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貨幣の話をしよう。
この世界において、全ての国は独自の貨幣を持たず、一神教の教会が管理する統一貨幣というものを使っているらしい。
手形のようなもので、一国でのみ通用するものもあるそうだが、それはあくまで商人が扱うものだそうだ。
教会が貨幣を管理しているという点に、何かきな臭いものを感じてしまうのは妄想のしすぎだろうか。
ともあれ、これらはすべて硬貨であり、金銀銅の三種の金属に対して、大きさによってそれぞれの価値を決めている。
一番価値の低いものが小銅貨。おおよそ、食料品や日用品などの細々したものに使用される。パン一塊は小銅貨二枚程度で買えるようだ。
次が銅貨。小銅貨十枚分の価値で、片面に木の模様細工が施されている。飲食店での支払いに使われやすい。報酬にじゃらじゃらと貰った銅のコインは、全てこの銅貨だった。
次に小銀貨。十進法で価値が増えていくのかと思いきや、こいつは銅貨五十枚分の価値らしい。小さめの銀のコインがこいつだった。通称は半銀貨らしい。形は半月状ではなく、普通に丸い硬貨だがなぜかと思っていると、銀貨と小銀貨の価値だという。
銀貨は小銀貨二枚分の価値を持つ。なるほど、確かに半分だ。初代教皇とされる人物の横顔が描かれている。これらは衣服や装飾品、冒険者用の武具などでよく使われる貨幣だそうだ。多くの一般市民はこの貨幣までしか見ることが無いらしい。親しみのある硬貨に教皇の顔。信仰の下地にでもなるのだろう。
これら四種はそれぞれ、一円玉、十円玉、五百円玉、千円札と、そのような比率で考えておけば問題なさそうである。貨幣価値は全然違うけど。
そして金貨。銀貨百枚分の価値を持ち、高級な武具はこの程度の値段がするらしい。両面に、教会が聖樹と崇めている木とその果実が彫金されている。
最後に大金貨。金貨千枚分もの価値を持つこの硬貨は、一介の冒険者ではお目にかかれないものであり、商会の金庫に収められていたり、国政で扱ったりする最高貨幣であるらしい。相応に豪奢な細工が施されているらしいが、ティトでさえも実物を見たことが無いらしく、そういうものがある、としか言わなかった。
なお、金という金属自体に教会が特別な価値を定めているために貨幣価値が高くなっているようで、金属的な価値やら産出量として特別に希少というわけではないらしい。そうでなければ貨幣として大量生産できるわけがないというティトの言葉に、なるほどと頷くばかりである。
貨幣に単位は存在しないらしい。あった方が計算にも便利だと思うんだが。
俺が昨日の依頼で得た金は、銀貨五枚に小銀貨一枚、銅貨二〇枚だった。小銅貨換算して数字で考えるなら五七〇〇。その直後の飯代と、朝食用に作ってもらったサンドイッチ代で八〇を使ったが、まだ金に余裕はある。今日は残った金で衣服等を揃えることになった。
というのも、
「ユキ様。裸ローブは変態の所業です。そのまま外に出るおつもりですか」
というティトの発言が発端である。
分かってるよ!
でもクローゼットにはローブしかないじゃん! 昨日着てた服を洗濯したら、着る物ないじゃん!
なお、家の裏手に井戸があり、生活用水はそこから汲む。例の水瓶に一杯になるまで往復することになり、汗もかいた。
どうやら庶民は風呂に入らないらしく、この家には風呂の設備は無かったし、そして街のどこにも銭湯がなかった。テルマエ的な風呂屋くらいあっても良いだろうに。
仕方なく、なるべく自分の体を見ないように水を浸した布で全身を拭き、脱いだついでに服も洗い、さあ着替えようと思ったら服が無い。
仕方無しに全裸のままローブに手をかけた瞬間の暴言だった。
今日は天気が良い。昼には着用しても不快な思いをしない程度には乾くだろう。
それまで引きこもることにする。決してティトに言われたからではない。ローブは一時しのぎだよ。
その一時しのぎで、いきなり変態とか言われたら仕方ないじゃん。
裸マントとか全裸ネクタイとかよりマシじゃね、とか思ってないよ?
