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拠点を出て、道すがら妖精に聞いておく。
収入を得る手段として現段階で行えるものは、三つしかないらしい。
一つ目。商売人の下働きをする。
この世界、商人という職の供給が顧客の需要に対して圧倒的に足りていないらしい。大きな街ならばともかく、地方の農村などになれば年に数度の行商を頼るしかないそうだ。
よって世の商売人は手下――支店と言ったほうがマイルドな気もするが、妖精がそう言ったのだから仕方ない――を増やし、その利益の一部を上納させるというやり方を取っているそうな。ネズミ講のような気もするが、独立すればその手の上納金は発生せず、独立するまでは一定の顧客を回してもらえるというメリットもあるということで、意外とうまく回っているらしい。
人口が増えたり商人の数が需要を満たしたりすれば変わる制度だろうけども。
ともあれそういう事情があるために、多くの商人は弟子というか丁稚を集め、衣食住の面倒を見てくれるとか何とか。
二つ目。冒険者として依頼をこなしていく。
ファンタジーのお約束だな、と思いつつ話を聞いていると、やはりお約束の範囲は逸脱しないみたいだ。
大規模な事件は騎士団が出動するが、例えば薬草が足りないから取ってきてほしいだとか、害虫退治してほしいだとか、引越しの手伝いだとか、飲食店の期間手伝いだとか、要は第三次産業だ。勿論、傭兵業も含まれている。
一括で管理する組織、いわゆる冒険者ギルドのようなもの――一店一店名称が異なるそうだ――が存在しており、そちらで依頼を斡旋してもらった上で報酬を得る方法。ちなみに、ギルドは仲介料を報酬から天引きしているらしい。悪質なギルドはこの額が膨大で、依頼の内容によっては必要経費だけで赤字になることもあるそうな。早晩そういうギルドは潰れそうな気もするが、街に一つはないと困るそうで、小さな町などは領主から補助金が出ているとか。ただのブラック企業じゃねえか。
三つ目。娼館で働く。
却下。というかなぜ勧めた。
「ある程度自由に動けたほうが良いわけだから、二つ目の手段しかないわなぁ。冒険者ってのを、もう少し詳しく教えてくれるか?」
「ええ。まずは施設で専属契約をします。そうすると、あとは店主がこちらの技量に見合った依頼を斡旋してくださいますので、冒険者は依頼を選別して請け負う形になりますね。物によっては店主から食料くらいの支援はありますが、基本的にはこちらで用意することになります」
「あー、そういうタイプね」
貼紙に依頼が色々書いてて、早い者勝ちで受け付けてもらうのを想定していたが、違ったようだ。
「ところで専属契約ってのはどういうメリットがあるんだ?」
「その店からしか依頼を引き受けないとする代わりに、仲介料の割引であったり、依頼を優先的に回してもらったりといった利点がありますね」
「逆に、専属契約しないとどうなる?」
「今言った利点がなくなる代わりに、色々な店の依頼を請け負うことができます。自分の技量や報酬に見合った依頼を、随時吟味できるのが最大の利点ですね。契約している店が、自分達に都合の良い依頼を持ってこられない可能性もありますので。ただ、この街はそこまで大きなものでもありませんので、契約しておいたほうが便利かと」
ふむ。仲介料を取るってことは、ギルドとしては処理できる程度には数をこなしたいわけで、そうなると登録者数がイコール達成数にもなってくると。
さらに言えば、登録している冒険者が優秀であればあるほど、依頼人が増え、実入りの良い依頼を選り好みできる余裕も生まれてくるわけか。
ただ、登録者だけじゃ依頼の全てをこなせるかどうか分からないから、よその冒険者であっても適正な能力さえあれば斡旋する。
「なるほど、冒険者は派遣社員か」
「仰る意味が良く分かりませんが、貶している事だけは分かります」
別に貶しているつもりはなかったんだが。
ある程度分かったところで、ギルドに急ぐ。
「ああ、それと一つ注意しておきます」
「何をだ?」
妖精が急ぐ俺にストップを掛ける。注意しておくことって何だ。大量にありそうだけども。わざわざ一つに限定するなんて。
「口調に関してです」
「丁寧な物腰でやれってか?」
それはまぁ、出来なくもない。目上の相手に、ありもしない敬意を払うことくらいはやれるさ。
この男口調が冒険者としてまずいっていうなら、生活のために口調を変えるくらいはする。ものすげぇ嫌だけど、背に腹は変えられないし。
「逆ですね。今のお姿を考えて下さい。丁寧な物腰の女性冒険者は、軽んじられます」
「そういうもんか」
妖精の言は予想外だったが、確かに言われてみればそうかもしれない。
