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 平原の途中で足を止める。

 嫌な気配がした。レーダーを展開してみると、八つの反応が一気にこちらに近づいている。どうやらこのレーダー、上方向の方角が固定されているわけではなく、自分の前方の視界が上というわけでもないらしい。何を基準にしているのか、今度確かめておかなくては。


「どうしたんですか、ユキさん」

「しっ。アマリ、索敵を頼む」

「……右方向から、ビートベアが来てるのよ!」

「戦闘準備!」


 アマリが敵を発見するが早いか、レックスがそちらに走りこみ盾を構え、リオが詠唱を開始する。あ、魔術って詠唱が必要なんだ。アマリは軽く下がってワンドを構えている。疲労回復の呪いを準備しているのだろう。

 俺もサボってはいられない。レックスの体に魔素を通し、筋力と持久力、瞬発力を補助するようなイメージを行う。具体的には筋力サポーターをつけさせる。


「これは……凄いですね」


 レックスが何やら賞賛しているが、俺の仕事はむしろここからだ。

 ビートベアの群れが、どんどん近づいてくる。距離としては、三〇メートルは向こうだろうか。そこで初めて俺はビートベアという名の由来に気付いた。


「BeatじゃなくてBeetかよ!」


 ビートベアの体は赤かった。そして丸かった。いわゆる甜菜、サトウダイコンの形をしていた。意思疎通の呪いの本気を見た気がする。たぶんこの世界にも似たような野菜があって、その名を冠した熊だったのだろう。とても熊には見えないが。しかし見た目がアレでも脅威は脅威だ。まともにぶつかれば戦闘不能に追い込まれる。あれ、骨折くらいならアマリが治せるんだっけ? まぁ当たり所が悪ければ死ぬし、怪我をするのも嫌だから油断はしない。

 レックスから多少離れた位置で群れを観察する。一直線に向かってきているようだ。群れが分散する気配は無い。


「サンダークラップ!」


 リオの叫びが聞こえる。ああ、魔術だもんな、名前も言わないとダメだよなぁ……。

 妄想の時は、エルフの魔法使いに叫ばせていた気がする。詠唱もしっかりと考えて、古ぼけたノートにはびっしりと書き込んでいた。リアルになると、そういうものかと納得すると同時に、イメージだけで効果が出る自分の魔法がどれほど規格外なのか再認識する。詠唱も何も必要ないのだから。

 群れの頭上から雷が落ちる。数は一本。群れの中央に落ちた雷は確実に一匹をしとめたようだ。焦げた臭いがこちらまで漂ってくる。

 その衝撃により群れが散った。だがその突進は止まらない。残りがこちらに向かってまっすぐ進んでくる。このままでは何匹か後ろに抜けてしまいそうだ。

 しかし。


「させるかよっ!」


 俺とて見ているだけではない。右翼から一匹ずつ仕留めて圧力を減らす。上手くいけばそのまま隣の敵も仕留める。反対方向の敵はリオが魔術で焼く予定だ。

 陽動と誘導を兼ねて突出する。一瞬でも気を取られて足が鈍れば成功だ。レックス達から一〇メートルは離れた位置で、集団の最も右端に接敵する。 

 予想していた熊よりも随分と小さい。体長は八〇センチも無いだろう。牙も爪も、見た感じでは先ほどの狼の方が鋭そうである。基本的に突進しか攻撃手段が無いとは聞いたが、なるほどと納得する。しかしその突進はいともたやすく人を吹き飛ばせるというのだから、自然界は恐ろしい限りだ。

 俺は抜き身の包丁を片手に提げ、目の前の熊に対峙する。

 そのまま突進されるかと思ったが、目の前の個体と隣の個体、合計二匹が足を止めた。距離は目算で五メートルといったところか。残りの五匹はレックス達に向かっている。レックスは位置取りを調整し、群れ全体が己に集中するよう誘導している。上手いもんだ。

