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さすがに手ぶらで作業現場に戻ったら、説明の前に現場監督にブチ切れられそうな気がしたので、マディを放置しつつ残りのメンバーで袋を担いでいく。
今俺の影の中には、あの大量にあったレンガの大半が詰め込まれている。
全部入れてしまいたかったのだが、どうやら限界があったようだ。ある時、急に影に沈まなくなった。それでも六〇袋分くらい詰め込めたので、往復回数の多大な削減にはなった。今も全員で三袋分ちょいは運んでるし。
カルロスが隣ですげーすげーと騒いでいる。物凄く目が輝いている。子供みたいだ。
その後ろでミリアが俺をすっごい睨んでる。物凄く目が輝いている。狩人みたいだ。助けて。
「呪いって、す、すごいんですね」
「あーうん。すごいね」
正確には呪いでは無いので、適当に相槌をうっておく。
ライネさんの尊敬の眼差しも非常に痛い。
しかしこれ、マディ辺りが見ていたら呪いじゃないって看破されてしまいそうだ。
そっとティトの表情を盗み見ると、どうやらご立腹のよう。大っぴらに魔法を使うことはダメだったんだろう。呪いですら下手したら爪弾きにされるものなわけだし、魔法となるとどんな厄介ごとに巻き込まれるか知れない。確かにその辺は俺が軽率だった。
「そんな凄いのがあるなら、最初から使いなさいよね」
ミリアがぶちぶち文句を言ってくる。最初から使えるって分かってたら使ってるっての。思いつきなんだから仕方ないじゃないか。
「ミリア。ユキが最初からこれを使っていたら、俺達の仕事が無くなってただろ。この依頼は歩合制なんだし、基準をクリアするまでは控えてくれてたんだ。文句言うなって」
思わぬ援護射撃。カルロスをちょっと見直した。
でもそこまで考えてたわけじゃないから買い被りにも程がある。かなり恥ずかしい。
「ん? 歩合制?」
「ああ。俺達の依頼は、このレンガの山を麻袋一五袋分運ぶことなんだよ。で、その後運んだ分だけ追加報酬が貰えるんだ」
なるほど。こいつらは、今運んでる分で一五袋分を運んだことになるわけだな。
「ちなみに追加は一袋につき銅貨二枚で、基本報酬は銅貨三〇枚な」
「こんだけ苦労して四人で銅貨三〇枚か。確かに報酬はあまり良くないな……」
それに俺が肉体強化をかけたからこそ、この時間で達成できているわけで、こいつらだけだったら日暮れまで働いてようやく達成できたくらいだろう。丸一日働いて、一人当たり銅貨七枚程度。ミリアが切れるのも分かる気がする。実入りが悪すぎるだろ。一日の生活費くらいにしかならないんじゃないか。
そういや俺の依頼内容って何だっけ。
「ユキ様。依頼内容はきちんと確認しておいてください。私達の依頼は、一日かけて麻袋五袋分を運ぶことです。基本給は銅貨一〇枚。追加報酬は一袋につき銅貨二枚。条件としてはあちらの方と同じですね」
「ふむ。俺って何袋運んだっけ?」
「今運んでらっしゃるのを含めて七四袋です」
結局は一袋銅貨二枚なわけだから、現在の報酬は銅貨一四八枚か。俺とティトで一食あたり平均銅貨四枚使うわけだから、およそ十日分の食費を稼いだわけだな。さすがに一日二食はまだ無理だ。貴族様だの何だの言われようと、三食きっちり食べないと体がもたない。
「やっぱ呪い士すげえな!」
「あーうん、そうだねすごいね」
魔法を使ってるわけだから、やっぱり適当な相槌を打っておく。
「なあ、もし良かったら、俺達のパーティーに――」
「断る」
「む、俺達と居るのは楽しくないか?」
「そういうわけじゃないが、俺はソロでやるよ」
これには即答する。
話してて楽しくないわけはないが、魔法は隠しておくに越したことはない。一緒に行動していれば俺が呪い士ではないことなどあっさりと分かることだろう。いらない面倒は背負い込みたくない。
そして俺は、あくまでこの世界を救うためにここに来ている。駆け出しの冒険者と一緒に楽しい旅をする時間はない。
だから俺は一人の道を選んだ。
ティトが睨んでたとか、ミリアが人を殺しそうな眼で見つめていたとか、決してそういう理由ではない。
……本当だぞ?
「ま、何かの縁があったらまた組もう」
社交辞令として、それだけ言っておく。
落としどころとしては申し分ないのではなかろうか。
非常に残念な顔をしているライネさんを見ると若干心が痛むが、仕方ないことだ。
それっきり言葉を交わすことなく、作業現場に向かう。何だかんだで疲れてきた。これを運び終えたら休憩しよう。
もう現場は目の前だ。監督がこちらを見ている。
「おうお前らか。今日は助かったぜ。依頼に出してた分を半日で片付けちまうなんてな」
俺達を見た現場監督が労ってくれる。
資材置き場に積まれた量で判断しているのだろう。
追加報酬をどうやって判断するのか気になるが、そこは熟練の業があるのだろう、たぶん。
「細っこいお嬢ちゃんだと思ってたが、かなりやるみたいだな? さすが呪い士だ」
「あれ、呪い士なんて言ったっけか」
「あんな細腕で二袋担ぐなんざ、呪い士としか考えられないだろ。で、どうだ。そっちの三人は依頼分は終えて、お嬢ちゃんは追加分に入ってるわけだが。まだ続けてくれるか?」
おっと。そういえばそうだった。どうしようか、服や防具を取りに行くにはまだ時間がある。だが、素気無くパーティーの申し出を断った以上、このまま顔を合わせているのも気まずいな。ここらで終わりにしておこうか。
「俺達はもう少し続けるよ。まだレンガは残ってるしな」
「ほとんどユキが運んじゃったけどね」
「あ? まだ向こうにゃ大量に残ってるだろう?」
「おっと、こいつを見てくれ」
そう言って俺は影から大量のレンガを浮かび上がらせる。
目を丸くする現場監督。
「お前さん……こいつぁ……」
「呪いです」
きっぱりと言い放つ。勢いで誤魔化せるだろう。
「お、おう。呪いってのは便利なんだな……」
「俺はこれで終わりにしておくよ。さすがに疲れたしな」
「それじゃあ、あー……お嬢ちゃんは全部で七五袋分ってところか。それじゃあそいつを資材置き場に置いたら、事務所に行って報酬を貰ってくれや。それで今日の仕事は終いだ」
お、ラッキー。一袋分大目にカウントされた。さすがにこの量は見誤ったのかね。監督さんが紙片にさらさらと文字を書きつけていく。恐らくこれが証明書だろう。
「それじゃあユキ、俺達はこれで。あ、強化の呪いは解除してくれよ」
「ん、良いのか?」
「ここまでやってくれたんだ。助かったよ。あとは俺達が自力でやる」
向上心のあることで。俺はもうすっかり薄くなっている魔素を取り除き、解除したことを伝える。
「それじゃ、何かあったらまた会おう」
「……まぁ、次も組んであげる」
「あ、その、またお会いしましょうね!」
三者三様の別れの言葉に、軽く手を振って応える。影に仕舞う必要があるので、資材置き場に向かう彼らを見送り、石切り場に向かう彼らを見送り、俺はまだ大量のレンガを仕舞っていた。
資材置き場すぐそこだし、普通に運んでいっても良かったかもしれない。




