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突入される直前に何とか風呂場から出ることが出来た。
風呂場から出る瞬間に、うっかり二人の肌を見たことについては事故である。
すぐさま謝ったが、二人とも何を言っているのか、という表情で風呂場に入っていった。
何一つ気にしていなかったが、よく考えれば当たり前のことだ。だって今、女同士だもんな。ははっ泣けてきた。
洗浄で綺麗になった下着を穿き、手早く上下の服も着て、鎧とコートを身に着ける。フードもしっかりと被り、余計な詮索を与えないようにして、再び広場へと戻る。
レックスはまだ村長と話しているようだ。何を話しているのか。何か話すことでもあるのやら。
「あ、ユキさん。綺麗になりましたね」
軽やかに言うなぁ、こいつ。
正直男に褒められても、鳥肌が立つだけで嬉しくも何ともない。そして恐らく、他意がないというのがまた腹立つわー。
単に|(血が落ちて)綺麗になりましたね、というだけなんだろう。チクショウもげろ。
まぁ、俺は男の対応を取るとしましょうか。
「言ってろ。今は二人が風呂に入ってる。覗きに行くか?」
「えぇっ!?」
面白いほどに慌てふためくレックス。自分でも今の言動はどうかと思うので、正しい反応だろう。
というか、俺が男のままだったとしても、あの二人に対して覗きなど、命が幾つあっても足りないだろう。
呪いの感知範囲に、雷の魔術。うん、確実に死ぬわ。
とは言ったものの、あの生垣なら覗くつもりがなくても見えてしまう気がする。
さすがに隣近所に家屋はなかったが、ただ通りすがりにチラと見るだけでも誰かが入っているかどうかくらいは分かるだろう。
もしかして、何か作法でもあったのだろうか。それとも生活習慣の問題か?
そういやリアルでも、某国ではトイレの間仕切りが非常に低いとか聞いた気がする。便座で用を足している人の顔が見えるとか何とか。
いやいや、そんなことを考えていても仕方がない。思考を切り替える。
「ところで、何の話をしてたんだ?」
いまだ混乱しているレックスに水を向ける。そろそろ落ち着いてもらおう。
「あ、いえ、宿泊交渉をしていたのですが」
「色よい返事が貰えなかったと?」
「まさか! 恩人にそのようなことはいたしません!」
口を挟んできたのは村長。大げさに手を振っている。周りの村人も大きく頷いている。
「ですから、僕達は冒険者なんですから、そういったことは気にしませんよ。食事と安全が確保された寝床があれば十分なんです」
「いやしかし恩人に対してそのような扱いは……」
話が見えないな。どういうことだ?
「彼らは、僕達に対して最高級のもてなしをしようと仰っているんですよ」
「ほう、そいつは凄ぇな」
「ですが、そういうことをしてしまうと、この村の備蓄が多少なりと失われてしまいます」
「ですからそれはお気になさらぬよう申し上げております」
なるほど、要求レベルに差があるわけか。俺らは普通に泊まりたいだけなのに、向こうは身代を食い潰してでももてなしたい、と。
だが、本当にそうか? 周囲を見渡すと、特に子供達がそわそわしている。
「準男爵級の魔獣が村周辺を闊歩していたのです。であれば、明日にもこの村は滅びていたかもしれんのです。ならば、それを救ってくださった方をもてなすのは当然のことです」
「そのもてなしで、冬を越せなくなったらどうするおつもりですか」
「加減は考えております」
平行線。というか、周りの村人の様子を考えるとこれはもしかしてアレか?
「なぁレックス。多分これはアレだぜ? 単にお祭り騒ぎしたいだけだぜ? 村が救われたから、備蓄を放出してでもストレスを発散させようって」
「え?」
目を大きく開いたレックスが、ギギギと村長を見る。こほん、と咳払いをする村長。照れたように頬を掻いている。
「何が恩人に対して、だ。素直に言えば良いのにな。まぁ、出てくる豪勢な料理がきちんと村人全員に行き渡るようにしてくれるなら、俺からは文句はねぇよ。レックスも、だよな?」
「え、ええ。そういうことでしたら」
その言葉に子供達から大きな歓声が上がる。喧騒から漏れ聞こえる話によると、一般家庭では普段より一品多い食事になるくらいの予定だったそうだ。
「では、早速用意させましょう。ほれ、皆の衆、恩人方に席を用意せよ」
鶴の一声、村長が声をかけると村人たちはあっという間に散り散りになり、藁束やら布やら木製の台やら何やら、宴席を設け始めた。つーか用意速いなおい。最初から準備が整ってたんじゃないかと疑うほどだ。いや、実際にビートベアを退治したのなら、それを契機に宴会でもしていたのだろう。
風呂を終えて、湯上り特有の健康的な色気をかもし出している女性陣二人を迎えると、今度はレックスが風呂場に向かった。
何を、とは言わなかったが、しっかり堪能してくるように言うと、これもまた顔を赤くして慌てるレックス。モテる男の癖に、突っかかられると弱いとか、主人公体質にも程がある。チクショウ本当にもげろ。
