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 軽い。

 それが、振るった両手剣の素直な感想だった。

 実際に軽いはずは無い。受け取ったときの重量感は覚えている。

 肩に担いだのも、普通に持つには重かったからだ。

 だというのに、振るった瞬間から、この両手剣は羽が生えたように軽くなった。

 遠心力や重量に頼るまでも無く、己の膂力だけで振りぬける。

 降りぬいた先で止めるに苦労は無く、踏み込んだ足で方向を調節しながら、切り返す刃で敵陣を蹂躙する。

 最初に犠牲となったのは、結界から一番近い小集団、五匹程度だ。

 右から左へ薙いだ一撃で三匹の首が飛び、返す刃で残る二匹の体が上下に分かれる。

 むせ返るほどの血の臭い。気にしても居られないが、嫌悪感は止められない。

 ステップを踏んでその場から離れ、また手近な集団に襲い掛かる。

 今度は既に戦闘態勢を取っていたようで、数は三匹だが、棍棒や、どこかで拾ったのか出来のよい剣を構えている。

 だが気にしない。

 陣形も何も無い、横に並んだだけの敵などただの的だ。

 それぞれが連携も何も無く、それぞれの武器を振り上げる。このまま突っ込めば、全ての武器に打ちつけられるだろう。

 だから、体を捻って進路を多少横にずらす。

 そしてそのまま敵の攻撃など意に介さず剣を振る。軌道を考えれば、そのまま相手の武器ごと攻撃範囲に入る。

 案の定、相手の剣や棍棒はこちらの武器に破壊され、そのまま胸の辺りを両断される。

 次に目指したのは結界に向かおうとしている七匹のハードノッカー。

 結界は機能はしているだろうが、だからといって放置していて良いものでもあるまい。

 一足飛びに、その七匹の中心に飛び込み、周囲を一掃するように横に一回転。それだけでハードノッカーの腰から上が、勢い良く吹き飛んでいく。


「半分!」


 一度気合を入れなおす。

 相手もこちらを警戒し、残ったハードノッカーが陣形を整えている。ただし、全員が近接武器しか持って居ないので、精々が波状攻撃を仕掛ける程度のものであろう。

 軽く呼吸を整え、充満する臭気に顔を顰め、剣を構える。

 じり、と間合いを詰めるまでも無く、ギギィと耳障りな号令と共にハードノッカーが次々に襲い掛かってくる。

 一斉に、ではない。こちらの一振りで七匹倒されたのを警戒してのことだろう。

 だが、それも無駄な足掻き。

 剛剣・白魔は軽く薙ぐだけで、ハードノッカーの体躯を切り裂く。

 最初に襲い掛かってきた敵と、波状攻撃で隙を突こうとしていた続く三匹を両断したところで、ハードノッカーは己らの不利を悟ったらしい。

 だが、逃がす心算もない。

 放心して立ち竦んでいる数匹に近寄る。ハッと気付いたそいつらは慌てて武器を前面に出して防御の構えを取るが、無駄だ。先程の俺の攻撃を見ていなかったのだろうか。この程度の棍棒や剣などなんの盾にもならない。

