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 地下室。

 荒い息を吐きながら、一歩一歩、フィル達の待つそこへと急ぐ。

 思ったよりもダメージが大きいな。やはり魅了の術式による脳への負担は只事ではないということか。


「いや、どう考えてもこっちだよな」


 見ないようにしていたが、壁を支える俺の右腕は酷く焼け爛れていた。

 魔獣を掴んだときの肉の焼ける音。あれは、俺自身が焼ける音に相違ない。

 魔獣に肉なんて無いのだから、あの場で焼けるのは俺か死体か、だ。

 炭化まではしていないが、それでも相当辛い。

 服もボロボロになっちまったし、これはまたティトにどやされる。

 というか、回復魔法が使えないという現状は、どうにもこうにも辛すぎやしないだろうか。

 妄想次第で何でもありなんだから、死者蘇生とまでは言わずとも、完全回復な魔法くらい使えてもいいだろうに。

 条件は何だ。人体構造の把握か? 医学専攻ならともかく、俺の知識は高校生物で止まってんだぞ。

 カツン、カツン、と石造りの通路に足音が響く。


「くっそ、響く音で痛ぇ……」


 これは中々に重傷ではないのか。

 少しでも早く彼女等の下に行きたいが、流石に今の状況はまずい。俺の心が折れる。

 何か良い物はないかと影を漁る。

 そういや薬があったな。ライフポーションだのヒールポーションだの。

 二、三取り出したそれを、乱暴に腕に振り掛ける。ローション状の方は左手で掬って、右腕に擦り込む。


「う、っぐ……!」


 物凄くピリピリする。というかビリビリする。

 だが、ほんの僅かではあるが、マシにはなった。少なくとも歩く振動で痛むなんてことがなくなった。

 ふぅ、と息を吐き、歩を再開する。

 壊れた魔法陣の間を通り過ぎ、細長い通路をさらに行く。

 だが。

 急いだところで何になる?

 そんな焦燥感が胸を支配する。

 俺に回復魔法は使えない。肉体を癒す術なんてない。

 精神を癒すなど、以ての外だ。

 ならば。

 俺はエウリアをどうしたい?

 後始末といって、彼女をどうするつもりだ?

 分からない。答えなんて出ない。

 だからといって、手を拱いているわけにもいくまい。

 今、フィルを支えてやれる人間がどれほど居るというのだ。

 何ができるわけでもないだろうが、傍にいてやることだけならしてやれる。

 その程度しかできないからこそ、それくらいはやってやるさ。

 大きく息を吸って、もう一度歩みだす。

 痛みは無視しろ。俺の傷は一時的なものだ。いずれ治る。

 自分に言い聞かせ、止まりそうになる足を無理矢理動かす。

 気を抜けば、座り込んでそのまま動けなくなりそうな予感がするから。

 さして長くない通路だ。すぐ先を曲がれば目的地だ。


「……?」


 先ほどは、扉の外からもエウリアの声が響いてきた気がするが、扉が破砕されている現状で、何も聞こえてこない。

 何かあったのか?

 痛む体をおして、先を急ぐ。

 砕けた扉はそのまま。何かあった様子はない。

 転げ込むように中に入る。


「っ、ユキ様!?」

「お師匠、様?」


 ティトとフィルが、エウリアに寄り添っている。

 まさか、手遅れ?


「おい、エウリアは?」

「そんなことよりも、そのお姿は!」

「俺はどうでもいい、エウリアはどうした」


 こちらに飛んでくるティトを遮り、エウリアの様子を見に這い寄る。

 呼吸はしているようだ。

 これは、寝ている、のか?


「今は眠ってもらっています。あまりに痛々しく……」

「そう、か」


 それならいい。規則正しい寝息は、先ほどまでの狂態を全く感じさせない。

 目覚めれば、きっとまだ心は壊れているのだろうけれど。


「それよりも、その火傷は……いえ、首魁はどうされましたか?」

「死んだ。ハーケンとかいう冒険者がやった」


 ティトはそれ以上、何も言わなかった。

 ある意味、その沈黙は助かる。


「フィルさん、ユキ様の治癒を」

「は、い」


 フィルが俺の腕を取り、何やら詠唱を始める。

 聞きなれない言葉だ。意思疎通の呪いでも通訳できないとは。

 暫くすると、フィルの手が淡く輝き始める。

 ほう、治癒の呪いってこういう形で発現するのか。

 その手で俺の腕を撫でると、むず痒い感覚と共に、火傷痕が綺麗に治っていく。

 痛みも引き、完治したように思える。

 凄いな、これ。


「サンキュー、フィル。すっかり治ったみたいだ」


 ぽん、とフィルの頭を撫でる。

 少しの間撫でられるままだったフィルだが、おずおずと俺の手を握る。


「どうした?」

「お師匠、様。お姉ちゃん、助けられ、ますか?」

「っ」


 言葉に詰まる。

 先ほどからずっと考えていたこと。そして恐れていたこと。

 俺は、回復魔法が使えない。

 肉体の治癒も、精神の治癒も、できない。

 原理を理解していないから。

 効力を発揮しない。


「できません、か?」


 フィルが目が潤む。


「それ、は」


 やってみないと分からない。

 だけど、失敗したらどうする?

