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服屋。
俺自身はアパレル業界の量販店だったり某ファッションセンターだったりでしか買ったことがない。無難な服を適当に見繕って買う。試着も無しだ。着たいデザインを直感で買う。ジーンズは裾上げしてもらわないといけない場合があるので、その辺は仕方ないが。
要するに、店員と話すの嫌なんだよ。この服がオススメです、とか聞きたくないんだよ。いいよなイケメンは何を着ても似合うから。雰囲気イケメンにすらなれなかったもん、俺。
店員にしたってこっちを遠巻きに眺めている。俺としてはありがたい。
とは言ったものの、この世界でのファッションはよく分からないので、いつもの感覚で無難な服を選ぶと、奇抜な格好と思われるかもしれない。女物とか分からんし、男物を買うにしてもサイズがどうなるか知らんし。
まぁ地球のガチ中世ほどアレな感じのデザインではないというか、むしろ現代日本で見られるようなデザインもあるようだ。ファンタジー的なミニスカートのローブとかも煌びやかに飾っているが。俺の趣味で選ぶのも有りだとは思うが、恐らくティトが色々と煩くなる。
となると取る手段は一つ。
「ティト、良い感じの服とか下着とか見繕ってくれないか」
「よろしいのですか!?」
何か食い気味に反応した。
目が爛々と輝いている。何だこれ。
「あ、ああ。俺じゃ服とか下着とかよく分からんし。お前のセンスで頼むよ」
「任されました。任されましたよユキ様」
あ。何か地雷原に突入したっぽい。
嬉々として服売り場に突撃するティトを目で追い、ぽつんと入り口に取り残される。
仕方無しに周りを見渡す。
どうやら試着室は存在しないようだ。質が良いとはいえないが、簡単な鏡もあるので、皆その前で服を体に当てている。
店の奥の方で店員が巻尺で客の採寸をしている。カウンター奥には生地による値段なども書いてあるので、物によっては選ぶこともできるのだろう。となると、購入から仕上がりまで時間がかかる可能性もあるのか。暫くは洗濯中の全裸ローブがほぼ確定したな。
客は大体が男女一組で来ており、中睦まじい様子で互いに服を選びあっている。リア充爆ぜろ。
その女の方が選んでいる服が流行なのだろうか。
色合いは淡く、露出は控えめ。パフスリーブとでも言うのか、肩の辺りが膨らんだ八分丈のブラウスを体の前に当てている。
かと思いきや、今度はヴィヴィッドのネックブラウスを持っていた。
……色、流行には関係ないのか。赤系なのかもしれないけど。
重ね着としてなのか、チェック柄の薄いストールをキープしている辺り、むしろそっちがメインなのかもしれない。
ただ一つだけ分かることがある。
膝上までのブーツかソックスを履いている人が半数近いから、絶対領域は確実に流行している。
おいおいそれでいいのか異世界。目の保養になるけど。
そして失念していた。俺も今は女だったということを。
「こちらをお試しください」
いつの間にか戻ってきていたティトに差し出された服が、明らかに絶対領域を作る服だった。
流行だもんね。仕方ないね。却下したいけどティトに任せるって言っちゃったもんね。
ド畜生。
引きつった笑顔で受け取り、鏡の前に行く。
そういえば、と。
俺はまだ自分自身の姿をしっかりと確認できていなかった。
服のデザインは思考から放り投げ、まずは自分の容姿をじっくりと眺めることにする。
そして、思わずため息が出た。
美少女がそこにいた。
肌は血すら流れていないかというほど白く、しかし決して病的なものを感じさせない。ふっくらとした唇が健康的な色気を出しているからだろう。少しだけ外に跳ねた薄青い髪は驚くほどきめ細かく、受け止めた光を柔らかく反射する。黄金色の若干の吊り目が僅かに残る幼さを相殺し、見るものに凛とした印象を植え付ける。
そんな美少女が、鏡の前で、黒いフリルブラウスとフリルスカート付きショートパンツを押し当てている。
ああ、多分これ何着ても似合うわ。美人って得だね。
あ、でも待てよ。こんだけ美人なら絶対こう、ナンパ系のトラブルに巻き込まれるような気がする。今は気にしても仕方ないか。
「ユキ様、お似合いですよ」
ティトがうっとりとした仕草で俺の後ろに来る。
うん、俺もそう思う。グッジョブティト。
その後も幾つかのデザインを見たが、どれもこれも似合っていた。予算の都合上、着替え分くらいしか買えなさそうだが、街でしか着ることはなさそうなので丁度良い。結局もう一着は、マリンブルーのチュニックワンピースになった。
次に下着。これもティトに任せた……ら、紐でサイド部分を調整するものを持ってきやがった。どうやらゴムは一般に普及しているものではないらしく、サイズを調整できるものがこれかカボチャパンツしかないそうで。そしてカボチャは俺が穿いちゃダメだそうで。尊厳的な物が破砕された気がする。
あとは靴下を数点。今は裸足のうえに靴を履いているが、やはり落ち着かない。サンダルとかなら裸足でも良かったんだが、靴を履くとなると靴下は欲しい。適当に淡い色合いのものを買っていく。
店員の下へ行き、購入を告げる。素材は店員に任せてサイズも測ってもらう。ほんの数分で採寸は終了した。店員のテンションが妙に高かったが、ある意味仕方ない。俺だって、こんな美人にお近づきになれたらちょっと嬉しいもん。今現在、これ以上ないほど近づいているわけだが。
ついでと言っては何だが、コートも買っておくことにする。絶対領域を隠さない、太ももまでの黒色のダブルブレストコートだ。
