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「ふむ、馬が快調に動いているね。従来ならば、この辺りでへばってきているんだけど」

「元気なら良いじゃないか」


 馬車は何事も無く動いているようだ。馬に負担がそれほど行っていないということも好材料だ。

 肉体強化のし過ぎが筋細胞を破壊するように、この馬車も強化のし過ぎで壊れる可能性はあるが。


「この分だと、予定よりも早く首都に到着するかもしれないねえ」

「良いことじゃないか」

「そうだね。キャンプ地を一つ飛ばしても大丈夫そうだ。今日は山頂で泊まるけどね」

「む、そうなのか?」

「さすがに山中で一夜を明かす気にはなれないね。首都側の山道には、そういう輩が隠れる場所が多いんだよ」


 どうやら山道の途中に洞穴が多数開いているらしく、盗賊であったり、害獣であったりの塒となることが多いらしい。

 山頂には結界が張ってあるし、用心棒も詰めているので安全に宿泊できるが、山道の最中は当然その限りではない。

 平常、一気に駆け抜けるそうだ。下手にのろのろと進んでいると、前後を挟まれたり全周囲を囲まれたりと、碌なことにならないらしい。

 何やら言葉に実感が篭っていたが、過去に何があったのだろうか。

 いくら何でも突っ込んだ質問になるので自重しておく。

 戦闘では自重しなくても、人間関係は自重しておきたい。

 ただでさえ魔王なんて呼ばれて凹んでるんだ。無駄に険悪な関係を作り出すのは御免被る。


「山頂の宿に宿泊か。面白そうだな」


 だから差し障りの無い話題に乗ることにする。

 それに、山の宿はリアルでも良いものだ。夕焼けを旅館の窓から眺める。ロマン溢れるだろう?

 あとは温泉とかあるのかな。澄んだ清涼な空気の中、露天風呂に浸かる。これもまた一興。


「そうでもないよ。ご飯は美味しいけれど、ベッドは粗末だし衛生状況もあまりよくない。こういう場所でなければ潰れてるほどの酷さだよ」


 あれ。予想より大分酷いっぽい。


「世話になってる宿を、よくそこまで言えるな……」

「同じ轍は踏ませないって事さ。多分、そうだね。荷台で寝たほうが疲れが取れると思うよ」

「そこまで文化人捨ててねぇよ」


 何が悲しくて、宿とベッドがあるのに野宿紛いのことをしなければならないのだ。

 それに飯が美味いというなら、それだけで価値があるではないか。

 一体どこに問題があるというのか。衛生か。Gでも出るのか。虫が多いのか。

 それくらいなら浄化できるよな。前の拠点もそうしたし。


「見てみないことには、どういうことか分からねぇな」

「そうかい。だったら見てから決めると良い。荷台を選ぶだろうからね」


 散々な言われようだ。そんなに酷いとか、逆に面白いじゃないか。旅館が汚い。笑えてくる。


「はっ。どうだろうな。それに、イリーヌさんは宿に泊まるんだろう?」

「そりゃあねぇ。下手に外で寝たら、そっちの方が面倒だよ。結界の準備もしなくちゃいけないし」

「だったら俺も宿に泊まるぜ」

「ま、いいけどね。同室に泊まるということで、宿泊料金はこちらが持つよ」

「良いのか?」

「道連れだからねえ」


 一体何を言っているのやら。

 ともあれ宿代も出してもらえるというのなら幸運だ。

 同室、というところに、男の子としてはかなりの葛藤を覚えるが、相手は残念な人だ。気にしないことにしよう。

 馬車の調子も悪くは無い。強化はそれなりに効果があったようだ。

 途中に休憩を挟んではいたが、このペースはかなりのものらしいしな。

 誰だよ、首都まで半月かかるって言ってたのは。おっさんか。おっさんなら仕方ないな。

 まだ見ぬ首都に思いを馳せ、新たな出会いに期待する。

 だがその前に、一仕事できたようだ。

 レーダーに反応があった。

 少し離れた場所にあった光点が、一直線に向かってきている。


「って、一直線?」


 ここは山道だ。周囲が切り立った崖というわけではないが、それでも整備されている道は今進んでいるものくらいだ。

 左右は深い森林になっているし、その中でも起伏や斜面、谷などがある。

 そういった地形を無視して一直線とはどういうことだ。

 御者台で馬を駆るイリーヌさんに問いかける。ティトに聞いても良かったが、交易路にしている彼女の方が詳しいだろう。

 だから拗ねるなよティト。大っぴらに姿を現せないお前に聞いてばかりというわけにもいかないだろ。


「イリーヌさん。ここらに、空を飛ぶ害獣とか、地面を進む害獣って居たりするか?」

「唐突だね。どちらも居るよ。空を飛ぶほうは鳥の害獣。地面を進むのはレアもの、蚯蚓鰻だ」

「今理不尽な生命体の名前を聞いた気がする」


 何だよミミズウナギって。意思疎通の呪い仕事しろよ。訳が分からない。


「知らないのかい? その毛皮は防具の素材になるし、肉は美味で、肝は薬の材料だ。血は毒性が強く、皮膚に触れれば炎症を起こすけれど、それでも上手く抽出できれば魔道具の素材になるらしい。まさに捨てるところの無い最高の獲物だよ」