 軽く腕を振って、ハードノッカー共が防御のために突き出した武器ごと破砕した。

 残る一〇匹近い数がギャイギャイと煩い悲鳴を上げながら、もと来た道を引き返していく。


「ティト。ああいうのって放っておいて大丈夫なのか?」

「知能はそれほど高くありませんからね。夜が明けたら別の通行人を襲うだけでしょう」

「なるほど」


 俺は奴らの影を操り、逃げようとしているハードノッカー達を絡め取る。

 そしてそのまま、影の形を棘状に変化させ、小さな体を貫いていく。これで殲滅完了だ。呆気ない。


「容赦ありませんね、ユキ様」

「いや、まぁ。ゴブリンみたいな奴だったら、これくらいしてたし……」


 妄想の中での話だ。こういう手合いは見逃したところで、今度は他所で被害者が出る。情けを掛ける必要の無い害悪というのは、確かに存在してしまうのだ。


「さて、それでは楽しい剥ぎ取りタイムです」

「楽しいのかそれ!?」

「冒険者の基本的な収入源です。依頼の達成だけで食べていけるわけではありませんので」


 意外と世知辛い世の中のようだ。確かに素材は金になるけど。ビートベアの素材だって、元々の収入の二割くらいになってたし。

 今回倒したハードノッカーは三〇匹程度。

 解体するだけで一苦労だ。効率の良い解体方法でもないものか。


「こいつらって、どこが金になるんだ?」

「頭の角と、持っている武器ですね。棍棒はあまり重要視されませんが、剣は鋳潰して使うようです」

「肉とか骨とかは?」

「肉は食用では有りませんし、骨も加工するには脆すぎますので、持って帰ったところで金銭になりません」


 おいおい、ほとんど捨てることになるじゃねぇか。魔獣と違って捨てるところばっかりだな、ハードノッカー。


「肝に関しては一応、薬の材料になるみたいですね。毒性が強いので、毒抜きしていくことが大変なようですが」

「え、こいつら毒持ってたの?」


 だったら武器なんて使わずに、牙とか爪で攻撃すれば良いのに。


「捕食されないための機能です。体外に分泌することは出来ません」

「なんというか、どこまでも弱い方の生き物な気がする……」


 食べられないために力を付けるのではなく、食べた相手を殺すための機能とか。いくつか代を重ねたらそのうち警戒色を持ちそうだ。ただの虫じゃねぇか。

 そんな生物でも、並みの人間よりは力が強く、集団で襲われればそれなりに実力のある冒険者でも窮地に陥るとか。陥るだけで、決して死にはしないところに、この生物の限界が見て取れる。

 臭いが服につかないように、手早く角を回収していく。

 イリーヌさんが薬屋と懇意にしているというのなら、肝も材料だそうだし解体して袋に放り込んでいく。でもこれ、日数的に放置できないよな。腐るよな。新鮮な肝じゃないと駄目だったりするんじゃなかろうか。

 ふと思い立って、袋の中を冷凍庫のイメージで固めることにする。暫くするとヒンヤリとした空気が溢れてきた。これなら腐りはしないだろう。様子は時々見るけどもさ。知らない間に腐りきって、異臭を漂わせているなんて御免だ。

 下手に両断したせいで肝を潰してしまった個体を除き、粗方回収が終わる。武器の残骸なんかも全部影の中に放り込んでいる。

 残った死骸は全部土に埋める。放置して疫病の元になったり、血の臭いに釣られた野生動物に囲まれたりするのも面倒だ。

 地面を掘り返すのは勿論魔法。落とし穴をイメージしてぼこぼこと穴を作り、ブルドーザー的なものをイメージして死骸を纏めて放り込む。それを終えれば、あとは土をかぶせるだけだ。

 空はまだ白み始めてもいない。月は少しばかり西に傾いてはいるが、リアルならば俺の夜はこれからだ。

 周りの異変に気付かず、すぴょすぴょと涎を垂らしながら鼻提灯を作っている残念な美人さんを尻目に、俺も程よく疲れた体を大地に横たえる。

 レーダーを見ても、異変は感じられない。

 そういえばこの騒ぎで、ただでさえ少なかった夜光虫はどこかへ逃げたようだ。もしかすると、最初からこの戦いを察知していたのかもしれない。

 おのれハードノッカー。俺の今晩の楽しみを奪ってくれおってからに。


「お気になさらずとも、長い旅路です。そのうち夜行虫の集団にも出会えるでしょう」

「そりゃそうだけどさ。折角のチャンスをふいにされたってことに憤ってるわけで。分かるだろ?」

「私は夜光虫の夜景を見たことがありますので、特には」


 てめぇ。


「じゃあこう言おう。おっさんの料理を食い損ねたってことだよ。分かるか?」

「それは許せませんね!」


 普段語気を荒げないティトが憤っていた。

 ……おっさんのサンドイッチが一つ残っていた奇跡に感謝する。イリーヌさんのサンドイッチでも構わず食べていたようだったが、饗された食事に文句を言うのは失礼だということだろうか。

