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 一息に捲くし立てたティトの言葉に、唖然とする俺と親父さん。

 何もそこまで言わなくても。まだフィルは何も言ってないんだぜ?

 なんでわざわざ、()()()()になろうとするんだ。

 厳しいことを言う人も必要だろう。だけど、まだ十三歳の子供に対する言葉ではないだろう。

 いや、命の価値が軽い世界だと、そういう意識も必要なのかもしれないが。

 でもまぁ、ティトの言うことにも一理はある。

 フィルが足手まといだというのは事実だし、何の覚悟も無いまま着いて来ると言い出しても困る。

 フィルを冒険者として扱うといっても、やはり彼女は護衛対象である。俺が直接狙われたということは、俺の傍にいることだって危険だ。

 ならば守りやすい拠点に居てもらうほうが都合がいい。

 とは、思うのだが。

 唇を引き結び、涙を堪えている少女を見ているというのは、こんなにも居た堪れないものだったか。

 さすがにティトも追い討ちはかけていない。

 だって言いそうじゃない。「泣けば済むとでも思っているのですか」とか。

 言わなくて本当に良かった。

 でも沈黙が痛い。

 主に心に。

 誰も何も発言しない。

 涙を堪える吐息だけが、室内に響いている。


「……言葉はあれだが、妖精の言うことも尤もだな」


 親父さんが口火を切る。

 フィルも俺も、バネ仕掛けの玩具のように顔を上げ、親父さんに注目する。


「おちびちゃんはうちで預かる。守りの人手を多くする。それで良いか?」


 親父さんの言葉に、再び俯くフィル。

 だが、次の瞬間には、揺れ動く瞳で俺に告げる。


「分かり、ました。今は、私は何も、できません。だから、お師匠様」


 静かに。滔々と。


「お姉ちゃんを、お願いします」


 頭を下げる。

 本当ならば、自分が助けに行きたいだろう。

 いの一番に顔を合わせ、言葉を交わしたいだろう。

 場合によっては、二度と会えないかもしれない。

 危険を承知の上で、足手まといを承知の上で、飛び出したいと願う気持ちもあるだろう。

 だが、その気持ちを押し殺して。

 周りが寄って集って押し潰して。


「……」


 ティトの言い分は分かる。親父さんの言いたいことも分かる。

 フィルを連れて行くのは危険だ。

 俺だってそう思う。だからこそ、フィルの護衛を頼んだ。

 でもさ。

 その考えに至るまでに。

 フィルの意見を。気持ちを。一度でも聞いただろうか。

 彼女の涙の意味を考えて、そこに思い至った。

 俺は、彼女に何を言ってきたのか。


「ごめん、親父さん。ティト」


 何を言い出すのかと、今度は俺に注目が集まる。


「なぁフィル。お前はそれで、本当に良いのか?」

「……え?」

「よくよく考えてみれば、お前のことを一人の冒険者として見る、なんて言っておきながら、フィルの意見を聞いたことが無かったよな」


 今日はあれをする、今日はこれをする。連れ回して、振り回して。

 俺の都合で、これが良かろうという勝手な判断で。

 彼女は妄想の中の登場人物じゃない。

 無条件で俺の決定に従う便利なNPCなんかじゃない。

 この世界に生きている人間だ。

 もっときちんと、話をしておくべきだった。

 彼女が聡いから。

 聞きわけがいいから。

 だから、彼女の気持ちを無視し続けてしまった。

 ティトも先程言っていたじゃないか。

 「自分の考えで動け」と。

 俺や親父さんに大人しく守られていろと言われたからといって、諦めてしまうのがフィルの選択かと。

 そうだ。彼女は心のままに求めていいんだ。

 迷惑を掛けたっていい。いくらだって掛けられてやるさ。

 無駄なリスクは避けるべきだ。わざわざ仲間を窮地に立たせる選択なぞ取るべきではない。

 だが、彼女の気持ちは、無駄なんかじゃない。

 それが傍目にはただの我が儘だったとしても。


「なぁフィル。お前は、どうしたい? 言ってみろ。お前の心のままを。曝け出せよ」


 子供の我が儘を聞いてやるのも、大人の甲斐性、だろ?


