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閑話・彼の場合

本編のキリがいいところで、閑話という形で別キャラ主軸の物語を挿入していきます。実験的な意味もありますので、ご了承下さい。

また、こちらが本日更新の一話目となります。ご注意下さい。

 これはとある青年の物語。

 遥か昔の出来事で、救われなかった一つの世界の物語。




 彼は目を覚ますと、まず自らの手の甲を抓った。


「痛い……ってことは、夢じゃない?」


 周囲は森。極彩色の木々に囲まれた、ほんの少し開けた空間。

 彼が居る場所はその空間の中央部、石とキノコで象られた円陣の中。

 現代日本コンクリートジャングルで生活していた彼にとって、リアルジャングルはあらゆる面で想定外。

 さらには、彼のすぐ傍には、二〇センチ程度の、羽の生えた小さな人間達が飛び回っていたのだ。

 だからこそ彼は、この状況を夢と判断した。次の瞬間には自らの痛覚によって否定されてしまったが。

 彼はその小さな存在に、一目で名前をつけた。

 小さな人間達には種族名というものは無かった。彼等は彼等であり、彼女等は彼女等でしかなかった。

 しかし青年の知識の中に、多分にサブカルチャーが混じった知識の中には、小さな人間達の種族を示す名前があったのだ。


「妖精?」


 それより後、彼等は自らを妖精と名乗る。

 その妖精達の中でも、一際大きな妖精の女が青年の前に出て深々と頭を下げる。

 突然のことに戸惑う青年。一体なぜ目の前の妖精は頭を下げるのか。

 その時、青年の頭の中で、いくつかの閃きが発生した。

 常日頃親しんでいた文化に、似たような状況が無かっただろうか。いや、ばっちりあった。

 しかしそれも妖精の言を待たねば。早とちりは要らぬ損害を生む。


「初めまして勇者様。此の度は突然の召喚、申し訳ございません」


 彼の若干残念な頭の中で、色々なピースが繋がる。

 見たことの無い不可思議な場所。幻想そのものの存在。召喚。勇者。


「異世界転移……?」

「どうして嬉しそうなのでしょうか」


 彼は厭いていた。代わり映えのない生活、刺激のない日常、理想と現実の隔絶に。

 だからこそ彼は歓喜した。これこそが自らの生きる道だと。

 だが妖精の方はそうは思わない。

 自らの理屈で、この世界の理屈で、異世界の人間を呼び出して。

 本来ならば糾弾されても不思議ではない立場だというのに。

 事実、この青年を召喚するよりも以前に召喚された人間達は皆、唐突に自分達の生活を捨てさせられたことに憤りを感じていた。


「あー、そうか。帰れないって可能性もあるんだよな」


 厭いていた。確かに厭いていた。だからといって、気軽に全てを捨て去れるかと言えば、話は別で。


「一言くらい、断って来れば良かったかな」


 仮に言っても、内容が「異世界行ってくる」では一笑に付されて終わりだろうけども。それでも、彼のような人間でも、遺された相手は少なからず居てしまう。友人、家族、押入れの中身、Dドライブ。後者二つは、万一自らが行方不明になった場合、友人による処分(おもちかえり)が確約されているが。


「ま、いっか。で、どうして俺なんかが呼び出されたんだ?」

「この世界の危機を救っていただきたいのです」

「……まぁ、そうなるわな」


 浮いていた彼の気分が沈みこむ。確かに異世界には憧れていた。そこで活躍することも夢見ていた。

 ただし、それはただの空想であり、現実的に見れば彼は弱かった。それなりに仕入れた知識があったとしても、実際に活用する術がなかった。

 何の力も持たない一般人。それが彼自身の自己評価だ。

 故に、世界の危機と言われても、成し遂げる力など無いと思ったのだ。

 その思考は、妖精の発言で覆る。


「勇者様には類稀なるお力がございます」

「え?」


 青年は驚いた。類稀なる力、などと言われても信じられない。どこかで誰かに与えられたというのならまだしも、彼にとっては寝て起きただけだ。


「こちらの世界に適応する際、お姿が変わることはよくありますので」


 そう言って妖精が手を振る。すると青年の目の前の空間が歪曲し、鏡のように青年自身を映し出す。


「……おいおい、これは」


 それは青年が思い描いた理想の姿。空想の世界で遊ぶ際に象る意匠。

 自分で設定したキャラクターくらい、つまりは主人公くらい、理想であるべきだと熟考に熟考を重ねたその姿が自分だと。

 青い髪は短く刈りそろえられ、ファンタジーのお約束とばかりのコーカソイド肌、そして少年心が疼く金色の瞳。筋肉はいわゆる細マッチョ。それほど強くないように見えるが、設定通りなら並の戦士を凌駕する力を持っている。それに、魔法と呼ばれる奇跡を扱えたはずだ。


「じゃあ、つまり、もしかして」


 この姿が青年の理想通りならば。

 足元に転がる石を拾う。

 投げて良いか視線で妖精に問う。

 妖精は手を振り、青年から幾許か離れた位置に葉の塊を用意する。

 青年が用意された的に向かって石を投げると、凄まじい風切り音と共に石が飛び、葉の塊が爆散する。

 案の定、青年の力は、彼のイメージに即したものだった。


「勇者様は、ご自身がイメージした力を振るうことが出来ます。どうかその力で、この世界の危機を、魔獣を討滅してください」


 青年は笑う。

 それはそれは高らかに。

 万能感に酔いしれて。


「任せろ。世界くらい簡単に救ってやるよ」


 そして青年は森を出る。

 その際、女の妖精は別の妖精を彼に遣わせた。

 青年は突然の同行者に戸惑いはしたものの、一人旅は味気なかろうと受け入れる。

 それが、彼の物語の始まりだった。


 全ての物語の始まりだった。

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