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「なぁおっさん。今って街中で何か警戒するようなことでもあんのか?」


 夕日が西の空に沈もうとする時刻、『古強者の憩い亭』でのんびりと生絞りの果実ジュースを飲みながら、おっさんに気になっていることを聞く。

 いくらあのハゲとはいえ、何の問題もないのに完全武装で街中を警戒するなどただごとではない。

 警邏の依頼を遂行中、という線もあるにはあるが、むしろあいつが率先して問題を起こしそうなわけで。それならば誰が警邏などをあの冒険者に任せるというのか。

 だからこそ、別の問題が起きているのではないかと考えてしまうわけだ。


「推測の域を出ねえ問題が一件だけ、な。あくまで警戒しとくってところだし、避難指示も出ねえよ」


 問題があるのか。


「推測で構わないから教えてくれよ。てか、依頼とか出てないのか?」

「出てるには出てるが、条件が悪いんで請け負ってないんだ。誰も好き好んで、一週間も拘束される上に、何の手当ても付かないくせに報酬が一人頭銀貨二枚の仕事なんざやりたがらねえだろ」


 ビートベア討伐の報酬が銀貨一〇枚程度だったことを考えると、拘束時間が三倍以上で、適正人数の五人で頭割りしたとしても一人当たりで報酬が同じ。そりゃあ誰もやりたがらないわな。


「でもあのハゲは請けてたっぽいぞ。何の理由もなく完全武装で街中を歩きはしねぇだろ」

「ハゲっつーと……ヘルタの野郎か」


 あのハゲ、ヘルタという名前なのか。正直どうでもいいが。


「実はな、その問題ってのが、魔獣が街中に潜んでるかもしれないってことなんだ」

「魔獣が?」


 潜んでるってどういうことだ。あんなのが潜めるような街では無いだろうに。


「地面の下か、あるいは擬態でもしてるのか、透明なのか何なのか。その辺はわからねえが、とにかく魔獣が潜んでるっつー噂がどこからともなく湧き出してな。だが、実際にそんな魔獣なんて今まで見たことも聞いたこともねえから、与太話として考えてるんだがよ。領主が何の措置も取らずに放置してるってのは問題だろうっつって、依頼を張り出したんだよ」

「それで銀貨二枚って、しょぼいなおい」

「領主としても、対策を講じたっつーポーズだけ取りたいんだろ。問題が起きたときに、何もしてませんでしたってよりは責任逃れしやすいからな」

「依頼は出してた。請けなかった冒険者が悪い、ってか?」

「そういうことだ」


 なんというせこい真似を。領主だったらもうちょっと対策講じろよ。というか領主が居たのかこの街。いや、居るか。町長とか市長とか知事とか、そういう地位だもんな。


「それで、ハゲが請けてたのか。運が良ければ……本当に出てきたら悪い気もするが、魔獣と交戦できるものな」

「ああ。あいつは数十人の規模で徒党を組んでるからな。余程のことがない限り、無傷で魔獣の素材をがっぽりと手に入れられるわけだ」


 こっちもこっちでせこいな。多少の経費は銀貨二枚で賄えるし、何事もなければ報酬として銀貨が貰える。魔獣が出てくれば一攫千金と。確かにそう考えれば美味しいかもしれない。


「でももし手に負えないくらい強い魔獣が出たらどうするんだ? 人の避難とかも含めて」

「そこは領主軍の出番だ。一般的な冒険者よりは強い人材が数人居るって話しだし、避難誘導なんかはそれ以外の下級兵士がやればいい」

「なるほどねぇ」


 ごくり、とコップに残ったジュースを飲み干す。ティトのコップにはまだ半分くらい残っている。食うのは速いのに飲むのは遅いんっすねティトさん。

 口が裂けても言わないけどさ。


「で、だ。嬢ちゃんはどうするんだ?」

「はは、請けるわけねぇだろ」


 軽く笑って流す。あるかどうか分からない魔獣の襲撃を警戒して、一週間も棒に振りたくない。むしろ害獣退治か何かで、ミスラに打ってもらった剣を振るいたい。今宵の我が剣は血に餓えておるわー。未使用だから啜ったことすらないけど。


「明日辺り、また害獣退治でもしようかと思うんだが、良い依頼は入ってないか?」

「悪いな。そういうのは入ってない。今あるのは、首都への護衛依頼と、今言った警邏の依頼だけだ」

「そっかー。首都ってのはどのくらい遠いんだ?」


 ここが首都でなかったことに驚いたが、確かに首都なら統治者を領主とは言わないよな。


「一ヶ月ってところか。内容は隊商の護衛だ。一人で請けるもんじゃねえから、結局は嬢ちゃんがやりそうな依頼はないな」

「残念。まぁ、機会があったら首都までは足を運びたいな」


 ここでの生活も良いが、首都というのも見てみたい。ここ以上に美味い飯は期待できそうにないが、珍しい食い物はあるだろうし。

 ただ拠点がないので生活費は跳ね上がるかもしれない。その辺の金策も考えていかないといけないか。

 本なんかも読んでみたい。拠点にある本は一応パラパラと捲ってみたが、今のところ興味を持てなかったので本格的には読んでいない。

 それに世界を救うって目的もあるんだ。この世界がどんなものか見ていく必要だってあるだろう。

 ティトの言う『世界』ってのがどの程度の範囲なのかはっきりとは分からないが、魔獣の脅威であるとか悪魔の被害であるとかを考えると、恐らくは人族の生活範囲全てだろう。例えばの話、現代においてアメリカが突然滅びたら、北極やら南極やらはどうともないが、世界各国には確実に影響が出る。この国がどれほどの大きさの国かは分からないが、名も無き小国というわけでもないだろう。


