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17

「ここでお別れだね」


 首都に入って暫く後、馬車を停めてイリーヌさんが振り返りながら言った。

 そう、ここで護衛依頼は終了だ。

 色々とアクシデントはあったためか、この数日間は非常に長く感じた。

 名残惜しいが、冒険者と依頼者のドライな関係はここで終わる。やたら濃密だった気もするが。


「それじゃあ、これが報酬。銀貨一〇枚だ、受け取っておくれ」


 小さな革袋に銀貨がチャリチャリと小気味良い金属音を立てる。

 俺はそれを懐へと仕舞い、イリーヌさんを見つめる。

 何か口にしなければという思いと、何を言っていいのか分からないという思いがせめぎあう。

 そんな様子を見かねた彼女が、助け舟を出してくれる。


「はは、今生の別れというわけでもないんだ。そんな顔をしないでおくれよユキちゃん。それに、君にはまだ渡さなきゃならないものもあるし、またすぐに会えるよ」

「……そっか。器材、譲ってもらう約束だったな」

「それで作ったユキちゃんの初めては、私が貰うってことで良いんだよね」

「一々言い方がいやらしいな!」


 全く、別れに哀愁を感じさせないようにしてくれた彼女に感謝する。

 そこで思い出す。


「イリーヌさん。これ、持っていってくれるか」

「ん、これは何だい?」


 俺は懐から、ハードノッカーの肝が入った袋を取り出した。冷蔵保存の魔法付きだ。

 イリーヌさんも手を伸ばし、受け取ろうとする。


「薬の原料になる。知り合いが居るなら使ってほしい」


 しかし、続く俺の言葉に手を止め、驚いた顔でこちらを見る。何だよ。


「良いのかい。買取してくれるところに売れば、今なら銀貨で買ってもらえるはずだよ」


 へぇ、銀貨ですか。肝、大分高いな。


「今は薬の原料ですら高騰しているからね。依頼料も報酬も跳ね上がっているのさ。だから……」

「いいよ、受け取ってくれ。イリーヌさんが信頼できる薬師に渡して、それで質の良い薬を作ってもらえれば良い」


 俺の押しの言葉に彼女も折れたのか、伸ばしたまま止めた手を、再びこちらに差し出す。

 そしてその手がしっかりと袋を掴んだところで、お互いに笑みを浮かべる。


「それじゃあ、また今度。あ、オススメの宿は『山猫酒場』だよ。冒険者の店もやってるからね」

「酒場なのに宿なのか」

「どこもそんなものさ。宿泊客に料理を出すのも、料理だけ食べに行くのも、同じ客さね」


 それもそうか。『古強者の憩い亭』だって、宿を経営していたのだから。


「じゃあ暫くはそこで宿を取ることにするよ。もしまた護衛の話があればよろしく頼む」

「こちらこそ。それじゃあ、器材は今晩にでも持っていくね」


 イリーヌさんが提示してきた時間は思ったよりも早かった。

 そんなことで薬が売り切れるのだろうか?


「慢性的に不足しているって言ったろう? 今日は商売をしなくても十分売り切れるよ。価格も、それなりに抑えているしね。悪どいところだと、この程度の薬に銅貨五、六〇枚は取るからねぇ」

「おいおい、どんだけぼったくってるんだ」

「需要があって、供給が追いつかなければ、必然的に値は上がるよ。私の持ってきた薬が多少の調整弁の役割をしているわけだけれど」


 そう考えると、イリーヌさんのしていることは、思った以上に凄いことなのかもしれない。

 ただそれでも、彼女が仕入れに行っている間に急病人が出れば、民衆は高い薬でも買うしかない、と。


「それ、よく考えると、イリーヌさんの立場って物凄く危ういんじゃねぇか……?」


 心無いものが居れば思いつくはずだ。

 彼女さえ居なければ、薬の利益はもっと上がる、と。


「そいつは大丈夫さ。私もそれなりに名が売れてきたからね。下手に手を出せば、手痛いしっぺ返しを食らうだろうからさ。おいそれと手は出してこないよ」

「それなら安心だけど。ま、用心はしてくれよな」

「ふふ、優しいねぇユキちゃんは。大丈夫だよ。それじゃ、また後で会おう」


 石畳の大通りを、木が割れるような音を立てながら馬車が遠ざかっていく。

 ……もう駄目だろあの馬車。

 小さくなるまで見送ってから、俺も移動を開始する。

 『山猫酒場』だったか。果たして一体どこにあるのだろう。

 こういう時はティトペディアさんだ。


「ティト。この街の地図とか分かるか?」

「ええ、ある程度は。まず中央、ここからでも見えるあのお城が、この国の象徴、ルミア城です」


 ティトの指し示す先を見ると、確かに城が見える。首都名がフェンデルのくせに城の名前がルミアってどういうことだ。まぁ地名と城の名前が違う理由はいくらでも考えられるか。

