16
食事が終わる。つまり彼女等との別れの時間が来たということだ。
「本当に送っていかなくていいのか? 俺のほうからも色々と説明できると思うが」
「あー、それ逆効果かな。マイレさんって、頭が古いんだよねえ。異種族に話すことなどない、とか凄い剣幕で言いそう」
キリカの言葉に苦笑する。それ物真似か? 似てるかどうかなんて、俺には判断できないぞ。
「こら、キリカ。今からお世話になる方を悪く言うものではありません」
「はいはーい」
まったくこの姉妹は。永遠の別れというわけでもないのだから、あまり重苦しい雰囲気にすること自体おかしいのかもしれないけどさ。
なら俺も言うべきことは言っておこう。流石に、後は何も知りませんと放り出すのは後味が悪い。フィルを預かるってこともあるわけだし、やれることはやってやるさ。
さしあたっては、騎士団の情報を持っている親父さんに話を通しておくことか。色々説明したところで結局のところは証拠がない。
もしも本気で騎士団が腐っているのだとすれば、情報の出所を探られるとそれだけでまずいことになる。
だからこそ、どこそこでこういう動きがあった、とだけ話しておく。
「それじゃあフィル、いい子で待ってなさいね?」
「ん」
エウリアとフィルが抱き合う。別れのシーンだな。美人姉妹のこういうシーンは非常に絵になる。
「良いかい、ユキに変なことをされそうになったら、宿の人にちゃんと言うんだよ?」
「だからしねぇっての!」
何なのお前、そのネタまだ引っ張んの!? 妖精憑きは信頼できるとか、どの口で言ってたの!?
「大、丈夫。ユキさん、良い人」
「ええ、きっと。ユキさん、フィルのことをどうかよろしくお願いします」
「分かってる。俺の力の及ぶ範囲で、守りきるよ」
これで何度目だろう。深く腰を折るエウリアに答える。
気にするなっていうのも無理があるだろうけど、ここまで延々と念押しされるのも何だかなぁ。正直こそばゆい。
「それでは、またいずれ……」
「だな。落ち着いたら、また会おう」
別に何一つ解決の目途が立っておらずとも、フィルに会いに来るだけでも良いんだけどね。さすがにこの年齢の子が家族と離れ離れのままってのは色々と悪い気がする。
「すぐに会いに来るからね! 約束だから! 絶対だからね!」
「ん。またね」
キリカの台詞はどちらかといえば、フィルのもののような気がするが。それだけ家族思いの姉ということだろう。
名残は尽きないが、いつまでも立ち止まっているわけにもいかない。
彼女ら――というかキリカ――は度々振り返りながら、姿が見えなくなるまで手を振っていた。
フィルはその間、俺の服の裾をずっと掴んでいた。俺が引っ張られるほどに、強く。
だよなぁ。寂しくないはず、ないんだよ。まだ中学生だぜ? いきなり魔獣に襲われて、命からがら帰ってみれば村には誰も居なくて、心の支えになってやるべき家族は何だかんだ理由をつけて離れていって。
むしろグレないか心配になってくる。俺なら確実にグレる。そりゃ勿論、最初は色々と遠慮して良い子に振舞うだろうけどさ。数日は大丈夫だとしても、一ヶ月もしないうちに確実に癇癪を起こす。別に経験談ってわけではないが、軽く想像してみるだけで簡単に思い浮かぶ光景だ。
そうならないように、他人でしかない俺が、どうにか彼女を支えてやらねばならない。
……。
ハードル高ぇなおい!
このぐらいの年頃の女の子って、どういう思考回路してんの!?
わりと大人の扱いなの!? それともやっぱり子供なの!?
「ユキ、さん」
「お、おう!?」
「ご迷惑、おかけします」
ぺこりと一礼。その仕種はあまりに子供らしくなく。
……そうだな。
分からないものは分からない。それで仕方ない。悩んだところで答えが出るもんじゃなし。
俺がやるべきことは、この遠慮しまくってる少女に、年相応の振る舞いをさせてやることじゃないか?
自分を抑圧するなんざ、もっと大人になってからでいいんだよ。当然限度はあるが、自分なりにしっかりと考えているこの子が、その一線を間違うことはあるまい。
「気にすんな。俺じゃあ本物の家族にはなれないだろうが、あの姉ちゃん達相手みたいに甘えてくれていいんだぜ?」
「はい」
まだ難しいか。キリカ相手みたいな反応を期待していたんだが。
「それじゃ宿に戻るか。親父さんにも色々と説明しなきゃいけないし」
言って、そっと手を差し出す。
少しの間。
居た堪れない。せめて何か反応してよ。行き場のない手をどうすればいいのさ。
「どした?」
堪えきれず声を出す。
フィルは俺の手を見つめ、おずおずと握ってくる。
小さな手だ。柔らかい手だ。軽く握り返す。
「んじゃ行こうか、フィル」
「っ! はい!」
んー? いきなり明るくなったな。俺、何か変なことしてないよね?
