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事務所で報酬を貰い、作ってもらった軽食を食べ、一休みしたところで服屋に向かう。ここで言う服屋は、昨日の服屋とはまた別の店舗だ。平服が小銀貨一枚――銅貨換算で五〇枚――とは聞いたが、丸一日の単純労働でその日の生活費程度しか稼げないのなら、一般庶民は衣服をどうやって手に入れているのか気になってティトに聞いたところ、古着屋というものがあるそうだ。そちらならば質にもよるが、もっとお手ごろな価格で手に入るものもあるそうだ。季節ごとに古着をいくつか買い揃える程度なら、どうにかなりそうだった。
昨日買った衣服はどう考えても普段着には出来ない。というか鏡の自分が似合いすぎていたから、ついつい買ってしまったが、実際に自分で着るとなると抵抗感が半端ない。もうちょっと気軽に着る服がほしいので、男物というか男女兼用できるような衣服を少々買っておきたい。かといって贅沢できるわけでもないから、安い古着を何着か、というわけである。さすがに銀貨で買うような服を普段着にはしたくない。
ティトが何か言いたそうにしていたが、折角選んでもらった服が簡単に汚れるのは申し訳ない、という俺の言い訳に納得したのか、今は何も言わずに俺の後についている。
「いらっしゃいませ……。ようこそお越しくださいました……」
商業区の片隅にあった古着屋に入ると、随分と陰気な声で歓迎された。声の出所は店の奥。そちらを覗くと、覇気どころか、生気すらない顔の女性がのっそりと立っていた。軽くホラーだ。
俺達の他に客の姿はない。この雰囲気ならばむべなるかな。
「えーと、適当に見てきていいか?」
「ごゆっくり……」
言い終えた店員らしき女性は、まるで自分の仕事は終わったとでも言うように沈黙した。
やべぇ……! 気まずさが半端ねえ……! 色々と薦めてこない分、気は楽だけど……!
「な、何か良い服はないかしらー?」
あまりの気まずさに、白々しい演技で服を見繕う。さっさと見て回って、気に入らなかったフリをして店を出たかった。
だが、実際に服を見てみると、古着とは思えないほど縫製はしっかりとしているし、汚れなども見えなかった。
気になって適当な一着を手に取ると、目立たないようにはされているが、しっかりとした補修がなされていた。この分だと恐らく、洗濯も非常に丁寧にされているのだろう。
この仕事振りが気に入り、しげしげと古着を眺めていると「毛皮のボレロ。とある農村の女性が嫁入りの際に持ってきた衣服。生活苦のために手放したが素材の質が良くなかったため、思い出は三日分の食料に変わった」という情報が脳裏を駆けた。
「知りたくなかったよこんな重い事実!」
あまりのショックに大声を出してしまった。
振り返って店員を見るが、微動だにしていない。寛容な人だ。
さて、目利きだか鑑定だか知らないが、俺の魔法は予想外に深い事実まで分かってしまうようだ。集中して見なければ良いだけの話だが、何かの弾みで見えてしまう可能性を考えると、あまり来歴のない服を選びたくなる。買ったけど気に入らなかったから売った、とか、そういう軽い感じの。
しかしながら、見る服見る服大抵が、いわゆる訳ありの品だった。そりゃそうか、古着だものな。普通にボロくなっただけなら補修すればいい。仲のいいご近所さんがいるなら、お下がりとしてプレゼントすればいい。それでもなお手放すということは、相応の事情があるわけだ。
幸い、この魔法のおかげで余程アレな因縁は回避できる。例えばこのズボン。「綿製のロングパンツ。首都に住む好色な男性が愛用したズボン。数多の女性を弄んだこの男は、唯一真摯に愛を誓った女性に刺殺される。ポケットから二人の名前が刻まれたリングが零れ落ちた時、それを見た女は何を思ったのか」
どうしてそんなズボンが古着屋にあるのか。そっちの方が気になる。誰かが死体から剥いだのか。
ともあれ刃傷沙汰になった服など着たくない。出来る限り、来歴が気にならない衣服を探していく。デザインより来歴というのは果てしなく何かが間違っている気がする。
「んー、この辺りかねぇ」
手に取ったものは黒い長袖のシャツと紫のセーター、赤と黒のストライプのパーカー、そして白いハーフパンツと黒いサルエルパンツ。この世界の服飾文化は一体どうなってるんだ。気にしたら負けか。
店員の所へ行き清算を頼む。
「銅貨五〇枚……」
「そんなものなのか。綺麗だし、きっちり直してるから、もう少し手間賃とか取られると思ったけども」
「っ……! 問題ない……」
店員がそういうなら問題ないのだろう。店主の粋な値段設定に感謝しておこう。まぁ、来歴を見る限り、元から大した買取値段ではないのだろう。安く売るための経営努力と見るべきか。あるいは羅生門の老婆のように、店主がどこかから剥いできているのか。……ズボンの件があるから、あまり考えないようにしよう。
購入した衣服を、一旦拠点に持ち帰る。これから荷物が多くなるし、少しでも減らしておきたい。影の中に仕舞おうにも、目撃者が多くなると面倒だ。それならば時間的にも余裕があることだし、クローゼットに突っ込むほうがいくらか楽だ。歩いてみて分かったが、古着屋から拠点まで大して距離もない。あの店は贔屓にすることにしよう。来歴だけは気をつけたいが。まあ街中だし、あまり変な商品を売りつけるわけはないと思うが。今度店長がいたら話を聞いてみようか。俺の魔法が変な動作をしているだけかもしれない。
クローゼットに服を仕舞うと、今度は昨日の服屋へと行く。さすがに二日連続安物のローブ姿で向かうのは憚られたので、買ったばかりのパーカーとサルエルパンツを着用して向かうことにする。古着とはいえ見た目は綺麗なので、街中を移動するには何の問題もないだろう。
軽く鼻歌などを歌いながら道を歩いていると、擦れ違う人が皆こちらに注目する。
何事だ。こちらも視線を向けると、さっと目を逸らす。何事だ。
「敵意はありませんのでお気になさらず」
「そっか。なら良いな」
気にするけど、絡まれないなら別に良い。
特筆すべきはその件くらいで、あとは各種の店から商品を受け取っただけだ。
ただ道中で出会う人皆が、やはり俺を見て目を逸らすということを繰り返すことが気になって仕方がない。
その理由だけはっきりさせておきたい。
「なあティト。俺の見た目はそんなにおかしいのか?」
「いえ。別段おかしなことはありません。ただ、ユキ様は非常に人目を引くお姿をされていますので」
ああ。服屋で確認したら、美少女だったものな。そして今の姿はみすぼらしいローブ姿ではなく、それなりにしっかりとした服を着ているわけだ。そういえば、ローブを着てたときはフードも被っていたっけか。
つまりあれだな。今の俺は悪目立ちしているということだ。
すっ、とパーカーのフードを目深に被り、俺は一路おっさんの店へと向かうことにする。
あそこならば、職人達の喧騒に紛れられるだろう。
仮に見られたり騒がれたりしても、おっさんが何かしらフォローを入れてくれるだろうし。
フードで少しなりとも顔を隠したことで、少し減った視線を感じながら、目立たないようにゆっくりと街を歩いていく。
ただ、今の俺はまだ気付いていなかった。
彼らが一体何を見ていたのか。
目を逸らした理由も。
何もかも。
気付くのはいつだって、取り返しのつかないことが起きてからだというのに。
俺は何の警戒もしていなかったのだ。




