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 『古強者の憩い亭』。数日間という短い時間ながら、すっかり常連扱いになっている俺は、カウンター席に座って、果実水を飲んでいる。時間的に夕食を取るのに丁度良いが、あの騒ぎで仕込が終わっていないとのこと。ただ、今日はもう店を開けないそうで、店内に居るのは俺とおっさんとティトの三人だけだ。

 汗臭い服は既に返却している。脱いだ瞬間の爽やかな空気は美味かった。


「まずは、そうだな。侯爵級の討伐報酬からか」


 おっさんはカウンターの裏から何かごそごそ取り出したかと思ったら、五枚の硬貨を取り出した。

 その色は金色。表面にはよく分からないが立派な樹が象られ、側面に何か細かい文字が刻印された、混じり気のない金で出来た硬貨だった。


「おいおい、金貨ってすごいんじゃないのか?」

「ま、本来はこれをパーティで等分するわけだが、嬢ちゃんは一人でやっちまったみたいだしな」

「一応、あのヘルタとかいう奴の仲間も、最初に集中砲火してたけども」

「討伐に失敗してるんだ。それとも嬢ちゃんは、死んだ冒険者に金が必要だと思うか?」


 必要なさそうだ。だが、ヘルタ達の取り分とかは無いのだろうか。あいつらが要求してきたら突っぱねるけど。


「仲間がやられたっていうのに、領主軍が取り仕切る住民の避難にしゃしゃり出て、挙句戦いの現場にすら行かなかった奴らに報酬なんぞ払えねえよ」


 正論だ。果実水を一口飲んで、口内を湿らせる。


「んで、嬢ちゃん。一体どういう倒し方をしたんだ? 呪い士として身体強化したくらいじゃあ、あんな化け物は倒せないぞ」

「とりあえず、この剣のおかげってのはあるな」


 俺は影の中から両手剣を取り出し、カウンターの上に置く。解体のときに仕舞っていて、そのまま仕舞いっぱなしだったが、おっさんの目の前で影から取り出すのはどうなんだろう。

 言っても遅いし、呪いで押し通すけど。


「影から取り出すってのは聞いたことがないぞ。で、この剣もだ。誰が作ったってんだ?」

「ミスラっていう、裏通りの鍛冶屋だよ。魔獣素材から武器を作ってくれたんだ」


 魔獣素材の出所を聞かれるかとも思ったが、そうでもなかった。

 おっさんは両手剣を改めてしげしげと眺める。


「聞いたことがねえな……。そもそも魔獣素材から武具を作るってのは知ってるが、ここまでの逸品になるものなのか?」

「さぁ。ミスラの腕が良いんじゃないか」

「だが、ここまでの武器を打てるとなると、街中に名前が知れててもおかしくはないんだが……」


 親方とか言ってたから、恐らく彼女はまだ見習い扱いなのだろう。作った武器を売っていたとしても、大抵の客は表通りの武器屋に行く。そして彼女の親方の武器を買っていく。


「表通りの武器屋、剣と弓の看板の店に、親方さんの武器を卸してるって言ってたな」


 俺の説明に、おっさんの目が丸くなる。


「マスタースミスの弟子なのか! そりゃあ腕が良い割りに名前が出てこないはずだぜ」


 その後のおっさんの説明によると、マスタースミスなる人物は岩人であり、その弟子は数えるほどしか居ない。しかも、弟子であるうちはどれほど他の職人を圧倒する技量を持っていようと、一切その作品が店に卸される事はなく、鍛冶屋で細々と作る際にも銘を入れることすら禁じられている。

 一人前と認められるには、マスタースミスが認めたもののみを鍛冶屋に出しておき、その作品の良さを見抜いた人間が、鍛冶を依頼すれば良いらしい。

 あれ、そうなるとミスラって一人前なんじゃね。あの両手剣、すげえ良かったし、なし崩しとはいえ依頼もしたし。まぁ、料金がどうのこうのとか、しきたりみたいなものがあるかもしれないから何とも言えないか。


