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 『古強者の憩い亭』

 いきなり何だと思われるかもしれないが、あのおっさんの店の名前だ。

 いかにも質実剛健、歴戦の勇士が集まりそうなその店には、普段は多くの職人が一時の安らぎを得るために集う。

 現に今も、商業区に店を構える職人達が、おっさんの料理をうめぇうめぇと言いながら貪っている。

 俺も適当に空いている席へ座り、おっさんに日替わり定食を注文する。今日のメニューは焼いた魚らしい。近場に川か海でもあるのだろうか。

 野太い笑い声をBGMに料理を待っていると、場違いな声が聞こえてきた。

 いや。決して場違いというわけではなく、むしろ冒険者の斡旋所としてはこれ以上ないほどに最適な声か。

 職人達の声のカーテンを突き抜けてなお響く濁声。声の主は大柄で筋骨隆々とした禿頭の男。その後ろには顔に刺青をした黒い短髪を刈り上げた男と、怪しげなフードを目深に被った者が居た。


「この店に呪い士が登録されているというのは本当か」


 禿頭の男は席にも座らず、厨房にいるおっさんに声をかける。


「みすぼらしいローブを着た女だ。居るなら教えろ」


 んー。なんだねこの高圧的な態度。教えろと来たか。

 しかしこんな奴らに目をつけられるなんて、その呪い士の女は不幸だねぇ。

 みすぼらしいローブ姿だなんて、可哀想な格好もしてるしな。俺だよチクショウ。着替えてるけど。

 つーか、どこかで見た記憶が。どこだっけな。まぁ印象にないってことは擦れ違ったくらいなんだろう。


「次の俺達の依頼に同行させてやる。成功すればこの店の評判も上がる。呪い士は経験を積めるし報酬も得られる。良いこと尽くめだとは思わんか?」


 禿頭の男は今なお姿を見せないおっさんに語りかける。決して怒声ではない。だが、静かに紡ぐ声色からは、段々と焦りと苛立ちが混じってきている。なんだろう。同行とか言っている割にはどうにも感情が強いような。

 あ、思い出した気がする。初日に何か絡んできた奴じゃね? お礼参りって奴じゃね?


「あいよ、日替わり定食上がりだ」


 そのタイミングで厨房から出てくるおっさん。どうやらこの時間に注文したのは俺だけらしく、他に動き回っている従業員が居るにもかかわらず、おっさん自身がテーブルまで運んできた。

 焼けた魚の匂いがテーブルに充満する。丸ごと焼かれた魚だが、箸はないのでナイフとフォークで食べることになる。

 見た目からして和食と言って差支えがない。尾頭付きの焦げた魚はそれだけで涎を出させる。だというのに、付け合せに大根おろしとでも言うべき雪のような塊が置かれている。醤油がないのが悔やまれるが、これだけでもうご飯何杯いけるだろう。ライスは無いけど。パンだけど。

 フォークで頭をおさえ、ナイフで半身を切り落とす。裂け目から湯気と焼き魚の香りが立ち上る。人によっては生臭さを感じるそれは、柑橘類の果汁を絞られているのか、爽やかな香味を発している。 


「おい店主。俺の質問が聞こえなかったのか。呪い士の居場所を教えろと言っているんだ」


 早速切り出した身を一口。それだけで口一杯に広がる風味に、俺の頬は綻ぶ。脂のたっぷりと乗った魚は旬の力強さを感じさせつつも、大根おろしと柑橘果汁の酸味が、ともすれば生臭くなる味をさっぱりと洗い流す。

 メニューが分からなかったとはいえ、頼んでおいて何だが、俺は魚の内臓が苦手だ。苦いし。そのため見た目はあまりよろしくないのだが、内臓だけを取り分けていく。そのついでに骨も解体しておく。後で身だけを一気に食べるためだ。

 チラリと、まだ近くにいるおっさんを見ると、こちらを子供でも見るような、呆れた顔をしていた。ただ、口元は盛大に笑っている。悪かったなお子様で。苦手なもんは仕方ねぇだろ。


「質問に答えろと言っているのが分からないのか!」


 ガシャンとテーブルに腕を叩きつける男。その視線はおっさんに注がれており、たった今自分がテーブルのどこに手を振り下ろしたのかは理解していないようだ。

 おっさんの眦がつり上がる。そりゃそうだ。男の手は、俺のテーブルの、俺の皿に叩きつけられ、身を解された魚が飛び散ってしまった。料理人として、食べ物を粗末に扱われて良い気はしない。

 だが。目の前に飛び散った食材を見る。切り分けた半身どころか、内臓まで男の手によって潰された。いざ突き刺そうとしたフォークの行き場所が消える。濃厚でありながら爽やかな香りが、男の手の汗臭さに取って代わる。


