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ブクマ600件を突破しました。ご愛読ありがとうございます。
恐れることは無い。
侯爵級ならすでに二回倒している。
あの時と同程度の強さならば、どうにかなるはずだ。
だが、一匹目は動きが読みやすかった。
二匹目は奇襲で一撃で潰した。
三匹目たるこいつは、何をしてくるか全く分からない。
軽く深呼吸をして、思考を整える。
奴は無手だ。先程の攻撃も、高速の打撃であり、あんなものを喰らえばひとたまりもないだろう。
そもそも俺の防御力なんて紙だし。
であるならば、やはり。
「攻撃あるのみっ!」
まずは拘束。奴の足元の影を落とし穴にする。
だが、奴は軽く跳躍することでそれを回避。
甘い。テメェの影は俺が認識し続ける限り落とし穴のままだ。着地と同時に落ちろ。
それを見越して前進。
白魔を抱え、振り下ろす。
ずぶり、と奴の体が地面に沈みこむ。
「!?」
沈み込むだけならば、分かっていた。
だが、全身沈み込むとは思わなかった。無抵抗のままだと、あそこまで沈むのか。
振り下ろした勢いのまま、肩口から地面に飛び込み、前転。地面を拳で叩きつけ、すぐさま反転。敵の反撃に備える。
驚きで認識を切ったからか、魔法が解除されたようだ。奴は再び地面にどっしりと立っている。
赤い光が、再び歪む。それは嘲笑うかのように、厭らしい歪み方だった。まるで、俺の攻撃など効かないと、ゆっくりと言い聞かせるような。
「野郎……」
知らず、こちらの口元にも力が入る。
あんな風に挑発されては、こちらも黙ってはいられない。
小技が効くことはないだろう。牽制にもなるまい。だが、嫌がらせにはなる。
奴がこちらを侮って大人しくしているのなら、そのにやけ面をほえ面に変えてやる。
速度重視の敵には、最早お馴染みのイメージ。全身に重石をつけてやる。
正体不明の枷に、嫌がるように俺から距離を取ろうとする人型魔獣。
だが、先程までの速度に比べると明らかに遅い。
何とか目で追えるレベルだ。
この距離とあの速度ならば、イメージを練る時間も稼げる。
鈍ったとはいえ、まだまだ機動力は殺しきっていない。
奴単体を狙った攻撃よりも、面制圧型の攻撃の方が有効だろう。
ならば、辺りで使えるものは全て使え。
そう、瓦礫なんかが丁度良い。
地面を爆砕し、土砂を跳ね上げ、呑み込ませる。
噴水のように。間欠泉のように。
土を、砂利を。
「ぶち撒けろ……!」
魔力と共に放出される土砂。吹き上げる姿は竜巻のよう。
物理攻撃に耐性を持っていようが、魔力による攻撃ならば関係ない。
魔力込みの攻撃ならば、決定打とまではいかずとも、十分に目晦ましにはなる。
だが、それだけでは済まさない。
砂嵐が舞う中、しかし俺のレーダーは奴の姿を捉えている。
「そ、こぉっ!」
白魔を振りぬく。
微かな手応え。
――浅い!
だが構うものか。
魔法を解除すると、奴は遥か後方に飛び退っていたようだ。
舌打ち一つ。あれで仕留められるとまでは侮っていなかったが、もう少しくらい有効打になるとは思っていたのに。
とはいうものの、思った以上に重傷を負っているようだ。
「はっ。良い姿じゃねぇか。えぇ、おい?」
右腕は千切れ飛び、両足ともに裂傷多数。よくもあれで飛びのけたもんだと感心する。感心するが、好都合。
苦々しげに歪んだ赤い光が、俺の喜悦を刺激する。
意趣返しだ。厭らしく口元を歪めてやる。
「その姿で、どこまで素早く動けるかなぁ?」
こちらは最初からトップスピードだ。身体強化による爆発的な加速力で以って、奴に肉薄する。
驚愕に満ちたような表情が心地よい。
擦れ違いざまに白魔を一閃。今度こそ手応えありだ。
冷凍した魚を出刃包丁で両断するかのような感覚が両手に響く。
聞きしに耐えない絶叫が空に響く。
だが、まだだ。
復活されてはたまらない。
接地した左足を軸に、強引に半回転。振りぬいたままの両手を無理矢理持ち上げ、残る黒い塊に叩きつける。白魔の重量全てを叩き込んだ。
叩き付けた地面が放射状に割れていくが、中心部の黒い塊、断ち切られた上半身はまだ原型を保っている。中々にタフな奴だ。
断ち切った下半身は、役目だけ覚えているかのように仁王立ちを続けている。
……いや、まだ反応は消えてないな。
このまま攻撃を続けるにも、呼吸が続かない。一旦仕切りなおさねば。
今度は俺が大きく飛び退く。
黒い塊から、黒い靄のようなものが下半身に伸び、ぐじゅるぐじゅると気味の悪い音を立てながら、奴が融合していく。
「気色わりぃ……」
「ユキ様、お気をつけを。恐らく、もう今の魔法は通用しません」
同じ手は食わないってか。まぁ、あんなもんを何度も使う気はしないから別に構わない。
今度は別の魔法を使わないとな。
だが、奴が復活のために棒立ち状態を続けているのならば、こちらとて幾らでも攻撃手段はある。