「なるほどな、それならこの出来にも納得だ」


 おっさんはしきりに頷いている。


「で、この剣だけじゃないんだろ?」


 おっさんの眼光が鋭くなる。隠し事は出来そうにない。


「ティト、良いか?」

「ええ。仕方ありません。それにこの方なら秘密を漏らすこともしないでしょう」


 その言葉に俺も頷き、おっさんに俺の魔法を説明する。

 頭に思い描いたものを、そのまま打ち出すものだと、簡潔に。


「するってえと、あれか。美味い料理をポンと出すとかも出来るのか?」

「いや、さすがに何も無いところからずっと残る物は作り出せない。それ以外なら大体何でもできる。単純に言えば、火を出すこともできるし、水を出すことも出来るし、雷を出すことも出来る」

「つくづく規格外だな。魔術師共が腰を抜かすぞ」


 そういえば、一人が使える属性は一つとか、そういう決まりがあるんだっけか。


「一般的に、魔術師は一つの属性しか扱えません。大別するなら、火、水、土、風、光、闇、雷、氷の八つの属性がありますね」

「そこを嬢ちゃんは、何だ。爆発させて、水を出して、雷で焦がして、凍らしたってか?」

「ついでに影で串刺しにしたから、闇も、かな?」


 影の属性が不明だが、闇ということにしておこう。他のものについては説明のしようがないので、呪いの応用だと答えておいた。風防とか隔壁とか、全身から血を噴出す光景とか、どう説明しろっていうんだ。


「まあ、そんだけ規格外じゃねえと、侯爵級を単独討伐なんぞ出来るわきゃねえさな」


 おっさんはそこまで言うと、一息入れる。


「だがよ、嬢ちゃん。この街にはさすがにもう居辛いよな」


 苦い顔で告げる。


「さすがになぁ。魔王って評判が知れ渡っちまったし」


 この髪だけではない。俺の背丈や見た目、服装やら何やら何まで。俺という人物の概要が、逃げた住民達から広まってしまったようだ。

 実際、この店に来るまで、何人に逃げられたことか。


「ちょっと考えれば嬢ちゃんが魔王なんぞじゃないってことは分かるだろうが、生憎この街は、魔王に壊滅させられたって歴史があるもんだからな」


 それはもう何千年も前のことだろうけれど、口伝や歴史書、童謡や何やと、この街では魔王に関する話題が残されている。

 流れてきた冒険者や、移民にはそれほど根強いものではないが、この近辺から移り住んだ人間達には、今尚魔王に対する畏怖が残っているのだ。

 良い子にしていないと、魔王に連れ去られてしまうわよ、なんていう脅し文句が普通にあるくらいだそうで。ゲーテかよ。


「となると、やっぱり出て行くしかないか」

「すまねえな。俺にもうちょっと影響力がありゃあ、嬢ちゃんにこんな思いをさせなくて済んだだろうに」

「はっ。それは世話の焼きすぎってもんだぜ。おっさん一人で何をどうしようと、人の意識なんてものはそうそう変えられねぇよ」


 俺は近日中にこの街を出て行くだろう。

 一応、変装のようなものをしていれば、出て行くまでの急場は凌げるだろうし、その程度の時間でもあれば旅支度を完了できる。

 行くところは、服屋と道具屋と魔道具屋と鍛冶屋くらいか。

 特に鍛冶屋だ。ミスラに侯爵級の素材を渡しておかないとな。


「じゃあおっさん。またな」

「おう、後で飯でも食いに来い。一日二日で出て行くわけじゃないんだろ?」

「ああ。最低限、旅支度くらいは済ませてからだな。着の身着のまま追い出されるわけじゃなさそうだし」

「せめて髪くらい隠していけ。ほれ、布でも巻いてよ」


 おっさんから白い長布を貰う。髪を上の方で纏めて、布を頭に巻きつけると、見た目だけは少し誤魔化せそうだ。

 残った果実水を飲み干して、一端着替えに拠点へ戻る。

 さすがに上半身が下着だけという格好で歩き回るのは変態すぎる。

 街中を歩いていても、こちらを見てひそひそ、という状況にはならなかった。

 髪を隠しているおかげか、あるいはそういう行為すら気が咎めるのか。こちらに向けられる視線はほとんど無く、足早に擦れ違う人々が居るばかり。

 魔獣はただの移動と跳躍しながらの移動を織り交ぜていたようで、居住区のそこかしこが潰れている。あの巨体だ、むべなるかな。

 拠点が潰されていなければ良いが、と思うも杞憂だった。俺の寝床周辺の地域は進行ルートから外れていたようで、被害は無い。

 家の中に入り、ありったけの品物を影の中に入れていく。本も水瓶も調理道具も何もかも、片っ端から詰め込んでいく。

 いや、だって、入るし、ねぇ?

