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66

 戻ってきた地下室。

 異変は、瞬時に理解した。


「おいおい。誰も居ないって、どういうこった」


 倒れているはずの森人や使用人達が、誰一人居なかったのだ。

 魔法陣は俺が壊したまま。

 こういう場合は、落ち着いて、冷静に行動しろ。

 まずはレーダーで反応を窺え。

 すると、周囲に多数の反応が浮かび上がる。

 そう。丁度、ここで倒れていた人数程度。

 まさかとは思いながら、殺意感知も起動。

 光点が、軒並み紫色に変化した。


「……なるほど、えげつねぇ」


 恐らくは。

 彼らは、ずっとこの地下で魔力を吸われていたわけではなかったのだ。

 日々の業務に支障を来たさない程度の時間。

 地下室へ行って、魔力を放散させ、そしてまた平常業務に戻る。

 指定する行動は単純だ。定刻になれば地下室へ行き、一定時間が過ぎれば仕事に戻る。

 魔法陣の効果が一定周期で起動と停止を繰り返してたってのも、そのためだろう。

 魔素溜まりが発生するまでにどれほどの時間がかかるのかは分からない。

 森人達の分でいくらか加速はしただろうが、きっと森人達を攫う前も、使用人たちで延々と実験を行っていたのだろう。

 だがその実験が外部に漏れなかったのは何故か。異変があれば、流石に調査の手も入るだろう。ある程度は貴族の邸宅内の事情ということで揉み消せたとしても、限度はあろう。

 要するに。


「バレなきゃ何してもオッケー、ってことだろ」


 そしてその目論見は、今のところ成功している、と。

 気分の悪くなりそうな思考を打ち切り、地上階へ戻る。

 足音を極力立てないよう、慎重に螺旋階段を登っていく。

 いくら光学迷彩を使っていたとしても、音で気付かれる可能性は十分にある。匂いで気付かれたくらいだし、耳の良い獣人種が居れば察知されても不思議ではない。

 その場合、足音を立てないように努力したところで徒労に終わる可能性の方が高いわけだが。

 そう考えると光学迷彩の優位性が物凄く低いように思える。言っても今は仕方ないけども。


「ん?」


 階段を登りきろうとしたところで、何やらホールが騒がしいことに気付く。

 怒鳴っている声が一つと、あとはどよめき、か?

