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石切り場には大量の石材が積み上げられていた。
切り出した石を整形するところまでをこの場でやるみたいだ。
作業員の説明によると、この整形された石材を今しがた二十分ほどかけて歩いてきた場所まで運ぶそうだ。
大きさはレンガブロックのようなもので、それほど大きいものではない。ただ、手で持つには安定しないので、袋に入れて持っていくようだ。
ただし、その袋というのが。
「でかくね?」
目算で九〇リットルは入りそうな麻袋が置いてある。満タンにして持っていく必要はないだろうけども、さすがに手間がかかりそうだ。
ため息を一つ吐き、袋にレンガを詰めていく。
隣を見るとカルロスが一気に袋に半分くらい詰めて持とうとして、顔を赤くしている。むしろ赤黒くしている。そりゃ無理だろ。何十キロあるとおもってんだ。
仕方無しに筋力と持久力強化の呪いをかけてやる。ちょっと強いくらいでも良いか。うっすらと筋肉の筋が見えた辺りで止める。
その途端、ずいぶんあっさりと立ち上がる。
「おー、これが呪いか。凄いな! サンキュー!」
屈託の無い笑みで礼を言う。サンキューってこっちの言語じゃない……ああ、意思疎通か。便利なものだ。
「ちょっとは自分の力を考えて持てよ。とりあえずお前のところのメンバーに強化かけていくから、先に行ってな」
俺も適当にレンガを袋に詰めつつ、ミリアとライネに強化をかける。あまり見た目が変わらない程度に、軽い強化だ。
「へぇ。意外と役に立つじゃない」
「あ、ありがとうございます」
意外と、は余計だ。素直に礼を言うくらいできんのかお前は。あとライネさんマジ癒し系。
「あのー、僕にもお願いできますか」
レンガを袋に詰めるだけで息切れしているマディに、先ほどと同程度の強化をかける。
その結果、袋に四分の一くらい詰められたようだ。
全員そのまま作業場へと向かう。
さて、今度は俺だな。
「ユキ様、自己強化は行わないのですか?」
「これくらいなら多分大丈夫だろ」
そして袋一杯詰めたレンガを持ち上げる。まだ余裕があるな。
袋をもう一枚借りて、そちらにもレンガを詰める。
両肩に乗せる形で持ち上げ、バランスを取る。
少しふらつくが、問題ないな。
「……強化を行わずに、それを持ちますか?」
「いやだって俺、あの世界じゃ片手で両手剣ぶんぶん振り回してたんだぜ? 普通に切り返しもするし」
妄想の中の俺の剣技は国でも指折りのものだった。いや、技術はともかく特筆すべきはその膂力。細身でありながら常人には扱いきれないほどの大剣を軽々と振り回し、数多のモンスターをなぎ払ってきたのだ。防御面は回避頼りで、受けたら簡単に吹っ飛ばされる設定だけども。
「体の基礎性能があの世界のままなら、これくらいはいけるって」
違っていたらとんだお笑い草だったが、結果オーライ。
ただ、これだけ持っても、レンガの山はまだまだ多い。これを全て持っていくとなると、何往復必要になることやら。
もっと効率的に持ち運べないものか。
そう思いながら、俺ものんびりと作業場に向かう。
道中、ぎょっとした顔でこちらを見る通行人に軽く会釈を送りながら、ぎょっとした顔の一人マディを抜かす。
つか、体力ホントに無いのな。戦闘とか旅とか、普通に心配なんだが。
作業場に到着すると、既に三人が到着していた。
持って来たレンガを所定の場所に置き、また石切り場へと向かうようだ。
俺も現場監督の所へ報告に行く。
「戻ってきたか――って、凄い量だなお嬢ちゃん。さすが冒険者だ。うちの若いのにも見習って欲しいもんだ」
「それはさすがに酷かと。で、どこに運んだら良い?」
「ああ。向こうの建物に突っ込んどいてくれ」
簡単な屋根が作られた資材置き場があったので、そちらに持っていく。袋を解き、レンガを積み重ねていくと、どうやらマディが戻ってきたらしい。現場監督に怒鳴られている。やはり持ち運ぶ数が少なかったらしい。