「嬢ちゃんならどこに行っても上手くやれるだろうが、ま、仮に首都に住むようなことになってもたまには飯くらい食いに来いや。歓迎するぜ」

「ここの飯を食うためなら、地獄からだって戻ってきてやるさ」


 様々な利便性から移住することもありえるだろうが、ここの飯を放棄するなんて考えられない。

 ティトがジュースを飲み終わったのを見計らって、代金を払って店を出る。

 夕飯までにはまだ少し時間がある。空いた時間を潰さなきゃいけない。

 どこか店でも見て回ろうかな。かといって商業区を当てもなくぶらぶらするには遅すぎる時間だ。どこか店を絞ったほうが良いだろう。

 そんなときのティトナビ。良いお店を探してくれるぞ。本人に言ったら殺されそうだから絶対に言わないが。


「なぁティト。何か時間潰しに良い店はないか?」

「今のユキ様に良いお店ですか。魔道具屋などいかがでしょうか」

「ほう。魔道具屋。そんなのがあるのか」

「誰でも使える一般的な魔道具ですね。火を噴く枝や光る棒などは魔道具屋で販売されています」


 火を噴く枝とか物騒だな。松明ってことか?

 光る棒とか言われても何が何だか。きっと懐中電灯的な道具だとは思うんだが。

 場所は商業区の端っこ。現在地点からは歩いて十分ほどのところらしい。近いなおい。

 確か『古強者の憩い亭』は商業区の職人達が、居住区へ戻る時の飯屋として機能しているから僻地にあるのではなかったか。

 この魔道具屋は一体どの層を狙っているんだ。

 歩きながら魔道具屋の意図を考えていると、程なく到着する。

 店の前には数人の女性が屯しており、店の中には子供連れの女性が数組み存在していた。

 俺も風景に溶け込むようにするりと店に入り、品揃えを見ていく。

 そして、この魔道具屋の客層を把握した。

 置いてある代表的なものを紹介しよう。

 ティトも言っていた火を噴く枝。細長い直方体の先端に、赤く丸い固形物が取り付けられている。付属の箱の側面に擦り付けると、赤い先端部から火が出てくる。うん、まぁ、言ってしまえばマッチだった。

 他にも粉石けんであるとか洗剤であるとか、カテゴリ的には日用雑貨に相当するものが所狭しと並べられていたのだ。


「こんなものを魔道具とか言うなよな……」


 製作工程に魔力的な何かが使われれば魔道具なのかもしれないが。もしこれがライターだとか、コンロだとか、冷蔵庫だとかが置いてあるなら魔道具と言って差し支えなかったかもしれない。

 だが、ある意味、これがこの世界における一般的な魔道具の地位だったのか。

 そりゃアマリも魔道具で魔獣ぶっ倒したら目を輝かせるわけだよ。

 爆弾とかがあるといっても、強力なものは恐らく秘伝中の秘伝とかでそうそうお目にかかれるものじゃないだろうし。

 となると、俺の魔法を魔道具と言い張る作戦は意外と駄目な気がしてきた。気のせいということにしておくか。

 とりあえずここにあるような日用品は、大体俺の魔法で代用できるけども、加減を間違えると大変なことになる幾つかの物品を買うことにした。

 マッチとかろうそくとか洗剤とか石鹸とか色々。

 それぞれ適当に買ったが、全部あわせても銅貨三枚ほどで済んだ。思ったよりも安かった。


「ま、そりゃ奥様方に人気出るだろうな」


 火種を絶やしてもすぐに付けられるマッチ。食器周りの雑菌の繁殖を抑える洗剤。夜の明かりとなるろうそく。ランプがあるけれども、シャンデリアのような照明器具にはろうそくはまだまだ必要だろう。庶民が使うのかどうかは知らんが。

 あるいはランプもそこそこ良い値段がするわけだし、油の補充よりもろうそくを使うほうが安上がりなのかもしれない。

 戦利品を手に拠点へ戻る。適当に机の上に放り投げておけば良いだろう。そのうち使うだろうし、使わなければ影に仕舞っておけば良い。場所をとることもない。

 おっさんの店と魔道具屋が徒歩十分程度なら、拠点から魔道具屋までも十分程度。三角形の頂点のような位置関係だ。今度から贔屓にしようか。

 そんな風に思っていた矢先、東の森の方から嫌な気配が漂ってきた。

 慌ててレーダーを展開する。

 そして、数日前のことを思い出す。

 狼が、たった一匹で行動するわけがないではないか。群れからはぐれた? ならその原因は何だ。

 怪我をしても、命尽きるまでこちらに向かってきたのはなぜだ。生き残れる可能性があるのなら、反転して仲間の下へ戻ればよかったのだ。

 それが出来ない理由とは何だ。

 一つ思考が進めば、連鎖的に脳内に記憶が蘇る。

 方向はわからない。だが、生き物の気配だけは光点でわかる。

 ならば。

 あの森に、生き物の気配がどれほどに存在した?

 俺たちの周囲に虫や小動物などの気配はあったはずだ。

 だが、その他はどうだった?

 ビートベアの気配よりも内側に、一体何の反応があった?

 別の方角に一つの反応があったはずだ。

 一つの反応しかなかったはずだ。

 狼の群れを示すような気配も、被捕食者の気配も、無かったはずだ。

 だというのなら。

 あの反応は、一体何だったんだ?

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