丁寧だろうがぞんざいだろうが、本人の能力には関係が無い。だが、口調一つで舐められる可能性があるというのも頷ける話だ。
勿論相手は選ばなければいけないだろうが。俺が将来的に関わる相手の中に居るかどうか知らないけど、貴族とか王族とかその辺りな。
「分かった、覚えとくよ」
妖精に向けて笑みを浮かべると、満足そうな表情を浮かべる。
そこで会話が途切れる。代わりに、辺りを見回す余裕が出来た。
町並みはまさしく中世ファンタジーといったところ。古き良きヨーロッパの……いや、向こうは今でもこういった町並みは残っているのか。
赤い煉瓦造りの二階建てが軒を連ねる。通りに面した窓にはロープが張られており、そこに洗濯物などを干している。
幸いなことに水洗トイレの件からも想定したとおり、下水道等は整備されているようで地面に汚物が撒き散らされているということはない。
陽は高く、辺りには通行人も多い。露店の類は出ていないが、それはこの辺りが居住区だからだそうで、商業区に行けば賑やかな歓声が聞こえてくるらしい。
その通行人を見ていて気付いたことがある。
「人種ってどれくらいいるんだ」
ざっと見た限りで、エルフのように耳のとがった人間もいれば、あからさまに獣の顔を持った人間もいる。
背負ってはいたが、大振りの斧を持った小柄な男はドワーフと目測をつける。偏見だろうか。
驚いたことにトカゲ人間までいた。リザードマンと言えば、俺の知ってるファンタジーでは典型的なモンスターなのに、街中を堂々と歩いている。ここではああいうのも市民権を得ているのか。
「細かくすると限がありませんが、ざっくり分けて戦人、森人、岩人、獣人の四種族ですね」
「なるほど。分からん」
「戦人はユキ様のような、この世界で一番多い種族ですね。戦を好み、貪欲に力を求める種族です」
「そう言われるとマイナスイメージしか浮かばないな」
「そうでもありませんよ。害獣や、最近なら魔獣の討伐を一手に引き受けてくださいますし」
ざっくりと聞いた話をまとめると次のようになる。
戦人の多くは町に住み、戦うことに携わる種族のようだ。商売も戦争らしく、多くの商人は戦人であるらしい。簡単に考えれば、一般的な人間を指す。
森人は俺のイメージ通りのエルフだ。森に住み、自然の恵みで暮らし、他種族と積極的に関わろうとはしない。魔術や呪いが得意で、時折戦人が教えを請いに行くそうな。
岩人はドワーフだろう。職人気質な人が多く、上等の武具や日用品を作るそうだ。戦人のように戦いを好む岩人もいるそうだが、どちらかというと自分の作った武具を試すといった雰囲気らしい。
獣人は部族が多数あるとのこと。猫やら犬やら、そういった動物の性質を色濃く継いだ人達で、ワーキャットやらワーウルフやらと考えれば、イメージに沿うだろうか。何に向いているかとかは部族によって異なるが、概ね戦人と似たような性質らしい。
なお、この妖精のように四種族にカテゴライズされないものはヒト種ではなく、それはそれで別個の呼ばれ方があるそうだ。
「あくまで大勢がということであって、呪いを好む岩人もいらっしゃいますし、優れた武具を作る獣人もいらっしゃいます。その辺りは個人差ですね」
「まぁそうだろうな。大魔術師とか呼ばれる戦人がいてもいいわけだし」
そんな風に妖精と話していると、前方から禿頭の柄の悪い男が歩いてくるのに気が付いた。
なんだか随分と我が物顔で歩いているな。おいおい、通行人がいそいそと逃げていくじゃないか。見るからに荒くれって感じだぞ。
そんな男とどんどん距離が近くなる。
まぁ擦れ違うくらいなら問題あるまい。いきなり絡まれることなんて――。
「見ない顔だな? 貴様、どこの者だ」
絡まれました。何でだよ。狂犬かよ。誰にでも噛み付きたいお年頃かよ。
正直相手にしたくないんだが、どうしよう。
何て思ってると、いきなり腕を掴まれる。
「質問に答え……って、女か?」
「うるせぇよ、俺だって好きでこういう格好になってんじゃねぇ!」
女だからと、力を緩めてくれるわけもなく、むしろ何か力が強くなってる気がする。少々痛い。
「なあ、女なら俺の仲間になれや。良い思いさせてやるからよ?」
そして絡みつくような視線。正直怖気が走る。サブイボが立つわ。
「冗談は頭だけにしろっての。誰がお前なんかの仲間になるかっつーの」
そりゃあ勿論、パーティーを組む選択肢もないとは言わない。実際、一人で仕事をするよりも、数人で行うほうが便利な場合もあるに決まっている。実際妄想の中じゃあ俺だってパーティーを組んでいたわけだし。
でもさぁ。こいつは無いわ。
そう思って口にしたのだが。
「女ぁ、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
禿頭、ユデダコ。さすがに沸点低くない?
