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「さて、ユキちゃん。私からの贈り物だよ」


 食事の後、イリーヌさんが荷物から幾つかの品を出す。

 これが調合器材なのだろう。

 すり潰す形の棒と、薬研のような車輪型の道具だ。それに付随する受け皿と、おそらくは完成品を入れる容器も少々。


「おー、ありがたい。これで製薬にチャレンジできる」


 確か薬学の本には、棒ですり潰すタイプの軟膏の作り方が載っていたはずだ。


「どうするんだい、今から作るのかい?」

「そうだな。材料は幾つか確保しているから、試しにやってみようか」


 俺は壁際に置いている袋を取り、その中の影から薬草を出してくる。

 椅子に戻り、受け皿に薬草を入れ、棒でごりごりとすり潰す。

 青臭い草の香りが部屋に広がる。

 俺はその香りを気にしないというよりも、むしろ好きな匂いなので胸一杯に吸うのだが、イリーヌさんもティトもあまり好みでないらしく、顔を強張らせ、少し背けている。

 葉の繊維が潰れたところから、粘ついた成分が染み出してくる。このねばねばが薬用成分だそうだ。

 この成分に水を少しずつ混ぜながら、さらにごりごりと潰していく。そうするとクリーム状になるので、これがいわゆる傷薬となる。

 最終的には葉っぱの部分も使うそうなので、葉の筋を気にせずに攪拌を続ける。

 しかし何というか。


「疲れるわこれ」


 体勢を変えずにひたすら手元だけの作業を繰り返す。あまりに勢いよく混ぜると、薬用成分が壊れてしまうために、かなり手加減して潰さなければならない。

 大剣を振り回すよりも神経を使うわけだし、それが長時間ともなると中々に疲労が蓄積されてしまう。

 だが、その甲斐あってか、薬草を一株分すり潰し終えたときには、イリーヌさんが持ってきてくれた容器三つ分の軟膏が出来上がった。

 出来栄えを見ていると、やはり鑑定が発動した。「傷薬。薬草をすり潰し、適度な水分を混ぜて調合した軟膏。傷をふさぎ、失った生命力をわずかに取り戻す」という効果が見えてきた。

 なるほど、傷薬はこのように作られていたのか。いつかの店に置いていたものが画一品だと思っていたが、一株からいくつも数ができるのなら、同じ品質の品が数多く販売されていても不思議ではない。


「完成したぞ。見てくれるか」


 俺は容器をイリーヌさんに見せ、具合を見てもらう。この世界において、俺の鑑定とイリーヌさんの目利き、どちらが信用できるかといえば、今のところは専門職の目だ。鑑定したものを、実際にどの程度把握できているのかは分からない。比較対象が無かったわけだし。薬屋はライフポーションも傷薬として売っていたし、ホワイトダガーも効果が見て取れるならばありえないほど安い値段で売られていた。

 魔道具になるのなら、ただの道具屋や武器屋が把握できないのも無理はないが、そうなるとイリーヌさんが一体どの程度の目を持っているのか、これで理解できる。

 イリーヌさんは容器を眺め、軟膏の色や香りを確かめ、そして匂いに顔を顰める。

 そして実際にほんの少し指で掬って、手の甲に塗りつける。


「……なるほど。最下級の傷薬よりは、少し上の効果みたいだね」

「分かるのか?」

「これでも薬を売って長いんだ。この品質の薬なら、何度も扱ってきたよ。ともあれ、ユキちゃんの初めては貰っておくね」

「だから、言い方が一々生々しいんだよ!」


 俺は三つの容器をイリーヌさんに渡す。

 彼女もそれを受け取って、俺に何かの塊を渡してきた。


「これは?」

「ユキちゃんから貰ってた、ハードノッカーの肝だよ。残念ながら、首都に信頼できる薬師の知り合いはいないんだ。だから、今一番信頼できる薬師は、ユキちゃんなんだよ。それに肝を貰っていたところで、ユキちゃんが居ないなら、その不思議な冷たい袋も効果がなくなるだろう? だったら今の私が持っていても仕方ないからね。それで薬を作ってくれると嬉しいな」


