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16

 首都の城壁が見えてきた。上部には大砲のようなものが設置されており、どうやらグラスイーグル対策としての設備らしいことをイリーヌさんから聞く。

 大砲は二門一組で併設されており、片方がネットを射出する装置で、もう片方が砲弾を放つそうだ。なるほど、きちんとした防衛設備さえあれば、グラスイーグルはカモだということが良くわかる。回避力を奪って超攻撃力での一点突破。非常に分かりやすい。また、この攻撃力があれば並大抵の害獣は寄せ付ける前に粗方処理できてしまうだろう。勿論、害獣討伐は冒険者の飯の種でもあるし、砲弾の費用を考えるに多用はできなさそうだが、害獣の大群が押し寄せるようなことになったときには猛威を振るうだろう。


「ユキちゃん。名残惜しいけれど、馬車の強化は一度解いてくれないかい?」

「おう、分かった」


 イリーヌさんの提案により、馬車の強化は首都に到着する前に解除することにした。

 俺自身は気づかなかったのだが、どうやら傍から見ると、この馬車は異常らしい。

 魔力で強化して浮いている、ということではない。轍は出来るし車輪が回転していないということもない。

 ただ、馬の進む速度に対しての回転数がおかしいらしい。思っている以上にぐるんぐるん回っているそうだ。

 ああ、それは気持ち悪いな。

 ともあれ、そんな車輪を門番に見られるのも、要らぬ問題を引き起こしそう、ということだった。

 それに、首都には多くの旅商人が訪れる。そんな商人達に、馬車の異常を見られては、根掘り葉掘り聞かれてしまう可能性も示唆された。

 その相手が大商人の傘下の人間であれば秘匿することも難しい。

 であるならば、この発想をイリーヌさんが独占するためにも、目立つ真似を避けようというわけだ。

 つまりそれは。

 カッポカッポガラガラガタゴトガタゴトガタピシキィキィ。

 嫌な音を立てながら、馬車の振動と戦う時間がやってくるわけで。


「なぁイリーヌさん。もしかして、と思うんだけど」

「もしかして、の話は好きじゃないな。私も気づいているし、言わなくても良いんじゃないかな?」

「だよな。この馬車壊れかけてんじゃね、とか言わなくても良いよな」

「言ったねユキちゃん! どうして目を逸らそうとしていたことを言っちゃうかな!」

「目を逸らすな! お前の商売道具だろうが!?」


 何か馬車が限界っぽい。

 ついでに今までがなまじ快適すぎただけに、俺たちのストレスも限界っぽい。

 いつ壊れるかビクビクしながら街道を走る。

 既に首都は目と鼻の先だ。仮にここで馬車が壊れても立ち往生することは無い。

 その場合の荷物も、俺が影に仕舞っておけば、一応は問題無いわけだし、何がどうなろうと気にすることは無い。

 ただし、馬車の不調の原因がほぼ全部俺、という事実は消えないし変わらない。

 強化を施せば、痛みは激しくなる。

 その強化が無茶であればあるほど、損壊しやすい。

 さて、ここで俺が馬車に施した強化内容を思い返してみよう。

 一つ。魔力タイヤ。これは初日からずっと行っている強化だ。

 二つ。ベアリング。これは山道を登る直前から施している。

 三つ。逆回転防止用のブレーキ機構。これも同じく。山を降りてからは使っていないが。

 四つ。振動軽減用のサスペンション。これは山を降りてから行っていた。かすかな振動すらシャットアウトしてくれた優れもの。

 うん、正直盛りすぎた。

 損害賠償を請求されてもおかしくないレベルだ。

 まぁ、主に宿場から夜通し走り倒したときのダメージも結構なものだと思う。

 それが分かっているからこそ、イリーヌさんも無体なことは言ってこないのだが。

 今は快適さとメンテナンス費用を天秤にかけているみたいだ。

 ぶつぶつと何やら面倒そうな計算をしている。

 紙に書かずに頭の中だけで複雑な計算ができるとは、商人って凄い。


「……そうだよね。そもそもこの馬車だって長い付き合いだもの。ガタが来てたっておかしくないさ。この際、新しい荷台を買うとしよう」

「そういう決め方で良いのか?」

「良いさ。音を聞くからに車軸が傷んでいるだろうから、修繕費を考えると新しく買ったほうが色々と都合が良いんだ。ユキちゃんだって、武器の修繕費に追加でいくらか払ったら、よほど良い武器が買える、となると買い替えるだろう?」