落とし穴が避けられるのならば、ベアトラップはどうだ。
奴の足元にできた影を変形させ、瞬時に奴の足を挟む。
思った以上に大きな金属音が鳴る。
痛みは無いのか、怯む様子はない。それでもいい。足止めできれば十分だ。
次に狙うのは首。ここを弾き飛ばされれば、流石の魔獣も死ぬだろう。
いや、でも、上半身を吹き飛ばして、融合したからなぁ……。
やるだけ、やってみますかね。
右肩に白魔を担ぎ、踏み込みと同時に袈裟切りにする。
しかしそこにあった手応えは別のもの。
恐らくは奴の体の一部になるのだろう。いつの間にか持っていた、白魔と同程度の大きさの両手剣で俺の攻撃を受け止めていた。
となれば、このまま打ち合うか。
左に振り抜き、返す刀で逆袈裟に。下へ押し込み、刺突。上に逸らされれば、強引に振り下ろしに。
奴もただ受けているだけではない。
こちらの隙を縫って、右から、左から、上から。
それに合わせて弾き、受け止め、流す。
風を切る轟音で分かる。
あんなもの、まともに喰らうどころか、掠っただけでも致命傷だ。腕の一本や足の一本、部位によっては首くらい軽く吹き飛ぶだろう。
それでもなお打ち合えているのは、こいつの技術が非常に拙いためだ。
俺でも見切れるような素直な軌道。狙いどころが丸分かりの一本槍な攻撃。
だからこそ打ち合えている。
人型であり、体の動かし方や関節の稼動域も人間と同程度。奇怪で突拍子もない動き方もしない。
要するに。
俺と同じく、剣に関してはド素人なのだ。
ならば後は身体能力の差で勝負が決まる。
とっておきの手段ってのは、最後まで残しておくもんだ。
奴の大上段からの大振りの攻撃を、回り込むように躱す。
奴が慌てて振り向こうとするが、忘れているのか? テメェの足はベアトラップに挟まれたままだったことを。
強引に、足首を千切りながら振り向くが、遅きに失している。
俺は既に下段から白魔を振り上げている。
奴の防御は間に合わず、どてっ腹に綺麗な一撃が決まる。
やはり硬い手応え。
「おおおおぉぉぉおお――!」
それを気合と共に無理矢理に押し通し、斬り上げる。
盛大に奴の上半身が吹き飛び、下半身は力が抜けたように膝から地面に崩れ落ちる。
しかし。
レーダーの反応はまだ残っている。
本当にタフな野郎だ。
黒い塊が、またも蠢いている。
復活を律儀に待ってやるつもりはない。
まずは時間稼ぎの為の追撃だ。
剛剣・白魔での攻撃もとどめを刺すには力不足のようだし、やはり魔法か。
周囲の瓦礫の影を操り、鋭い棘状に変化させる。
見渡せば瓦礫など幾らでもある。数秒後には無数の棘が、奴を包囲するように完成する。
後はそいつを勢いよく突き刺すだけだ。
奴の残骸がビクンと大きく跳ね、動きが小さく小刻みになる。
俺の影を利用し、奴の下半身の真上にギロチンを用意しておく。準備に少々時間が掛かるが、この状態ならばそれなりに時間はあるだろう。存分にイメージを練り上げてやる。
レーダー的にも視覚的にも、向こうに吹き飛んだ上半身は消滅している。
となれば復活するのはこちらだ。
崩れ落ちた下半身が、いつまでもピクピクと蠢いている。
痙攣が続き、そして再び大きく跳ねたところで、黒い塊に変化が訪れる。
現れたのは見るからに醜悪な矮躯。下半身部分の体積から出てきたから、大きさはそうなるだろう。
だが、腕が四本あったり、体節が幾つもできているってのはどういうことだ。ムカデが二足歩行をすれば、大体こんな感じになるんじゃなかろうか。足の数とかは全然足りてないけれど。
進化して人間止めたってのはこういうのを言うんだよ。俺は人間止めてない。まだ、とかも付かない。
でもごめんなー。折角の第三形態なのに瞬殺でごめんなー。
その異形に向けて、ギロチンを落とす。
いともあっさりと影の刃が、奴の黒い体躯を両断していく。
断末魔を上げる暇すらなく、魔獣が倒れ伏す。レーダーの反応もぱったりと消えた。
出落ち感が酷い。前の奴よりマシか。
「……ユキ様」
「何も言うな。自分でも酷いと思ってるんだから」
ティトが呆れたような声を出す。
仕方ないじゃない。このまま延々と打ち合うのも面倒だし。増えた腕で両手剣を二刀流してくる可能性もあったし。
さすがに敵の攻撃回数が倍に増えたら、こちらも対処できる気がしない。
魔獣なのだし、体が小さくなったからといって、腕力だの膂力だのが下がるとは思えない。
小さいくせに物凄い攻撃力と速度で、物凄い勢いでぶん回してくるに決まっている。
倒せるときに倒しておかないと、非常に面倒なことになりそうだもの。リスポン狩り美味しいです。
「とりあえず、取れるものは取っておくか」
「そう、ですね。侯爵級の素材であれば、使いではあるでしょう」
ティトがローブから飛び出し、魔獣の死骸を検分する。
とはいえ、どこを取ったものか。増えた腕とか? 体節の一部?
