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ロストエンブレムズ  作者: 柏井啓
砂の中の英雄
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砂の中の英雄①

暇つぶしにどうぞ。

 これはもう助からないと直感した。耳鳴りが酷い。砲撃のうなる音、機体の軋む音、いろんな雑音がごちゃ混ぜになって耳の奥で繰り返し木霊する。視界もぼやけ焦点が定まらない。捉えることができるのは真っ暗な操縦席の中、明滅する赤いランプだけだ。機体の損傷は激しく、各部でアラーム音が鳴っている。操縦席もあちこちが破損しており、火花とオイルが既に動かなくなった体に降り注ぐ。しかし、もう痛みを感じることはなかった。


 どんどん意識が遠のいていくのが分かる。痛みも恐怖も、全ての感覚が途切れていく。薄れていく意識の中で過去のことを思い出す。走馬灯とは呼べないのかもしれない。思い出すのは戦場での記憶だけだ。兵士の叫び声、飛び交う砲弾、破壊されていく建物、残骸、硝煙、そして”ウォーカー”。

 

 噂があった。戦場では情報が錯綜し、兵士たちの間で数々の噂が流布した。そんな中では”稲妻の小隊”なんて大仰な名前で呼ばれたことも珍しくもなかったのかもしれない。でもそれは自分たちが英雄として担ぎ上げられたことを思い返させた。士気を高めるために自分たちが利用されたことは最初から分かっていた。それでも俺は構わなかった。俺の望みは戦うことだったのだから、進んで受け入れた。戦争を受け入れていたんだ。


 そして、俺はあの時、確かに英雄だった。でも、もしかしたらと考えることがある。もし、”あの時”もう少しだけ勇気を出せたのなら、俺は英雄にならなくても良かったのかもしれない。


 まぶたがどんどん重くなる。眼を開けていられない。

 やがて意識は完全に沈み、そうして俺は、死んだ。





 アルギニアの東部には岩と砂の荒野が広がっている。9月の東部地方は日中はうだるような暑さが続き、夜間は打って変わって嘘のように冷え込む。おまけに草木は乏しく、吹きすさぶ風に巻き上げられて砂嵐が巻き起こる。なんとも住みにくい土地なのだが、国の産業のおよそ4割がこの地方の資源採掘で成り立っているため今でも多くの人間が居ついている。町も各地に点在しているが年々採掘量は減少している。この国が資源大国と呼ばれたのは過去の話だ。


 当時は資源や利権をめぐって隣国であるルーンレイクとの争いも耐えなかった。小規模な戦争や紛争が続いていたが三十年前の大戦を持って資源戦争は幕を閉じた。アルギニアとルーンレイクは停戦し、あらゆる戦争行為が禁止された。この国では軍が再編され、当時君主制だった政治形態は一新された。急激な戦後復興を遂げ、この三十年の間に大きく発展した。それでもこの国は採掘産業をやめることができず、現在でも一翼を担っているのである。


今、私たちはその見渡す限り広大な荒野の上を車で駆け抜けている。

 

「頭を下げて!伏せてください!」

 

 車を運転しているアダム・ブロンスキーが唐突に声を荒げた。


 車体が大きく揺さぶられる。エンジンが悲鳴を上げるようにうなり、タイヤが地面をえぐるくぐもった音が伝わる。アダムの声にいち早く反応したセシル・マクベスが覆いかぶさるように私の体を抱き、座席に伏せた後、車両のすぐ右手に砲撃が着弾し、轟音と共に衝撃で激しく揺れる。


 何とか直撃は避けたようで、間髪いれず車両は再び走り始める。窓にはびっしりと巻き上げられた砂が張り付いていた。走り出した振動でぱらぱらと剥がれ落ちる。


「お嬢様お怪我はありませんか」


体を起こした私にセシルがたずねてくる。彼女は私の側付きであり、いつも落ち着いた雰囲気をまとっているが、今の彼女の焦燥にかられて若干高くなっている声から、彼女の同様が伝わってくる。


「大丈夫よ、それよりセシルあなたこそ!」


 セシルは車体が揺れた際、私を庇って、体をぶつけていた。しかし、当の本人はなんでもないという風に右手を振る。


「少し打っただけです」


 セシルはそういって左腕を見せようとはしなかった。彼女は真っ直ぐに私を見て微笑んでいた。私は言葉を飲み込んだ。セシルに感謝を述べた後、振り返り後方を見つめた。


 リアガラスを通して後方100マイルほどにふたつの巨大な影が見えた。巻き上がる砂煙によって非常に見えづらいがどういったものなのかは分かっていた。”装甲戦闘歩行機ウォーカー”と呼ばれる兵器だ。ウォーカーとはその名が示すとおり2本の足であらゆる地形を踏破することを目的に作られた兵器だ。装甲に包まれた操縦席から四肢が生えており、背面には二門の大きな砲身を背負っている。