そしてさらに俺の腕を握っている手に、さらに力が込められる。
「いってぇだろうが!」
頭にきたので、思いっきり腕を縦に振り払う。一回下に落として、上に振り上げる感じで。
その瞬間、物凄い勢いで縦回転して吹っ飛んでいく禿頭。胴体で地面にバウンドして、さらに一回転。そして通りに置いていた水瓶に尻からIN。勢いが止まりきらず水瓶ごと倒れ、後ろにあった果物の箱にダイブ。頭上にバシバシと落ちていく果実。
「……え?」
いやまあ、筋力は変わってないって妖精に言われていたけれど。
妄想の中なら両手剣を軽くぶん回してたし、男一人ぶっ飛ばす程度の力はあったと思うけど。
ちょっとやりすぎた、かな?
軽く周囲を見渡すも、厄介ごとには巻き込まれまいと視線を逸らす住人達。ですよね。
「えーと、お騒がせしました」
軽く頭を下げて、この場から立ち去る。居た堪れないっての!
そうして居住区から少し進んだ、商業区の端。冒険者の多くが利用する武具屋や道具屋等から少し離れた、立地としては少々僻地といえる場所。
目指した冒険者ギルドの店はそこにあった。
なぜこのような離れた所にあるのか気になるが。
ウェスタン風の両開きの戸を押し開けると、カウンター奥にいかつい男が暇そうに座っていた。
「いらっしゃい、食事かい、宿泊かい」
「え、いや、え?」
「このお店は、食堂兼宿屋兼、斡旋所なんですよ」
なるほど。冒険者メインではなく、商業区の職人が居住区へと帰っていく際の飯屋みたいな扱いなわけか。そういうことなら立地条件も悪くない。宿屋ってのは、酔いつぶれた客を介抱するために営んでいるということだろう。冒険者関係の業務はついでみたいなもんか。
「ああ、それじゃあこの店で冒険者をするから、専属契約とやらをやってくれ」
ひげ面のいかつい中年男性に告げる。
年の頃は四十前後、鍛えられた腕の筋肉は今の俺の太ももくらいで、いたる所に裂傷跡が刻まれている。
長袖のシャツを腕まくりし、似合わないエプロンをかけた男は、こちらを無遠慮に眺めていく。
「あぁ? 姉さん、いきなり何を言ってるんだ。アンタみたいな人に冒険者は向いてねぇよ」
「姉さん?」
問い返すと、訝しげな視線を送られる。
ああ、そういえば今の俺は女だったんだ。
クローゼットにあった真っ黒のローブを着て、目深にフードを被った今の俺を女と分かった理由は、声か。体型は完全に隠れているし。
「嬢ちゃんって言ったほうが良いのか? どっちにしろ、お前みてえな奴に任せられる仕事なんざねえよ」
大正解。
俺だって、この人の立場だったら俺になんぞ仕事を任せたくないし。
だが、そうも言っていられない事情がある。
どう説得したものかと悩んでいると、妖精が躍り出る。
「おじさんおじさん、この人なら大丈夫ですよ。私がついていますから」
「……妖精だと?」
男は妖精をじろじろと見る。
その眼は明らかに何かを測っているようだ。
ひとしきり観察した後、先ほどとはまた違う視線でこちらに向き直り、
「ほう、嬢ちゃんは妖精憑きか。だったらマシな仕事もできるだろ」
そう言いながら、何枚かの紙を取り出した。