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城壁の近くまで来れた。集落を出てから、恐らくそれほど時間は経っていまい。
事実、太陽の昇り具合もまだ半分というところ。思った以上に身体強化の魔法は効果が高いらしい。
城門に近づくと、昨日の衛兵が出迎えてくれた。
「お帰り、三三四番のお嬢さん」
うお、マジだ。あれだけの会話で覚えるとか凄いな。しかし何というか、お帰りって言葉は何か良いな。胸の奥からこみ上げて来るものがある。
「お、おう。本当に覚えてるんだな」
「当たり前だよ。こう見えても記憶力には自信があるんだ。それにお嬢さんみたいな可愛い子を忘れるわけがないだろ?」
とウィンク一つ。サブイボが立った。口説き文句は色々とダメだな。胃の腑からこみ上げて来るものがある。
「それで、そちらのお嬢さん方は一体どういう用件かな? 入るなら詰め所で話を聞くよ」
「その件に関して言っておきたいことがある。番号札を返すついでに俺も説明に立ち会いたい」
事情を知っている人間は多い方が良いだろう。
俺の提案に衛兵は頷き、門の横にある詰め所へと歩いていく。手に持った槍を軽く振るジェスチャーはついて来いということだろう。
俺達四人は彼の後について、こじんまりとした石造りの小屋に入っていく。
衛兵は戸棚から紙とペンを取り出すと奥の机にぽんと置く。
詰め所の中は思った以上に広い。どうやら城壁を貫いて首都側にも建物が続いているらしく、奥の方から外に向かって交代要員らしき人物が出て行く。
先にフィルのために仮眠用のベッドを借りる。移動式の小さなベッドだが、フィル自身が小さいので充分な大きさがある。
キリカが優しく下ろすと、多少ぐずるように身動ぎするが、すぐにまた寝息を立てる。
無理もないよな。精神的に疲れているんだ。
「さて、それじゃあ話を聞こうか」
俺達は部屋の端っこに置かれた机に陣取り、説明を始める。
彼女達は魔獣に襲われた経緯を。そして俺は街を出てから今のこの状況までの流れを。
「ほうー、それで親族を頼ってこの街まで、ね」
肝心なところは話していない。騎士団とやらをどこまで信用していいか分からない。そのため、騎士団に繋がっているであろう警備兵にも、全てを話すことはしなかった。
これはエウリアが決めたことだ。まずマイレに話を通してからだと。
一方、俺の方で『山猫酒場』の店主に話をして良いかという問いには是を貰っている。そこが信頼できる筋なら、動けるところから動いていくべきだと。
「ん、それじゃあこれでいいかな。今まで森で暮らしていたんなら、街の暮らしは大変だと思うけれど、頑張ってね」
「お気遣いありがとうございます」
とんとんと紙を纏める衛兵に、エウリアが丁寧なお辞儀をする。この辺は年長の功というべきか。キリカなんて退屈そうに欠伸してるっていうのに。フィルは途中で起きたけれど、何かを言うこともなくベッドに座って静かに待っている。あれ、キリカがガサツなだけ?
「ユキ、あんた失礼なこと考えたでしょ」
「何のことかな?」
しらばっくれておく。
「それじゃあこっちから出ると良い」
衛兵が奥の扉に案内してくれる。城壁の向こう側に出る扉で、潜ると朝の喧騒がガヤガヤと聞こえてくる。
衛兵は軽く手を振って、詰め所へと戻っていく。恐らく再び外で検問をするのだろう。
「それじゃあ当初の予定通り、宿に行くって事でいいか?」
「ええ、お願いします。話の続きもそこで」
「だな」
フィルをどうするか。フィルはどうしたいか。
俺がしばらく預かるというのならそれはそれで構わない。『山猫酒場』なら安心だろうし、生活費に関しても心配はない。
フィル自身が姉達と一緒に居たいと言うのなら、この話はそこまでだ。マイレとやらに負担が掛かるわけだが、フィルならば負担を掛けることもなかろう。短時間だが、そういう気遣いの出来る少女だと理解した。ぶっちゃけ十三歳にできる芸当じゃないと思うが。
「何ですか?」
「いいや、お前は良い子だと思ってな」
頭を撫でる。本心からの言葉だ。良い子過ぎて、逆に心配になる。自分を押し殺してはいまいか。周囲からの過度な抑圧は、人間性を歪める。ただでさえショックが大きいんだ。俺自身もまだまだガキだが、中学生よりはよっぽどオトナだ。まぁ、それを言うなら隣を歩く姉二人の方がよほど大人なんだろうけど。いやでもキリカを大人とは認めたくないなぁ。
考えていると、フィルが服の裾を掴んでくる。ちょっと顔が赤らんでいる。やだこの子可愛い。いやいや、何を考えてるんだ俺は。
軽く頭を振って残る二人を先導する。道、微妙に覚えてないな。多分この通りか次の通りをどっちかに曲がったと思うんだが。
「次の道を……」
「右です、ユキ様。その後は直進すれば宿が見えてきます」
「右な。あとはまっすぐ歩けば宿が見えてくる」
道案内は首筋に隠れたティトに任せる。俺は聞いたことをそのまま口にするだけ。楽な仕事だ。
向かいから馬車がカラカラと大通りを進んでいく。
そういやイリーヌさんも近日中に出発するんだったな。挨拶くらいはしておくか?
