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「あの子を、俺が?」


 どうしてまた。家族と一緒に居るほうが良いに決まっている。というか、行きずりの旅人に任せるとか、頭おかしいんじゃねぇの? てかむしろ一族の人間が居るならそっちに預けろよ。

 何と言うべきか逡巡していると、キリカがエウリアに食ってかかる。


「何を言ってるんだよ! フィルはまだ子供だよ!?」

「子供だからよキリカ。こんな状況、あの子には酷な話だもの。何も知らないままで居てほしい。全部解決してから、改めて迎えに行くの」

「だからって、よく知らない人に預けるなんて、あんた何考えてるのさ!」


 おー、いいぞキリカ。もっと言ってやれ言ってやれ。

 流石に口に出して応援できる雰囲気ではないので、こっそりと心の中でエールを送る。


「首都で人攫いが横行している噂があるのでしょう? だったら力のある方に守っていただけるなら安心だとは思わないかしら」

「マイレさんだってそれなりに腕っ節があるじゃないか」

「でも魔獣を一人で三匹も倒せる強さではないわ」

「それはそうかもだけど……」


 おいおいキリカ負けるんじゃねぇ。っつーか一人で三匹も魔獣を倒せる人間ってどれくらい居るんだ。以前の魔獣騒ぎの時に見た、ザンドとかいう魔術師なら盾役が居なくても出来そうだけど、それほど数は多くないような気がするぞ。


「ですのでユキさん。冒険者の貴女に、依頼します。フィルを暫くの間預かっていて下さいませんか?」


 断固として拒否する理由も無いが、軽々しく請ける案件でもない。個人的には今のところ否定的な気持ちが強い。ここは穏便に、向こうからやっぱり止めようと思ってもらわねば。俺個人の尊厳が軽やかに破壊されるがな。

 ということで、懐のティトに確認を取る。すると背中側から首元に移動し、了承の意を告げてきた。


「その前に。俺さ、妖精憑きなんだよ」


 するりと首元から登場するティト。そして優雅にお辞儀を一つ。

 はは、どうだ。ド変態なんだぜ俺。そんな奴に大事な妹を預けるとか、止めておきたいよな? いっそ殺せ。

 ティトを見る二人の眼の色が変わる。何だか嬉しそうな顔だ。

 あれ。予想と違う反応だぞ。


「ユキさんは妖精と仲がよいのですか!」

「妖精なんてひっさしぶりに見たよ!」

「人族の非によって関係が断たれていたと思っていましたが、手を取り合う方がまだいらっしゃったんですね!」

「妖精と一緒に居る人なら、うん、安心だよ。ユキのことはまだよく知らないけど、妖精が一緒に居るなら信頼できる人ってことだもん」


 えー、何これ。ド変態の称号じゃなかったの?

 いきなり好意的になってんだけど。むしろこんなド変態と一緒に居たら、フィルに変態がうつる、とか言って遠ざけようとするもんじゃないの?


「最初に申し上げたでしょう? 妖精と一緒に居るということは、それだけで力の証明になると。力とは何も武力だけではありません。人間関係における信頼というのも、力の一種です」

「お、おう。そうかもしれねぇけどさ」


 でもド変態って思われたら、人間関係も一瞬でぶっ潰れるよね? 今回は偶然気にしない人達だったってだけだよね?

 あとは俺の見た目か。

 今まで被っていたフードを取る。

 はらりと蒼い髪が流れ落ちる。


「後は、こんな見た目ってことくらいか?」


 金色の瞳で、彼女等を見据える。

 昼に出会った変態は特殊な例だ。

 基本的に、魔王の姿は知れ渡っている。であれば、この姿に恐怖を覚える者も居るだろう。

 最初の街が過剰な反応をしていたに過ぎないとも思うが、どこにだって恐れる人間は居るものだ。


「あー」


 だというのに、返ってきた反応はキリカのそれのみ。


「え、そんだけ?」


 拍子抜けにも程がある。もうちょっと何かこう、あるんじゃないかねお嬢さん。


「いや、魔王の見た目ってのは知ってるけどさ」


 バツが悪そうに頭をぽりぽりと掻いている。


「見た目で苦労してきたんだねえ」


 な、なんか慰められてる? 想定外なんですけど?


「大丈夫です。フィルも、ユキさんを見た目だけで恐れるようなことはありません。ですから――」

「さ、流石に本人の意思確認もなしに、俺等だけで決めることじゃねぇだろ。それに子守をしながらやっていけるほど甘い世界じゃないんだ、冒険者ってのは」


 多分。子守しながら冒険者してる奴も、広い世界だし、もしかしたら居るかもしれないけど。


「それは……」

「そう、だね。エウリア、あたしらだけで話をしてもしょうがないよ。明日フィルも交えて、それから決めよ?」

「そうだな。あの子が俺に着いてきたいって主張して、後は報酬がつり合えば考えなくもない」


 今の時点では、この辺が落としどころかな。引き受けるつもりはあまり無いが、困っている相手を跳ね除けるのも寝覚めが悪い。

 それにエウリアの言うことも何となく分かる。

 一族の中にいれば安心ではあるが、知ってほしくない情報も次々に入ってくる可能性もある。マイレとやらが商売をしているのなら、娼館との繋がりもどこかで出てくるかもしれない。人間社会の闇を、年端も行かない子供に聞かせたくないわけだ。

