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しん、と静まり返る室内。
もともと物音一つしない部屋なのに、言葉を発する存在二つが一言も発しないのだから仕方ない。
俺、一般人。どうしようもない事実。
「……ちょっと失礼しますね」
身構える。さっきこいつは失礼しますといいながら針を刺してきた。
今度は何も持っていないし、取り出してもいない。
そのままゆっくりと顔に近づいてきて、両手というか、体全体を使って俺の頭を抱え込む。
驚きのあまり叫びだしそうになったが、なぜか声が出ない。
引き剥がそうとするも、体が言うことをきかない。両手は上がらず、ただ目の前一杯の妖精の腹部を視界に納めさせられる。
こういう状況じゃなければ楽しんだだろうけど、今は混乱するだけだ。
そうしてどれくらいの時間が経っただろう。
「んー。何も問題なさそうですよ?」
「その前に、何をするかくらい先に説明しろ!」
さっきの件もそうだ。針を刺すなら心の準備くらいさせろ。
なんとなしに止めていた呼吸を再開し、息を整える。心臓の鼓動がやけに激しい。落ち着け。
そんな俺の様子を見ても、全く悪びれずに説明を続ける妖精。
「魔力も魔力容量も、先ほどお呼びした時と同じです。使える形態がこちら独特のものになっているようですが、むしろこれは強化と言えるでしょうし」
「どういうことだ? そもそも俺は魔法なんて使えないんだが」
「またまたご冗談を。先の世界では炎を出したり雷を操ったりと大活躍だったじゃないですか」
いや待て。それこそ待て。
夢の中の話だというなら、さっきの夢では俺は魔法を使っていない。というか戦闘自体していない。
「以前からずっと見ていました。湖に住む精霊の願いで、様々な魔力結晶を集めていたときから、ずっと」
俺の妄想見られてたー!?
やだ、ちょっと待って、すっごい恥ずかしい!
だってあれだよ、あのクエストって最後のほうは精霊が人間の恋愛を見てみたいとか言い出したから、俺と魔法使いがキスとかしちゃってるんだよ!?
自分だけで楽しむから良いっていうのに、他人に見られてたとかそれなんて羞恥プレイ!! ていうか何で見れるのさ!?
ベッドに転がって悶える俺を見下ろし、妖精は淡々と言葉を続ける。曰く、そこらの魔獣では抵抗できないほど強い魔力だとか何とか。
あ、はい。俺の様子とか気にしてなさそうですね。
「というかあれか。じゃあ俺の能力ってのは、夢の中の状態ってことか? 剣術とか、魔法とか」
妄想とは言わない。夢でだって、あの世界のことは何度も見ている。夢の話とした方が通じやすいだろう。
「残念ながらこちらの世界ではあなたの世界での魔法は使えません」
「いや、俺の世界とかいわれても、俺だって現実的に魔法なんぞ使える気はしないけどもな?」
残念ながら、と言われても。呪文名一つでバシィッと何かが出て来るなら世の中楽しかっただろうな。疲労感を上乗せする妖精の言葉に、つい投げやりな口調になってしまう。
「だけど、そしたら何が出来るんだ?」
俺の知ってる魔法ってのは、大抵何かのゲームや漫画やアニメやらで見たものだ。
炎を飛ばしたり雷を落としたり吹雪を起こしたり。
それ以外の形といわれてもピンとこない。
「貴方の場合、思い描いたことなら何でもできますよ。しっかりと炎をイメージすれば思い通りの炎が出ます。水の流れをイメージすればそっくりそのまま水が出ます。イメージ出来なければ不発に終わってしまいますが、きっと大丈夫でしょう」
何を根拠に大丈夫なのやら。
だが面白いことを聞いた。思い描いたことが全部出来るというなら、早速試してみる。
水はまずいな。室内だし本が一杯あるし。
風くらいならちょうど良いだろう。
「下に吸い込む風」
イメージは掃除機。
途端、妖精が愉快な体勢で下に落ちる。地面にぶつかる時に、ぶぎゅっ、と乙女としてはよろしくない悲鳴を上げるが気にしない。
ぴくぴく蠢いているのを確認し、風を解除する。イメージとしては掃除機のスイッチをオフ。
「なるほど。こういうことか」
「それよりもまず、私に対して何か言うことはありませんか……?」
「ちょっとした仕返し。説明無しにいろいろされる身になってみろってんだ」
「それは、むぅ。私も悪かったですけど」
頬を膨らませてこちらをにらむ。正直可愛い。
「そうすると、目下の問題はこれか」
そうして俺は改めて自分の姿を確認し、苦笑する。
性別が変わるって、未体験すぎてなにをどうすればいいのやら。