、面白い。レポートの題材になるかもね」


 セシルも薄く微笑む。あまりに変化が乏しいから分かりづらいが、心なしか安心したような表情に思えた。


 手に持っていた本を本棚に戻す。私は苦笑いを浮かべながら言った。


「そのまま使えるわけじゃないけど、いくつか気になる部分もあったし、違った面からアプローチできると思うわ」


「そうですか。少しでも参考になるならうれしく思います。」


 夕日に照らされた部屋を歩き、椅子に座りなおした。机の上に広げていた写真をセシルに手渡す。もちろん破れてしまわないように慎重に扱う。セシルは優しく受け取り、写真を手帳に挟んで大事そうに懐にしまった。その様子を見ていた私は、思わず口ついて言葉が出ていた。


「でも不思議ね」


「なにがですか?」


 セシルが少し首を傾けて聞いた。彼女が首を傾けるの癖のようなものだ。本人に自覚はないのだろうが、普段凛々しい表情を崩さないセシルがするから、妙におかしく感じてしまう。


「正直私はエクレアって人がいたかどうかまだ怪しんでいるのだけれど、セシル、あなたはいたって確信してるみたい。少なくとも私にはそう見えるわ」


 セシルは口元に手を当て思案するように視線をそらした。少したって突然、にこりと笑ってこう言った。


「そうですね。私は父と仲がいいですから」


 セシルがこういうことを言う時は大抵が確信犯だ。思わず眉が引きつるが、抑えて言い返す。


「あら、それは皮肉かしら」


「お嬢様も少しは素直になられたほうがいいですよ」


 否定しない上に私のささやかな反撃に対しても全く動じず、セシルは口元に手を当てて微笑んでいる。いつもは私が彼女に迷惑をかけている立場だから返す言葉もない。私は軽く手を上げて降参の意を示す。


 私とセシルは主人と侍従という関係よりも友人という言葉のほうが正しい。年齢も近く彼女とは出会ってすぐに打ち解けたことを覚えている。彼女とであったのは随分と前の話だ。その頃から一緒にいたため、彼女のことはどんなことでも相談できる姉妹のように感じている。こうして冗談を言い合うこともしばしばあり、最も親しい友人だと思っている。


 気が重くなり、私は背もたれの身を沈めた。生地は柔らかく、椅子は私を深々と受け入れる。


「好きなれないのは仕方ないわ。年頃の娘ですもの」


 思わず皮肉ったきつい物言いになってしまう。セシルの声は聞こえてこなかった。


 夕日がだいぶ落ち始め、部屋の中いっぱいを赤く染めた。日差しがわずらわしくて手で覆うと、セシルがカーテンを閉めようと窓際によった。


「あら?」


 セシルが素っ頓狂な声をあげる。声に釣られて彼女を見ると、窓の外、正面玄関前に何かを見つけたようだった。まぶしい日差しに気にも留めず、じっと見つめていた。問いただす前に部屋に備え付けられている電話が鳴った。セシルが受話器をとる前に素早くこう言った。


「だんな様がお帰りになられたようです」


 どうやら内線のようだ。セシルは何度か小さく相槌を打った後、険しい顔をした。その後も何度か相槌を繰り返した後、ようやく通話が終わったのか、受話器を置いた。


 そして、私に向かって短くこう言った。


「お嬢様、身支度を」




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