 頑健な外観でありながらも、しかし外側は白く、石造りでありながら、漆喰のごとき艶やかさを持っている。

 芸術品と言っても差し支えないような城は、しかし実用品でもあり、レーダーを確認すると数多の人間が城内に集まっているようだ。

 おそらく兵士や執務官など、政治や戦に必要な人材が城の中にわんさといるのだろう。


「そして、その中央から外側に行くにつれ、貴族区、職人区、住宅区、商業区と分かれていきます。冒険者の店として登録されるのは、一般的には商業区ですね」

「ふぅん。ま、貴族区なんぞには用はないな。まずは戦利品を売却しよう。商業区で良いんだよな」

「そうですね。『山猫酒場』がどんな業務を請け負っているか、確認してみないことには始まりませんが」

「あぁそうだな。もし買取をしていなかったら、別の店に案内してもらえるよう店主に頼もうか。何はともあれ、まずは『山猫酒場』がどこにあるのか、それだけでも理解しておかないと」


 ティトの説明では、やはり詳細な位置までは分からないようだ。そもそも、もう一〇〇年単位で昔の出来事なんだろうなぁ、こいつの場合。

 そんな大昔の知識で現代を生き抜くことはさすがに不可能である。

 この場合に取る行動は決まっている。


「すいません、『山猫酒場』を探しているのですけど、どこに行けばいいでしょうか」


 人に聞きまくれば良いのだ。尋ねるわけだから、多少は丁寧な言葉遣いを心がける。

 やりすぎると変な目で見られるけれど、数回程度ならば構うまい。

 商業区の東端から、南門に向かう道の途中。

 少しずつくねりながら進んでいくと、聞いた通りの看板が目に入る。

 赤ら顔のデブ猫がグラスを片手に酒を飲んでいる、そんな看板が。


「ここか……」


 外からの見た目は『古強者の憩い亭』と変わりない。

 両開きのウェスタンドアを押し開けると、まずは広いロビーが目に入る。

 木の床が木目豊かに、天井から吊られたランプの光を反射している。

 入り口から右側が酒場、左側がフロントになっており、中央正面のカウンターに厳つい男が座っている。

 恐らく、彼が取り仕切っているのだろう。


「すまない、ここは素材の買取なんかはやっているか?」


 進み出て、彼に話を持ちかける。

 男は無言でカウンター横の壁に吊られているボードを指差す。

 そこには数多の書類が貼られていた。


「うわ、大量にあるな……」


 色は茶色くなっているし、文字もかすれかけているが、何とか判読できる。

 そこには買取一覧表と書かれていて、ここで取り扱っている素材の値段が記されていた。

 今の俺の手持ちの素材は、ハードノッカーの角と武器だ。

 丁度良く、ハードノッカーの角が売れるようだ。

 一本につき銅貨二枚。

 高いと見るか安いと見るかは人それぞれだろうが、一体から二本の角と武器類を回収できることを考えると、ハードノッカーからは銅貨四枚以上の収入が期待できるわけだ。

 しかも奴らは集団を作る。俺が倒したのも集団である。

 また、ハードノッカーは駆け出しの冒険者が狩りの練習にも使うくらいに弱い害獣だそうで、そのことを考えると妥当な値段だろうか。

 俺が素材の値段について考え込んでいると、男が言葉を発した。


「代読は小銅貨一枚だが、どうする?」


 代読、そういうのもあるのか。

 それもそうだ。この世界の識字率がどの程度のものかは分からないが、全ての冒険者があらゆる言語に精通しているとは限らない。

 国が違えば文字も違うことだって多いだろう。

 そうなった時に、この人物のように代わりに読んでくれる仕事には一定の需要があるのだろう。


「いや、大丈夫だ。読めるよ」


 男はまたも座る。

 うん、意思疎通の呪いがあるから、そういう点については問題ないのだ。

 仕事を取り上げてしまったみたいで、申し訳ない気持ちになる。

 そうとばかり言っていられないので、目的を達成することにする。


「素材の買取を見た。ハードノッカーの角を六〇本を売りたい」

「確認しよう。素材は表においてあるのか?」

「あ、いや。この袋に入れている」


 俺は担いでいた袋を下ろし、中の影からハードノッカーの角を次々に取り出す。


「……状態は可もなく不可もなく、といったところか。これならば買い取り価格通りだな。銅貨一二〇枚分になる。銀貨を混ぜたほうが良いか?」

「そうだな、小銀貨二枚と銅貨二〇枚で頼むよ」

「分かった」


 男はそのまま言葉少なに硬貨を用意し、カウンターに並べていく。

 確かに小銀貨二枚と銅貨二〇枚だ。

 あとは用件を一つ。


「魔素溜まりが近場に出来ているみたいなんだ。警戒しておいて欲しいんだが、こういう情報ってどこで伝えれば良い?」