「わたし、は……」


 黙ったまま待つ。

 こちらから声を掛けることはしない。催促することはない。

 存分に気持ちを確かめるといい。

 じわりと、瞳に涙が溜まっていく。

 しゃくりあげるような呼吸で、それでもまだ言葉を発さない。

 荒い呼吸が静寂の空間に響き渡る。


「わた、しは……!」


 そして、堪えていた涙は、決壊した。


「……お姉ちゃんに、会いたい。言いたい、聞きたい! どうして、遠ざけるのか! 私だって森人、だ! 皆を助け、たいのは同じ! 守ってくれるのは嬉しい! けど、そればっかりじゃ、嫌! 何も、できないとしても、迷惑を掛けるとしても! 私は、ついていきたい!」


 顔を赤くして、滂沱の涙を流しながら。

 魂を震わせる真実の言葉。

 荒い息を吐きながら、言い切ったとばかりに、こちらを睨みつけるフィル。

 そんな彼女の頭をぽんぽんと撫でながら、俺は親父さんに向き直る。


「オーケー。親父さん、そういうことだ。やっぱ、さっきの護衛の話は無しな」

「ま、分かってたさ。だが協力はさせてくれ。露払いだの救助だの、人手はあるに越したことはないだろう」

「そうだな。そっちは頼む」

「任せろ。それじゃあ俺は早速手配に動く。お前さんは、どう動くつもりだ?」


 席を立つ親父さんに、不敵に笑って答える。


「適当に。相手の動き方はある程度分かってる。利用させてもらうさ」

「なるほどな。なら、好きにやれ。精々派手にな」

「それこそ、俺の得意技だ」


 俺の言葉に手を上げて、部屋を出て行く親父さん。

 バタンと扉の音が響き、再び室内は無音の空間になる。

 今度の静寂を破ったのはティトだ。


「本当に、ユキ様は甘い」


 その声に棘は無い。

 むしろ柔和な笑みを浮かべての言葉だ。


「抜かせ。ティトだって、この状況を読んでただろうが」


 言葉はきつかったが、彼女の主張はたった一つだ。

 言いなりになるままじゃなく、自らの意思を示せ、と。

 きつすぎて聞いてるこっちの心が抉られそうだったけども。

 話の流れに着いてこれていないのはフィルただ一人。

 涙を流しながら、戸惑う表情を浮かべている。

 なんか、悪い大人の見本市だよな。

 直前まで彼女の気持ちに気付かなかった俺が言える話ではないが。


「まぁ、そういうことだ。お前は着いて行きたいと言った。だから連れて行く。心から願った、お前自身の言葉だ。危険なのは承知してるな?」


 呆けていたフィルだったが、俺の言葉を飲み込むや、はっきりと意思の宿った瞳で頷いた。

 それでいい。

 最初から除け者にされ、後から全てを聞かされるよりも。

 無理矢理巻き込まれて、知りたくもなかった事実を知らされるよりも。

 全てを覚悟したうえで、あらゆる真実を見聞きしに行くことを選び取ったのだから。


「それでユキ様。具体的にどのような方策を取るおつもりですか?」

「ああ。向こうから来てもらおうと思ってな」

「向こうから? マイレ氏がユキ様と接触を取ろうとする、と?」

「そういうことだ」


 彼女達には見せていないが、イリーヌさんの手紙に書いていた。少しマイレのことを調べるだけで、数人の尾行がついたと。

 ならば精々利用させてもらうとしよう。

 今まで抑えてきたが、正直に言って腸が煮えくり返っているのだ。

 相手が一般人であれば、俺の力は圧倒的に過ぎる。場合によっては、治安を崩壊させるレベルだ。

 だが。

 色々と虚仮にされてきている。

 そろそろ報いを受けさせても良い頃合だろ?

 仄暗い感情が胸を満たす。

 とても心地よい感触。

 上がっていく口角を押さえることなどできない。

 効果音をつけるならば、ニタァ、と。


「……とても、良い笑顔ですね、ユキ様」


 どうして視線を逸らすんですかね、ティトさん。

 でもフィルが怖がってはいけない。頬をむにむにと揉んでほぐす。

 拳をペキペキと鳴らし、戦闘意欲を高める。

 さぁ、反撃開始といこうじゃないか。

魔王始動。


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