「何それ凄い」


 でも毛皮ってどういうことだ。ミミズにもウナギにも毛皮なんて無いぞ。


「で、いきなりどうしてそんなことを聞いたんだい?」

「いや、こっちに一直線に向かっている奴が居るみたいなんだよ」


 俺の言葉を聴いた瞬間、彼女の顔が険しくなる。

 思い当たる節でもあるのか。


「そいつはまずいね。ここらで一直線に向かってこれるというのなら、それは鳥の害獣、グラスイーグルだ」

「グラスイーグル……あからさまに猛禽類じゃねぇか」

「その爪は生半可な鎧を切り裂くし、その足に掴まれれば大の男でも絞め殺される。獲物と見定めたのなら執拗に追いかけ、獲物が疲れきったところを急襲する恐ろしい害獣だよ」

「対策はあるのか?」

「無いね。山頂まで行って、腕利きの用心棒に追い払ってもらうくらいだ」


 無いのか。しかも追い払うだけとか。


「倒せないのか?」

「不可能じゃないけれど、腕利きの冒険者が数名掛かりで押さえ込まないと振りほどかれてしまう。力が強いんだ」


 なかなかの強敵らしい。


「逃げ切れるのか?」

「どうだろうね。山頂まであと一時間といったところなんだ。上り坂だから、馬のことを考えるとあまり速度は上げられない。下から押し上げているような状況じゃない分、逃げ切れる目はあるけれどね」

「足止めは……無理だろうな」

「そうだね。飛んでいるからね」


 意気揚々と足止めに向かって、無視されたら笑えない。


「結界は?」

「時間稼ぎにしかならないね。稼いだところで助けが来るとも限らない。結界は大丈夫だろうけど、奴が諦めなければ分の悪い篭城戦さ」


 イリーヌさんの馬を駆る手に焦りが見え始める。

 既に目視できる位置に、その獣は居るのだ。

 敵は後方。

 はるか遠い空ではあるが、きらきらと輝く体躯が、こちらに向かってきている。

 どうして輝いているのかと思い、観察していると、その理由が発覚した。

 グラスイーグル。

 草原の鷲だと思っていたら。

 山に出てくる奴が草原ってどういうことだと思っていたら。

 ガラス製の鳥だった。

 全身が透き通っており、太陽の光を乱反射しながら空を翔る姿は、神々しくさえある。

 ビートベアというサトウダイコン熊に続き、この世界の獣はイロモノが多いな! 狼やハードノッカーの普通さを見習えよ!

 いや待て、ハードノッカーの名前の由来って何だ。武器が打撃武器だけならノッカーの意味が通るが、剣とか槍とか居たよな。

 そういや、西洋の妖精にノッカーっていう妖精が居た気がする。一応ゴブリンの一種で、鉱山か何かに生息しているとか。まさかさ、ハードって悪い系の意味もあったよな。厄介とかそういう。

 やっぱゴブリンじゃねぇか! むしろゴブリンじゃねぇか!

 まぁいい。トンでも害獣は放っておこう。


「なぁ。アイツの狙いって何なんだ? 肉類を好むとは思えない外見なんだが」

「見た目に騙されちゃいけないね。アイツは獰猛な肉食動物だ。人を襲い、捕食した瞬間の奴の体は、人の血肉で赤く染まる。だけど、次の瞬間にはまたあの姿に戻るわけだが、その色の変化に魅了される貴族も居てね」

「あ、もう良いです。何となく続きが予想できたんで言わなくて良いです」


 悪趣味な貴族もいたものだ。

 いや、貴族だからこそ、か?

 金に物を言わせてグラスイーグルを捕獲し、政敵や何やを食わせるのだろう。その光景を肴に、ワインを一口。勿論膝には猫がいる。

 そんな光景が目に浮かんだ。


「その想像に間違いはなさそうだけど、さあて、逃げ切れるかな?」


 イリーヌさんは手綱を振るい、馬を加速させる。

 やはりここは、俺の出番だろう。


「イリーヌさん。俺の手持ちの魔道具で迎撃しても良いか?」

「いいね、やれることは全部やっておくれ。命あっての物種だよ」


 魔道具なんて無いけどな。

 やることは魔法で一撃ぶちかますだけだ。

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