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 ティトといくつか情報の確認をしていると、突如として地面が揺れた。


「お、地震か?」


 この程度なら震度二というところか。大した揺れじゃないな。

 などと思っていると、ティトの顔が蒼白になっている。

 ああ、俺に地震耐性があったとしても、この国の建物に耐震性能があるとは限らないのか。


「ユキ様……急ぎ、戦闘の準備を」

「あ?」


 いきなり何だ。

 レーダーを展開する。すると、先程までは無かった反応が街中に出現しているではないか。


「これは、魔獣か?」

「はい。それも、かなり強力な魔獣です。伯爵級……下手をすると侯爵級です」

「そうか」


 まぁ、その伯爵級とかがどれくらいの強さか分からないんだけどさ。最初にぶっ飛ばした大物魔獣が侯爵級だったってことを考えると、そこまで問題ではないと思うが。

 ティトは何を気にしているんだろうな。俺が負けるとでも思っているのか。病み上がりとはいえ、そう簡単にやられるつもりはない。


「何か気になることでもあるのか?」

「ユキ様は気にならないのですか? 魔素溜まりが無かった地域に、突如として魔獣が出現した、この状況が」

「なるほど。言われてみりゃそうだ」


 魔獣の発生前には魔素溜まりというものができるはず。レーダーを見れば、薄らとでも赤い光が出るはずだ。だが、殺意感知にしろただのレーダーにしろ、そういった兆候は一切無かった。こういうこともあるのか、程度に思っていたが、どうやら異常事態のようだ。

 影から装備一式を出して着用する。大して手間のかかるものでもないので、それは良いのだが。


「フィルはどうしよう」

「店主様にお任せしましょう」


 いまだに眠り込んでいるフィルの処遇に迷う。

 親父さんに任せておけば安心ではあるか。先程のこと――昨日だけど――もあるから、仲間とやらには任せず、親父さんが直接守ってくれるだろう。

 むしろあれだ。フィルが起きる前にちゃちゃっと行ってサクッと倒して速攻で戻ってくれば良いだけだし。

 前にも似たようなことを考えた気がするが、気にしても仕方ない。

 フィルをベッドに寝かせ、部屋を出る。

 階下に降りると、丁度良く親父さんを発見。カウンターの奥で難しい顔をしている。

 こちらが声を掛けると同時に、向こうも話しかけてきた。


「親父さん、ちょっと良いか?」

「お嬢ちゃん。少し頼まれてくれ」


 おう。何この、よくある気まずいシチュエーション。

 とりあえずジェスチャーで、俺から先に話すことに決まる。


「魔獣が出たみたいだ。ちょっと行ってくるから、フィルのことを頼む。誘拐されることとかないように」


 森人の誘拐事件はまだ終わっていないはず。ならば、宿に急襲をかけてくるかもしれない。

 親父さんも、自分の城にみすみす侵入者を許すこともないだろうが、不意を突かれることもあろう。口に出すことで注意喚起になるならば、それでいい。

 この言葉を聞いた親父さんは、参ったというように手を挙げる。


「任せておけ。……俺からの頼みというのも、お嬢ちゃんの言いたいことと同じだ。正式に出たものじゃないから、俺からの個人依頼だ。報酬は金貨三枚。魔獣を潰してきてくれ」