 嬉しいことを言ってくれる。

 碌に素性の知れない冒険者を相手に、一番信頼できる薬師、だと。

 信頼してくれているわけだ。ただの冒険者を。

 行動は取った。護衛としての任務も完了させた。多少のアクシデントはあれど、無事に首都まで送り届けた。

 それだけで、こうまで信頼してくれることが、純粋に嬉しかった。

 だからこそ、俺は答える。


「分かった。多分この器材で作れたはずだから、何とかやってみるよ」


 素性から何から偽りだらけの俺だけれど、この言葉だけは真実だ。

 出来上がった品は、一部を残して彼女に譲るとしよう。もともと彼女に渡すはずの肝から作る薬だ。

 使うためには、肝を乾燥させなければならないわけだが。それは魔法であっさりと済ませてしまおう。

 ただ、その光景を見られると、今度は何を言われるか分からないから、極力隠す方向で。


「調合に時間が物凄くかかるから、今日はもう薬は作らないけどな」

「ふふ、そうだね。今から作ったら、下手をすると夜が明けてしまうよ」


 普通は乾燥させる工程を含めるわけだから、当然の反応だろう。

 彼女は腰を上げ、暇を告げる。


「それじゃあ、明日から暫くは私もここに居るから。ユキちゃんも、何かあったら私を訪ねてきておくれ。商業区の西側、バザールの方に店を出しているからさ」


 そういってイリーヌさんは部屋を出て行った。

 忙しない人だ。しかし、明日の商売の準備もあるのだろう。

 バザール。聞いた限りでは非常に楽しみな響きだ。

 掘り出し物が見つかるかもしれない。

 そんなことを思いながら、俺はハードノッカーの肝を乾燥させる作業に入る。

 乾燥させる手段として思いつくのは熱風乾燥やら天日干しか。凍結乾燥という手もあるが、魔法で手軽にできそうな熱風乾燥でやってみる。

 もし肝の成分が熱風で変質するのなら、別の手段を考えるだけだ。

 袋から肝を取り出し、受け皿に置いた状態でドライヤーをイメージし、その温度を上昇させていく。

 掌から熱い風が吹き出る。熱すぎて、うっかり掌を火傷しそうだった。慌てて風が出る位置を調整する。うん、これなら何とか。

 だけど、これじゃあいつまでかかるか分からないな。あっさり済ませる心算だったが、熱風乾燥と言ってもそれなりに時間が掛かりそうだ。

 別アプローチを考えるべきだろうか。いやしかし。

 考えているうちに、肝が水分を失っていく。

 その過程で変な臭いが篭りそうだったので、窓を開ける。

 そして思いつく。


「紐で吊るして、自動で熱風が出るような魔法にすればいいんじゃねぇか?」


 それが可能かどうかは分からないが、イメージできるなら可能だろう。

 ホワイトダガーの鞘をドライヤーに見立てて、熱風が出るように魔法をかける。

 先端からぼわーっと風が出てくる。おう、成功だ。


「じゃあ、こいつも吊るして、と」


 肝と鞘を窓辺に吊るし、準備完了。

 次はハードノッカーの肝と混ぜる予定の草をすり潰しておこう。

 ちなみに、ハードノッカーの肝は有毒であるが、乾燥させると無毒化する。ただし、あまり時間をかけてはいけない。自然乾燥では時間がかかりすぎて腐敗の方が早いらしい。素材として鮮度が大切なのだ。この時点で魔道具なり魔術なりの使用が必須。そりゃあ毒抜くのが大変って言われるわな。

 なお、この乾燥させた肝を粉末状にすると解毒草の効果が上昇するらしい。

 解毒草単体ですり潰したものは、あらゆる毒の症状をほんの少しだけ軽減するというものだそうだが、この粉末と混ぜることで症状の緩和が大きくなるらしい。

 具体的には、解毒草単体の効果は毒による嘔吐感や高熱、倦怠感、寒気といった諸症状が一〇分ほど、ほんの少し楽になるといったものだ。もちろん効果が切れれば再び苛まれることになる。根治はできないからな。

