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やることは単純だ。
殺意感知で周辺を探りながら、マイレについて聞き込みを行う。
恐らくは、そうするだけで手掛かりが飛び込んでくるだろう。
イリーヌさんからの手紙の情報も込みで、これからの方針を軽く打ち合わせする。
「……なるほど。あえて危険に身を晒すわけですね」
「そういうことだ。まぁ、相手の出方によっては、方針変更せざるを得ないが」
もしも洗脳集団に取り囲まれるような事態になれば、マイレについて情報を吐かせるも何もないからな。
だがそこまでの心配はしていない。
マイレが洗脳集団のトップとは思えないからな。そりゃあ何かしらの繋がりはあるだろうけど。
もしマイレがトップならば、キリカが洗脳されていなかった理由が説明しづらい。
キリカは裏切られ、利用されはしたが、壊されてはいなかった。
洗脳された奴等が集まっていた場所にいながら、キリカは正気だったわけだ。
自力で、あるいは自前の手駒で洗脳できるなら、キリカやエウリアを操れば良かった。
二人が接触してくれば俺たちの警戒度合いも下がる。そこを突けばあっさりと片が付いたはずだ。
そうしなかった段階で、奴に洗脳の手段はないと考えていいだろう。
「希望的観測だと思うか?」
「いえ。その希望は、正しく希望でしょう。待っている先が絶望など、士気の低下も甚だしいだけです」
「だよな」
気合は十分。
『山猫酒場』を出発し、商店街へと繰り出す。
「お師匠、様。どの店で聞き込みする、ですか?」
「どこでもいいだろ。手当たり次第聞けば良いさ」
マイレについて聞きまわるなら、店に出入りするのが確実だろう。
内容などどうでもいい。尾行がつけば、それが最上なのだから。
「わかり、ました」
「ああ、商人だけじゃなくて、出入りの客に聞いてみるのも良いかもしれないな」
むしろ店に入って、店主に別の商売人の話を聞くだけとか迷惑行為でしかない。
安いものでも買いつつ、世間話的に聞き込みをしなければ。
であれば、客からも情報は集めるべきだろう。紫の光点がついていない限り。
マイレの拠点がどこにあるか、つまりはあの二人がどこに向かったのか、俺は知らない。
出来ることならば、奴の拠点周辺で聞き込みを行うのが一番なのだろうけど、それができないんだから仕方ない。手当たり次第、聞いていけば、そのうちヒットするだろう。
「まずは……この店かな」
であれば、工夫できることは限られてくる。聞き込みする店を同業にするとかな。
膨らんだ革袋がデザインされた看板の店。きっと道具屋だの雑貨屋だの、そういう類のものだろう。
まさか旅荷用の袋屋とは言うまい。
何にせよ、中を覗けば分かるだろう。
薄暗い店内に入る。
何だこの照明の貧弱さは。外の陽射しとの差が半端ないぞ。物を売る気があるのか、この店は。
「ふむ、雑貨屋ですか。まずは同業者にあたるわけですね」
その予定ではあったが、看板の意味がイマイチ分かっていないので偶然である。言わないけど。
「そういうことだ。ざっと店内を見てから、店主に話を聞くぞ」
フィルを連れ立って店内を巡る。
軽く見ていくが、やはり雑貨屋の枠を出ない。雑貨屋に雑貨以外が置いてあっても困るけれど。
値段と質に関してはノーコメントだ。鑑定さんですら「麻製の手拭。それ以上でも以下でもない」と見向きもしないレベル。産地とか生産者とかあるだろうに。何を基準に情報が追加されるのか全く分からない。
そして次に目に付くのが。
「……空いている棚、あります」
「だよな。隙間、目立つよな」
一応品揃えに穴は無いのだが、本来ならば商品で埋まっているであろう棚に、いくらかの空隙が目立つ。
商品ごとに仕切りのある箱なのに、一つのスペースに半分も埋まっていない状況だ。
まだ朝の時間帯なので、売れてしまったわけではないだろう。前日から補充をサボったわけでもないだろうし。
そこを基点に話を持っていってみるか。