 しかも家一軒の中身を全て入れても、まだ容量には余裕がある。まぁ、レンガを麻の袋七〇袋分も入れられるんだ。重量的にも体積的にも、余裕はあるのだろう。

 クローゼットからワンピースを取り出して着替える。

 そういや、この服を買った時、店員は特に何も言わなかったな。もしかしたら移民なのかもしれない。

 頭の布を巻きなおし、ワンピースに似合う形に整える。

 服の質も良いので、傍目には貴族の娘が度胸試しに抜け出してきている、くらいには見てもらえるだろうか。

 がちゃり、とドアを開けて外に出る。


「ひっ!?」


 前も居た男が悲鳴を上げて走り去っていく。

 ……傷つくわー。というか、この格好でも駄目なのか?

 そう考えるが、付近の住民は俺のことを気にしていないみたいなので、大丈夫だと思おう。

 気を取り直して各種店舗で旅支度を整える。薬の類、保存食、ロープやらランタンやら。残っていた銀貨を吐き出すことで、一通りのものは揃えられた。

 あとは鍛冶屋だ。裏通りに向かい、ミスラの店の扉をくぐる。


「いらっシャーイ。あ……」


 ミスラの顔が曇る。

 ああそうか。商業区の近くだもんな、中央広場。無事でよかった。


「無事だったんだな」


 顔に出ないように、ミスラの無事を喜ぶ。


「う、うん」


 恐らく彼女は、俺が魔王だという評判を聞いているだろう。

 それで、どう応対して良いのか分からない、ということか。


「……ミスラ。お前の剣、凄くよかった。それで、その腕を見込んで、こいつを使ってほしいんだ」


 袋から、実際にはその影から、魔獣の核と素材一式を取り出す。


「これ、は」


 ミスラの顔が職人のものに切り替わる。


「街を襲った魔獣の素材だ。前に約束したからな。俺はもうこの街にはいられないから、そいつはやるよ」


 この両手剣があれば、暫く困ることは無い。新しい両手剣を貰ったばかりで、鞍替えするのも申し訳ない。

 だが、良い素材が手に入ったら提供する、という約束は違えたくない。この少女のために、俺が出来る限りのことをしてやりたいのだ。

 マスタースミスとやらが目を掛けた弟子。

 生きていてくれたのなら、将来はきっと飛び切りの鍛冶師になるだろう。

 そうなれば、迂遠な方法ではあるが、彼女の武器を手に取る日もきっと来る。

 その時に、買えば良い。


「……お姉さん。お姉さんの名前、教えてくれる?」


 名前か。どうしてそんなことを聞くのか。

 まぁ、名乗ることに問題は無い。


「ユキ。藤堂雪だ」

「トウドウ、ユキ。ユキお姉さん」

「ん、何だ?」

「……やっぱやめとく。職人は、語る口を持たないの。今すぐ出発ってわけじゃないよネ?」

「ああ。もう暫くは滞在するが、三日か、四日ほどすれば出て行く予定だよ」

「分かった。この素材、ありがたく使わせてもらうヨ」


 ミスラの顔は真剣だった。

 何かを溜め込んだような、悲壮な決意を込めていた。


「お姉さんに、良い両手剣だって言ってもらえて、凄く嬉しかったヨ」


 工房に入る直前、彼女はこちらに振り向き、弾ける笑顔を一瞬だけ見せた。

 工房に入っていく彼女を引き止めることなど出来ない。

 あとは背中を見送るだけで、彼女にかける言葉は見つからなかった。

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