 扉に身を隠し、外の様子を窺う。

 レーダーと殺意感知の反応的には外の兵士達がやってきた、というところだろうか。

 となれば当然……。


「ああ? おい、扉の後ろの小娘!」


 ですよね。居ますよねあの獣人。

 しらばっくれても無駄だろう。いつでも攻撃できる態勢は整えながら、のっそりと出て行く。


「おい。ここの使用人達はどういうことだ! 何か知ってるのか!?」

「いきなり何だよ。俺だって知らねぇよ」


 顔を出した瞬間にこれだ。相手の事情も分からない。

 ただ、目の前のこいつから、敵意は感じられない。殺意感知ではビンビンに赤黒点滅だけど。

 後ろに居る兵士達も、何やら戸惑っている様子。


「テメエの匂いを追ってきたら、この屋敷にぶち当たったんだよ。呼んでも誰も出てこねえから踏み込んだんだ」

「それ犯罪じゃね?」


 貴族の屋敷だぞ。勝手に入るとかやばくね。俺が言えたことじゃないけど。

 こいつの上司とかに迷惑がかかるとか無いのだろうか。俺が言えたことじゃないけど。訴えられたらごめん親父さん。


「俺だって自分の行動が無作法だってのは理解している。本来なら、テメエを捕まえるためだとは言っても門前払いだってことも分かってる」


 そこで大きく溜息を一つ。


「だってのに、何だここの使用人共は。こうやって武装した兵が入っても、誰何の声一つ上げやしない。死んだ目で黙々と作業してやがる」


 言われて気付く。

 確かに、遠目に見れば使用人が何事かの作業をしている。

 邸内に武装した人間が入り込んでいるというのに、だ。

 俺という侵入者の対応に追われている、というのなら話は変わってくるだろうが、そういう様子もない。

 違和感を覚えるには、十分すぎる。


「それにだ。テメエを追い回した兵士の半数は、ここに来るまでにどこかに行っちまった。別の場所を探す、とかじゃねえ。本当に、ふらっとどこかに行っちまったんだ」

「ああ、多分それは洗脳されてた奴だろうな」


 目の前の兵士達の中で、殺意感知で紫色の反応が出ている奴は居ない。きっと与えられた指令が終わったから、平常業務に戻ったんだろう。

 俺の言葉に、しかし目の前の獣人は激しく反応する。


「洗脳? おい小娘。どういうことか詳しく説明しろ」

「誰が小娘だ。俺には藤堂雪っつー立派な名前があるんだよ」

「そうかよ小娘。洗脳について詳しく言えっての」


 あ、こいつも駄目なパターンだ。人の話を聞かない人だわ。

 面倒くせぇ。相手をする気にもなれない。

 これ見よがしに舌打ちをし、眉間に皺を寄せて睨みつける。


「話す気はない、ってか」

「ああ。俺としてはさっさと黒幕をぶっ潰したいんでな」


 使用人が無反応だというのなら丁度良い。好き勝手に邸内を探索しても咎められることはないわけだから。

 マイレがやってくる時間まで、まだ多少の間はあろう。

 であれば、先に貴族を押さえるのも手だ。


「まあ待てよ。その様子じゃ、ここの関係者が黒幕なんだろう? 俺の仕事としても、洗脳って奴には興味があってな」

「好奇心は猫を殺すぜ?」

「俺は狼だ」


 真剣な顔での返答に、つい笑ってしまう。


「悪い、ついな。……俺もまだ調査中なんだ。ここの貴族が真っ黒かどうかは分からん」

「なるほどな。だが、ここの奴等の様子を見るに、当主に確かめる必要があるな」


 え、確かめるとか、そういう権限持ってるのか? 一兵士なのに。

 きっと顔に出ていたのだろう。

 獣人が口を歪めて笑う。


「んなもん、後でどうにでもなる。うちの上司は寛容なお方なんでな」

「お、おう」


 何も言えねぇ。まぁ俺が気にすることじゃないけども。


「お前らは戻って報告しとけ。ここの当主、セイネル・ツー・トライヤベルクを調査するってな」


 後ろの兵士達に命令する獣人。なるほど、何かの部隊長とか、そういう位なのだろう。ついてくる兵士が多いわけだ。部下だものな。

 だが、その部下達は頑として譲らない。


「何を仰います隊長。そもそも報告はレッゲル様が行っておられます」

「あいつは重傷だからだろ。追撃できる体じゃねえんだから当たり前だ」

「我々は万全であり意気軒昂。帰る理由がありません」

「現時点での情報を持ち帰るのも重要だ。分かりやがれ」

「では一名を帰還させます。まだ若い奴です」


 どうあってもついて行きたい部下と、帰らせたい上司。何だか良い人間関係が構築されているようで。

 こんな問答に付き合ってやる必要はない。

 そっちで勝手にやってくれ。


「おい小娘。どこに行くんだ」

「お前らの漫才に付き合ってる時間は無いんだ。そこでまごついてんなら、俺は勝手にやらせてもらう。黒幕を潰すのは俺だ」

「チッ……こんな状況で単独行動なんぞしてみろ。みすみす罠にかかりにいくようなもんじゃねえか。しゃあねえお前ら、一人帰して、後はついてこい」

「はっ!」


 何だ何だ。一体どういうことだ。何でついてくるんだ面倒くせぇ。


「勘違いすんじゃねえぞ。テメエみてえなガキを見捨てるような真似はできねえだけだ」

「はん、面倒見の良いことで」

「抜かせガキが」

「……だから、俺の名前は藤堂雪だっての」

「そうかい。俺はガロンゾだ」


 名乗りあうと、獣人ガロンゾはホールの階段を上っていく。随分自信ありげだ。


「当主がどこに居るのか知ってんのか?」

「知らん。大体上だろ」


 憶測だった。

 呆れて物も言えない。

 現代ならば暗殺を防ぐためとか、色々な理由で高いところの方が安全とかあるかもしれないけどさ。

 いやでも偉い人間は高いところにいるイメージはあるからなぁ。

 そこはどこの世界でも同じなのだろうか。

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