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「申し訳ありませんでした」


 村の門をくぐると、年老いた男が開口一番そう言った。

 周りの反応やら何やらを見ていると、どうやら村長のようだ。

 村長が頭を下げると同時に、近くに居た中年の男も頭を下げる。


「依頼の金額は当然増額させていただきますゆえ、不当な依頼と報告せずにいただきたく……」


 横で小さくこぶしを握り締めるリオ。やめなさいはしたない。


「レックス殿の持ち物から、相当の強さの魔獣だったと目星が付いております。恐らく、準男爵級の魔獣かと」


 男爵級?

 ティトにこっそりと聞いてみる。貴族階級の話題がどうして魔獣とつながるのだろう。


「私の知識にもありません。魔獣の強さに対して階級を設けているようですが。最近の人族が考え出したものなのでしょう」


 わーい使えねー。

 諦めて静観しておく。話の端々から、ある程度のことは分かるだろう。


「それほどの魔獣を、四人で倒してしまわれるとは」

「いえ、運が良かっただけです。彼女が居なければ、僕達も命を落としていたでしょう」


 待って、こっちに話題を振らないで

 そんなこと言うから一斉に視線が集まったじゃないか!

 しかも今の俺、明らかに見た目危険だよ!? 血塗れだよ、返り血なんだよ!?


「これはこれは、早速湯を用意させましょう。穢れを落としてくだされ」


 村長さんの胆力マジパネェ。平然としてる。隣の中年男性などは目を剥いているというのに。

 穢れってのは、単純に汚れってことで良いのかね? 血の臭いは別の獣を呼ぶって聞くし。ただ、湯で落とすのはおかしくね? 凝固するよね?


「……準男爵ねぇ。一人前が七人で相手取るような敵を相手に、たった一刀なんて」


 何やら呟いているリオ。魔獣の強さに関して言っているようだが、その発想を続けられるのはまずい。

 彼女の思考を切り替えるためにも、ちょっと先のことを考えて聞いておくか。このままリオの呟きを聞いていても他の階級の話なんて出てきそうにない。


「リオ、魔獣の強さって、どういう風に階級分けされてるんだ?」


 準男爵などと言うからには、おそらく最下級よりは強いのだろう。普通の獣の姿をしたのが最下級で、討伐依頼が出るくらいの害獣を象っているのがその次くらいだろうか。


「貴族の階級分けとほとんど同じよ。ま、冒険者や、一般市民の間でしか使わないけどね」


 そう前置きして教えてくれる。

 最も数が多いのが騎士級。以前俺が倒した奴だ。この程度なら、レックス達でも十分に相手取ることができるらしい。万一を考えれば一体につき五人欲しいところだそうだが。ともあれ一般的な獣の姿を模した姿で現れるそうだ。

 その上が準男爵級。これが今回討伐したとされる階級で、先ほどリオが漏らしていた通り、一人前の冒険者が七人でボコるらしい。これもやはり、害獣と呼ばれる強さのものの姿を取っているらしい。

 さらに上が男爵、子爵、伯爵……と、どんどん続いていき、階級が上がれば上がるほど、討伐にかかる冒険者の強さも数も跳ね上がるそうだ。また、その姿もどんどんと人間に近づいていき――ただし腕が四本あったり、八面を持っていたりするそうだが――最終的には人間からまた大きく離れた異形の姿を取るらしい。

 以前の悪魔の時には最高ランクの魔獣が出たそうで、そのときは英雄と呼ばれるクラスの冒険者が総出でかかり、それでもなお甚大な被害が出たそうだ。今なお戦場となった平原には巨大なクレーターが残っており、当時の凄惨さを物語っている。


「そんな魔獣を、一撃で倒しちゃう魔道具、興味あるわぁ」


 艶っぽい視線を送るリオ。目が怖い。


「あれはリオやレックスが先にダメージを与えてくれてたのもあるだろ。特にリオの雷。あれがあったから一撃だっただけで、無かったら倒せてないだろうよ」


 そういう面もあるだろうから、誤魔化しておく。しかし。


「それは無いわね」


 一蹴されてしまった。なにゆえ。


「魔獣の素材、溶けかかっててね。普通に倒しただけじゃ、あそこまで急激な劣化はしないの。あれは魔素が耐え切れないほど、過負荷をかけて倒した場合特有の現象なのよ。あれなら、もし最初の一撃が魔道具だったとしても倒せているわ」


 ほう。なら前回倒した猪の素材が融けてたってのも、ギロチンが予想以上にオーバーキルだったってことか。というか、原因は魔法か?


「あれ。それじゃあ素材剥ぎ取るの難しくなかったか? 融けてたんだろ?」

「融けかかってた、よ。さっさと解体して、適切に処理すれば劣化は収まるわ。ま、質の良い部位はしっかり取ってるから、それは貴女の取り分。金貨とまではいかなくても、相応の金額にはなるはずよ」

「なるほどな、そいつは良いや。さすがに魔獣討伐で多少色が付いたとしても銀貨十枚にはならないだろ。そんだけしかもらえないんじゃ、さすがに色々と厳しいからな」

「あら、もっと高いわよ?」


 なんと。魔獣一匹倒すだけで、銀貨五枚以上貰えるってのか。


「準男爵級なら、そうね、それだけで一人当たり大体銀貨一〇枚くらいの討伐報酬よ。しかもそれは七人で倒した場合だから、今回の場合はビートベアの討伐も含めて、銀貨四〇枚は堅いんじゃないかしら」


 思った以上に多かった。

 そんなになるのか、と使い道をあれこれ考えていると、中年女性が近づいてくる。どうやら湯の準備が出来たらしい。

 むしろ水を引っかぶりたいのでその旨を申し出ると、それも快く了承してくれた。

 しかし何やらおかしな視線を感じる。先ほどレックスが変な紹介をしたからか。

 尊敬とも畏怖とも違う、何だか不可思議な感覚だ。

 レックスだけ村長ともう少し話をするようで、俺は風呂場に向かう。

 ついでにリオとアマリも湯を貰うようだ。

 ……ちょっと待て?