暗い店内を奥に進むと、やる気のなさそうな瞳の店員が気だるげに突っ伏していた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「ん~……? どなたですかワン?」
胡桃色の髪を短く切り揃え、赤と黄色の幾何学模様のバンダナで纏めた少女が、よだれ跡を口元につけながら、眠そうな声で反応する。
多分、犬族の人だろう。語尾的に。細い目をこすりつつ、体の横からふさふさの尻尾をパタパタと振っている。
服、どういう構造になってるんだろう。こっちからじゃ上半身しか見えないしな。
「一応客だ。品揃えについて聞きたくて」
「お客さんですか!? しょ、少々お待ち下されワン!」
慌てて身だしなみを整える店員。もう遅い。情けない姿をばっちり見てしまっている。
「ご用向きは何でございましょう」
「取り繕う必要あるか?」
「仕事ですゆえ」
さいで。
気を取り直して、質問だ。
「随分と品が少ないようだけど、何かあったのか?」
「店長が仰るには、積荷が届かない、とのことです」
「積荷が?」
そういえばイリーヌさんの手紙にもあったな。出入りの荷が狙われている、とか。
「それじゃあ、雑貨屋なんて大損害じゃないのか? やってけるのかよ」
薄利多売の商売だ。売るものがなかったり、消えたりすれば死活問題だろう。
「荷が届かない限りはこちらからの支出はありませんし、在庫はまだ暫くは持つそうですので」
「そうなのか」
在庫分を販売しきるまでは収入はある、と。
思ったよりも被害を受けている商人は少ないのかもしれない。
この街限定ではあるだろうけど。むしろ積荷を送った商人が大損害かもしれない。荷は無くなるし、収入の当ても無くなるし。
「じゃあこの店はあんまり被害を受けてないってことだな」
「今のところは、ですけどわん」
「語尾」
「今のところは、ですけども」
言い直すんだ。というか語尾は意識して直せるんだ、この世界の獣系の人。
まぁそうか、ピートだって語尾は「ぴょん」とかじゃないもんな。あの声で語尾が「ぴょん」だったら笑うしかないけど。
「ところでお姉さん、何だか良い匂いがしませんかワン?」
「は? 別に何も……」
そもそも匂いがつくようなことはしていない。
汗をかくようなことはしたし、土埃が舞う中を歩いたりもしたが、良い匂いとなると見当がつかない。
この人が汗の臭いフェチとか、そういう特殊な趣味でもない限り。
「ユキ様。その方に、どんな匂いか聞いていただけますか?」
「お、おう? いいけど。なぁ、俺の匂いって、どういう感じなんだ?」
匂いが何か重要なのだろうか。
店員は尻尾をパタパタさせながら、指を頬にあてて考え込む。
「ん~……。どこかで嗅いだような記憶はあるんですが、色々と混じってますので分かりませんねえ。でも、埃の臭いに混じって、煙、でしょうか?」
「あー。まぁ土煙の中を通ってきたようなもんだしな」
果たしてそれが良い匂いになるのかどうかは不明だが。
こんな答えで良いのかどうか、ティトに目を向ける。
するとティトも口元に指をあてて考え込んでいる。
「ティト?」
小声で聞くが、反応は無い。
まぁ、これ以上ここに居ても情報は手に入らないだろう。
何も買わない冷やかし客のままでは外聞が悪いので、手近にあった白い手拭を掴んで購入する。鑑定さんで詳細説明の出ない普通の物だ。
いやまぁ、生産者のドラマとか見せられても困るから良いんだけど。
フィルの手を引いて店を出る。
ティトがブツブツと何かを呟いているので、路地に入って聞きだすことにする。
「おいティト。何か気になることでもあったのか?」
少々強めに聞くと、ティトは弾かれたように顔を上げた。
その顔は、やはり蒼白で。
「何か、思い当たったのか?」
「……はい。それも、酷く、最低な心当たりです」
「聞かせろ」
ティトがここまで言うのだから、相当なものだろう。
「匂い」という単語から、一体どのような情報に思い至ったのか。聞かせてもらうとしよう。
名無しの雑貨屋さん。名無しですが、再登場予定はありません。
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