 ならば俺は、こいつらを仕留めれば良いわけだ。

 包丁を半身で構え、近い敵に突っ込む。地面を踏みしめ、五メートルから一気に距離を詰める。思った以上の勢いが出てしまい姿勢制御に苦労するが、包丁の一薙ぎで熊の顔面が切り裂かれる。骨を断つ感触と、その奥の柔らかいものを潰す感触が手に残る。ズッと包丁を引き抜き、もう一匹の熊に向き直る。完全に不意を突かれたのか、片方の熊はまだ動き出さない。ならば丁度良いとばかりに、もう一度距離を詰めようとして、咄嗟に横に飛ぶ。

 雄たけびと共に、熊が爆発的な瞬発力で突進してきた。一瞬前まで俺がいた地面は、熊の突撃で土煙が上がっていた。


「骨折ってレベルじゃねぇぞこれ」


 当たり所、どころではない。体の一部にすら、触れればもぎ取られる。確かにこれは駆け出しの冒険者には無理な敵だ。

 短時間での連続攻撃はできないのか、土煙が晴れるほんのわずかな時間、熊はそこに居た。ふと、熊が沈み込んだように見えた。

 脳が警鐘を鳴らし、訳も分からぬまま再び横に飛ぶ。その空間にまたも爆発音。地面が抉り取られ、礫がいくらか体に当たる。

 後ろから鈍い金属音が高らかに響く。どうやらレックスも、熊に突撃されているようだ。それを躱すことなく受け止め続けているということか。

 抉れた地面から、再度熊が向かってくる。一つ覚えだとは思うが、これだけの攻撃力があるのならばそれでも構わないのだろう。

 あの丸い体型からは見えにくいが、どうやら後ろ足に力を溜めて、バネのように押し出すことで破壊力を生み出しているみたいだ。そして全体重をかけて敵にぶつかりにいく。仲間の弔い合戦とばかりに、躱されても躱されても、執拗に追い続ける。その体力はどこから沸くのか。

 こちらも避けてばかりではいられない。さっさと倒して、レックスの援護に行かなければ。 

 直線しか出来ず、攻撃の後には再び力を溜める。掠るだけで致命傷であるため大きく避けなければならないが、下手に避けると砂埃で敵を捉えられない。晴れるまでに時間はかからない。下手な追い撃ちは寿命を縮めるが、ここまで馬鹿みたいに続けられれば嫌でも見切ることが出来る。

 次の吶喊を、上に避ける。

 こちらも全体重をかけて、包丁を突き下ろす。

 頭には当たらなかったが、背中から心臓に向けて綺麗に突き刺さった。

 返り血をもろに浴びたが気にしてはいられない。

 振り返りレックス達を見る。

 残りは二匹。リオの雷はまだ詠唱中のようだ。レックスの盾はかなり傷が出来ているが、彼自身に怪我はない。疲労しているかとも思ったが、アマリの呪いでそれも除去されている。

 レックスのメイスが熊の体を打ちつける。盾で防いだところに的確なカウンター。熊の体躯が宙を舞う。どんな膂力してんだあいつ。

 だが熊の方もまだ生きていた。空中で軽やかに反転し、着地するや否や、爆発的突進をかける。さらに、もう一匹の熊も力を溜め終えたらしく、レックスの横合いから突進をかけようとする。