「ここで構わん。俺から回しておく。裏を取ってからだがな」

「ああ、助かる」


 軽く目礼したところで、男から質問が投げかけられる。


「お前さん、身分証明になるものはあるか?」


 いきなり何だというのだろうか。一応おっさんから貰った金属のプレートならあるので、それを見せる。


「……ほう、豪腕のバフトンのところのか。それなら期待ができるな。どうしてこっちに来たのかは知らんが、暫くはここで活動するつもりか?」


 おっさん意外と有名人。期待されても、どこまで添えるか分からんけどな。向こうの街に戻るつもりは無いので頷いておく。

 ピンと指で弾かれたプレートを受け取り、懐の影に仕舞う。

 軽く会釈し、フロントに向かう。大して距離はないが、通路を曲がる必要がある。

 フロントの奥に若い女が立っていた。服装は地味目のエプロンスカート。頭に巻いた三角巾が可愛らしい。


「ここで宿を取りたいんだが、一泊幾らだ?」


 懐はそれなりに暖かいから、あまりに法外な値段でなければどうとでもなる。それでも当然、好き放題に使えるわけではないので、値段は気になってしまう。


「ご宿泊ですね、一泊銅貨一〇枚です。これには朝夕の食事が付いていますけれど、自炊なさる方や酒場で食事を取られる方は減額されます」


 一泊あたりの値段が銅貨一〇枚というのが高いのか安いのか。気になるところは減額ってところか。


「それって、どれくらい引いてもらえるんだ?」


 自炊する気は無かったが、長期滞在になるなら節約できるところは節約したい。一応調理器材はあるし、厨房さえ貸してもらえるなら何とでもなる。まぁ、多分酒場で食うと思うけど。


「んーと、そうですね。どちらも付けない場合は一泊銅貨八枚になります」

「なるほど。ちなみに、あっちの酒場で食うとなると、一食どれくらいかかる?」

「定食なら銅貨一枚もあれば食べられます。お酒などを召し上がる場合は、もっと高くなりますけど」


 やはり酒は高いらしい。嗜好品だものな。

 とりあえずあれか。食事は、朝夕に酒場の定食が付くと考えればいいわけだな。付けるかどうかは迷うが。場合によっては露天商などで適当に食えばもっと安いはずだし。勿論酒場で食うことにしても、定食以外に単品やら何やらを食べることにすれば値段は高くつくだろうしな。

 ただし俺にはティトという同居人がいるわけだから、食事は結局酒場で食べることになるだろう。昼飯も要るし。

 そのあたりのことを考えると、何だかんだで一日の生活費は俺とティトとを合わせて、宿泊費銅貨八枚と、食費が六枚。合計銅貨十四枚が必要になる計算だ。

 先ほどのハードノッカーの報酬では十日分の生活費にもならない。武器が鉄くず価格で売れたとしてギリギリ足りるかどうか、といったところだな。

 まぁ、群れで遭遇できるし、討伐さえすれば生きていくことは可能か。


「食事は外で食うこともあると思うから、とりあえず十日の宿泊のみで頼む」

「はい。それでは銅貨八〇枚ですね」


 先ほど受け取った報酬の小銀貨で払う。この値段であれば銀貨で貰っておいても良かったかもしれない。次からは気をつけよう。お釣りの銅貨を受け取り、鍵を預かる。


「お客様のお部屋は、二階の突き当たりの部屋です。湯は申し付けていただければ、小銅貨二枚で用意いたします」

「分かった。とりあえず今晩に湯を用意しておいてくれ」

「はい、それではお部屋にお持ちいたしますね」


 そういって女性は一礼する。

 ふーむ、接客関係は、日本のものよりは多少フランクな感じだ。言葉遣いこそ丁寧だが、しゃちほこばったマニュアルさは無い。こういう店の場合は家族で経営しているとかで、このフロントの女性は娘さんだろう。

 で、冒険者用の受付の男が父親。酒場を切り盛りしているのが奥さんとか、そんな感じだろうか。聞いてもいないので分からないけれど。

 夜になれば湯が到着し、イリーヌさんも訪ねてくれるだろう。

 となると、それまでどのように過ごせば良いのか。

 時間は夕方になる直前といったところ。

 飯を食うには早いが、どこかぶらぶらと出かけるには遅い時間。目的地でもあれば良いのだが。

 そしてふと思いつく。

 どうせここは商業区なのだ。この宿の周辺だけを一巡りして、店の配置だけ覚えておくのも良いだろう。

 明日の予定も立てやすくなるし、何より時間つぶしの散歩に丁度良い。

 一度部屋に行き、さして多くないカモフラージュの荷物を放り込み、すぐさま外に出る。

 前の拠点は、近場が居住区であったために微妙に不便だった。

 ここはどうだろうか。便利だと良いな。

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