あ、そういえば、この子の名前、初めて呼んだかもしれない。え、まさかそれ?
気になったことはすぐに確認だ。確認できてない話も大量にあるけど、今のこれは緊急事態だ。
「ティトさん、ティトさん」
「何ですかユキ様」
「森人って、名前に特別な思い入れとかあったりする? 岩人が特殊能力を得るみたいな感じで」
「……というよりも、自身の名前を蔑ろにされて、お前やこの子呼ばわりを続けられていれば、不安にも思うでしょう。本当に自分を見てくれているのかと」
正論だった。ぐうの音も出ない。
そうか、それは悪いことをした。心の中ではきちんと呼んでいたのだが。
きちんと口にしないと届かないよな、そりゃ。
「フィル」
「……?」
改めて名前を呼ぶ。そしてしっかりと目を見つめる。片膝を立て、目線も合わせる。
「俺はエウリアやキリカ達と違って、フィルをただの庇護対象としては見ない。俺についてくるからには、一人前として扱う。いいな?」
冒険者という職業は子守をしながら行えるものではない。街中での仕事だけならばともかく、中には害獣や魔獣の討伐といった依頼もあるのだ。最低限、自分の身は自分で守ってもらわなければならない。
最大限守るつもりではあるが、俺一人に出来ることなど限られている。ずっとぴったり傍につき続けているわけにもいかない場面だって出てくるだろう。
護衛依頼として請けていたとしても、ただ守られているだけの立場というのは、精神衛生上よろしくないだろう。ただでさえ、俺に守られているという状況を「俺に迷惑だ」と考えるような娘だ。
だからこそ、フィル自身が自分の立場をしっかりと理解しておく必要がある。
自分自身のことをしっかりと行えるなら、俺とフィルの間は気兼ねなしの関係であると。
「……分かり、ました」
その瞳には強い意志が宿っている。
この分なら心配なさそうだ。
他所様の娘さんを預かっているんだから、悪い影響は与えたくない。
冒険者なんていう職業自体が悪い影響を与えそうな気もするけどさ。それでも、エウリア達が迎えに来たとき、胸を張って責任を果たしたと言えるようにしておかないと。
俺も改めて決意し、もう一度しっかりとフィルと手を繋ぐ。
さしあたっては、親父さんに事情を説明するところからだな。
そう思い、『山猫酒場』の扉をくぐろうとした矢先。
「ユキ様!」
ティトの鋭い声に、俺の脳が警鐘を鳴らす。
咄嗟にフィルに抱きつき、庇う。
背中に軽い衝撃。
ガッ、カッ、と乾いた硬質の音が夕暮れの通りに響く。
瞬時にレーダーを展開。小さいが、急速に離れていく光点が一つ。
視線で追うが、それらしき人物は見えない。
ちきしょう、方向が読めないってのにここまで怒りを覚えたのは初めてだ。
「ユキ様、大丈夫ですか?」
「ああ。なんとかな」
ライトブレストメイルの背中側に当たったようだ。
地面には小さな矢が落ちている。うん、街中だからか、隠しやすく取り回しやすい小型の弓で放ったんだろうな。
一般的な弓で放たれれば、この軽鎧の分厚さ程度じゃあ貫通しているはずだ。
あるいは、ギリギリのところでティトが防御障壁を使ってくれたのかもしれない。
しかしどうして攻撃なんぞされなきゃいかんのか。
原因は、まぁ、一つ二つしかないんだけどさ。
「あ……あの……」
腕の中のフィルは、震えている。
無理もない。どちらを狙ったのかは分からないが、少なくとも殺されかけたことは事実だ。
「大丈夫、心配すんな」
頭を撫でる。
少しずつ震えが収まってきたようだ。
さて、いつまでも店の前に立っているわけにも行くまい。
襲ってきた奴も、襲撃が失敗したことくらい分かっているはずだ。
次が来る前に何かしらの対策を考えねばならない。
その件も含めて、親父さんにどうやって話したものか。
まぁ、正直に話すしかないんだけどさ。嘘ついても仕方ないし。腹芸なんて出来るわけがないし。




