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結論から言おう。
俺の目論見、大破。
おっさんの店に行くと、昼休憩に来ていたらしい何人かの職人が騒いでいた。
首無しの大猪が森にいたと。
昨日の夜、森で別件の依頼をこなしていた冒険者が発見し、そのまま解体してしまったそうな。
だいぶ腐食というか還元というかが進んでいたので、大した量ではなかったらしいが。
「むぅ、臨時収入になったかもしれんのにな」
「仕方ありません、持ち帰る手段がなかったのですから」
「そうだな。今度からは大きい袋でも持ち歩くことにしようか」
一つ教訓を得て、カウンターの奥にいるおっさんに話しかける。
「おっさん、何か昼飯作ってくれないか。おっさんのオススメで」
「おいおい昼に飯を食うなんざ、嬢ちゃんどこの貴族様だ?」
「え。あ、そうなの?」
「こちらを見ないでください。『そう』の中身は何ですか。予想はつきますけども」
さすがティト。
そうか、この世界は一日二食なのか。
「まあいい。賄いみたいなもんになるが、軽く作ってやるよ」
「お、むしろそういうの食いたい」
居酒屋でバイトしてたから、そういう料理は大好きだ。
厨房に向かうおっさんの背中を見送りながら、職人達の方に向かう。
聞きたいことができた。
「すまない、ちょっと良いか?」
「お?」
いきなり話しかけた俺に、軽い驚きと好奇心と、後は何だろう、ちょっと良く分からないものに溢れた視線が刺さる。
「昨日の嬢ちゃんか。オレらに何のようだ?」
昨日もいたのかこいつら。
「大したことじゃないんだが、魔獣の素材からはどんなものが作れるんだ?」
ティトに聞いても良かったんだが、こういうのはやはり職人に聞くほうが確かだろう。
ティトが拗ねてるような気がするが気にしない。
そもそも魔素の塊とか言われても、それが何に使われるのかを知らないしな。
「んなもん、色々だよ。武器にもなるし防具にもなるし装飾品にも使えるぜ」
「魔素の塊なのにか?」
「塊だからこそ使えるんじゃねえか。固まってねえ魔素なんざ、魔術師か呪い士しか使えねえよ」
「へぇ。じゃあ噂の大猪みたいなのからは何が作れる?」
「もう大分と融けてたからなぁ。あれじゃあちっとした補強くらいにしか使えねえ。ま、鉄よりはよっぽど良い補強になるけどよ。もしばっちり残ってたんなら、牙は短剣に加工できるし、毛皮部分はマントに使えるな。鎧の内側に貼り付けてもいい。中身の部分は魔術師なんかが触媒として使うそうだし、俺らだって燃料に使える。大体そんなもんだよ」
「ふぅん、そういうものなんだな。ありがとよ」
礼を言って立ち去る。職人達は不思議そうな顔をしていたが、また何かの談笑に興じているようだ。
魔素の塊は何にでも使えるらしい。便利な素材だな。まぁ時間経過で劣化するそうだが。
この劣化というのが気になったからティトに聞く。
急に生き生きとしだす。またどこかからメガネ取り出してるし。
「魔素は大気中に存在するもので、固体化することは滅多にありません。時折魔力結晶といって、魔素が凝縮したものが産出されることもあります。ですがこれはレアケースであり、狙って手に入れられるものではありません。仮に入手できれば破格の値がつくでしょう。利用手段は魔術師や呪い士であれば自分の魔力の底上げに使えますし、装飾品として使えば魔力に対する高い抵抗力を得ることも出来るでしょうし、武器や防具に組み込めば何らかの特殊効果が発生します」
一息に捲くし立てられた。この後も飯が到着するまで随分と語られたが、劣化の話は最後のほうだった。
「そのような魔素の塊ですが、魔獣の場合は結晶とは違った不安定な集まりとなります。よって魔獣の死骸の場合は固定加工をしない限り空気中に魔素が散っていってしまいます。このことを一般的に『融ける』と表現します。融けてしまった場合は魔素の量が著しく減少しますので、もはや加工しても結晶ほどの効果は得られません」
うん、説明ありがとう。これからは説明モードのお前をティトペディアって呼ばせてもらうよ。心の中で。
「融ける速度も大分速いみたいだな。倒したのが夕方より前だったのに、夜にはボロボロだったみたいだし」
「そのことなんですが―――」
「昼飯作ったぞ。冷めないうちに食っちまいな」
「お、サンキューおっさん」
ティトペディアの説明を打ち切り、飯を食う。ティトの分もあるようだ。
出てきたのは、一見するとハムエッグだ。皿に葉野菜の千切りと小さな赤い実も彩として添えられており、見た目にも華やかだ。バゲットの存在もありがたい。炭水化物は必要だよな。
いきなり黄身に手を出すのは愚行だ。これは後に取っておくに限る。
ナイフで肉を小さく切る。途端、皿に肉汁が溶け出していく。期待を込めて口に運ぶと、焼けた脂の風味が広がっていく。味付けは塩と胡椒くらいだろうが、その味だけで十二分に肉を生かしている。
肉そのものは硬いが噛み切れない硬さではなく、むしろしっかりとした歯応えは噛めば噛むほど肉汁の旨みを感じられる。
付け合せのサラダも秀逸だ。爽やかな味のドレッシングをかけられたそれは、くどくなった口の中を洗い流し、次の肉を求めさせる。
卵白と絡んだ肉も素晴らしい。卵白部分にはハーブがかけられていて、しつこくなりがちなハムエッグに香味が弾ける。
そこにバゲットだ。バターがなくともこれらの天然の油分がしみ込む。質は正直、日本でのパンの方が圧倒的に上だが、この肉に対する一品としては、最上と言っても過言ではない。おそらくおっさんが、このバゲットに合う味付けをしているのだろう。
そしてお待ちかねの卵黄部分。小細工抜きの半熟卵。ナイフで軽く突くととろりと溶け出す黄身が肉に絡んでいく。そして塩と胡椒、ハーブの攻勢で舌が麻痺しかけていたところに、心地よいまろやかさを持って迎えられる。
あっという間に平らげた。
ティトの方も、体格の問題からナイフとフォークの扱いに苦戦しているようだが、あらかた食べ終わっていた。おいおい、口の周りに色々付いてるぞ。
「ご馳走様」
おっさんに食事代を払い、しばしの食休み。
森へ行く用事が無くなったため、今日の予定はあとは買い物しかない。
自炊しようかとも思ったが、このおっさん以上の料理は作れそうにないし、ここでなら外食続きとなっても良い。
正直に言えば、寝床はあるけど、こっちに泊まりたい。
ティトに何を言われるか分からんから黙っておくけど。
何かしらの手段で、寝床の改装をしないとな。まとまった金が入ったら、そういうのも視野に入れておこうか。
結局、ティトが言いかけてた言葉の先は有耶無耶になった。あれー?