それの購入も告げると、サービスでサイハイソックスも付けてくれた。やはり絶対領域が流行しているらしい。異世界パねぇ。
詰めの仕上がりは夕方だそうで、値段は合わせて全部で銀貨一枚。お買い得かどうかは分からないが、素直に支払う。着飾る女子の気持ちが少し分かった。分かってしまった。何かが粉砕された気がする。
次は靴屋だ。冒険用の丈夫な靴と、さっきの服に合わせるブーツ。これら二種を買わなければならない。今履いているレザーシューズでも良かったのだが、どうやら靴底が弱いようで、歩き続けると足の裏が痛くなってきた。森の中を歩いているときにはそこまで気にならなかったというのに。
服屋の数軒隣にある靴屋。店内に入ると、おっさんの店で先ほど談笑していた職人が難しい顔で座っていた。
「いらっしゃ―――うおぉ!?」
「な、何さ」
俺の入店に気付き顔を上げた職人が、随分と驚いていた。何事だ。
「い、いや。何でもない。何か入用か?」
「ああ。必須は冒険用の靴と、あとは普段履きのを適当に。飾ってるのを見せてもらっていいか?」
「す、好きにしな」
何故どもっているのか。
まあ気にしても仕方ない。ティトと共にざっと店内を見て回る。
服に合わせるブーツは比較的簡単に決まったが、冒険用となるとさすがに見つからない。なかなか良いのもあったのだが、爪先に板金加工をして欲しい。ただの靴屋には難しい注文だろうか。よく考えたら、冒険用なんだから普通は防具屋の管轄になる気がしてきた。
「ぬう。ちょっと良いか?」
「お、おう!?」
「この靴なんだけど、爪先に金属で補強を入れて欲しいんだが、そういうのってありか?」
「む。注文か。いいぞ、やってやる。……そっちに持ってる靴はなんだ」
「こっちは普段履こうかと」
「ならまずはそっちからだな。靴を脱いで足を出せ。採寸する」
「ん、オッケー」
職人の前にある椅子に座り、足を出す。
怪我一つ無い、細く白い足が顕わになる。俺も職人も生唾を飲み込む。これは反則だろう。男なら誰だって反応するぞこんなの。
だがそこは職人魂。慣れた手つきでテキパキと作業し、あっさりと型を取ったようだ。
「明日の夕方には仕上げておく。この型で、補強を入れる靴も作っておく」
「ああ、ありがとう」
礼を言ったら面食らった表情をされた。あれか、客だから礼を言うのはおかしいのか?
まあ、これも気にしても仕方ないことだ。
ここでの代金は小銀貨一枚とのこと。やはり職人手製とかオーダーメイド品はそこそこ良い値段がするようだ。現実でも、靴は良い物は本気で高いもんな。
残りの資金は銀貨四枚。いくらか残すにしても、武器防具を揃えるのは難しいかもしれない。最悪の場合、武器無しの魔法だけでやっていくか。それでも十分対処できそうな予感はするけども。
靴屋を出て、商業区の中心に行く。噴水を囲むように作られた中央広場には数多くの冒険者が集まっていた。どうやら冒険帰りで素材を売却しているらしい。硬貨の入った革袋を手に、思い思いの使い道を述べているようだ。新しい剣を買おうとか、薬の補充をしなきゃいけないとか、たまには豪勢な食事をしたいとか。数人のグループで話し合っていることから、彼らはそれぞれパーティを組んでいるのだろう。俺もそのうち組むのだろうか。チラとティトを見ると、こちらを見上げてにこりと微笑む。うん、当分はティトだけでいいや。
そんな冒険者達の横を通り、まずは防具屋に入る。
纏わりつくような熱気と金属と革の臭いが充満している。
一瞬この臭いに体が硬直したが、即座にそんなものかと納得して奥へと進む。
ここの店員は恰幅の良い中年女性だった。
「あいよ、いらっしゃい。何か買うのかい?」
ここに来るまでに、何を買うかは決めてある。
「防水処理を施したレザーコートと、ライトブレストメイルを」
「ん? アンタ、軽戦士なのかい?」
「いや、ソロの呪い士だよ」
ティトと話し合った結果の装備だ。対外的には呪い士と称することになるので、あまり重装備はできない。かといって、基本的には一人で行動するため、防御をおろそかには出来ない。その結果、受け流しを重視した軽戦士用の装備と、急所を保護する装備を重ね着することにしたのだ。別に誰に咎められるわけでもなし。
「魔術師ならともかく、一人で呪い士って……悪いことは言わないから、誰か仲間を見つけなよ」
呪い士が一人で何が悪い。と思っていたらティトペディアが伝えてきた。
「呪いは補助を行う術のことですから。肉体強化もできますが、術士の身体能力よりも戦士の身体能力の方が高くなるのは自明ですし、直接的な攻撃手段が少ない術でもありますので」
ならばなぜ呪い士にさせた!? 一人でいてもおかしくない職業じゃないのかよ!?
「呪い士には変わり者が多く、何かあったとしても『ああ、呪い士だもの』で押し通せることが多いのです」
「何それ怖い」
ともあれ、望みどおりの装備を購入し店を出る。金額は銀貨二枚。たった二つでこの価格ということに少々面食らったが、確かに一般人が買うわけもなし、大量生産もできない職人のオーダーメイド品ということになるならば、単価が高くなるのは仕方あるまい。冒険者という特殊職の宿命と割り切ることにする。
なお、この装備もサイズ調整が必要だとかで、仕上がりが明日の夕方になるそうだ。
ちなみに胸鎧はサイズ調整がいらなかった。ベルトの位置だけ変えておくとのこと。明らかに男性用の胸鎧だったんだけどな。何だろうなこの気持ち。