 なるほど分かりやすい。

 古いパソコンの修理費に何万円も取られるくらいなら、もう少し足して別のパソコンを買うほうが良いものな。大事なのはハードディスクの中身だし。

 イリーヌさんの例え話とは全く異なったところで同意する。


「何とか辿りつけそうだね」


 イリーヌさんの言葉に前を向くと、確かに首都に入る旅人の長蛇の列ができていた。

 彼らの後ろに並ぶイリーヌさん。

 検問として、多数の兵士が行き来している。


「ここは、前の宿場みたいな簡単な検問じゃないんだろうな」


 宿場でのやり取りを思い返す。首都なのだから、通行証があるからといって、簡単に通れるものではないだろう。


「そうだね。同じ国だから関税はないけれど、入るための税は取られてしまうからね。大した額ではないんだけど、それとは別の手続きが面倒なんだ」

「げぇ、手続きとかあるのかよ……」


 しかも役人の仕事だろ。時間が掛かるに決まってるじゃねぇか。


「ユキちゃんならあまり関係ないと思うけどねぇ」


 俺なら、とはどういうことか。冒険者なら素通りできるとかいう特典でもあるのだろうか。

 護衛依頼だの何だので町から町を移動するような者も多そうだし、あまりとやかく言われないのかもしれない。

 などと思っていると、意外とすんなりと検問まで通ってこれた。

 あの列は一体どこに行ったのか。それとも整理員が夏冬の祭典のごときプロなのか。


「かなり早く来れてないか。面倒な手続きなんだろう?」

「ああ。それは多分、さっきまでの旅人達が皆が戦人だから、だろうねぇ」

「む、戦人だと手続きが早いのか?」


 訝しむ俺に、困った顔で答える彼女。


「戦人だと、というよりも、獣人だと手続きが面倒になるんだ。特に、私のような狐はねぇ」


 兵士が近づいてくる。

 通行証を見せるが、それを見た兵士の顔は嘲りの色を含んでいた。

 ……ああ、なるほど。


「それじゃあちょっと行ってくるよ。ユキちゃんは荷物を見張ってておくれ」

「分かった」


 手短に答え、この世界の歪みを睨む。

 どうやら種族差別は存在するようだ。

 だから彼女は、耳を隠すような大きな帽子を被っていたのだ。

 しかし、通行証とやらにも身分証明として種族が記載されているのだろう。

 獣人だと手続きが面倒。

 どういった内容になるのかは知らないが、様々な制約でも課されるのだろう。

 戦人には無い特殊能力。

 戦人は、あらゆる分野を極める才能を持つが、一点特化の各種族には敵わない。

 森人は精霊と言葉を交わすことができる。それゆえに、魔術を行使する際に莫大な助力が得られる。

 岩人はミスラのように、物づくりの才能がある。主を認め、主に認められた岩人は、製作品に強力な特殊効果を付加することができる。

 獣人は部族によって様々な特殊能力を持つ。イリーヌさんのような魅了の能力、探知索敵の能力、夜目の能力などなど。

 しかしえてして、それ以外の能力においては戦人に劣る傾向にある。単純な身体能力しかり、魔術運用能力しかり。

 あらゆる分野を伸ばすことができるために、欠けた能力を持つ他種族を見下すとでもいうのだろう。


「……狐は、特に、か」


 魅了は、使いようによってはどんな犯罪をも可能にする。

 それゆえに、余計に警戒、敵視される傾向にあるのだろう。

 そう考えると、彼女が自らの命を危険に晒してまで、人々の役に立つがための薬売りをしている理由も、何となく理解できた。

 胸糞悪いとは思ったものの、この世界に根付く意識までを変えることはできない。

 ティトに目をやるも、気まずそうに顔を伏せるだけだ。

 彼女に当たっても仕方ない。

 全く。

 護衛が一人というのにも、思った以上に様々な要因が絡んでいそうだ。

 ただそのことに関して俺が介入する余地は無い。

 守るにしても、四六時中傍にいるわけにもいかないし、俺自身彼女自身、それぞれの生活がある。

 それらを放り投げて世話を焼くというのは、要らぬお節介だろう。

 それに。克服するのなら、彼女が自分で行うべきものだ。

 誰かに守られて、それで解決したなどと、一時凌ぎにもなりはしない。


「やるせねぇな」


 力になりたいとは思っても、その方法の見当が付かない。

 当たり前だ。この世界は、都合の良い妄想の世界じゃない。

 あらかじめ決められた答えがあって、それをなぞるだけのゲームでもない。

 どこか甘く考えていた。この世界は優しいものだと。

 実際には嫌な奴もいるし差別もあるし命の危険も往々にしてある。

 だからこそ分かる。

 この世界は現実なのだと。

 魔法などという強大な力を持っていて失念しがちだが、この世界は紛れもなく現実であると。

 ほう、と溜息を一つ。

 肺腑から重苦しい空気を取り除く。

 幸運が逃げようが知ったこっちゃない。


「少し良いか?」


 いつの間にか近づいてきていた兵士が俺に話しかける。

 あ、逃げた幸運待って。なんか面倒なのが来たの。

 まぁ、待ってくれるはずもなく。

 兵士はこちらの戸惑いに気づかず話を続ける。


「積荷の点検だ。詰め所に来ている商人の持ち物だろう?」

「あ、あぁ。そうなるな」

「君は護衛かい? まだ若いのに大したものだ。さて……」


 話もそこそこに、兵士は藁を退けて箱を開ける。

 中身は瓶詰めの薬。薬。薬。


「いつもながら、よくこれだけの薬を集めてくるものだ」


 その言葉には、侮りも嫉妬も含まれておらず、賞賛の含みのみが聞き取れる。


「それだけ、彼女も必死なんだよ」


 そう、必死なのだ。

 店を持つとか、そういう夢もあると言っていた。だけれど、ただ店を開いただけでは受け入れられるかどうか分からない。

 種族という壁が、その夢を困難なものにしてしまっている。

 だからこそ彼女は、命を賭してまで薬を運ぶ。

 命がけで、人々の生活を支えようとしている。

 定期的に、イリーヌさんなら薬を売ってくれると。

 そう信じてくれる人のために。信頼を積み重ねている。


「荷物はこれで問題なし。彼女の審査が終わり次第、護衛の君も審査を受けてもらう。良いね」

「今じゃ駄目なのか?」

「何事にも順番があるんだ。君を先に済ませても、商人の彼女が終わらない限り進めない。なら、君に割く人員を、先に他の人に使う。それだけの話だよ」


 なるほど、合理的だ。

 終わった人間から中に入れていけば混雑も解消されていく。

 どうせ待つことになる人間を先に終わらせるよりも、次々と中に入れていくほうが効率が良いというわけか。

 そうして日が傾くまで待たされた後、俺はいともあっさりと審査を通り抜け、イリーヌさんと共にガタピシ悲鳴をあげる馬車で首都へと向かったのだった。

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