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気がつくと、俺は見知らぬ場所に居た。
夢らしい唐突な場面転換だ。
視界から鑑みるに、どうやら寝転んでいるらしい。
とりあえず起き上がってみることにする。
ぐっと腹筋に力を入れ、腕の力とともに身を起こす。
む、力を入れる感覚が妙にリアルだ。
そういうこともあるかと、気軽に考えて辺りを見回す。
本棚に囲まれている。
右を見ても左を見ても本棚。背表紙の文字に見覚えはないし、読もうと思っても読めそうにない。
ここからどういったストーリーが始まるのか、あるいは始まらないのか期待する。
「まずは、お越しいただきありがとうございます」
と、鈴の鳴るような声が響く。
先ほどまでと違い、鼓膜を震わせる現実感。
声のするほうを見ると、先ほどの妖精の少女が浮いていた。
「あ、さっきの妖精か」
ん? 何か声がおかしい気がする。まぁ夢だしそういうこともあるか。
「この世界は今、魔獣の脅威に晒されています」
「魔獣?」
「魔獣は悪魔の生み出した恐るべき生物です。獣の姿を取っていることもありますが、多くは現実的には考えられないような異形をしています」
要はモンスターみたいなもんか。見て正気度を失うような代物じゃなければいいが。
「ふむ。それじゃあ俺は、その魔獣を全滅させるとか、悪魔とやらをぶっ倒せば良いってことだな」
「そう、ですね。仰るほど簡単なものではありませんが」
なんだか歯切れの悪い物言いだな。
「何か問題があるのか?」
そこで、その妖精は、爆弾を投下してきた。
「この世界に適応していただくため、貴方の体を変質させていただいたのですが……」
そして目を逸らす。どういうことだ。
はたと気がつく。体を変質させたということは、今まで通りの力を振るえない可能性だってあるわけか。
剣術の腕もそうだし、魔法だって変わっている可能性がある。
少々確認してみるか。
まずは腕。うん、細い。こんな細腕のどこにそんなパワーがあるのかといつも驚かれるほどに細い。
次に足。変わるところはない。力を込めれば良い形の筋肉が浮き上がり、男とは思えないほどの艶かしさと力強さがある。
柔軟性はどうだ。座っていることだし、長座体前屈を行う。これも予想通り。しっかりと体と膝をくっつけることが出来る。
うん、現実逃避はやめておこうか。
先ほどから腕に絡みつく薄青い髪。どうも夢の中の俺の髪の毛が随分と伸びているらしい。
感触は確かめていないが、股間の感覚がない。圧迫されていてもおかしくない体勢であるというのに、全くの無。
「その、女性に、変わってしまったようで」
言わんでもいいわ! 分かっとるわ!
何だ俺は。夢の中で女になるとか、そういった変身願望でもあったのか?
そりゃまあ、別枠で妄想したことはなくはないが。
「まぁ夢の話だし、何が起きても不思議じゃないけどさ」
「夢?」
小首をかしげる妖精。フェティッシュな光景だ。
「あの、夢ではありませんよ?」
「は?」
いやだって、さっきまで俺寝てたし。
「信じられないのでしたら、その、すぐに癒しますので失礼します」
そういって指先に近づいてくる。
その小さな手には、献血用の注射針のような太さの得物が握られて――っておい、どこから出したそんな物騒なもの!?
「づぁっ!」
うめく。
人差し指の腹からぷっくりと血の珠が浮き上がる。
その後、妖精が指先を咥える。
生暖かい湿った感触が指先に広がる。
ぴちゃぴちゃと水音が室内に響く。
背筋と首筋に悪寒が走る。いや、びりりとした電撃というか、何だか言い知れない感覚が走る。
だが、痛みがあったということは。
「夢じゃない、ってことか」
意識としては混乱しているが、感覚的には落ち着いている。
騒いでもどうしようもないと自覚しているのか、まだ信じ切れていないのか。
分からないことだらけだが、それはこいつに聞けば良い。
刺された痛みも傷口も、何事もなかったように癒えていた。
だからまずは話し合いだ。
「というわけで、そろそろ放してもらえると助かる」
顔を上気させて、一心不乱に俺の指先を舐る妖精を、ゆっくりと引き剥がした。
指先と彼女の口を結ぶ唾液の糸にエロスを感じないではないが、この状況では自重しろよ俺。