薬の材料も手に入ったし、調薬して渡すってのも良いかもしれない。解毒の薬は色々あっても損は無いみたいだし。折角解毒系の素材を手に入れたことだしな。調合器材なら一式あるわけだし、レシピ本に何かしら載ってるだろう。
「お、見えてきたな」
程なく『山猫酒場』が見えてくる。
「あの店かい? 『山猫酒場』……って、ユキが美味しいって言ってたお店じゃないか」
「おう。宿と飯屋が一緒になってるんだ。街じゃよくある形の店だぜ」
「や、別にそれくらいは知ってるけどさ」
知ってるのかよ。まぁ集落に住んでいるからといって、常識が何一つ無いということも無いわな。俺みたいな異世界人とは違うんだ。
「ま、入るか。朝飯も軽いものだったし、時間的に何か摘むもんでも作ってもらおうぜ」
言いながら宿に入る。
すると親父さんがしかめっ面で俺を睨んでいる。
「お、おう。ただいま」
「どこに行ってやがった?」
「え? ちょっと森まで……」
そこで地獄よりも深い溜息。何だ何だ、どうした親父さん。
「まあ無事だったってんなら良い。飯ならそっちに行って頼め」
親父さんが顎で酒場を指す。
そういや俺、昨日のうちに帰るって言ってた。治安が悪いとも聞いてた。
え、もしかして親父さん、俺の心配してくれてた?
「……にやけんな。柄じゃねぇのは分かってる」
「いやいや、嬉しくてな。心配してくれてありがとよ、親父さん」
自然と笑みが浮かんできた。誰かに心配してもらえるって、思ってた以上に嬉しいものだ。
親父さん、そっぽを向く。照れんな照れんな。
「ユキさん、その笑顔は反則すぎます」
「んぁ?」
いきなりどうしたエウリア。顔が赤いぞ。
「と、とりあえずご飯食べようよ。朝ごはんも有り合わせだったし、ちょっとお腹空いてんだよね」
キリカも何だっていうんだ。
俺を置いて二人とも酒場へ向かう。
取り残される俺とフィル。
「何なんだ一体」
「……?」
分からんよなぁ。フィルに聞いたって、余計に分からんよなぁ。フィルも首傾げてるもんなぁ。
ともあれここに残っていても仕方ない。
フィルを連れて酒場へ向かう。
幸い時間も時間なのでかなり空いているみたいだ。
エウリア達はカウンターに近いテーブル席に座っている。
俺達が席につくと、女将さんが腰に手を当ててやってきた。
「アンタかい、無事でよかった。ウチの人ったら、あいつが帰ってこないってずーっとぶちぶち言ってたからね」
「マジか。それは、何というか、悪かった。色々事情があって」
そう言って森人の少女達を見やる。
「そうみたいだね。見りゃ分かるよ。それで、着の身着のままやってきたようなお嬢さん方は、これからどうするのさね」
「親族がこちらの街にいますので、その方のところへ行こうと」
「ふぅん。んじゃその前に腹ごしらえってところかい。良いよ、何だって作ってあげるから、希望をお言いよ」
ふふん、と鼻を鳴らして女将さんが胸を張る。恰幅の良い姿なのでかなりのド迫力だ。
「あ、じゃあ俺――」
「あんたにゃ聞いてない。何時だって好きなもん食えるだろうさあんたは」
あっ、はい。
「何でも!? じゃああたしはミートパイが食べたいな!」
「えと、卵のサンドイッチを……」
我先に注文するキリカに、控えめながらもしっかりと注文するエウリア。
というかキリカ、それ作るのすげぇ時間かかるんじゃね?
「フィルはどうする?」
悩んでいる様子のフィルを見かねてキリカが聞いた。
するとフィルはふるふると首を振り、ぼそりと。
「……私は、ユキさんと、一緒なんです、よね?」
途端、空気が凍る。
もしかして昨晩、聞かれてた?