 ところが、強化された薬の方では、効果時間はそのままだが、症状が収まるという。結局は延命措置でしかないが、緊急回避手段としては有効だとか。

 毒を持った相手との戦闘が予想される場合、その相手の持つ毒の特効薬を持っていくことが基本なのだが、長旅をする場合にはどんな毒を持つ相手と遭遇するか分からない。

 そのため、各種特効薬を揃えて持ち運ぶよりも、こういった症状軽減薬を持ち運んだ上で、毒を受けた際に一々特効薬を調合することが一般的らしい。

 毒の特効薬の原料には、その毒の元である毒腺だとか、毒液だとか、そういったものが多いそうなので、仮に毒を受けたところで、相手を討伐さえすれば特効薬の調合には困らない。

 戦闘行為の最中に行動不能にならないためにも、症状軽減薬は重宝されているとか。

 呪いにも、解毒の呪いはあるにはあるが、習得するためには一度その毒を身に受けなければならないそうだ。俺なら絶対に嫌だ。この世界の人々も基本的には嫌だそうで、解毒の呪いを使える呪い士は限られているそうだ。前衛が後逸させてしまった毒持ちの害獣に襲われるか、あるいは奇襲を受けて襲われるか、そういった呪い士のみが扱えるなど、限定されすぎだろう。

 そういったエキスパートが居ないか、ティトに聞いてみた。


「いらっしゃいましたよ」


 居たとのこと。過去形ということは、現在は居ないのだろうか。


「多くの毒に習熟し、彼に解毒できない毒は無いとまで言われたほどに、あらゆる毒を受けた英雄がいらっしゃいました。彼の居たパーティでは、毒による戦闘不能者が一切出なかったことから、無毒の王と言われていました。そんな彼の最期は、受けたが最後、即死する毒という、特効薬を作りようがない毒だったそうです」


 オチを付けるなオチを。

 いや、まぁ、そういう毒まであるなら、尚更受けずにいたいものだ。


「ですが、解毒の特効薬は値段が高いこともあり、解毒の呪いが使える呪い士は珍重されます」

「だからって、毒なんぞ受けたくねぇよ。ところで、その英雄さんが受けた毒ってのは何だったんだ?」


 絶対に受けたくないから聞いときたい。


「デスホーネットという蜂の毒だそうです」

「また直球の名前だな。てか、ただのアナフィラキシーショックじゃねぇか」


 そりゃ解毒できないわ。抗体だもん。この世界でも蜂は怖いのか。

 解毒草を影から取り出し、これもまたすり潰していく。

 解毒草は傷薬の原料とは違い、粘性の汁は出てこない。

 ひたすらに細かく砕いていく。ただの解毒薬ならば、このまま固めて丸めれば良い。

 しかし今回はハードノッカーの肝も使う予定だ。だから固める前で作業を中断しておく。

 窓辺に吊るした肝の方はどうだろうか、と見に行くと、丁度外側から乾燥が始まっていた。

 ものの数分もすればそれなりに使える程度に乾くだろう。

 調合書には、乾燥粉末を使うと書かれていただけで、乾燥の方法までは書かれていなかったからなぁ。

 これが成功すれば、残った肝も全て乾燥させよう。多少手間だが、効果の高い薬を作るためには必要なことだ。

 とりあえず、どうせ解毒草は全て使ってしまうのだから、ある分をすり潰していく。

 ごりごりごり、と小気味良い音を立てながら、リズム良くテンポ良く。

 解毒草を全てすり潰し終えたときには、ハードノッカーの肝はすっかり乾燥していた。

 あとはコイツを砕いて混ぜるだけだな。

 強化解毒薬完成まであと少し。

 もう少し頑張るとしよう。

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