 アルギニア軍が正式採用している”mbw-ell,4 bastardバスタード”だ。軍事関係のことに明るくないものにも知られている。アルギニアでもっとも知られているウォーカーといえるだろう。


 およそ二時間ほど前に、前日に立ち寄った町で二機のバスタードに遭遇した。偶然なのか、最初から私たちを追ってきたのかは不明だが、それから現在でも私たちの車両は二機のバスタードに追い掛けられながら、砲撃され続けている。


 こちらは装甲車などではなく、一般車両であるためウォーカーに対抗できるような装備は全くない。とはいえ、あったとしても民間人である私たちに扱えるはずもない。私たちにできるのは逃げることだけだ。幸い障害物の少ない平地や荒野では速度の面でこちらに分がある。


 また、私たちが二時間もウォーカー相手に追いかけっこを続けられているのは、運転手のアダムの運転技術によるところが大きい。彼は既に60を過ぎた男性で、私の家に仕える執事の中でも最も古株だ。普段のアダムは白ひげを蓄えた物静かで紳士な老人という印象だったが、今は力強く、荒々しく車両を操っている。


 再び砲撃が始まった。彼らは背面の主砲ではなく、ウォーカー専用の突撃銃を使用している。突撃銃と違って、ウォーカーの走行時に主砲での砲撃があたることは稀だ。彼らもそのことを分かっているからこそ突撃銃を使用しているのだろうが、未だに直撃弾はない。恐らくけん制しているつもりなのだろうが、捕まるわけにはいかない。


 私は後部座席から身を乗り出してアダムに問う。


「アダム、目的の谷までは後どのくらいかかる?」


「もうすぐです。あの盛り上がった地点の側です」


 アダムは前方を指差した。彼が示した先には、ひときわ大きな丘が見えた。あそこのふもと付近から南北に分かれて大きな大地の裂け目がある。また、私たちが向かっている先には放棄された町と廃坑があるはずだ。


 高低差のある地形に逃げ込むことは危険な賭けでもある。そのような地形でこそウォーカーの能力が発揮されるからだ。しかし、いつ被弾するかも分からない現状では、障害物を利用して防ぐしかない。傍から見れば完全に追い込まれる形に見えるかもしれないが、ウォーカーのパイロットたちにとっても望むところではないだろう。


 坑道には資源採掘に作業用のウォーカーも導入されていた。そのことから、ウォーカーも通れるような大きな道も存在するが、それと同じくらいウォーカーが通れない道が存在するのだ。私たちはもともとこのあたりを通る予定だったためこのあたりの地図を読み込んでいるが、彼らにとっては追跡するのに時間もかかり、逃げ込まれると厄介な事態になることだろう。


 とにもかくにも、逃げるにせよ、隠れるにせよこの谷に行くほかない。そう考えて私たちはわき目も振らず谷を目指しているのだ。


 そして、谷へと下る坂が目前にどんどん迫ってくる。あそこにたどり着けばとりあえずは砲弾の雨から身をしのぐことができるだろう。


 再び振り返ると、立ち止まるウォーカーの姿が見えた。既に突撃銃は構えていない。どういうことか考える前に主砲がこちらを向いていることを理解した。全身に悪寒が走る。そしてウォーカーから光が発せられたかと思うと、立ち込めていたはずの砂煙がはじかれたように消えていくのが見えた。


「アダムよけて!」


 言い終わる前に今までとは比べ物にならないほどの衝撃と轟音を味わったと思ったら、今度は音が完全に途切れた。視界がどんどん引き伸ばされていき、思考は停止した。自分がどういう状況なのか、全く理解することも考えることもできなくなる。ただただゆっくりと景色が流れていく。そして奇妙な浮遊感を感じる。まるで自分の肉体をつなぎとめる重力の糸が切れたように体が浮かんでいる。


 やがて時間は徐々に早く流れ始め、思考も回復していく。自分が崖から落ちているという状況を把握した時、激しい衝撃と共に目の前が真っ暗になった。意識が途切れる直前、フローリアン・エイデンスはことの始まりを思い出した。


どうしてこんなことになったのだろう。




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