「服は後で買うとして、大体幾らくらいかかるもんかね」
「半銀貨一枚あれば平服の一揃えは買えます」
ふむ。小銅貨換算で五〇〇枚あればオッケーか。パンが一個あたり小銅貨二枚前後だから少々高い気もするが、機械による大量生産なども無いだろうから仕方ない。物価価値の違いは覚えておかないとな。
「あとは、ユキ様の冒険者としての衣服ですね」
「ローブじゃダメなのか?」
「ダメということはありませんが、格を下に見られます。ご自分を安売りしないでください」
「安売りとか言うな」
みすぼらしい格好をしているよりは、しっかりとした衣装を身に着けているほうが、実力があって稼いでいると見られるのだろう。
となると、銀貨を何枚か使うことになりそうだ。
またおっさんの店で依頼を受けないといけないな。今度は戦わずに済む依頼がいい。
そういえば昨日取ってきた薬草類もまだ売ってないな。服を買ったら売りに行くか。
俺が薬草を気にしているのを見たのか、ティトが声をかけてくる。
「時間があるなら調合書をお読みになりますか?」
「調合書?」
「書斎に、簡単な傷薬の作り方の書物があったと思います」
「へぇ、そいつは便利そうだな」
この家の前の持ち主がどんな奴だったのか非常に気になるが、あるなら有効活用させてもらおう。
どうせ服が乾くまでまだ時間があるわけだし。
ティトの後を追い書斎に赴く。
相変わらず濃い本の香りがする。一晩ここで寝たが、なかなか慣れることはなさそうだ。
嫌いではないが、妙にトイレが近くなって困る。視覚的、精神的に。
薬学コーナー――といえるほど充実しているわけではないが――から一冊の本を取り出し、ぺらぺらとめくってみる。
最初の方は扱う器材や調合時の諸注意などが書かれている。身を清潔にするのは常識だとは思うが、そういえば一般家庭に風呂などない世界だった。おっさんの店も風呂はないみたいだったし。
器材まではさすがに此処には無いみたいだが、昨日の薬草があればこの本に載っている薬がいくつか作れそうだった。
売るつもりの薬草だったが、薬にしてから売るのも悪くはない。
効果が弱ければ価値はなくなるだろうが、その場合は自分で使えば良い。
調合方法を頭に叩き込み、他にどんな本があるか探してみる。
タイトルをざっと確認していく中に、薬草の図鑑があった。図といっても写真ではなく、手書きのスケッチで説明されたものだ。が、その図は精緻で、見ただけでよく研究されていることが分かる。薬効成分がどの部分にあるのか一目で分かるのはありがたい。
例の解毒草のスケッチもあり、やたらと長い合弁の展開図までしっかりと描きこまれていた。注釈に縮尺の度合いまで書かれていたことには失笑したが。やっぱりあの花は異常だよな。
主要な薬草もしっかりと記憶したところで、くるると腹が鳴る。腹時計なんぞ持っている気はないが、そろそろ良い時間のようだった。
服も乾いたようだし、とっとと着替えて買い物に行くとしよう。
先に昼飯にするけど。
ティトに予定を告げておく。これでもし買い忘れなどがあったとしても、ティトならきっと言ってくれるだろう。
「昼食に、服と下着に、装備に、調合器材一式ですか。服だけならともかく、調合器材となると金貨が必要ですよ」
「マジか。調合器材ってそんなに高いのか?」
「ユキ様は、まさか薬草をすり潰して終わり、という単純なものをお考えになられていませんか?」
あ、はい。単純です。
「ではまず、すり潰すにしても棒ですり潰す簡単なものから、車輪のようなもので重量をかけてすり潰すもの、一度砕くための特殊な形状をしたものなどが必要になります。つぎに薬液として抽出する際に必要な器具や、抽出したものを受ける器具、正確に分量を測る器具。薬品を混ぜて使う場合には、それらを保管する器具。それに―――」
「あー、分かった分かった、俺が甘かった! 調合はまた今度にするよ」
乳鉢に乳棒、薬研。砕く道具ってのは想像がつかないが、ポテトマッシャーみたいなものだろうか。それからフラスコにビーカーにメスシリンダーやら分銅秤、試験管とかも必要になると。ガラス器具はこの世界でどんな位置づけなのだろうか。窓にガラスが嵌めてあるから、未知の技術ってわけではないだろうが、きちんと成形する技術がどこまで発達しているのかは不明だ。もしこれが熟練した職人にしかできないオーダーメイド品の扱いなら、決して安くはあがらないだろう。金貨が必要だというのも納得いく。なにせ一式となると数も必要になるわけだし。
「そうですか。ですが今日のユキ様は精力的に動きますね」
「どういうことだ?」
「これからの予定の数ですよ。昼食、買出し、森へ行って魔獣を解体の三点ですからね」
「おぉぅ……」
魔獣の解体忘れてた。牙だけで銀貨三枚も貰えたんだから、丸ごと持って帰ったら大金持ちだろ。
もしかしたら金貨一枚くらいにはなるんじゃないか。
「ま、まぁとにかく飯食いに行こうぜ」
訝しむティトを尻目に家を出る。
魔獣の解体を忘れてた、なんて悟られないようにしなきゃな。
 