比較対象に俺のことを言われている気がする。許せマディ。次はもっと強い強化かけるから。
その後、何度か石切り場と作業場を往復した辺りで、ミリアが切れた。
「どうしてこんな地味な作業をいつまでも続けなきゃならないのよ!」
仕事だからだろ。文句言わずにやれよ。冒険者だろ。冒険者の仕事にレンガ運びがあるなんて、俺も今日初めて知ったけど。
ムキーと暴れているミリアをライネさんとカルロスが宥めている。マディは倒れている。
だが、俺自身もさすがに飽きてきた。既に太陽は直上にあり、照りつける日差しも強くなってきている。
休憩時間はまだ先で、それまでにもう二往復はありそうだ。大勢の冒険者が運び出してはいるが、レンガの山はまだ四分の三ほど残っている。
もともと今日一日で運び終えることは想定されてないようだが、だからといって手を抜いて良いわけがない。
効率の良い運搬方法を考える。
「要するにあれだ。一回に持ち運べる量が少なすぎるのがいけないんだよな」
大量の荷物を運びたいのに人手は有限。一回に持ち運べる量も有限。
自分に肉体強化をかけたところで、袋の大きさを考えると、バランス的に結局のところそれほど多くは運べない。精々四つが限度で、倍のペースでしか運べない。
となると、一度に運べる数を増やす方法が必要になる。
「何よ。私達にアンタみたいに運べって言うの?」
「ユキが凄いのは分かったけども、さすがに俺達にあの運び方はできないぞ?」
「もう少し位なら、私もできるでしょうけど……」
いくら何でもそこまで求めてはいない。少しずつ強化の度合いを増していったが、身体に後遺症が出ない強化では、こいつらが運べる量は全員合わせて俺と同じくらい。
物理的に考えて、現状ではこれ以上のペースアップは難しい。
つまり現状を打破するには、袋の大きさを広げればいいのだ。
だが次に立ちはだかる問題は、袋はこの大きさが既に最大であるということ。
どこかに収容できるスペースさえあれば、いくらでも運べそうなものを。
と、ここで思いつく。
「無ければ、作ればいいんだよ」
「は?」
不思議そうな顔をしている三人は放っておく。
麻袋を持ってイメージを紡ぐ。それは巨大な異次元空間。
手を突っ込めばそこにあるものを取り出せる、そんな便利で、何でも叶えてくれそうな不思議なポケット。
「……さすがに、そっくりそのまま作るのは無理だな」
麻袋をポケットに見立ててみたものの、物体そのものを変化させることはできないようだ。
となれば別のものを使うしかない。
そうなると使えるものはやはり。
もう一度イメージを紡ぐ。これは穴だ。
何であろうと、いくらでも入る穴だ。穴だから当然底はある。底を押し上げてやれば中身が出てくる。これは、そういう穴になる。
「……実験してみるか」
手近な石を拾い、俺自身の影に向かってぽとりと落とす。
石は地面に当たり留まるはずが、影に向かって落ち続ける。
完全に見えなくなったところで、穴の底を押し上げる。
今しがた消えた石が、せり上がるように顔を出す。
よし、成功だ。
「問題は、重量がどうなってくるか、だが。まぁやってみないことには始まらないか」
俺はレンガの山へ近づいていき、自身の影に向かって下ろしていく。
レンガは瞬く間に影へ吸い込まれていき、その姿を消していく。
一袋分を入れたところで、一度取り出してみる。
足元の影からレンガが積み上げられた状態でせり出してくる。
何の問題も無いようだ。
そのまま先ほどの限界であった二袋分を入れていく。どうやら重さは感じないようだ。
こちらを見て呆然としている三人に声をかける。
「おーい。レンガを下ろすの手伝ってくれよ」
二人よりも先に、我を取り戻したライネさんがレンガ下ろしを手伝ってくれた。
マディはまだ突っ伏している。こいつ本当に冒険者やっていけんのかよ。




