5(by Meu)
バーテンダーが、
「あちらのお客様からです」
真里が見ると、先ほどマティーニをご馳走してくれた、ハンチング帽にサングラスの男性が、相変わらず笑顔で飲んでいる。それは、焼酎のお湯割に見えた(グラスから湯気が立ち上っていた)。
「いつから、音楽のプレゼントのサービスなんて始めたの?」
「本日からです」
バーテンダーが答えた。そんなの、聞いていない。真里は、違和感を覚えた。が、気にしないことにして、更に尋ねた。
「あの人、どんな人?」
「ああ、なんでも、全国のいろんな酒場を巡っているとか。私も、詳しいことまでは存じ上げないのですが」
「そうなの」
真里はそう言ったが、さしあたって興味があるわけでもなかった。
「よく聴いたよな、この曲」
「そうね」
二人は、かえって気まずくなってしまった気がしていた。初めてタケシが真里に勧めてくれたのもこの曲だったし、二人が同棲していた時もよく部屋で聴いて踊りあっていた。おまけに真里の脳裏には、タケシに抱かれる時にも、よく、その曲が流れていた光景が浮かんでしまっていた。
「なあ、やっぱり、他で飲み直さないか?」
タケシがこう切り出した。
「何言ってんのよ、アンタ。軽い女呼ばわりしたのは、そっちじゃない」
真里は憤りを隠さなかった。彼女はそうやって、なんとか自分のペースに持って行こうとしていたが、なかなか、きつくなっていた。なぜなら、彼女もまたこの曲を聴いて、彼と飲み直したくなっているのもまた、事実だったからだ。
「アンタ、明日早いんでしょ。それに、彼女のことはいいの?」
「実は俺、彼女と喧嘩しててさ」
「はあ?なにそれ。そんな相談、聞きたかないわよ」
真里はあくまでも強気に出ていた。
「…まあ、いいわ。付き合ったげる。で、どこかいい店あるんでしょうね?」
「この辺りに、悪くない個室居酒屋があるんだよ。よかったらそこで飲み直さないか?俺がおごるからさ」
「わかった」と真里は頷いた。
「チェックお願いします」
真里とタケシは会計を済ませると、次の店に向かった。