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「で、その子のこと、説明してもらえるかい?」
馬車での移動中。
イリーヌさんがティトに対して説明を求めていた。
隠し通すとか無理ですよね? 俺は潔白だというのに、二股がばれた男の気分を味わった。一人で請けるって希望なんだから、妖精をつれているのは規約違反になるのかもしれないし、あながち間違いとは言えないけれど。
「妖精憑きなんだよ、俺は」
魔法の言葉、妖精憑き。ド変態の称号でもあるが、大抵の追求はこれで躱せる。
妖精憑きなら仕方ないな。妖精憑きならそれくらいできるか。妖精憑きなら……。
見る目を気にしなければ、これほど便利な言葉もあるまい。
あと、この人がアレな趣味を持ってるなら、もしかしたらこれで回避できるかもしれない。逆効果かもしれないけど。
「なるほど、妖精憑きか。ユキちゃん、一体どんな手段を使ったんだい?」
「言えるか!」
向こうから来たんだ。俺が手を出したわけじゃない。だからそもそも言えるわけがない。
しかし相手はそうは捉えない。
「言えない手段とは。これはこれは、恐れ入るよ。全くもう、全くもう、ユキちゃんはそんな顔して全くもう」
「誤解してますよねぇ!?」
馬車ゆえ、逃げ場は無い。
ティトはティトで何も言葉を発してくれない。ただただじーっと俺を見ているだけだ。沈黙が気まずい。
何だこの針の筵。俺が悪いのか? いや、俺が悪いんだけども!
「冗談はさておき、だ。ユキちゃんがあれだけ強いのは、妖精のおかげ、なのかな?」
「ま、そういうことだな。俺自身はそこまで強くないさ」
ということにしておく。隠す必要もないかもしれないが、魔法を使う、という情報だけは何が何でも隠さなければならない。
それでまた魔王などと恐れられれば、この先の首都でも活動できなくなってしまいかねない。
だったら、妖精のおかげ、ということにしておけばいい。
ティトも褒められれば悪い気はしないだろうし。
「ふぅん。そうかいそうかい。そっちのちっちゃい子が、そんなに強いのかい」
「……何が仰りたいのですか?」
信じてないと言わんばかりのイリーヌさんの口調に、ティトが不機嫌に聞き返す。
「私の知っている妖精は、魔力こそ高いものの、荒事には向かない種族なんだよね」
おい、何か知られてるぞ妖精。フォローを入れておかねば不味いな。
「こいつが特別なんだよ。身を守る手段に長けてて、面白い魔道具の作り方も知ってるんだ。俺はそれを実践してるだけさ」
「へぇ。そいつは、なるほどね」
イリーヌさんの瞳が、再び妖しく光る。商人の顔とでも言えば良いのだろうか、油断ならない表情に変わる。
「言っておくが、作り方も製品も売らないからな」
「ふふ、それでいいさ。優れた発想というのは見ただけで分かるものだからね。どんな魔道具であったとしても、思いつきもしない用途を見せてくれれば、その発想は真似できる。たとえ途方もない時間が掛かった上に、全く同じ効力は得られずとも、ね」
この世界に特許とか知的財産権というものは無いのか。無いだろうな。あるのは職人達のプライドだけだろう。誰かの猿真似をするだけで、自分達を許せるのかという。まぁ、現実世界でのそれをあっさり踏みにじった俺が言えることではないが。
文化の発達は模倣から始まる、という一面もあるわけだし、そこを否定するつもりはない。だけども、こうも堂々とパクリ宣言をされると、現代日本人としては少々引っかかりを覚える。
だからこそ、俺は宣言した。
「はっ。真似できるもんなら真似てみやがれ」
負け惜しみだけども。イメージである程度のことはできるとはいえ、その内容をこの世界の魔術師や呪い士が真似できないとは思えない。
馬車の強化だって、それを可能とする呪い士はいくらでも居るだろう。魔力の関係上、行えるかどうかは分からないが。
だが、似たような効力を持たせた魔道具ならば作り出す可能性は十分にある。
魔道具でなくとも構わない。例えば、馬車の強化に関しては車輪の周りに衝撃を吸収する素材を巻けばそれで事足りる。そしてその発想は既に知られている。
実践できるかどうかを別にすれば、研究などいくらでもできるわけだ。
「分かった。いつになるかは分からないけれど、ユキちゃんの発想を全世界に広めてみせるよ」
「やめて! 大げさにしないで!」
そもそも俺が発案したわけじゃない。ユキオリジナル、みたいな形で出されたら罪悪感で首を吊りたくなる。
「大げさにはしないよ。ユキちゃんには謝礼を払うから、私が作ったということにさせておくれ」
「む、それなら別に良いか」
たとえそれでイリーヌさんが大儲けしても構わない。どうせ俺の発想も模倣でしかないのだから。そんなので利益を受けたら、何だか人間として駄目になってしまいそうだ。
「ユキちゃんは無欲だねぇ。どうだい、この際、本当に私と組まないかい?」
