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 出された紙は、いわゆる契約書だった。

 実際には別に判子も何も必要無かったので法的拘束力は無いが、違反すると信用を失うそうだ。

 冒険者などという、下手すれば街から街への旅烏が信用を失ってしまえば、それはもう目も当てられない。

 契約内容は、基本的には問題ない。

 簡潔にまとめると、街中での犯罪行為の禁止だとか、依頼の失敗やら破棄における補償、専属契約を打ち切る際の注意点などなど。

 犯罪はおおよそ日本で円満に生活していれば問題の無い内容だった。逆に、そういった行為を見かけたら、衛兵にじゃんじゃん通報するのも冒険者の仕事だとか。小遣い稼ぎ程度にはなるようだ。

 依頼の失敗にしろ破棄にしろ、違約金として報酬の倍額を払う。まぁ害獣討伐なんかの依頼を放り投げたら、依頼者に損害が出るからな。店の面子も潰れるわけだし、違約金が高いのは仕方ない。

 専属契約を打ち切る場合、主人にきっちり報告しておくことと、その後この街では他の店で依頼を受けないことが明記されていた。要するに、この街を出るから契約を切る、ということであって、この店が気に入らないから出て行くのは無理だということだ。

 そもそも専属契約というのは一見の冒険者が言い出すことではなく、冒険者の側でもある程度店を回って依頼を受けつつ、店の雰囲気や依頼の難度、報酬等を吟味して申し出るものだそうで。実力のある冒険者に対しては主人のほうから話を持ちかけることもあるとか。

 妖精をにらむと、てへっと舌を出しやがった。

 契約には自分の名前を書く必要があった。


「おっと、そういや字はどうすればいい?」

「なんだ嬢ちゃん、字が書けねえのか? まさか、読めないってことはないだろうな」

「読むのは大丈夫だよ。この契約書、一から全部読んでやろうか?」

「いらねえよ。俺が代筆してやろうか?」


 そこで妖精を見る。


「いえ、普通に書けますよ。やってみてください」


 自信ありげに言われるので、仕方無しに羽ペンを走らせる。うっわ書きづらい。

 普通に、日本語で書いた。というか漢字で書いた。

 藤堂雪。


「ほう。こいつは意思疎通の呪いだな。この業界長いことやってるが、こんなところで使う奴なんざ初めて見たぜ」


 はい、俺も初めて見ました。

 実際どうなってるんですか。何が起こってるんですか。


「契約書を読めたでしょう? あれと同じ現象です。この程度なら、魔力消費もせずに何年ももちます」


 なるほど。つまり目の前のおっさんは、俺が文字を読んだときに、全く読めないのになんとなく意味が分かるという気味の悪い体験をしているわけか。


「名前はトードーユキ。職業は?」

「何て書けば良い?」

「呪い士で良いでしょう」


 呪い士と。


「……嬢ちゃん、妖精憑きとはいえ、ちっとばかし主体性がなさすぎるんじゃねえか」


 呆れ顔のおっさん。仕方ないじゃん。常識とかまだ分からないんだもの。というか妖精憑きって何さ。知らない単語出すぎだろ。

 次に出されたのが依頼書。内容や報酬がまとめられた紙だった。

 魔獣の討伐やら薬草の採取やら、報酬もピンキリで正直どれを選べばいいものか。

 と悩んでいると、妖精が一枚の紙を指差した。


「解毒草の採取をお願いします」

「無難なところだな。こいつは、街の南の森に群生してるやつだ。普段ならガキの使いでも取りにいける代物なんだが、魔獣が出たとかいう話があってな。その分報酬は高めなんだが、本当にやれるのか?」


 どうなの妖精さん!


「大丈夫ですよ。こう見えてもユキ様は強いんですから」


 そうなの妖精さん!?