 それよりは、そういった事情から離れている冒険者に預けておいて、ある程度の問題が解決してから迎えにいって、何事も無かったかのように日常に戻ることができるなら一番良い。

 そういう心情なら理解は出来る。


「報酬……そうですね。私に払えるものはこれくらいしかありませんが」


 エウリアが首元に提げていたネックレスを外す。先ほど見たときには何かの魔道具かと思った、あの装飾品だ。


「おいおい。まだ請けるとは言ってねぇ」

「ええ。ですが、実際に報酬を見ていただければ、請けて下さる気持ちも出てくるかもしれませんので」


 なるほどな。だけどそれ、奪って逃げられる心配はしないのかね。それこそ一人で魔獣三匹を討伐するような力だ。森人の少女三人を害することなど容易いというのに。


「エウリア……そこまで強い考えなんだね」


 んー? もしかしてこのネックレス、やはりそれなりの魔道具なのか?

 鑑定しようと意識を集中する。金鎖のついた台座にアメジストらしき宝石が嵌っている。見ただけで値打ちものだと分かるネックレスだ。「赤心の首飾り。誠実な者の周りには、やはり誠実な者が集まる。この首飾りの持ち主には偽りは通用せず、また、自らを偽り続ける持ち主には厄災が訪れる。呪い士シキミが人間不信に陥った友人のために洒落で製作した魔道具。本人自身、驚きの効果であった」


「最後のくだりはいらねぇだろ……!!」


 思いっきり叫びたいが、この情報が分かるのは俺だけだ。誰だよシキミ。洒落で作ったのかよ。その時点で誠実さゼロじゃねぇか。しかも本人が把握しきれてねぇし。

 ともあれ確かに値打ちものだ。そしてこのネックレスの効果で、俺が彼女の信頼に足る人物だと判断したのだろう。妖精憑き云々はその信頼を補強してくれたのだろう。

 でもまぁ嘘発見器な魔道具とか、色んな意味ですげぇな。自分で嘘を吐いてたら、何かしらのデメリットもあるみたいだけど。


「そのネックレスは、誰かから貰ったのか?」


 気を取り直して、エウリアが報酬として提示したネックレスについて質問する。


「ええ。母から、持っておきなさいと」


 人間不信に陥った友人って、まさかこの子らの母親のことか!? いやいや、シキミとやらが今の時代に生きているのかは分からない。それこそ何百年も前に作られた品が、巡り巡って彼女に受け継がれた可能性だってあるわけだし。下手な邪推は止めておくか。

 だが、母親から受け継いだとなると、最悪の可能性を考えると形見の品になってしまうかもしれない。だからこそキリカも、エウリアの決意を揺るぎないものと考えたのだ。だったらそんなもの、受け取るわけにはいかない。


「悪いが、そいつは報酬で受け取る気はねぇよ。そんな大事な品なら報酬なんかにするんじゃねぇ」

「ですがそれ以外にお支払いできるものなんて……」

「後払いでも構わねぇよ。全部終わった後っていうなら、何かしら払えるものも出来てるだろうし。ただまぁさっきも言ったが、俺に預けるっつーなら、フィルにも冒険者の仕事はやってもらうぜ」


 いきなり討伐系の依頼を手伝わせるつもりはないが、街中で出来る仕事の手伝いくらいならできるだろう。運搬系なら後ろについてこさせるだけでも良いし、適当に小物だけ持たせて手伝ってる気分にさせるという手も使える。


「構いません。それが一番安全でしょうから」

「いやま、安全かもしれねぇけどさ。もう少し躊躇うとか、ないわけ?」


 少しは構えよ。どんだけ信頼されてんだ。どんだけ切羽詰ってんだ。妖精憑きの信頼度がカンストどころか天元突破してませんか? 俺なら一瞬でお断りするレベルなんだけど。


「無理を承知で、お願いします」

「あの子次第だろ。あんたらに着いていきたいって言ったら、俺にはどうしようもねぇからな」

「そうだよね。ほらエウリア、今は諦めなって。フィルさえ良かったら、ユキは引き受けてくれるって言ってるんだからさ」


 キリカがエウリアの腕を掴む。

 全く、何だっていうんだ。


「ともあれ、今日はもう寝ろ。火の番はやっといてやる。二人とも疲れてるだろ?」


 手で追い払う動作をする。

 申し訳なさそうな顔をしていたが、やはり疲労が濃かったのか、最後には折れてテントに入っていく。

 ぼそぼそと喋り声が聞こえてきたが、程なく眠りについたようで、物音がしなくなった。


「子守なぁ」


 別に嫌なわけじゃない。随分と聞き分けの良い娘だったし、これから一生面倒を見るってわけでもない。

 ただ、どうにも嫌な予感がするだけだ。


「どう思う、ティト」

「私見でよろしければ」


 ずっと傍に居てくれる妖精に聞いてみる。夜は長い。相談相手になってもらうとしよう。

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