「………………」


 何かが弾けた。

 食器を置いてゆらり、と俺は立ち上がる。そして男の腕を掴む。


「何者だ貴様」


 目の前のハゲはテーブルに拳を叩きつけたまま俺を睨んでくる。

 臆せず睨み返す、などと生易しい真似はしない。ただ、拳でハゲの顎先を真横に振りぬいた。

 鈍い音が響き、ハゲの首が盛大に傾いて、ぐるんと白目を剥いて床に倒れる。

 悪は滅びた。だが、俺のお魚さんは帰ってこない。大半がこのハゲの手にこびりついてやがる。

 言葉を発する気力も無い。

 すとん、と席に座り、もはや跡形も無い魚の皿を肴にパンを食べることにする。あれ、なんだか視界が滲んできたよ?


「た、隊長!? この女、何しやがる!」


 刺青の男が慌てて近寄ってくる。だが、それは周囲の職人達によって遮られた。


「お客さぁん。店内での争い事はご法度ですぜぇ?」


 ねっとりとした男達の恫喝は、瞬時に闖入者に多勢に無勢を悟らせる。

 憎憎しげに顔を歪めた男は、ローブ姿と一緒にハゲを抱えて店を出て行く。

 その直後、店内が歓声に沸く。遮った職人達が俺に近づいてきた。


「いやー、お嬢ちゃん強いな!」

「不意打ちとはいえ、あの大男を一撃か!」

「店長、この嬢ちゃんに魚もう一匹焼いてやれよ、金なら俺が出す!」

「可愛くて強い、ギャップがいいねぇ」

「そういやアンタ、靴屋に来てた子だよな。どうだい、もし次に靴を買う機会があったら―――」

「おい何抜け駆けしてやがる!」


 どうして囲まれてるんだ。

 どう反応していいのか分からずおろおろしていると、おっさんが助け舟を出してくれた。


「お前ら、嬢ちゃんが困ってるだろうが。さっさと散れってんだ」


 おっさんの一声で、職人達はぞろぞろと自分達のテーブルへと戻っていく。だがその視線は、好意的ではあったが俺に注がれている。

 居心地はあまりよくないが、逃げるほどでもない。

 悪目立ちするようなことをしでかしたのは確かだし、甘んじて受け止めておく。


「おっさん。騒がせて悪かった」

「何の。俺だって止められなくて済まなかったな」

「あのハゲが短気すぎたうえに、考えなしだったんだよ。予測不可能だっての。しかし何しに来たんだ、あいつら」

「ああ、嬢ちゃんには言っておいたほうが良いな。今街で噂になってるんだよ、若い女の呪い士ってのが」

「は、何で?」


 その疑問に答えたのは食事を終えたティトだった。落ち着いて食ってやがった!?


「ユキ様にとっての疑問点は二つあると考えられます。なぜ噂になっているのか、なぜ呪い士だと分かるのか」

「お、おう。その通りだ」

「今朝のユキ様の行動を鑑みれば、両方とも説明できます」

「俺の?」

「大の男が一袋運ぶのが精一杯のレンガを、両肩に担いで二袋。そのようなことが出来るのは呪い士だけです」


 確かに目立ってたな。そのせいか。


「腕の良い呪い士は、それだけで重宝されます。ユキ様は華奢な見た目ですからね。レンガ袋二つは、よほどの強化をかけないと不可能な出来事です。普通は後遺症が残るほどの強化でしょうから」

「……となると、それだけの強化をデメリット無しで使える呪い士って思われたわけか」

「そういうことですね。ですから、そのような呪い士を仲間に迎え入れることは、冒険者に限らず大きな利点となります」

「ま、そういうこったな。そっちのおチビちゃんの言う通りだ。ああ、幸いと言っちゃ何だが、嬢ちゃん自身が目立ちすぎてるせいで、妖精憑きだってことまでは噂されてないみたいだぜ?」

「そっちが広まったら、俺生きていけないじゃないか」


 街中でひそひそとド変態扱いされるとか、憤死するわ。


「さて、それじゃあ台無しになった魚の代わりを焼いてやるよ」

「いいのか!?」

「気にすんな。代金はアイツが持ってくれるみたいだしな!」


 そう言いながら後ろのほうのテーブルを親指で差すおっさん。

 水を向けられた職人は目を白黒させていたが、俺のほうを見ると照れたように手を振る。

 釣られて、俺も手を振り返す。

 そのテーブルで職人達が急にいきり立った気がするが気のせいだろう。

 裏切り者に死をとか、異端審問とか、極刑とか、色々聞こえてくるが聞かなかったことにしよう。

 ティトは申し訳なさそうに謝ってくる。

 それこそ気にするな。美味いものを食ってる時は、落ち着いて静かに食いたいもんな。

 暫く後、おっさんが焼いてくれた魚はやはり期待通りの味で、俺は静かに幸せを噛み締めた。

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