 肉体の治癒ですら、身体構造を把握していなければ、碌な結果にならないはずだ。

 ならば心はどうなる?

 無理矢理治療することは、恐らく可能だと思う。

 だけどそれは俺が想像する範疇での治癒であり、決して元通りになるわけではない。

 下手をすると、俺の想定通りにしか反応を返さない「ヒトガタをした何か」が出来上がるだけじゃないのか。

 そんなものを助けたとは、口が裂けても言えない。

 俺には、そんな力は無い。

 だから、仕方ない、んだ。


「……俺には」


 仕方ない、だと?


「……っ」


 目の前で泣いている女の子を見て。

 力がないから諦めろ、だって?


「う……うっ……」

「ユキ様……仕方ありません。心の治癒は人間業ではありません。肉体を癒しても、心に負った傷は時間を掛けて修復するしかないのです。それが、自然の摂理ですから」


 自然の摂理だ?

 それがどうした。

 俺の魔法を、もう一度考えてみろ。

 自然現象に干渉する魔術。肉体と精神に干渉する呪い。

 もっとおぞましい別の何か、魔法。

 呪いで作った魔道具(赤心の首飾り)が原因なんだろ?

 だったら、魔法でどうにかできねぇ謂れは無いはずだ。

 そもそもだ。

 泣いてる女の子を目の前に。

 治せない、だなんて。


「んなこと、言っちゃいけねぇだろ、男の子ならよ……!」

「え?」

「ユキ様、何を……?」


 考えろ。

 エウリアを治す方法を考えろ。

 原理なんぞ知ったことか。効果が弱くなる? 発揮しない? だったらもっと凄ぇ効果をイメージすりゃ良いだけだろうが。

 魔法なんだ。何よりもおぞましい別の何かなんだ。

 俺のイメージ次第で、あらゆることが可能になるんだ。

 あの呪い士の女を助けた薬の件を考えてみろ。薬効強化だ? どんな原理を理解してりゃ、そういうことが可能になるっていうんだ。

 原理なんざいらねぇ。んなもんはただのイメージの補強に過ぎない。

 求める効果を想像しろ。

 新たな魔法を創造しろ。

 俺なら、それが出来るはずだ。

 エウリアの顔を覗き込む。


「ちょっとばかし不思議に思ってた。どうして鑑定で見える情報がばらばらなんだろうって」


 名前と性能だけが分かるもの。

 名前と来歴が分かるもの。

 知りたい情報は見えないのに、知りたくもない情報ばかり見える、使い勝手の悪い魔法。

 そう。

 「使い勝手の悪い鑑定」

 そんな名前じゃ、性能が悪いのも当然だ。

 人の手を渡り、歴史を持った品物にならば、来歴が表示される。

 生命体なら、どうなる?

 そいつが生きてきた歴史そのものが来歴のはずだ。

 エウリアの過去を。人生を。その全てを。見通してやる。


「いけません、ユキ様! 人の身でそのようなことをすれば!」

「うるっせぇよ! 仕方ない、なんて言葉で片付けて堪るか! 魔法だろ!? 自然の摂理なんぞ捻じ曲げてなんぼだろうが! 見せろよ、『鑑定』!」


 瞬間、膨大な情報が脳に飛び込んでくる。

 急激な頭痛。

 パン、と何かが鳴った様な気がする。

 たらりと、顔中から生暖かいものが流れ出る。


「あ、血……」

「おやめ下さいユキ様! 人の身で他人の半生を知ろうなどと、脳が壊れてしまいます!」


 だから何だ。

 それがどうした。

 膨大な情報と言ったところで、こんなんじゃ足りない。

 もっと深く。

 もっと奥へ。


「いけません! そのようなことをされては、また――!」


 また? 何だ、倒れるってか。知ったことか。

 俺は俺のやりたいようにするだけだ。

 エウリアを助けるために。

 彼女の根源を。

 生誕から。

 現在まで。

 全てを。

 見尽くす。

 そのためには。

 この鑑定に名をつける。

 目の前のモノの、来歴を見通す。

 そう。

 この魔法の名は!


「『来歴看破』!」


 そして。

 目の前から、風景が消えた。

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