 というか、価値基準の一つにおっさんの料理があるってのも、すごい話だ。


「さて。一体いつまで起きている心算ですか、ユキ様」

「さぁな。こっちの世界に来てからなら、もう寝てる時間だけど。何でか眠気が来ないんだよな」


 見上げる空は星々が瞬いており、見たことの無い星座が闇を彩る。

 この世界にも星を見立てた神話は存在するのだろうか。

 自然物に思いを馳せ、物語を空想することはあるのだろうか。


「街を追い出されるって、思ったよりもへこむもんだな」


 なし崩しで街から出るようになってしまった、この境遇を顧みる。

 街を守った。

 魔王と恐れられた。

 本来の姿ではない、この姿が原因で。

 なぜこの姿にしたのだと、ティトに詰め寄ることは簡単だ。

 後先を考えずに喚きたてればそれでいい。

 そうして解決するなら、とっくに取り乱している。

 解決しないことも、理解しているから。


「これからどうなるのか、不安なんだ」


 ストレス。それはリアルでも体験した、眠れない夜の出来事。

 唐突に自分の未来が不安になり、いてもたってもいられなくなり、それでも何も出来ることなど無く、だというのに眠るという行為が、ひどく自身を裏切るような気がして。

 この世界に来て、俺は万能の力を得た。だが、それにも限度があった。

 魔法。

 イメージ次第で、思い通りのことが出来る。

 しかし。

 殺傷力を持たせた、必殺のはずの攻撃を繰り出しても相手は生きていた。

 そして、こちらを殺しに来た。

 ティトがいなければ、既に二度死んでいる。

 過信してはいけない。

 慢心してはいけない。

 万能ではあるが、無敵ではないのだ。


「悪魔を滅ぼす。大きな目的は覚えてるさ。だけど、その手段が見えてこない」


 侯爵級と呼ばれる魔獣は倒せた。ヒヤリとする場面はあったものの、攻撃が通用しないということは無かった。

 だが、魔獣にはあれより強い個体が存在する。

 ランク分けするならば、公爵級が、必ず存在するはずだ。

 そいつに対して、俺の魔法が通用するのだろうか。

 侯爵級ですら、倒しきるには至らなかった。

 何度も何度も魔法をぶつけて、それでようやく倒すことが出来た。

 つまり。

 公爵級と言わずとも、侯爵級が二体以上同時に出現すれば、とてもじゃないが敵わない。

 ティトの防御も、この手のレベルになれば防げないだろう。

 強力な個体が何匹も出現するのが、悪魔という災害だ。

 侯爵級が何匹も出現する? 冗談じゃない。

 そこそこ腕利きのはずの冒険者が容易く蹂躙される相手が、同時に何匹も。

 俺一人で、何が出来るというのか。

 居るかどうかも分からない英雄という援軍をあてには出来ない。

 俺自身、もっと強くなりたい。


「魔法、どうすれば上手く使えるようになるのかなぁ」


 それは切実な願い。

 ゲームのように、レベルが上がってステータスが伸びれば威力が増える。

 そんな単純な図式であれば良かった。

 この世界は、それほどわかりやすくは出来ていない。

 レベルなんて無い。

 強さの指標も曖昧だ。

 個人の能力が明確でない。

 勝てれば強い。負ければ弱い。

 死ぬ時は、誰でもあっさりと死ぬ。

 引き際を見極めることが、最大の強さ。

 だが俺は逃げられない。

 悪魔を倒すために、逃げ続けることは許されない。

 どうにかしてでも勝つ必要がある。


「イメージが全て、か」


 ならば、この世から魔獣を消し去るイメージをすれば、それは叶うのだろうか?

 いいや、無理だ。

 そもそも、俺はこの世界のことを知らなさ過ぎる。

 イメージしたいなら、知る必要がある。

 全てを妄想に置き換えるなら話は別だろうが、そういうわけにもいくまい。

 知りたい。この世界に生きる文化を、地理を、歴史を、生命を。


「ティト。教えてくれ。この世界のこと。もっと見て回りたいんだ。俺の手の届く範囲くらいは、守りたいから」


 それは一つの決意。

 たとえ無為に終わったとしても。

 無駄にはきっとならないだろうから。

 ティトは俺を見つめて、言った。


「勿論ですよ。どこまでもお供しますからね」


 蕩けるような、満面の笑みを浮かべて。

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