「どうして着いてきてますのん?」

「良いじゃない、あたしたちだって汗を流したいし」

「浴びるだけの湯を用意できるなんて農村にしては珍しいのよ。きっと何か魔道具が使われているのよ」


 まずいね。相当まずいね。どんな風呂場か知らないが、年頃の女性が一緒というのは非常にまずい。あとティトを隠せないのもまずい。


「すまないが、先に俺一人で行っていいか? あるいは逆に、お前ら二人が先に行ってくれ」

「何でよ。別に血くらい気にしないわよ?」


 俺が気にするの!

 事情を説明できないのがもどかしい。このままでは俺の精神に毒だ。

 さすがにこういう場合のでっち上げなど考えたことも無い。

 見られたくない傷がある? 冒険者をしていれば一つや二つは出来るだろう。

 他人に肌を見せられない掟がある? どこの地域の風習だよ。


「……リオ、ユキが困ってるのよ。ユキの血は私達が後で流しておいてあげるのよ、先に行っていいのよ」


 リオを羽交い絞めにしてまで止めてくれるアマリ。アマリさんマジ天使。


「助かるよアマリ」


 納得いかないと叫んでいるリオを残して、俺はそそくさと風呂場に入った。あんまり遅くなると我慢できないのよ、というアマリの声も聞こえたことだし。

 風呂場と言っても、足を伸ばせるような温泉タイプのものではなく、やたら大きな盥に湯気の立った湯が張られているという単純なもの。

 川を通るように作られた、敷居らしき敷居も作られていない、開放的にすぎる露天風呂だった。一応、俺が背伸びしても手が届かないくらいには高い生垣があったが、生垣ゆえに覗こうと思えば向こう側が見える。

 水は川から汲めということか、桶が生垣を通り抜ける川の傍に置いてある。

 脱衣場として仕切られた空間は、足元が石で出来ており、竹のようなもので編んだ籠が壁に取り付けてあった。

 ティトをコートから解放し、衣服を脱いで籠に入れていく。コートのほうはティトが腕を振ると綺麗になった。水の魔術による洗浄らしい。妖精って魔術も呪いも使えるのな。ついでにセーターやハーフパンツ、下着も洗浄してもらう。

 ティトが不服そうな顔をする。が、声は上げずに、腕を振るう。他人に聞かれると困るから、声を出すわけにはいかないんだろう。それでいて結局洗ってくれるんだから、ティト様様である。

 だがどうしても頼みたいことができた。レーダーを展開して近くに人が居ないことを確認する。

 生垣の向こうにも誰も居ないことを確かめ、ティトにこっそりと頼む。


「俺の体にも洗浄をかけてほしいんだが」

「……先ほどから試しているのですが、ユキ様の魔力が強すぎて、洗浄の魔術程度だと体に触れた瞬間に消えてしまいます」

「何それ不便」

「ユキ様がご自身で洗浄を使う分には問題ないと思いますが」

「無茶を言うな。まだそんな魔法は使えねぇよ」


 イメージ次第と言っても、正確に扱うには時間がかかる。下手にあたりを水浸しにして、異常に気付いた誰かが飛び込んできたら大惨事だ。

 仕方無しにいまだに見慣れない自分の体に辟易しつつ、髪と顔にかかった血を丁寧に洗い流していく。

 桶で水を汲み、まずは頭から流していく。

 水が流れていくと共に、長い髪の毛が腕や胸にはりつく。

 同じ量を汲み、今度は血の付いた髪の毛を解すように少しずつ水を掛け流していく。

 白い肌に赤黒い筋が何本も垂れていく。倒錯的な感覚に陥りそうだったので、出来る限り目を瞑り、洗い流す。

 効率の悪さを見かねたのか、途中からティトが血を洗い流してくれた。水の量はティトの指示に従って調整していく。ティトの小さな手が、俺の髪に触れる。櫛代わりの指が固まった髪の束を解し、こびりついた血糊を剥がしていく。

 俺一人では考えられないほど手早く洗い流してくれているが、それでもさすがに面積が面積だ。上から順に下へ下へと向かっていくが、なかなか全てを落とすことはできない。

 しかし、手櫛ってこんなに気持ちよかったか? ティトの手つきに、何だか脳が暖かい気分になってくる。妖しい声が漏れそうだ。

 必死に声が出ないように我慢しておく。髪梳きくらいで弛緩していたら、それこそ変態だ。

 結局洗い終わったのは、リオとアマリが俺の遅さに苛立って、仕切りの外で衣服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえた辺りだった。

 ええ、慌てて出ましたよ、それが何か?

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