 なるほど、丁度良い。いきなりの魔獣をぶっ潰してきたら、金までもらえるなんて美味しい状況じゃないか。

 にやりと口の端を上げて、靴を踏み鳴らして宿を出る。押し開けた扉から降り注ぐ太陽の光が眩しい。

 だが、そうとばかりも言っていられない。高い太陽が示すとおりの時間だからこそ、轟く悲鳴というのもある。

 遠方からの怒号。急き立てられるように移動する人々。

 噂が噂を呼び、街中が混乱に陥るのも時間の問題だろう。

 人の流れに逆らわないよう、まずは屋上に飛び出る。

 さぁ戦闘開始だ。足に力を込め、魔法で補助し、空に躍り出るように駆け抜ける。


「ティト。横槍が入らないように、警戒頼む」


 戦闘中、何が鬱陶しいかと考えれば、黒尽くめが狙撃してくることだ。あのタイミングで、今のこの状況だから、そうそう俺のほうに来るってことはないだろうけど、一応な。


「お任せ下さい。ですがユキ様、魔獣そのものにもお気をつけを。店主様が提示した金貨三枚という額面は、ただ高いだけではありません」

「分かってる。親父さんが、そんだけ強敵だって感じてるんだろ」


 レーダーに映る反応は、かなり大きい。とはいえ、以前倒した蜘蛛型の魔獣よりも反応は小さいし、報酬額もその時より少ない。単純な強さで言えば、あれよりは弱かろう。

 格下と侮ることは下策だが、恐怖に打ち震えるほどではあるまい。

 出会い頭にギロチン一発で終わるだろうし。

 あ、でもギロチン作れるほどの影があるかどうかが問題か。無ければ無いで、白魔でぶった切ればいいけども。


「……よく考えてみれば、愚問でしたね。侯爵級ですら平然と倒す力をお持ちなのですから」

「まぁな。世界を救えるだけの力ってのは、伊達じゃないわけだ」


 そもそも俺の魔法は、世界を救って欲しいという願いから召喚された力だ。使いこなせているとは言えないが、ここまでの戦闘結果から、敵を倒すことだけならば簡単にできるはず。魔力切れには注意しなきゃいけないが、一匹だけならば大した問題ではあるまい。

 喋っている間にも、周りの風景は飛ぶように後ろに流れていく。それと同時に、人々の流れも見える。我先にと逃げ出し、倒れた子供を引っ張り上げたり、間に合わずに踏み潰されたり。混乱極まりないな。だが、避難誘導する騎士もちらほらと見える。事態の収束にあたろうとしているのは分かるが、根本をどうにかしようとする奴等は居ないのだろうか。

 あるいは、居たとしてもそれは彼等の領分では無いのかもしれない。戦闘用の部隊と避難誘導の部隊が同じとは思えない。練度的な意味で。能力的な意味で。

 実働部隊は今だ後方、なんてこともあり得るな。

 結局、俺がやるってことに変わりはなさそうだ。


「鬱憤晴らしには丁度良い」


 最近、うまく行かないことばかりでイライラしていたところだ。一暴れさせてもらおうじゃねぇか。

 足に込める力を増し、さらに加速する。

 レーダーを確認しながら進行方向を調整していく。

 どうやら郊外に向かっているようだ。

 風を切る感覚が心地よい。そろそろ現場に着く。

 懐の影から剛剣・白魔を取り出し、最後に跳躍を一つ。

 どぉん、と爆音にも似た着地音を鳴らしながら、反応の中心部へと躍り出る。

 辺りには瓦礫が散らばっているが、見れば街の方に破壊痕が続いている。どんな移動をすれば、こんな災害になるのやら。

 だが、そこに居たのは。


「人間……?」


 いや、魔獣の死骸もある。それなりに大型の、ゴリラのような魔獣が倒れ伏し、その隣に黒い長髪の人間が立っている。

 出遅れたとかマジかよ。

 拍子抜けだ。ここまでダッシュで来たっていうのに何てこった。

 まぁ、街を守るためならば、実力のある奴が倒しても不思議ではないか。

 一声掛けるために歩み寄ろうとすると、ティトが服を引っ張ってくる。

 何ぞ。


「ユキ様、あれは、人間ではありません……!」


 震える声で、ティトが言う。


「あ?」

「避けてっ!」


 瞬間、考えるよりも先に足が動く。

 横っ飛びに回避すれば、聞こえてくるのは重厚な破砕音。動きが全く見えなかった。回避行動が少しでも遅れていれば潰されていたかもしれない。

 元居た場所には例の黒髪の人間。

 いや。

 黒髪ではないな。

 長髪だと思っていたそれは、名状しがたい全く別の何かだ。

 黒尽くめ、というわけではないな。全身黒タイツでありながら、頭部から何か生えている、という描写が適切だろう。

 顔パーツは、よく見えないが、目らしき場所と口らしきも場所が赤く濡れたように輝いている。

 ティトの顔が歪む。


「そんな馬鹿な……人型の魔獣などと聞いたことがありません! 歴史上、そんなものが現れたことなど、私は知りません……!」

「聞いたことがなかろうと知らなかろうと、実際に居るんだから、新種か何かだろ」


 軽口を叩きながらも、冷や汗が出る。

 魔獣同士で潰しあいをしていた、ということだよな。

 共食いでもすれば、能力が跳ね上がるとでもいうのだろうか。

 レーダーには、先程よりも大きな反応が出ている。

 侯爵級と同程度の反応が。

 奴の口が、にたりと歪んで見えた。

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