「妖精憑きの妖精が言ってるなら大丈夫か。じゃあ頼んだぜ。期限は無いようなもんだが、早いほうが助かる。あと、今から行くってんなら、遅くなるようなら弁当くらいは作ってやるが、どうする?」

「ああ、それは頼みたいな。腹が減っては何とやら。そんなに遅くなるつもりはないが、備えておくに越したことはないし」

「そうか、なら十分ほど待ってろ。簡単な携帯食を用意してやるよ」


 そう言って奥に引っ込むおっさん。おそらく厨房になっているんだろう。

 さて、少しだが時間が出来たな。

 何をしておくべきか。

 と、ふと気付く。


「そういや、名前。お前の名前知らねぇわ」

「ああ、そういえば。名前よりも先に色々なことの説明をしていましたものね」


 普通は名乗り合いから始めるのだろうが、今回は事情が事情だったしな。気付かない方もどうかと思うが。


「妖精族のティトと申します」


 そういって空中でふわりと優雅に舞い、ミニワンピースの裾をつまみあげる。

 改めてティトを観察する。

 二〇センチくらいの体に、髪は翠色のショートカットで、くりくりとした丸い瞳は同色。種族的に成体でもこんなものかもしれないが、幼さが残る顔から判断するに、そこまで年長者というわけでもないのだろう。

 首で支えるタイプの淡いピンクのワンピースドレスは、肩から背中にかけて肌を大きく露出させているが、過度な色気はない。同色のセパレートスリーブのおかげだろうか。それとも裾から見えるささやかなフリルの効果だろうか。あるいは、虹色に輝く半透明の羽の存在が人外の存在であることを強く主張しているからだろうか。人によってはドストライクなのかもしれんが。

 一切の穢れを知らないような白磁の肌は、その下に流れる血を意識させるように色付き、細い肢体は少し力を込めれば簡単に折れてしまいそうだ。


「何をいやらしい目で見ているんですか」

「見てねぇよ」


 でも辛辣。だからそんな蔑んだ目で見るなって。興奮しないし。

 あと気になる話といえば。


「妖精憑きって何さ」


 聞いた感じ、狐憑きとかみたいに悪いイメージなんだが。いてくれる分には座敷わらしみたいな感じでありがたいんだけども。


「妖精の加護を受けた上で、その妖精を身近に置いている人のことですね。妖精は通常、自然に近い場所を好みますので、人の傍にずっといることは珍しいんですよ。そもそも普通の手段では妖精を繋ぎ止めることなんてできませんから」

「へぇ。じゃあどうやったら妖精憑きになれるのさ?」

「あの手この手で妖精を手篭めにすれば」

「ただの蔑称じゃねぇか!!」


 というかあのおっさん、もしかして誤解してる!?


「身近にいる分妖精の加護は最大限に得られますし、妖精の加護自体、受けられることは力の証明にもなります。ですので妖精憑きは、その性癖はともかく実力には一定の信頼を置けるわけです」


 性癖はともかくとか言った!?


「それともユキ様は男性に言い寄られたいですか? 妖精憑きと言っておけば、その性癖から大抵は相手が避けてくださるかと」


 うん、男に言い寄られるとか嫌すぎる。だけど、大多数にド変態と思われることと天秤にかけるのか。


「……死にたい。ティトさん、最初と性格が違いすぎません?」

「あの時は必死でしたから。異世界から英雄を招き入れるだなんて大役、果たせるかどうか分かりませんでしたし」


 まぁ、それはそうかもな。多少のキャラ作りをしてでも、確実に引き入れなきゃ世界滅亡なわけだし。


「あー、俺が言えた義理じゃないんだが……こういうことしてて、大丈夫なのか?」


 よくよく考えてみると、この世界は魔獣に襲われている。

 冒険者がそれなりに討伐しているとはいえ、おそらくは増加の一途を辿っているのだろう。

 早急に手を打たなければ取り返しのつかないことになるんじゃないのか。

 俺自身が生きていくためとはいえ、あまり迂遠な真似を続けるわけにはいかない。


「もうしばらくは大丈夫でしょう。魔獣の増加ペースも、今はまだ人族の討伐で抑えられる程度です。突発的な大量発生が各地で起きない限りは」

「フラグじゃねぇか」

「何のことですか?」

「いや、こっちの話だ」


 黙って首を振る。


「悪魔とやらはどうしてるんだ。配下が次々やられてるなら、そっちも何か対策を立てるだろうに」

「悪魔とは便宜上の名称であって、自然災害みたいなものなんですよ」

「と、いうと?」


 どこから取り出したのか、メガネを装着して説明モードに入るティト。

 あ、何か話が長くなりそう。

 おっさんが戻ってくるまでに終わるのかな? というか終わってくれよ?

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