「ユキ……レックスに変なことを吹き込まないでほしいのよ」
「レックスが変態になったらどう責任を取ってくれるの?」
とか思ってたら二人にものすごい詰め寄られた。目が怖い。非常に怖い。確実にミリアよりも怖い。助けて。自業自得だけど。
俺としては男同士の軽いノリのつもりなんだが。やっぱりそういうのは気にするべきなのだろうか。
ともあれ、怒り心頭の女性陣に逆らうなどできるわけもないので、俺はジャパニーズ謝罪スタイル、DO☆GE☆ZAを敢行する。
カラスの行水よろしく、程なくやってきたレックスが、
「ここの湯屋は非常に良い香りがしました。特別な香でも焚いているのでしょうか」
と言ってくれていなければ、俺は断罪されていたかもしれない。
てかさ、実はこのレックスの発言も良く考えれば変態っぽくね? とは思ったが、二人が急に上機嫌になったので置いておく。はは、主人公体質っていうか、やっぱりハーレム体質だろこいつ。助けてくれたのはありがたいが釈然としない。
全員揃ったところで宴が開催された。
村を救ってくださったとか何とか村長が音頭を取り、村人達が杯を掲げて、俺達もそれに倣う。
目の前に饗された料理は、おっさんのものに比べると、内容こそ豪快だが、素朴な外観になっている。
木で出来た巨大な皿に、大きな葉物が幾重にも敷かれ、その上に大きな厚い肉が置かれている。形は鶏のもも肉だ。大きさは段違いだし実際は何の肉か分からない。ただ、その大きさはこの広場に集まっている村人全員に分けても尚余りある大きさだ。
丸ごと調理されたもも肉には、タレが何度も塗られて焼かれているのか、濃厚な照りを誇っており、立ち上る湯気からは食欲をそそる香りが漂ってくる。
大きさから、中まで火が通っているか心配していたが、どうやら大丈夫そうだ。村人の一人が丁寧に切り分け、手ごろな大きさの皿に一枚盛り付けてくれる。元が大きいので、一枚と言っても大き目のステーキサイズはある。俺達にはこの大きさが渡されたが、他の村人はこの半分程度の大きさだった。大はしゃぎで、口の周りを脂でべたべたにしながら食べる子供達を微笑ましく見守る大人達。彼らにとってはよほどのご馳走なのだろう。
冷めては勿体無いので、俺もいただくことにする。
フォークとナイフは有ったので、そのまま切り分ける。だがこれはどうしたことだ。何の抵抗も無くスルリと切れていく。触れたところから裂けていくようだ。ほろほろと擬音が出るかのように裂けた肉は、しかしフォークにはしっかりと突き刺さる。
そして一口。
「うはぁ……」
美味い。
おっさんの料理とはまた違う、田舎独特の豪快さ。
何度も塗られ陽光を静かに反射するタレの味。表面しか味がしないのではないかと思っていたが、中の肉まで味が滲みこんでいる。塗っただけではなく、浸けていたのかもしれない。
ナイフで簡単に切れた肉は、歯で噛むといともたやすく崩れていく。
噛み締める毎にタレの味と肉の旨味が絡み合い、味の快楽というものが全身を支配する。
飲み込む時の喉越しが、これもまた肉とは思えぬ弾力を食道に伝え、胃に落とし込む感触までもが感じられる。
切り分ける手が止まらない。否、止めようとすら思わない。
そして肉を三切れほど口に運んだとき、付け合せの野菜を口に放り込む。
肉汁で思ったよりも脂ぎった口内が、新鮮な野菜の水気で洗い流される。そしてまた新たな肉を求めて手が動く。
半分程食べたあたりで、横腹に刺激が来る。
何事かと見ると、ティトが涙目でこちらを見上げていた。
ああ、そうか、悪い。肉に夢中で完全に忘れていた。
小さく切ってやり、こっそりとコートの裾から顔を出すティトに食べさせてやる。
はむ、と音が出るかのように勢いよく頬張る。もぐもぐと口を動かして、ごくんと喉がなる。
「ふはぁ……」
顔が蕩けている。やっぱり美味いよな!
そのタイミングで他の三人を見ると、同じように夢中に食べていた。会話も無し。一心不乱に肉を貪る、という表現がぴったりだ。
村人達も楽しそうに食べている。うん、こうでなくっちゃな。俺達だけで食べるもんじゃねぇよ。
ティトに肉を食べさせ、最後の一切れを俺も口に放り込む。うん、これだけの肉はそうそう食べられるものじゃあない。一体何の肉なんだろう。
気にはなるが、時期的に手に入らない肉だった場合、変な絶望感を抱いてしまいそうだから詮索はやめておこう。
食事が終わり次第、村人達はそれぞれが家に戻って行ったようだ。酒は出ず、明日の朝からの仕事に備えるらしい。
村長は俺達の食事が済んだ頃合を見計らって、家へ招待してくれた。
大した寝床ではない、なんて言いながら、ふかふかの藁に綿でできた布をかぶせた自然のベッド。天日干しされた藁からは太陽の匂いがふんだんに香り、場所決めをする前に俺は倒れこんで眠ってしまった。
端っこの方だから、別に構わないよね? あんたら三人は向こう端でよろしくやっといてくれよ。俺はもう眠いし寝る。
朝になったら起こしてくれよと、声になったか分からない声をかけて、俺は夢の世界へと旅立った。