「昨日も言ったろ。次があれば請ける。俺は冒険者であって商人じゃないからな。その申し出には答えられない」
「そうかい。非常に残念だね」
相手方も本気の提案ではないだろうし、彼女からの依頼があれば他にすることがない限り優先的に請ける。そういう関係を続けたい。
商人ということならば、冒険者として活動する限りこれから先も関わることはあるだろう。
友好的に接することはあれど、接触を断つ必要性は無い。
それきり会話が途切れたが、気まずさも落ち着かなさも感じない。
あまり気心の知れていない人物と会話が途切れた場合、非常に気まずい思いをするはずなのだが。
何だかんだで彼女との距離が縮まっているということだろうか。
……それはそれで良いな。
じわりと胸に広がる暖かさを感じながら、俺は慣れた動作でレーダーを展開する。
周囲の警戒は一定間隔で行っている。
相変わらずどの方向が上なのか定まらないので、ずっと見続けていると混乱してくるからだ。
この付近に大きな魔力反応は存在しない。ぽつぽつと小さなものがごく近くに居たりするが、それはただの獣だったり、よく分からない虫だったりだ。首都側の山道には盗賊が潜むと聞いたが、白昼堂々物盗りをするほど度胸のある連中ではないらしく、集団の反応はあるが遠巻きに存在しているだけでこちらに迫る様子はない。
わざわざ寄って倒しに行くほどではないし、イリーヌさんに何かあっても大変なので、ここでは無視することにした。後々誰かが被害に遭うかもしれないが、俺が今すべきことの優先順位を間違えてはいけない。
襲い掛かってきたら逃がすことなくぶちのめすが、こちらから殲滅しに行けるほど、時間的な余裕はないのだから。
「異常なーし」
何度目かの呟き。イリーヌさんも軽く手を振って答えるだけだ。
馬車は快適に動き、止まることなく進んでいる。
馬、頑丈だな。水すら飲んでないんじゃないか?
それとも、この世界では水をほとんど飲まない、馬らしき種族なのだろうか。
ティトに聞くか。
「ティト、この世界の馬って、どういう生態なんだ?」
「ユキ様の世界の馬と大体同じですよ」
大体同じらしい。
「なら、この馬、随分と丈夫じゃないか? 朝から走ってるが、水飲んでないぞ?」
俺だって幾度か水筒に口をつけているというのに。こまめに水分補給をするのが馬車馬って奴じゃないのか?
などと考えていると、ティトが驚きの証言をしてくれた。
「イリーヌ様が、魔道具で水を飲ませてあげてますよ?」
「魔道具? そんな魔道具積んでたっけ」
荷台を見るが、そんなものは入っていない。
「イリーヌさん」
「んー? 何だいユキちゃん。プロポーズかい?」
「するか! なんでそっちに話を持っていくんだ!?」
さらりととんでもないことを言う人だ。しかも一応同性だというのに。これはもう確定かもしれん。
「そうじゃなくてだな、水を出す魔道具ってのはどんなものかと思ってさ」
「ああ、そんなことかい。ほら、これだよこれ」
そう言ってイリーヌさんが胸元から取り出したのは小さな水筒。どこから取り出してるんだ。ぷるんって揺れたのを見ちまったじゃないか!
「ここから管が伸びているだろう? この先を馬に咥えさせているんだよ。これに水を入れておけば、気が向いたときに馬が勝手に飲むって寸法さ」
「便利なのか、そうでもないのか……」
一々水場を探す必要がなくなるのが利点っちゃ利点か。
しかしそうか。
走りながら水を飲めるのか、この世界の馬は。思わぬところで規格外だった。
「そろそろ山道が終わるね。やっぱり凄く速いよ。普段の倍ほどかな、この調子なら、麓で小休止を取った後に宿場町に向かえるね」
「了解。一応また敵を探ってみるよ」
「あい、ありがとうね」
「それが仕事だからな」
もう一度レーダーを使う。
麓の方に、と言っても方向が分からないから、近辺を探る形にしかならないが。
本当、どっちの方向が上なんだか。光点の流れていく方向が常に安定しない。一度使えば、その間は方向が固定されているんだけどなぁ。
今のところ、光点の流れを考えるに、進行方向が左下になっているようだ。というわけで、その先の方向を調べることにする。
だが、麓付近にも何もおらず、どうやら無事に予定の場所まで辿りつけそうだ。
グラスイーグルを討伐したことで一時的にでもパワーバランスが崩れて、もっと大変なことになるかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。あるいは宿に泊まっていた別の集団に、首都方面に向かう者が居たのかも知れない。そんな彼らが通った後だからこそ、こうまでも平和に過ごせている可能性も十分にある。
「異常なーし」
何度目になるか分からない声をかけ、イリーヌさんも手を振って答える。
幸いにして、今日も良い天気だ。
馬車も快調、言うことなし。絶好の旅日和。
俺は荷台にごろりと寝そべり、過ぎ行く風景を楽しむことにした。




