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聞きたいことは幾つもある。
だが、何よりも最優先して聞かなければならないことがある。
「元の世界には帰れるのか?」
二度と帰れないとか何とか言ってた気はするが、一応確認しておかねばなるまい。これが現実だとするのならば、元の世界に帰ることができないというのは困る。あちらに未練が無い、などと言うつもりはない。俺無しでも日常は続いていくのだろうけれど、悲しむ人が居ないわけではない。
帰れないなら帰れないで、相応の心積もりは必要だ。
女になってるし。
一生この姿で生きていかなくちゃならないってのは、男としてアイデンティティを築き上げてきた身の上としてさすがに厳しい。
「帰る方法はあります」
「あるのかよ!」
肩透かしだよ!
ちょっと構えてたのに!
「ただ、その……」
言いにくそうに、胸の前で両手の人差し指同士を突いている。
「今の私の魔力では、貴方の世界へ行くゲートを開けません……」
しゅんと項垂れる妖精。
聞くところによると、異世界へ行く転移ゲートとやらは莫大な魔力が必要だそうで、今回は妖精の長や側近の妖精達が総出でゲートを開いたらしい。
一介の妖精が気軽にぽんぽん使えるようなものではないってわけだ。
ちなみに遠くの土地へ飛ぶ程度のゲートなら、フェアリーサークルと呼ばれる転移ゲートが各地にあるらしく、それは妖精族でさえあれば誰でも使えるとのこと。
この妖精の魔力で普通に使えるのは、その程度だそうで。
「つまりあれか。結局はその悪魔とやらをぶちのめせば、大手を振って帰れるわけだな?」
「そうなります」
手段は置いといて、帰る方法は分かった。
「じゃあ次だ。仮に帰ることが出来たとして、こっちで一〇年過ごしたら、元の世界での俺はどうなってる?」
一〇年行方不明でした、は困る。
「それは心配なさらないでください。貴方にとってこれは一夜の夢です。元の世界に帰っても、数時間程度しか経っていません」
目覚めれば泡沫と消える濃厚な夢、と妖精は謳う。
なるほど。精神年齢が若干不安にはなるが、濃い夢でした、で済むなら構わないか。
なら次だ。
「ここで死んだらどうなる?」
「人間の死亡時刻は、深夜が多いそうですよ?」
だろうね! 死んだら死ぬよね! 当たり前だよね!!
滅亡する世界を救わなくちゃならない。でも自分の身も守らなくちゃならない。
危険なことに首を突っ込んだ上で、安全は確保しなきゃならない。
なんという矛盾か。
「でも大丈夫です。貴方は死なせません」
小さな胸を張って威張る妖精。
「私がついているのですから、ちょっとやそっとの危険では命に関わらないことをお約束します」
「え、ついてくるの?」
こういうナビゲート役は、異世界に行ったら説明だけして去っていく――あるいは力尽きる――と勝手に考えていたんだが。
「いきなりこちらの都合で引き込んでおいて、はいさようなら、なんて出来るほど薄情ではありませんよ?」
そしてとびっきりのスマイル。
不覚にも胸がときめいた。
顔に血が集まってくるのが自分でも分かる。
落ち着け、落ち着け自分。
質問でもして意識を変えよう。
最後の大きな質問だ。
「えーと、これが夢じゃないってことは、だ。一つとてつもなく重要で、重大で、この世界に深く関わる事があるんだが」
神妙に、一言一言。
俺の雰囲気に同調するように、妖精も真剣な顔でこちらに近づく。
「俺、何が出来るわけ?」
「え?」
妄想の中ではそりゃあ英雄ですとも。何でも出来る完璧超人ですとも。恋人も居ますよ?
だが現実の俺はどうだ。
剣術なんてやったことない。魔法なんて使えるわけもない。サバイバルはそこそこ出来るかもしれないが、あくまで地球環境での話だ。
植生も違えば文化も違う。どれが食える代物で、どれが毒かすら分からない。
その辺の知識は仕入れることはできるだろうが、周りの本棚を見渡す限り文字は読めないと思ったほうが良い。
殴り合いなんてことになったら、まず負けることが予想できる。
化かしあいなんて以ての外だ。そもそも妄想の中ですら知恵比べ関係は仲間に任せていた。
発想やひらめきみたいなものは俺が担当していたが、先の展開を設定した上での発想なんてものは神の視点、いわばチートに過ぎない。
要するに。
「現実にはただの一般人なわけだが」
いくら夢の中で強かろうと、現実の俺は強くないからね。どうしようもないよね。