 間に合わない。

 そう思ってさらに足に力を込めた瞬間、横の熊が雷に焦がされる。

 正面の熊を受け止めたレックスは、地面に足がめり込んでいくが何とか受け切り、メイスを頭上から振り下ろす。

 その一撃でもまだ絶命しないのか、レックスに密着したまま力を溜め始める。

 いかにレックスといえど、その推進力を下方からぶちかまされれば吹き飛ぶだろう。

 リオの魔術も撃ったばかりで詠唱は間に合いそうもない。

 レックスが咄嗟に熊を盾で叩きつける。それでも熊は怯まない。

 熊の体が沈む。

 アマリの引き攣った声が聞こえる。

 だが、遅い。

 横合いの熊に向けて限界を超えて走り始めていた俺にとって、それよりも手前の熊に辿り着くのは造作もないことだった。

 速度を維持したまま、包丁を熊に突き立てる。

 小さいとはいえ熊は熊。それなりの体重があるはずだが、勢いに任せた攻撃には耐え切れずに吹き飛んだ。

 二度三度地面を跳ねて転がり、舌をだらりと垂らして横たわる。

 手の中の包丁は衝撃に耐えかねたのか、根元から見事に砕け散っており、二度と調理用具としての機能は果たせそうにない。そもそも武器として扱うこと自体が間違っていた。


「間一髪、ってところか」

「ええ。助かりましたよ」

「レックス、どうしてあんな無茶をしたのよ! さっさと突き飛ばせば良かったのよ!」


 アマリが言っているのは、メイスを振り下ろしたことについてだろう。

 先ほどぶっ飛ばしていたように、掬い上げるように攻撃していれば、今のような状況には陥らなかったはずだ。


「あれは僕も違和感があるんです。いくら何でも、鉄の塊で頭を打たれれば行動は止まるはず。だというのに、あのビートベアは怯まずに向かってきました。まるで、こちらの攻撃が無効化されたかのような……」

「そんな、魔獣じゃあるまいし」

「そうなのよ。それに魔獣なら魔術でもない攻撃で倒れたりしないのよ」


 ほら、と指し示した先には、やはり倒れたままのビートベア。動く気配はない。


「そうですね。それでは剥ぎ取りを開始しましょう」


 レックスの号令の下、アマリもリオも短剣を取り出して熊の死骸に向かっていく。

 あれ。俺って剥ぎ取る道具無くね?

 仕方が無いので、相手取った二匹を引っ張ってくる。

 レックスは辺りを警戒している。俺も同様に付近を見回す。女子に剥ぎ取りを任せるのは心苦しいが、一応今は俺も女だ。甘えることにしよう。

 レーダーを使って気配を探る。

 と、近場に大きな反応が一つある。

 どこかと見るが、目に付くものは無い。方向が分からないレーダーってマジ使えねえな。

 距離はレックスやアマリ達の反応から何とか割り出す。

 そうなると、この反応がある距離には倒れたビートベアくらいしか居ない。地下かもしれないが、どうも気になる。

 何がおかしい? 何を見落としている?

 もう一度ビートベアを見る。

 奴は体を吹き飛ばされ、頭を叩きつけられ、そして俺に刺された。

 アマリ達を見る。血溜まりに伏せる熊の毛皮や肉を剥いでいる。

 もう一度熊を見て、気付いた。

 ……俺の包丁が砕けるほどに吹き飛んで、だというのに、奴には傷一つ付いていない!

 その瞬間、倒れていたビートベアが、通常ではありえない軌道を描いて起き上がる。


「レックス!」

「っ!?」


 流石のレックスも、死体だと思い込んでいたものまでは警戒していなかったのだろう、盾を構えるのに、数瞬遅れてしまった。

 俺は渾身の力でレックスを弾き飛ばし、熊の突撃を真正面からぶつかりに行くように受け止める。妄想の中のスペックそのままでありながら、なお受け止めきれない重圧。

 間違いない、こいつはビートベアじゃなく……。


「気をつけろ! こいつ、魔獣だ!!」


 攻撃を無効化されたような違和感。砕け散った包丁。傷一つない体。

 当然だ。魔獣には、一般的な物理攻撃が効かないんだから。

 俺に飛ばされたレックスはまだ放心している。


「リオ! 頼む、魔術を!」


 ヘルプを求めるが、リオとアマリも魔獣を見て平静を失っているようだ。

 そりゃそうだ。いかに冒険者といえど、魔獣は四人で立ち向かうような相手じゃない。

 罠も無し、陣形も無し、作戦すら無し。そんな状況で生き残ることなど不可能だ。

 恐慌状態になって無謀な突撃をしたり、背中を見せたりしないだけマシだろう。

 これが、唐突に魔獣を目にした、一般的な冒険者の姿だった。

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