核みたいなものがあれば、それが一番楽なんだけど。
「削り取るのならば、頭部に魔力結晶がありますね。そちらをどうぞ」
核あるみたい。そういや俺も魔力結晶みたいなの作ったよな。それ系か。
ティトが魔獣から離れるのを確認し、白魔を振り下ろして頭部を砕く。
綺麗に割れた頭蓋から、拳ほどの大きさの結晶を取り出す。
黒く透き通る結晶だ。何かの素材になるかもしれない。
フィルの武器の素材にしても良いかもしれないな。
「しかし相変わらず、ユキ様は規格外と申しますか何と申しますか……」
「そういう奴を呼び出した人が仰る台詞ですかねぇ?」
言葉を濁すティトは、明らかにドン引きしていた。
そりゃまぁ、今回にしろ前回にしろ、かなり酷い倒し方をした自覚はあるけども。
「これほどの力を持った魔獣をお一人で倒すことなど、普通は不可能ですからね」
「まぁ、うん。だろうね。普通ってのがイマイチよく分からんのだが」
基本的に多対一でボコるってのが戦法ってことしか聞いてないしな。あと十二人くらい居るパーティーの半数が盾役。
「そうですね……簡単に言えば、侯爵級と呼ばれるほどの力を持つ魔獣の場合、大抵は全滅しますね」
「全滅?」
「人数的な意味もそうですが、実力不足という面も大きいですね。ユキ様も、最初の蜘蛛型の魔獣の時にご覧になったでしょう。有象無象を引き連れたところで、一瞬で壊滅します」
有象無象と言い切ったところに辛辣さを感じる。俺もまぁ、彼等にあまり良い印象は抱いていない。特にリーダーのせいで。死者にどうのこうの言うのは好まないが、うん。
「盾役に徹してもダメか?」
思い返せば、彼等は大半が攻撃に回っていた気がする。前回の魔獣大量発生の時には、きちんとセオリーに則り、半数が盾役の原則を守っていたようにも思うのだが。
「状況を思い出してください。確かに前回は善戦していましたが、ユキ様が居なければどうでしたか?」
「……あー」
魔術士はほぼ全員が魔力を使い果たし、呪い士連中も俺の強化がなければ前線を持ちこたえさせることなどできないと、戦う前から絶望ムードだった気がする。
「つまりはそういうことです。此度の人型魔獣にしても、ユキ様は都合三回倒したわけですが、一般的な冒険者では一回目を倒すことが限度でしょう」
「きちんとした戦力が整っていれば?」
それこそルーカスとかザンドとか、あとはあの胡散臭いオッサンみたいな冒険者が何人も居ればあるいは。
「……それならば、死に物狂いで戦えば二回目までは倒せるでしょうね」
「んで、第三形態が出現ってか」
リソース使い切った状況でさらに出てくるとか、どこのRPGのラスボスだよ。いや実際にRPGであれば味方全員を全回復させるアイテムくらい残ってるだろうけど。
「勿論、人類が全戦力を結集すれば、それなりの戦果は上げられます。そもそも、今までの悪魔も、そうやって撃退していたわけですから」
「だけども、総力を挙げるには時間が足りなさすぎた、と」
前回の傷も癒えぬままに、今回が来てしまったわけだ。そりゃあ絶望だよ。俺みたいな奴を呼び出すよ。今回はあんまり役に立ってない気がするけども。
いや、一応侯爵級を倒している。大丈夫、もしこいつが街中で暴れていれば、もっと被害が出ていたはずだ。どうして郊外に出てきたのかは不明だが。魔獣なんぞの考えは理解できないししたくないし、ぶっちゃけて言えばどうでもいい。
やはりギロチンで倒してしまうと、あっさりと魔獣が融けてしまうようだ。短時間話していただけだというのに、奴の姿はもう欠片ほどしか残っていない。ここに残っていても仕方ないな。
そう思ったのか、ティトも定位置に戻ってくる。良いけれど、慣れたけれど、肩口が定位置ってどうなんでしょうね。戦闘中でもそこですよね。防御障壁的な意味で助かるけど。
「ではユキ様、戻りましょうか」
「ああ」
レーダーにも特異な反応は出てこない。
相変わらず紫色の光点は都市全域に点在しているが……あ?
「どうかされましたか?」
「……ちょっと、この破壊痕を辿ってみる」
破壊痕がどこまで続いているか分からないが、レーダー上ではそう遠くない距離にあったはずの紫の光点群。
それが、綺麗さっぱりと、消えていた。
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